眠れる森の美女


ーー昔々、ある国に王様と王妃様がいました。長年の間、子どもを授かるのを待ち望んでいた二人の願いがとうとう叶い、女の子が生まれました。その女の子は、、と名付けられたのです。その日、王様は国中に休暇を与え身分を問わず、全ての民が幼い姫の誕生を祝うためにお城に招待されました。物語は、そんなとても素晴らしい日から始まります。


「やぁ、蓮二。なんてめでたい日だろうか。この俺の息子の弦一郎と君のを結婚させる日が待ち遠しいよ、フフッ」
「そうだな。しかしまだ生まれたばかりの一人娘だぞ、精市。今日は娘の誕生祝いが優先だ。だが後々に我々の国を一つにする夢も含め、共に祝おうじゃないか」


ーー隣国の王様、精市と王様の蓮二は16年後の今日に娘と息子を結婚させる約束をしていました。お互いを家族として結び、その絆を通して理想の国を統治するためでした。祝の席にて、蓮二は愛らしい娘の泣き声を聞きながら、手を振る下々の民に機嫌よく手を振り返し応えました。



「ここに高貴なる三人の妖精達をお呼び致します。ーー順から、ブン太殿、仁王殿、そして赤也殿でございます」


ーー来賓の挨拶を知らせる合図と共に贈り物を授けるべくやってきたたくさんの人々に囲まれ、三人の妖精は王座の前に降り立ちました。三人の妖精はそれぞれに合った色の晴れ着を纏い、赤子である姫の揺りかごへといそいそと近づきます。


「おっ!こりゃかわいい赤ちゃんだろぃ」
「蓮二殿下、比呂士妃殿下、俺たちで三人で三つの素晴らしい贈り物を差し上げに参りました」
「そんじゃー、丸井先輩からお願いしますよ」


ーー妖精のブン太は杖を翳し、軽やかに振り、姫に一つ目の魔法を贈りました。


「かわいい赤ん坊のお姫様、俺からは『美しさ』をプレゼントしてやるぜぃ」


ーー妖精の仁王は杖を緩慢に振ると姫に二つ目の魔法を贈りました。


「かわいい姫さんよ、俺からは『綺麗な歌声』を贈っちゃろう。まぁ、俺としては『百戦錬磨の色気』でもいいんだがのう……」


ーーそして最後に、妖精の赤也は力強く杖をぶんぶんと振り回し、三つ目の魔法を贈ろうとしたその時です。


「こう見ると赤ちゃんもかわいいもんじゃん!えーっと、俺は……」
「そこまでだよ」


ーー天が引き裂かれるような冷たく恐ろしい声がすると思いきや、城内に急に突風が吹きあられ、雷鳴が轟き、宴で色めき立っていた広間の灯りが消えました。何事かと、王様はすぐに召使い達に灯りをつけさせると、そこには先ほどまでいなかった、背の高い黒衣を纏った魔法使いの幸村が従者のジャッカルを率いて尊大な素振りで待ち構えていました。


「ほう……。この俺を差し置いて楽しそうに宴とは、大層なものだ。俺には招待状が届いていなかったけれど、ただの間違いであることを願おう」
「お前さんは呼ばれなかったんじゃよ」


ーー仁王が遠慮することもなくずけずけと言いのけました。すると魔女の幸村はただ静かに笑みをたたえて、王と妃の下へと進み出ました。


「これはこれは、どうやら楽しい宴に水を差してしてしまったらしいね」
「幸村君は……お怒りではないのですか?」
「怒ってなどいませんよ、妃殿下。ああ、その証拠に俺からも小さなお姫様に何か一つ、贈り物をしてさしあげよう」


ーーそうして、冷たい微笑を浮かべる魔女の幸村は、産まれたばかりの姫へ向けて己の杖を掲げました。


「皆の者、よく聞きたまえ!姫は美しく育ち、民からすべからく愛される……。だがしかし!彼女が16を迎える日の晩、錘の針に指をかけ、そして死ぬことになるだろう!」
「なんて恐ろしいことを!」
「あの者を捕らえろ!」
「お前達に俺が捕らえられるものか!」


ーー王の蓮二が兵に魔女の幸村を取り押さえる命令を下すやいなや、幸村は甲高い笑い声を上げ、従者のジャッカルと瞬く間に燃え盛る青い炎の彼方へと消えてしまいました。


「これではが16になったあかつきには死んでしまう……。せっかく生まれてきたばかりの俺の愛い娘だのに」
「殿下、落ち込むのはまだ少し早いかもしれねーぜ?まだ赤也が最後の贈りモンしてねーし」
「そうっスよ!」
「では……この忌まわしい呪いを解くことは可能なのか?」
「いいんや、蓮二殿下。魔女の呪いは強力すぎて赤也ごときのぺーぺー魔法使いにはにはそう解けん。しかし呪いの威力を弱めることぐらいなら、この赤也でもできるかもしれんの」
「その言い草はひどくないッスか?」


ーーそうしてぶんむくれながらも赤也は、呪われた小さな姫に三つ目の贈り物を贈るために杖を振りかざします。


「ちぃせーお姫様よ、アンタがとびきりの美人になった頃につむの針に指を刺しちまったとしても、死んじゃう代わりに永遠の眠りについて、愛する人からのキスで目が覚めるっつーのが俺のプレゼントだ」


ーーしかし、それだけでは産まれたばかりの可愛い姫を心配する王様の気持ちは落ち着きませんでした。王様は臣下に命令を下し、その晩に国中の錘を全て焼き払ってしまいました。妖精たちはその錘の燃える様を見て、どうにか呪いを凌げないかと頭を捻っていました。


「なんつー陰湿な呪いをかけてくんだよ、魔女幸村くんは!」
「お前さんそんなこというとると、後で殺されるぜよ」
「つーかこれセリフだから、平気じゃね?」
「だーッ、先輩たち!そんなんじゃなくて、これからどーすっか考えなきゃいけないんじゃないんスかぁ?」
「赤也が生意気な口きくの……」
「まー、今回ばかりはしゃーねー。コイツが言ってる通りだろぃ。そうだなぁ……。おっ、そうだ。お姫様をケーキに変えるっつーのは?」
「……おまんが食っておしまいじゃろ。いっそ俺たちが木こりのフリして姫を城の遠くにどこかで育てるかの~」
「……仁王先輩それ、かなりいーんじゃないっスか?!」
「えー?俺たちがあのガキ育てんのかよ!しかも木こりとか、魔法使えねーじゃん!」
「まぁ、ブン太。長い目で見れば、えらい別嬪な姫さんが俺たちと一緒に住むってことよ。愛の分からん魔女の幸村が一番予想できんやり方じゃし、オイシイ話と思わんかの?」


ーーというわけで、イマイチ先行きが不安に見える妖精三人は、王様と王妃様を説得し、森の中で姫が16歳を迎える夜まで姫を育てることにしました。国王、王妃そして王国にとっては悲しく長い年月が流れましたが、姫の16の誕生日が近づくにつれ、国中は彼女を迎えるために喜びに湧き上がっていきました。しかしその中一人だけ、雷鳴を暗黒の城に轟かせ、怒りを露わにしている者がひとりいました。底意地の悪い魔女の幸村は16年間もの間、姫を従者どもにくまなく探させたというのに手掛かりをひとつも掴めていないのです。


「おかしい……。16年間も探したというのに、なぜいない!俺の目が黒いうちに消えるなどあり得ない……。きっとどこかにいるはずだ……!お前たち、本当に国の隅から隅まで探したんだろうね?」
「はい、幸村様!全て隈なく探しました!」
「山も森も街も、全てかい?」
「山の、森の、街の、ありとあらゆる全ての揺りかごの中を探しました!」
「……揺りかご?」
「はい。全ての揺りかごを、隈なく!」
「ふふ、ジャッカル……聞いたかい?こいつらはこの16年間揺りかごの中を探していたようだ……」


ーー魔女の幸村はあまりにも無能な配下達に、嘆きました。それを察した従者のジャッカルは恐れにおののきます。


「あ、ああ……」
「……お前たち、赤ん坊が16年も赤ん坊のままでいると本気で思っていたのかい?ジャッカル、君は違うね?」
「あ、ああ……」
「……お前たち無能共には後でたっぷりと灸を据えてやろう。ジャッカル、こうなったら君だけが頼りだよ……」
「お、おう……」
「ただちに姫を探し出すんだ!失敗は許さないぞ!」
「分かったぜ……!」


ーーそしてジャッカルは主人に最後の望みを託され、姫を探しに城を出ました。











* * *










ーー16年もの長い間、姫の所在は誰にも分からないままでした。しかしその森深くでは三人の妖精が木こりとして過ごし、そして一人の姫を自分たちの娘のように扱い育てていたのです。姫は健やかに、そしてとても美しく育ちました。夜の帳のような黒髪、肌は雪のように白くそして薔薇をも恥じらう鮮やかな唇の持ち主です。そして今日はなんとめでたい彼女の16歳の誕生日。三人の妖精たちは、姫に気づかれないようお祝いのパーティを開こうと計画を立てています。


「俺はこのドレスが超好みっスね!」
「赤也、こんなもんは俺たちのには着せられん。胸元が開き過ぎじゃ。王様に叱られると」
「色はやっぱ赤だよ、赤!」
「ブン太、おまんも少しは人の意見を聞きんしゃい」
「なんの話をしてるの?」
「うぉっ!!」


ーーはかわいらしく小首を傾げて、三人が悪だくみでもしていたかのように見まわしました。仁王は彼女に気づかれないよう先ほど広げていたドレスのカタログを隠し、苦し紛れにそばにあった籐で編まれた籠を差し出します。


は知らんほうがよか。とんでもないこと考えちょって、呆れられとうないからの。ほれ、花でも摘んできんしゃい」
「えー!でもあたしテニスがしたいのに!相手してよう!」
「テニスはまた今度してやるからよ、。これ以上話をややこしくすんな」
「じゃあ赤也、帰ったら練習試合を申し込むわ!」
「手加減なしッスよ、センパイ」
「お前がに手加減しないでどーすんだよ」
「冗談に決まってるじゃないスか、丸井先輩……」
、くれぐれも知らんヤツにはついていくんじゃなか。話すのも禁止じゃき」
「帰りは遅くなるんじゃねーぞ、俺が探しに行かなきゃなるんだからな」
「まー、とりあえずそのバカでかい声で助けを呼べば俺も飛んで行くんで!」


ーーと、は口の悪い三人の木こりに半ば追い出されるように小屋を出て行きましたが、すぐにそのことを忘れ足取り軽く森へと向かいました。歌うのが大好きなは小鳥のさえずりと共に美しい歌声を奏でながら花を摘んでいきます。しかしその明るい歌声とは裏腹に、その顔は憂いを帯びています。


「はぁ……。どうしてあの三人はあたしをまだ子ども扱いするのかしら?」


ーーはみちのく花に問いかけます。


「あたしだってもう16なのに。恋ぐらいしてもいいお年頃でしょ?オマケに今日なんて、裏でこそこそするから怪しーったらありゃしないわ……」


ーーは自分自身に話しているのに嫌気がさしました。友達も、花々や森で出会う動物だけなのです。少し落ち込んだ彼女は、自分を元気づけるようにいつぞや見た夢のことを語りだしました。


「でもね、夢で見たの!とっても素敵な王子様と一緒に踊る夢。背が高くて、少ししかめっ面だったけれど凛々しい眉毛に逞しい胸をしていて。けれど……途中で夢が覚めちゃって、ロマンスはお終い。あたしのロマンスは所詮夢の中でだけ……」


ーー楽しい夢でも、森奥の小屋と今いる森だけが彼女の世界だと考えれば考えるほどはもっと悲しくなってきました。いつまでも森の奥の小屋で暮らす人生なんてちっとも面白くありません。でも今日は彼女の誕生日。は少しでもの慰めにと、気分転換に再び歌い出しました。がこの世のものとは思えないほどの美しい歌声で歌っていると不思議と森の動物たちも集まってきます。は先ほどまでの嫌な気持ちをすっかり忘れ、風のそよぐ音に歌声をのせていきます。


ーーそんな中森の中の小道を駆ける弦一郎王子がいました。狩りに出かけたのですが、めぼしい獲物も見かけず、ストイックな王子は馬を繋いで体を鍛えるために森の小道を颯爽と走っていたのです。しかし、そんな中風にのせられてこの世のものとは思えぬ程美しい歌声が聞こえてきます。弦一郎王子は、ふと走る足取りを止め、小道を外れ、歌声の主を探しに森の奥までやってきました。


「あの声は人間のものか……?美しい。こちらから聞こえてきたようだが」


ーー弦一郎王子が茂みをかき分けて行けば、歌声がどんどん近付いてきます。すると向こうになんと、美しい少女が花を摘みながら歌っていました。しかし彼女は花を片手に物憂いげにため息をつきます。


「そういえば、何度もあの夢を見るんだよね……。最後にあの人があたしを優しく抱きとめてくれるの。なんだか懐かしい感じがする人なの。夢は幻だっていうけれど、こう何度も見てるくらいなんだから本当のことになったっていいと思わない?」
「夢は幻か……フン、くだらん」
「だ、誰?!」


ーーは声がする方へ振り返ってみると、見知らぬ若者が立っていました。それも、夢で見たような背の高くしかめっ面をした眉毛が凛々しく逞しい若者です。彼は狩人のような格好をしていますが、やはり夢の中の王子様にそっくりでした。初めて経験する胸の高鳴りを誤魔化せないでしたが、いつもあの三人の木こりから見知らぬ者と話してはならないと厳しく教えられていました。


「怪しい者ではない。驚かしたのならば謝ろう」
「い、いえ、驚きはしましたけど……」
「先ほど歌っていたのはお前か?あやかしではなかろうな?」
「あやかし?あの、歌っていたのはあたしですけど……」
「俺は怪しい者ではないと言っておろう、警戒しなくていい」
「でも……。あなたと初めてお会いしますよね?」
「先ほど言っていたではないか。夢で会った男のことを」
「え?」


ーー弦一郎王子は、美しい歌声と共に明るく物怖じしない美しい彼女に一目で恋に落ちてしまいました。そしても弦一郎王子の真摯な眼差しに木こり達との約束を忘れうっとりと見惚れました。弦一郎王子がの手をとり恭しく手の甲に口づけを落とすと、は顔を赤らめて恥じらいました。王子はそんないじらしいを愛しそうに熱っぽい視線で尋ねます。


「お前の名は?お前の名を教えてくれ」
「あ……そんな……。だ、ダメなの。そ、そう、あたし、帰らなくちゃ!」
「帰る?会ったばかりでは?」


ーーはふと我に返りどんどん早まる胸の鼓動を無視し、するりと弦一郎王子の手を離しました。急いで落としてしまった籠を拾い上げ、慌ただしくスカートを翻します。


「では今度はいつ会えるというのだ?」
「いつって……、またいつか!」
「いつかではわからないだろう!」
「辛いけど、二度とお会いすることはできないわ……!」
「もう二度と会えないのか?!」
「会えない……、ううん、じゃあ今日の晩、森の奥の小屋で!」


ーーそう言い残すと、は瞬く間に森の奥深くへと姿を消してしまいました。王子はそれを見届けると今しがた恋に落ちた娘のことを報告するため、至急に城へと踵を返しました。その頃、木こりの家では三人の妖精たちが姫のためにと、パーティの準備をしていました。


「ドレスはこのコバルトブルーのでええな。は青がよー似合うとるき」
「結局仁王先輩が全部決めるんじゃないっスかぁ」
「ほれ、赤也もちゃきちゃき掃除せんと、がそろそろ帰ってくる時間じゃ」
「なぁ、ケーキこんな感じでいいか?」
「うおー!マジでちょーうまそうっスよ、そのケーキ!味見していーっスか?」
「ダ・メ・だ!それにしても、こんなアーティスティックな三段重ねのケーキが作れるなんて、俺って天才的ぃ!食うのマジで楽しみだぜ」
「お前さんのケーキじゃなかと、の分しっかり取っておきんしゃい……プリッ」


ーー順調に準備が進む中、黒い影が小屋に近づいていました。街の人から、森からこの世のものとは思えぬほど美しい歌声がたまに聞こえるという噂を聞きつけてやってきたのです。これには肺活量が人並み以上にあるジャッカルさえもあやしんだのです。ジャッカルは忍び足で小屋に近づき、誰にも気づかれないよう煙突に登り、聞き耳を立てていました。


「大体こういうのは気が引けるんだよなァ……。でも幸村には逆らえねーし。つーかこの小屋で合ってるのか本当に?合ってない場合のことを考えると胃が痛むぜ……」
「ただいまぁ!」


ーーしばらくもしない内に、少女の明るい声が聞こえてきました。


「おお、おかえり。花は摘んできたかの?」
「うん、たっくさんね!あのね、みんな聞いて聞いて!森の中で誰と会ったと思う?」
……お前、知らないヤツにあったのかよ?」
「ううん、知らない人じゃないよ」
「知ってる人っスか?でも……」
「そう!夢の中でお会いしたことがあるの!」


ーー姫の恍惚とした表情に、三人はすぐに姫が恋に落ちていることに気付きました。しかし、彼女には16年温めてきた真実を告げなければなりません。


……。話さなければならんことがあるんじゃが……。おお、そうじゃった、誕生日、おめでとう」
、誕生日おめでとう!」
「おめでとうっスー!これで16っスね!」
「みんな、ありがとう!わぁ!これ、プレゼント?」
「そうじゃ、おまんのためにこしらえたドレスじゃ」


ーーは色が鮮やかで見事なドレスと、綺麗に高く盛られたケーキに駆け寄ると瞳を輝かせ、三人にお礼にと抱擁を交えました。けれど木こり達はどうも戸惑いを隠せずぎこちなく笑っています。はそんな様子の木こり達を不審に思いました。


「さっき言ってた話って、なぁに?」
「そう……その話、なんじゃが」
「お前はもう婚約してるんだ」
「婚約……?婚約って、一体誰と……」
「隣の国の弦一郎王子っスよ」
「弦一郎王子?でもあたしが王子様と結婚するなんておかしいじゃない。あたしは……」
「それはおまんが本当は姫だからじゃ。姫」
「そんなこと言われたって……。あたしはあの人と……、あの人は夜にここに来てくれるって言ったのに……!」
「残念だが、姫、もうそいつは二度とお前に会わせられねェ」
「今晩、俺たちは城に帰らなきゃなんないんっスよ……」
「そんな……!そんなこと信じられるわけないじゃん!そんなのってないよ……!」


ーー姫はショックのあまり、階段を駆け上がり寝室へと閉じこもってしまいます。すすり泣く声が扉の向こうから聞こえてくるのに、三人の愉快な妖精達も今回ばかりは眉尻を下げ、当惑した思いを隠せませんでいた。しかし片や悲しみにくれていると思えば、耳をそばだてていた魔女幸村の従者のジャッカルが煙突から飛び退いて腰を抜かしていました。


「どんぴしゃかよ……!これはすぐに幸村に伝えなきゃなんねーな!すまねェッ、姫……!」


ーー人が良いジャッカルは姫に懺悔をしながらも、煤だらけの体ですぐさま魔女幸村の拠点とする城に吉報を手に飛んで生きました。そしてその一方、城ではーー。


はまだ来ないのか」
「蓮二、そんなに苛立ったところで姫君が早く帰ってくるわけじゃないだろう?」
「だが精市……。16年も子の顔を一度も見ていない親の気持ちがお前には分かるのか?」
「俺も一応は、自由気ままに家から飛び出ていってしまう堅物息子の親なんだから気持ちくらいはお察しするよ。それより君のところの姫君と俺の息子のために新居を用意してあるんだ」
「新居だと?精市、それはあまりにも性急ではないか?」
「いいや、俺はそうとは思わないね。16年待ったんだ。俺たちの国もひとつになることだし、君も早く孫の顔を見たいだろう?」
「それはそうだが……。しかし……」
「何か不満かい?」
「不満ではないが……。まだ家族の時間を一度たりとも過ごしていない、可愛いをそう易易と嫁にやるのは……寂しいものがある」
「約束は約束だよ、蓮二。それに会いたいと思えばこれからはいつでも会えるんだ。おっ、どうやら愚息が帰ってきたみたいだ。どうせロードワークでもやっていたんだろう」


ーーそういうと隣国の王様の精市は息子が城に入場したラッパの合図を聞きつけ、愛娘が心配で心配で仕方がない王様の蓮二を置いて、門に向かい息子へ会いに行きました。蓮二はまた一度、深くため息をつき王座に留まったまま親友の背中を見送ります。


「ああ、真田。遅いじゃないか!これから未来のお嫁さんを迎えるんだから、そんな泥っぽい格好をしてないで早く着替えてきなよ」
「遅れてすまない。しかし、未来の嫁にはすでに会ってきた」
「会ってきた?姫にか?」
「いや、姫ではない。名はまだ存じ上げん。夢の中で会った、森の奥深くに住む美しい娘だ」
「何を馬鹿な!もうお前は姫と結婚すると決まってるんだ!そんなどこの馬の骨とも分からない夢なんかで出会った娘と結婚するだなんて俺は許さないぞ。王様は俺だ。これは王命だぞ!」
「父上、俺が結ばれたいと願う女性との結婚をさせてもらいたく存じ上げる。悪くは思わんでくれ!すまん!」
「な、待て、真田!」


ーーしかし王の精市が引きとめるまでもなく、弦一郎王子は城を飛び出して行ってしまいました。


「真田は言い出したら聞かないからなぁ。俺がここでぐだぐだ言っても話が進まないだろうし。こればっかりはしょうがないな……。はあ、どうやって蓮二に知らせようものか」











* * *










ーーその日の晩、姫は三人の妖精たちと共に小屋から目立たぬよう城へと向かいました。こっそりと忍んで城の小部屋へ着くやいなや、姫はまたもや泣き崩れてしまいます。そんな彼女の様子を哀れに思ったのか、三人は姫をしばらく部屋で一人にしてそっとしておくことにしました。


「大体をたぶらかしおったヤツは誰じゃ」
「でも……やっぱかわいそーっスよ。フツーのオンナノコだったら、好きな人と結婚したいっしょ」
「そいつが誰かさえ分かればなぁ……。それはさておき、俺たちが着いたことを王様に知らせにいくぜ」
「ちょっと待ちんしゃい。なんか、変な音がせんか?」


ーー姫がいる部屋から物音が聞こえたのですぐに駆けつけると、なんとそこに姫の姿がないじゃありませんか!そのかわり暖炉の奥に薄暗い通路が繋がっている隠し扉が見えます。扉が大きく開いたままなので姫はそこから出て行ったのでしょう。バタン!と風もなく閉まるその不気味な扉からは不穏な魔法の匂いがプンプンします。これで姫が故意に出て行ったのではなく、魔女の幸村に闇の魔法で誘われたのだと三人は理解できました。


「幸村じゃ!はよいかんと大変なことになる!」


ーー三人は魔法で暖炉の奥の扉の通路をこじ開けると、姫がたどったはずの回廊へとたどり着きます。しかし、姫の姿は見当たりません。


「もしこれでセンパイが錘の針に触っちまったら……!」
「最悪の事態を考える前に行動だろぃ!」


ーー三人は急いで階段を駆け上がり、必死で姫の名を叫びますが、返事がありません。まさかすでに魔女幸村の毒牙にかかってしまったのでは?!三人が塔の頂上まで辿り着くと、そこには案の定満足そうに目を細め笑っている魔女幸村が待ち構えていました。


「ようやく来たね……。愚か者どもめ」
「幸村!」
「俺を欺くなど本当にできると思ったのかい?闇の魔法を制するこの俺を?ほらごらん、お前たちの大事なお姫様だよ」


ーー三人は床に身を投げ出した姫を見た途端一斉に息を呑みました。傍には錘があります。魔法使い幸村が彼女をそそのかして針に手を触れさせたのに違いありません。幸村は高笑いしながら、青く燃える炎に身を包み、瞬く間に消えてしまうと三人の妖精は倒れている姫の下に急いで駆け寄りました。


「俺たちが目を離しとった隙に……やられたの」
「おい、寝てるだけなんだろ……?」
センパイ……」


ーー妖精たちは永い眠りについた姫を先ほどまでいた部屋のベッドにそっと運び、彼女を横たえらせました。絹のような艷やかで魅力的な大きな瞳が見えることはありません。悲しみのあまり、赤也はほろりとひとしずくの涙を流します。いつも飄々としている仁王でさえも苦い顔をしています。ブン太はむっつりと黙ってしまい、三人は姫を迎えるお城のパレードの余興もよそに、悲嘆にくれていました。


「どうしたもんかのう……」


ーー悲劇が傍で起こっていたのも知らずに悦びの花火をあげたり、楽器を演奏して16を迎える姫の帰りを祝うパレードをバルコニーに出た三人は複雑な気持ちで見つめます。16年もの間、この日を待ちわびていた王様には何と申せばいいでしょうか。


「人が悲しんどるっちゅーのにやかましいの」
「あいつらにあたっても仕方ねーよ、何も知らねーんだから……」
「でもなんか腹立つっスね……」
「この事を知ったら皆俺たちみたいに悲しむじゃろ。解決策を思いつくまで城中に眠りの魔法をかけるとするか……」
「そうか。……そうすりゃ王様も王妃様も何も知らずに済むもんな」
「そーっスね……」


ーーそうして三人の妖精は城全体に眠りの魔法をかけました。杖を振り、眠りの光をふりまけば次々と人々は安らかな眠りに落ちます。城から灯りが序々に消えていき、空に浮かぶ花火も、喜びを奏でるオーケストラも、全て眠りに落ちて行きます。しかし、赤也が城の大広間にさしかかった時、眠り眼の隣国の王様の精市と王の蓮二の会話から聞き捨てならない台詞が聞こえてきました。


「蓮二……実は話さなきゃいけないことがあるんだ」
「すまないが精市、後にしてくれないか。がじきに帰って……くるの……だ……」
「だが、蓮二……真田が……蓮二?さ、真田が……。森に住む娘に……恋に……ふぁあ…、落ちたと……」
「森に住む?!その話、最後まで詳しく教えて下さいよ!」
「彼女とは、夢で……会ったと……」

精市はかろうじてそう答え終えると、蓮二と共に眠りに落ちてしまい赤也は隣国の王の精市が話しているそれが姫のことを指していることに気がつきました。赤也は今晩小屋に来るはずだったのは弦一郎王子だということが分かり、こうしてはいられないと一目散に仁王とブン太の下へ報告に行きました。


センパイが恋に落ちたのは弦一郎王子だったんスよ!夢で会ったって、言ってること同じッスよね?!」
「マジかよ、運命ってあるんだな……」
「二人ともそんなこと悠長に言っとらんで、小屋に急ぐぜよ!」


ーーその頃、期待を胸に膨らませた弦一郎王子が森の小屋まで馬にて駆けつけ、落ち着かない様子で扉の前に立ちすくんでいました。潔く腹を決め、扉をノックをすれば「どうぞ」との掛け声に答えるよう扉を開けます。するとどうでしょう、小屋の中は真っ暗でまるで何も見えません。人っ子一人いない模様です。それを不審に思った弦一郎王子はすぐさま小屋を出ようとしたところ、風の勢いかというくらい力強い何か大きな力で扉が閉まり王子は閉じ込められてしまいました。


「すまねぇ、弦一郎王子!」
「なに!?」



「ああ……なんてことだ。農婦の小屋に来たと思ったら、俺はどうやら王子を捕まえてしまったようだね」


ーー弦一郎王子は口にさるぐつわを噛まされてて、しゃべることができません。情けない音が口から漏れるばかりです。


「連れて行け!でも、丁重に扱うんだよ。さあ俺の大事なお客をどう料理してやろうか……」


ーー妖精達が荒らされた形跡のある小屋にたどり着いた時、そこはすでにもぬけの殻でした。そこにあるはずのない帽子が床に転がっています。きっと弦一郎王子のものでしょう。


「遅かったか……」
「これからどうするんっスか?」
「赤也たまには自分でも考えぇ」
「うーん……。じゃあ魔女の本拠地に行くしかないんじゃないっスか?」
「敵陣に乗り込むわけじゃな……。心許ないが俺たちで行くしかないの」
「そうと決まったら、行くか!」


ーー三人は意を決して魔女幸村が住む、禿げ山に聳える暗黒の城へとたどり着きます。そして激しい雷が落ち、不気味な城を取り囲んでいます。侵入するなんて考えるなど身の毛もよだつような荒廃した恐ろしい城ですが、監視の目を掻い潜って妖精たちは何とか忍びこむことに成功しました。


「こりゃ防犯カメラがあったら俺たち一発で終わりだよな?」
「丸井先輩、そんなくだらないことより王子っスよ、王子!」
「お、あそこがなんだか怪しいの」


ーー仁王が指さしたのは地下牢へと続く階段です。三人は気配を隠し回り込んで牢屋と思わしき部屋の窓枠から城の中を覗き見ると、中には手足が鎖で繋がれた弦一郎王子と魔女の幸村の姿があるじゃありませんか!三人は息を潜めて窓の向こう側からそれを眺めることしか出来ません。


「なにがそんなに憂鬱なんだい、弦一郎王子?」


ーー魔女幸村はぞっとするほど甘い声を出して問いかけます。弦一郎王子はそれに屈することなく、驚くほど堂々と魔女に凄んでいます。


「君には約束された素晴らしい未来が待ってるというのに。そうだろう?」


ーー傍には従者のジャッカルも控えており、彼は眉を顰めじっと二人のやり取りを見つめています。弦一郎王子の威圧的な鋭い視線に身がすくんでしまっているようです。


「人を捕まえておいてなにをふざけたことを!さっさとこの鎖を外さんか!」
「捕まってる御身分でいい度胸だね、さすが王子だ。しかし、そういうわけにもいかない。親切なこの俺がこれからどうなるか教えてやろうじゃないか」
「お前から聞く義理などない」
「いいかい、黙って聞くんだよ。君はおとぎ話の王子様だ。そして、君の愛する森奥深くに住む美しい娘は、なんと君が婚約するはずだった姫じゃないか!なんたる偶然!なんたる運命!そして今、姫は城の頂上で呪いにかかった錘の針に指刺し、遂には永遠に時が止まる眠りについた……」
「なんだと?!あの娘がか……?」
「そしてその眠りを解くのは愛する者のキスだというじゃないか!そして弦一郎王子は姫に口づけを落とし、物語はめでたしめでたしと幕を閉じる……」
「むう……」
「はずだが、そう簡単にはいかせない。君には百年ここで過ごしてもらおうじゃないか。百年経てば本懐を遂げられる、いい話だろう?老いぼれた弦一郎王子は真実の愛を証明するために、体の節々を軋ませながらこの城から這い出、そして愛しい姫の眠りを目覚めさせにいってもらおう!」
「何?!そんなことはさせんぞ!!」
「もう遅い。行くぞ、ジャッカル!」


ーージャッカルには一瞬窓枠の隙間に何かが見えましたが、弦一郎王子の恐ろしい剣幕に怯えてしまい幸村に命じられた通り扉から下がりました。弦一郎王子は成す術もなく、鎖をガチャガチャ言わせ死ぬまで悪に身を委ねることはないというように腕や脚に力を精一杯込め、その瞳には情熱の炎を滾らせています。扉の鍵が完全に閉じられると、窓枠の隙間から様子を見ていた三人の妖精が飛び込んできました。


「だ、誰だ?」
「シッ!説明してやる暇はなか。善なる妖精三人組、という感じかの」
「鎖を外すっス!」
「無駄に動くと怪我するぜ。弦一郎王子、お前には姫を助けてもらわなきゃなんねーんだ。この剣と盾をお前にやるぜぃ」


ーー弦一郎王子は赤也に鎖を外してもらい、仁王は牢屋の鍵を打ち破りました。自由になった弦一郎王子はブン太から剣と盾を授かり、勢いよく牢を飛び出していきました。静かにしろと言った傍から、そんなことも気にすることもなく脇目も振らず城の出口に向かう王子の頭には隠密に行動するという選択肢はないようです。


「おーい、もっと静かに行きなさんと~。って言っても無駄なようじゃな」
「まあ、あの人なら俺たちがいなくても姫のところに勝手についちゃいそーっスけどね」
「そんなこと言ってないで俺たちも王子をサポートしなきゃだろぃ!」


ーー勢いよく飛び出していった弦一郎王子の後を妖精たちは追いました。すると三人の妖精の気配にわずかに気付いていたジャッカルが、たくさんの他の下僕たちを従えて応戦のため駆けこんできます。


「こしゃくな!」


ーーしかし弦一郎王子の太刀筋にまるで歯が立ちません。俊敏に動くジャッカルも弦一郎王子にたじたじです。これはもう勝てる見込みはありません。弦一郎王子は勇姿をありありと見せつけ、とうとう朽ち果てた城の出口までたどり着きました。ですが、ジャッカルが先回りして出口から続く橋を引き上げて渡れないようにしています。そこで妖精たちが魔法で橋を渡そうとしました。


「笑止、そんなものは俺自身の力で飛び越えてくれよう!」
「俺たちの存在意味ねー!!」


ーー弦一郎王子は途中まで橋を渡りきるとそのまま脅威の脚力で橋の向こうの崖まで飛びました。妖精たちもそれの後に続きます。ジャッカルはすぐさま援軍をよこし、矢を打ち放ちましたが、それらも全て妖精たちの魔法と弦一郎王子の華麗な剣さばきに返り討ちにされてしまいます。ジャッカルは他に手はないと思い、すぐさま弦一郎王子の脱走を魔女幸村に知らせに行きました。


「なに?王子が逃げただと?確かにあの王子はおとなしく捕まってるタマじゃないと思っていたが……!しかし、そう思い通りにはさせない!」


ーー魔女の幸村は怒りのまま雷を槍のように姫が眠る城に降らし、その周りに太く黒々とした茨を張り巡らせます。弦一郎王子はその迅速な脚力で城のふもとまで一気にたどり着き、呪われた茨をものともせず剣で薙ぎ払い進んでいきます。


「おのれ、魔女め!」
「そう容易くお前を姫の元へ行かせるものか!さぁ、今度はこの俺自身が相手だよ!」


ーーどんな試練にもめげない弦一郎王子にとうとう魔女幸村自身が城へ降り立ち、禍々しい一頭の黒い竜へと姿を変えました。竜は恐ろしい青い炎を口から噴き出し、木々は勿論大地までをも焼きつくします。さすがの弦一郎王子も盾を利用しながら、暗黒の竜の炎から逃れ、それでいて尚果敢に挑もうとします。


「くっ……!突破あるのみ……!」
「俺たちの出番ないと思ったら、まぁ最後の最後であったな」
「弦一郎王子、俺たちが最後に力を貸すっス」
「何?お前たちの力などなくとも己の手で成敗してくれるわ!」


ーーそんな風に強情な王子と妖精が押し問答している最中、王子の手元にある盾が竜の吐き出した灼熱の炎で吹き飛ばされてしまいます。


「俺たちにちょいと見せ場を与えてくれるだけの話じゃ。剣よ、真実の名の下にその力よ集え。悪は一撃にして真の愛の力の下滅びん!」


ーー剣が魔法によって神秘的な輝きを放つと、弦一郎王子はそれを機に竜の前で構えました。目を閉じ、竜の攻撃にも恐れをなしていないようです。深く息を吸い込み、目を見開いたと思えばその瞬間!


「キエエエエエエィ!!!」


ーー王子は勢いよく竜に剣を振り抜き、またたく間に竜は斬撃を受け、深い致命傷を負いその場に倒れてしまいました。弦一郎王子は崩れる崖からすんでのところで向こう岸に飛び渡り、崩れた岩と共に谷底に落ちて行く竜の成れ果てを見届けます。


「なんかやっぱり俺たちの魔法必要なかったかもな」
「いや、お前たちのおかげで最後の一撃にて仕留めることができた。先ほどは意地を張ってすまん。感謝している」
「それはよかったが。はよ姫を起こさんといかん」
「そう、そう!城中が弦一郎王子を待ってるンスよ!」


ーー弦一郎王子は妖精と共に、忌々しい茨がすっかりなくなった城へと向かいます。眠りの魔法がかかった静かな城を弦一郎は神妙に見渡し、妖精たちに案内され塔のてっぺんへと足を運びました。そして、ベッドで深く眠りにつき、呼吸で胸を小さく上下させている女性、紛れもなく森で出逢った美しい娘、いえ、姫にとうとう会うことができたのです。


「やはり、お前が……」


ーー弦一郎王子は永い眠りについた目の前の姫の下に膝まづきます。そして、その愛らしい唇に小さくキスを落としました。すると姫の頬に薔薇色の赤みが刺し、ゆっくりと大きな瞳が開きました。姫は寝起きが悪いので少し唸りながら快活に腕を伸ばして起き上がりました。それと同時に城もだんだんと眠りから覚めていきます。城に明かりが灯っていくのが弦一郎王子と妖精たちにも分りました。


「あ、あなたは……。あなたは、あの時の!」
「ああ……。お前が姫だったということを先刻知った。俺の名は弦一郎だ」
「王子……?あなたが?本当に?」
「ああ」
「あなたが、夢で見た王子様だったのね!」
「俺もお前が姫だとは露とも知らずにいた。だがお前が何者であろうと、俺の気持ちは揺るがぬ」
「王子……」
姫、俺と……結婚してはもらえぬだろうか?」
「…はい!はい、弦一郎王子……!」


ーーそうして結ばれた二人は力強く、けれど温かに抱擁しました。妖精たちはその姿を少し離れたところから見守り、顔を見合わせながら喜びます。そして城は眠っていたことなど忘れていたように忙しなく動き出そうとしていました。パレードの音楽が鳴り出し、そして隣国の王の精市も眠りから覚め、親友に伝えなければならない重要な話を思い出しました。


「そうだ、蓮二……。話さなきゃいけないことが」
「頼むから後にしてくれないか、精市」
「俺の息子の話だ、蓮二!」
「そうだな、宅の弦一郎王子はまだ来ていないようだが……」
「見て下さい、お二方!」


ーー比呂士王妃が歓声を上げると共に広間の人々も湧き上がりました。精市は何事かと思い振り返ってみると、螺旋階段から、なんと、弦一郎王子の手を携えた姫が共に降りてくるではありませんか!二人は玉座の前へと進み出ると、はドレスの裾をつまんで丁寧にお辞儀をし、初めて顔を見せる自分の親の胸に駆け寄ります。蓮二は娘の髪を優しく撫で、そして王妃の比呂士はわが子を慈しむように両手を自分のもので優しく包みこみました。


「蓮二お父様、比呂士お母様……」
、この日を心待ちにしていた。お前のその美しく健やかな姿を見れて俺は嬉しく思うぞ」
さん、本当に立派になられて……。すぐにお嫁にやってしまうのがとても惜しいですよ」


ーー今の現状が理解できず立ち尽くしている隣国の王の精市に近づき、頬に挨拶のキスをしました。精市は驚きで目を回し、自分の息子が遂に 姫と結ばれたことをようやく理解し手を叩き歓迎し、宴に参加しました。弦一郎王子と姫がワルツの音楽に合わせて踊りだします。お似合いの二人が優雅に踊る様に広間にいる者皆見惚れ、そして幸せに包まれました。いまや国中が二人の結婚を祝っています。弦一郎王子はその真っ直ぐで情熱を湛えた視線で姫を見つめ、そしてまた姫も愛しそうな眼差しを彼に向けました。二人の目が合えば、それはもう薔薇色の世界が広がったようです。顔を近付ければお互いの香りに包まれます。姫が悪戯っぽく笑うとその愛しさのあまり弦一郎王子は彼女の腰を引き寄せ、二人は永遠の愛を込めたキスをしました。こうして二人は結婚し、遂に国はひとつになって大きく栄え、皆永遠に幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。


(201008 修正済み)
(090829)