眠れる森の美女・舞台裏
~真田、竜を斬る~
「せっちゃんそういえば、竜ってどうするの?セットはか~なり立派だけど、これに見合う竜って……?」
セットはなんと好意で美術部が作ってくれたもの。せっちゃんが水彩画が得意なおかげで美術部に知り合いの子達がいて、ウチの部員とウチに来てる助っ人の演劇部の部員に手を貸してくれたらしい。とにかく、なんというか本格的。木材とかの他にも段ボールとか、発泡スチロールとかも使ってるはずなのに、壁の質感とかがやけにリアルで初めてセットを見たときびっくりしてしまった。これ本当にハリボテなの?!それで、こんなに立派なセットにどんな竜が見合うのか考えてしまったのだ。
「心配はいらないよ、。ちゃんと竜もあの人たちに作ってもらったんだ」
するとそこには立派にできあがった、鋭く黄色い眼を持つ巨大な黒い竜が舞台の袖に佇んでいた。あたしはその本物っぽさに一瞬本当に竜がいるのかと疑ってしまい、せっちゃんの背後に隠れてしまった。恐る恐る近づいてみて今にも動き出そうなそれを触ってみると、なんだか思ったよりも軽い感触。でも皮膚の凹凸はしっかり再現されていて、見上げればおどろおどろしい顔つきが目に入ってきてフツーに怖い。おとぎ話の竜なのにリアルすぎる。
「これ、何で出来てるの?」
「ラドールっていう粘土だよ。まぁ、粘土以外の材料も使ってるけど主に粘土だね。段ボールの模型に粘土を継ぎ足していって塗ってもらったんだ」
「こんなの粘土でできるんだ……。すご!」
「一応柔らかい粘土にしてもらったんだ。触りすぎると壊れるよ?」
あたしはぺたぺたと竜に触っていたのでせっちゃんの言葉に「ひっ」と息を呑んで、後ずさってしまう。確かに見た目に反して素材は軽そうだった。でもこれを本番には壊してしまうというんだもの、なんだか勿体ないなぁ。
「固い粘土じゃダメだったの?」
「真田に本当に斬ってもらうからね。木刀でだけど、あいつは木刀でスイカ割れるから」
「マ、マジで?!スイカ……」
それは知らなかった、と思い後で真田に聞いてみよう、と思ったけど今はなんだか気まずかったことを思い出してしまった。二人きりにならなければそこまで問題はないんだけどね。
「これを本番に、一発で斬る……?」
「小さいサンプルの模型で試してみたけど、アイツ易々と斬ってたよ」
「そ、そお……」
テニスの腕がすごいのは重々承知だったけれど、まさかそんなに居合いが得意とは……っていうか木刀で粘土ってスパッと斬れるもんなの?確かに刃物だったら真っ二つに斬れそうな紙粘土みたいな素材だけど。今更ながら自分はすごい彼氏を持ってしまったんじゃないかと思う。彼氏って、言ってて照れるけど……えへ。って、そんな場合じゃないんだけど。真田とあたしの間の気まずい空気が本番前になくらなくても真田が竜を斬る姿は本番で見れるからよしとしよう。……いや、やっぱりそれだけではよかないんだけども。
~ある日の三人の妖精たち~
「それにしても真田、本当にどうする気なんかのう」
仁王先輩が深くため息をついた。最後の最後まで、センパイと真田副部長がキスシーンやるんだかやんねーのかよく分かんないんだよな。俺としてはあんまり真田副部長のラブシーンとか見たくないっていうか……。まぁ、とりあえずお芝居だとしても後輩の立場の俺はなんだかこういうの少し気を遣っちゃう感じで困るんだよな。
「いやー、やっぱないんじゃないっスか?散々揉めたらしいですし」
「でも幸村くんがよ、そっとしとけば大丈夫だって言ってたぜ?」
マジかよ。部長が絡んだ問題で、部長の予言通りにならなかったことはない。っつーコトは、最後にキスシーンあるっつーのはもうお見通しってわけなんスね……。元部長ながらマジスゲーと思う。
で、当日。なーんか真田副部長とセンパイがなんかピリピリしてるように見えた。キスシーンは取りやめか~、それもしょーがないか。最後のリハーサルでもなんだかぎくしゃくしてたし、それでもどちらか片方が相手を見つめてる時はデレデレな顔してんだからなんだこのカップル……。あの二人、バカップルと言ってもおかしくない。そんなにお互いのコトが好きなら、やるコトは一つなんじゃねーの?俺は内心呆れつつ、けど二人の間に流れるビミョーな雰囲気を気にしていた。
「こりゃー、あの二人無理だな」
「ですよねー……」
「まぁまぁ、二人の意見を尊重しんしゃい」
「でもよぉ、キスシーン大分噂になってるけどいいのか?」
「フリでも分からんような演出になっとうし、そこら辺は幸村が抜かりなくやってるじゃろ」
「妖精たち、早く舞台袖で待機!」
とそこで俺たちの会議は終了して、早々に出番がある俺たちは部長の指示に従い舞台袖へと向かう。こそこそ話していたから、気難しそうな副部長と少しキンチョーしてるセンパイの二人には聞こえてないと思われる。出番がまだまだな二人を残して俺たちは舞台へと上がった。多少のアドリブも認められてるし、部長の鬼の指導で台詞はちゃんと覚えさせられたので緊張はあまりない。物語は俺が考えるよりもずっとスムーズに進み、真田副部長とセンパイたちの間にもロマンチックな雰囲気も良い感じにあって遂に舞台はクライマックスへ!
「やはりお前が……」
真田副部長は眠っている先輩の前で膝まづくとキスのフリを……ん?今ガッツリ口、つけてなかったか?え?ええええええええええ?と俺は舞台上だから大声を上げるわけにもいかなく、とりあえずその後セリフもないので目を丸くしてその光景にくぎ付けになっていた。チラリ、と舞台袖の幸村部長に目をやった。わ、笑ってるぜ、あの人……。とにかく俺は見てはいけないものを見てしまったかのように心臓をバクバク鳴らして、ストーリーの流れゆくまま最後の二人のワルツとキスシーンを見届け舞台は幕が降りた。センパイも本物のお姫様のように、うっとりと王子役の真田副部長のキスを受け止めていた。……マジっスか。衝撃のあまり舞台でぽかんと間抜けな顔を晒していなかったか心配だ。っつーかそんなことより!!!俺は舞台の幕が下ると同時に歓声と拍手を浴びながら二人に駆け寄ろうとしようとした、が……。
「やめとけ、赤也」
「え、だって仁王先輩……」
「よーく見ろよ、赤也。花が飛んでんだろぃ、あの二人の周り」
確かに。二人共見つめ合ってはにかみ、満更でもないような真田副部長と乙女モード全開な可愛いセンパイ。うげ、俺あんな副部長の顔見たくなかったぜ……。それでもお構いなしにすたすたと幸村部長が近づいていって「ほらほら、イチャつくのも大概にして。でも二人共よくやってくれた」とムードもへったくれもなく二人を褒め称えていた。客席は立ち見までいっぱいだったし、大成功だったから幸村部長も満足なんだろう。多分、これで真田副部長とセンパイの仲が先生や他の生徒に知られることになるんだろーな。それにしても、やっとあの純情な先輩たちがよくこの短期間でこんなに進展したよなぁ……。まーなんつーか。結局最後にはやってくれるよな、あの二人は!
~その後の王子と姫~
文化祭最後の日なので、後片付けとS.H.R.が待っていた。後片付けの間に普段そこまで交流ないクラスメイトやクラス外の子からも声かけられて、「舞台見たよ!!真田と付き合ってたの?!」とか、「真田とのキスシーンすごかったね!!感動したよ!!」とか言われて、舞台を観に来てくれてありがとう~と当たり障りない対応しかしてなかった。終盤ではあたしの顔には『舞台のことを話題にするな』と書いてあったと思う。あたしは目立つのは好きだけど、注目されるのは得意じゃないんだってば!きっとみんな、弦一郎にはからかいの言葉をかけるなんてことはせず、弦一郎当人も噂に関してはあんまり気にしてないみたいだったけど、あたしは散々な思いしたんだから!!この手の話題でいじられることが本当に嫌だったので、先生の話が終わり号令がかかった直後にクラス中に聞こえる声でバイバーイ!と挨拶してその場を超特急で後にした。明日からかわれるかもしれないけど、今日よりはマシだ。この事態を想定して部室前で待ってて、と弦一郎には伝えてあるので駆け足で部室へと向かう。廊下ですれ違う生徒みんながあたしを指さしたりじろじろ見たりするけど、この際そんなの気にしてられっか!羞恥心で涙ぐむのを抑えながら、あたしは息を切らせて部室前へと辿り着いた。弦一郎も同じクラスだからすぐ追って来るだろう。なんであたしが走ってここまで来たかとか、弦一郎、分かってるのかな。……分かってないかも。ま、それが弦一郎のいいとこでもあるよね!って、普通に脳内で彼の下の名前で呼んでしまっているけどそれさえまだ気恥ずかしいあたし。
「、そんなに急いでどうしたというのだ」
「あ、うん、いや、ちょっとした用事があったから先に済ませてきただけ」
「そうか」
「うん」
その場をやり過ごしたくてテキトーな嘘をつく。他の生徒たちが見てるよ~!それに高等部の人達まで!と、挙動不審になっているそんなあたしの気持ちを知るよしもなく、弦一郎は帰ろうか、と言って一歩先を歩く。
「何をそんなに難しい顔をしている」
「えっ、そんな顔してた?」
「ああ、柄にもなくな。何を考えていたんだ?」
「う、ううん、なんでもない」
「……」
そういうと弦一郎はフン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。機嫌損ねちゃったかな?駅まで何の会話もなく歩いてきたけど、や、やっぱりなんか恥かしいな……。キスした、っていう実感が湧かない。楽屋でのキスと、舞台での出来事がなんだか夢のよう。あたしは心踊るメモリーを思い出しぽっぽっと頬を熱らす。弦一郎とキス、しちゃったんだよなぁ……。そんなことを思いながらも、弦一郎の大きな背中の後に続いて電車に乗り、ボーッとしながら乙女のように唇に指をあてる。
「どうしたのだ、先ほどからおかしいぞ?」
「え」
あたしは唇にあてていた指をさっとひっこめると、弦一郎もそれを見ていたのか口の端をピクピクさせて照れていた。なんだ、弦一郎も照れてるんじゃないの。あたしはなんだか嬉しくなって、フフっと笑ってしまった。
「何がおかしい」
「ううん、嬉しいの」
電車に乗ってすぐの地元の駅に着いて、弦一郎は当然のように一緒の駅で降りてきてくれた。弦一郎の駅は一駅後なのに当たり前のように送ってくれる。こういうことでもすごくあたしを喜ばせてくれる。あたしは弦一郎の腕を反射的に掴んだ。すると弦一郎も少しビックリしたように一瞬停止したけれど、すぐにそれに順応してあたしの手を取ってくれた。あたしの手も熱いけど、弦一郎の手はもっと熱い。そして、なんと、弦一郎はあたしの指と指の間に彼の太い指を滑らした!いわゆる恋人繋ぎというやつ。え、なんでそんな繋ぎ方知ってるの?!あたしは自分からアプローチしたのにも関わらず好きの気持ちがもっと込み上げてきてしまい、瞳が熱くなり俯いてしまった。ああ、幸せってこういうことなのかなぁ、って思った。あたしが住むマンションの場所を覚えていてくれたのか、この心地いいだんまりのまま弦一郎の腕に引かれて自宅付近まで来られた。ご近所さんに見られるのも恥ずかしいことだし、あたしは彼の温もりを噛み締めながら手を離した。……ちょっと名残惜しいけど。
「弦一郎」
「ん?」
ぐいっと弦一郎のネクタイを引いて、あたしはすばやく頬にキスした。自分でも大胆なことしてるなって分かってる。弦一郎はキスされた頬を抑え、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしていたので、何が起こったかすぐに把握できなかったようだ。
「あ、挨拶だから!アメリカ式の!」
「……」
あたしはそんな風に照れ隠しで言ってしまったけれど。やっと事態を把握した弦一郎が頬をほんのり染め優しそうな声色であたしの名を呼んだ。
「また、明日ね」
「ああ……。またな」
きっと、あたししか見たことがないのであろう温かな微笑みで、またじんわりと涙が出そうになった。エントランスに入って彼の姿が見えなくなった今でも、心臓がドキドキ言ってる。弦一郎の匂いがまだ残ってる。こんな幸せがいつまでも続くのかな、とあたしはいつもの自分ならバカにしそうなほど乙女ちっくな幻想を抱いてその日は眠りについたのだった。
(201015 修正済み)
(090829)