優しい水面を仰ぐので・後


せっちゃんが泣いている。あたしが泣かせたようなものだ。あたしは罪悪感で胸の奥が余計に縮み上がり抑えつけられような痛みを感じたのだ。そうだ、せっちゃんは自分が病気をしていた時、誠心誠意治せるよう努力することを約束した人なのだった。久しぶりに僅かな正気が目を覚ますのを感じた。せっちゃんがすすり泣くのを見るのは、あの時以来だーー。


「せっちゃん、大丈夫。あたし病院へ行くよ」
「……また大丈夫って言うんだね」
「えっと……じゃあ、大丈夫かは分かんないけど、病院へは行きます」
「ああ、その方がいい」


せっちゃんはティッシュを掴み、鼻をチンと小さくかんだ。間の抜けた行為に大人の顔つきに近づいたせっちゃんが昔の幼気な少年に見えて、ちょっと面白くて笑えてきた。


「……笑ってる余裕なんかないだろう?」
「だってせっちゃん、子どもみたい」
「どっちが子どもなんだ?病院に行かない行かないって駄々こねてたのはの方だろ」
「ハイ、すみません」


顔を見上げて視線がかち合うと思ったより泣いていたせっちゃんはおっかなく睨みつける真似事をするけど、明らかに口の端が緩んでいた。あ、まだここでよく遊んでいた頃に言い合いが起きた後に空気が解ける時の顔だ。こんな顔をするせっちゃんを見るのはもう何年ぶりのことだろうか。そんな風にすぐ本題から逸れてしまうあたしを他所に、せっちゃんは涙を拭いながら依然として真剣にあたしに訴えを続けていた。


「いいかい、事実俺はの家族でもなんでもないから、残念ながらおばさんの説得に協力は出来ない」
「うん、分かってる。……一人で行ってくるよ」
「いいや、それでも心配だね。一人でちゃんと行ってくるのかな」
「ちゃんと行くってば」
「これまでのの行いを見てるとイマイチ信憑性に欠けるんだよね」
「…………」


この件に関して信用がないのは分かる。あたし、すごい勢いでせっちゃん達を撥ね付けてしまっていた。誰もあたしのことなんて分かってくれないと思ってた。せっちゃんのさっきの言葉には、真心がつまっていた。それがいかに悲しいあたしの家族事情への同情の言葉だとしても、あたしの心に寄り添ってくれた。大切に扱われないあたしを、一番に思ってくれた。涙と言葉で、膠着状態だった心がようやく動き出した。


「行くよ、行く。約束する、予約すぐ取る」


せっちゃんの熱意にはお手上げです、あたしが頑迷な態度でいたのが悪うござんした。あたしはそんな気持ちで降参したような気でいたのに、次の瞬間せっちゃんがあり得ない提案をしてきた。


「そうだ、真田と行けばいいんだ」
「は?」
「真田と行けばいい。何でそんな簡単なことが分からなかったんだろう」
「いやいや、簡単って?婦人科に?弦一郎と?無理だよ」


せっちゃんは先程と打って変わって目をぱちくりとさせさもそれが名案だというようにうんうんと頷いていた。いつもどおりのせっちゃんに戻ってくれたのは嬉しいけど……、でも。


「無理じゃないよ。そういうケースだってきっと多々あるはずだ。真田だって心配していたし、今みたいな状況なら喜んで着いて行くだろうよ」
「喜んで?いやいや、無理くない?!あたしが弦一郎に頼むの?!一緒に婦人科に行ってくださいって……フツーに病院へ行く以上の難易度だよ!」


慌てふためくあたしにせっちゃんは前髪の隙間から今度は本当におっかなく厳しい目つきで睨んだ。いつになく目に力がこもっている。ここまで険しい顔はあたしに向けられたことはなかった。これは……本気の顔だ。今までずっと怒っていたんだ。せっちゃんにその気はないんだろうけど、あたしが今弦一郎と会いたくない気持ちさえも無視してると感じるほどに。……それもそうなのかもしれない。でもその容貌にあたしは後ずさりしたくなる程だった。


「俺に病院へ行くって言ったよね、約束したよね」
「……した」
「皆に心配かけているんだ。じゃあ、ちゃんと病院へ真田と行ってこれるよね?彼女の体調が思わしくないのに彼氏が同伴するのは何ら変なことじゃないし」
「えっと……変じゃないかもしれないけど……」
「婦人科へ行くような後ろめたさが君たちの間にまだないのは知っているよ。君はまだしも、真田を見ていれば分かることだから。だから大手を振って行ってきなよ、俺が真田に伝えとくからさ」


いやいや、それはおかしい。大手を振って婦人科に彼氏と一緒に行く彼女がどこにいる?ていうかそんなの弦一郎がむしろ受け入れてくれるの?ただでさえ今気まずい感じなのに……。お産の時でもないとそういうの男子禁制みたいに捉えてそうな弦一郎が???確かに、あたしが具合悪いとなったら脇目も振らず病院へ行くことを承諾してくれるだろうけど……そんな迷惑……。


「着いてきてもらうのが迷惑なら、病院に頑なに行こうとしなかった方が迷惑だね」
「なっ……なんで」
の考えてることなんて透けて見えるよ。どうせ迷惑かけちゃいけないって思っているんだろう、それが間違ってる。病気や体調不良の時に周りに苦労をかけないことなんてない」
「…………」


心底耳に痛い言葉だった。チームへのあたしの気持ちはせっちゃんが今一番わかってる。せっちゃんがかつてそうだったように……、あたしのとは比べ物にならないかもしれないけど、せっちゃんも今のあたしみたいに苦しいのを乗り越えて病気に打ち克ったんだもんね。納得はしかけたが、少し無理しすぎたのか腹部に軋む痛みを感じあたしは咄嗟にお腹を抱え込んでしまった。


、まだ痛むのか?」
「うんちょっと、まだ良くなくて……今回はほんと、調子悪くてまいったな……」
「まだ体調が良くない時に長話をして悪かった。俺たちはどうにか柳の知恵を借りながらやり繰りしているし、なんなら土日だって気兼ねなく休めばいい。とにかく、は今回復することに専念するんだ」


せっちゃんは語調を強める。余程あたしに思うところがあったのだろう、今日はとても悪いことをしてしまった。泣き叫んで、喚いて、気を遣わせてしまった。こんな姿、せっちゃんに見せないようにしようと思っていたはずなのに。せっちゃんは「また連絡をくれ。お大事に」と言い残し紙袋を椅子の上に置き、笑顔を見せることなく静かに場を去って行った。扉が閉まり、すぐさま目を焼く蛍光灯の電源を切った。遠くでせっちゃんとママが少しの会話をした後せっちゃんが家を出た気配を感じるとあたしはフーっとお腹の底から大きく溜め息をついた。再びグラァッと視界が歪み、耳鳴りが遠くから何重にもなって聞こえてくる。四肢に、重しの防具のように徐々にだるさが装着されていく。体がどんどんベッドに沈んでいく気がした。
しばらくしてママが部屋にまた入ってくる音が聞こえたけど、もうこれ以上人の形を成して会話をするのは無理だと感じ布団の上で横たわり無視を続けた。ママは寝込み続ける娘に独り言を並べるだけ並べて満足したのか、パタンと再びドアが閉まる音が鳴ればようやく心地の良い静寂が部屋を支配する。マンションの通路にある電灯や月明かりを透かすカーテンのおかげで柔らかい光が瞳の縁に僅かにしか入ってこない。この夜の暗闇に乗じて溶けてしまいたい。だって今はこの真っ暗闇が、あたしの心の友なのだから。








* * *










が常々愚痴をこぼしていた家の事の数々に、急速に理解と納得が追いついて心臓がバクバクと大きく鼓動を打っていた。おばさんの顔を見るのも気まずく、挨拶もそこそこに切り上げ、世間話を展開しようとするのをうまく避けてきた。おかしい、気が狂っている。娘のあの姿を見てヘラヘラと笑顔を貼りつかせている、つい先程まで親しみある人だと思っていたのに。俺はもうテニスができないだろうと医者が話しているのを聞いてしまった時と似たようなショックを受けていたし、気も動転していた。……ロビーのソファーにて最後見かけた時となんら変わらぬ姿で座り込んだ男を見るまでは。その姿を見てどこか安堵する自分がいたのは事実だった。

ようやく、自分の現実が戻ってきた感覚があった。浅く座り、前のめりになった真田の沈んだ顔を見てそう思った。ロビーのひっそり閑とした空気がやけに先程の出来事を非日常化させていた。


「真田、待っていたのか。とは話が出来たよ。もう出よう」
「む、そうか……」
「歩きながら話すよ、いや、駅までだと時間が足りないな……。たまには真田の家まで歩いて行くか」
「……分かった」


理不尽にも幼馴染の悲痛な面持ちを見て安心したかと思えばその悲惨な表情はどうにかならないのか、と怒鳴りつけたい気持ちになってきた。それは自分の至らなさへの怒りなのかもしれない。の気持ちの半分も分かってやれなかった。やり方が正しかったかも、分からなかった。重たそうな腰を上げ、真田家の石が入った文字通り重いテニスバッグを彼は背負い、俺達はマンションを出た。はあそこで壊れた家族ごっこを毎日延々と繰り広げているのか。生温い風が吹いているというのに、そう思うと背筋が凍った。俺はから前々から聞いていた話の全てを反芻しながら、覇気のない一歩一歩を踏み出す真田との息苦しい間を状況の説明をするために遂に打ち破った。


の調子は思わしくない。まだ寝ていた方が良さそうだ。土日は丸々休むよう勧めておいたし、本人も渋々だがそれに納得した」
「……そんなに悪いのか」
「ここから話すことは部とは関係ない個々人についての話だけど……」


話すしかあるまい。俺ではどうにもできない問題なのだから、人伝いではあるがの置かれた状況を。そうすれば、真田の眉間にどれほど深い皺が刻まれることになるのだろう。どこまでこの幼馴染を落胆させてしまうことになるのだろうか。それでも真摯に俺を見据えるこの瞳を裏切るなど出来やしない。息を呑み、俺は全てを話す覚悟をした。


の体調に関わる問題だ。俺が聞いたのはほぼ視点の話ではある。でもの様子があそこまでおかしくなった大きな原因の一つだ、君も聞いていた方がいいと思う。の家はね……なんていうか、お父さんに誰も逆らえない家でね。温かさとは程遠い家庭なんだ。おじさんとおばさんは仮面夫婦って言えばいいのかな……。のお父さんは海外出張が多くてね、今までなかなか家に帰ることもなかったんだけど……。の家は正直言っておじさんがいない方が安定していたんだ。おじさんがリビングにいる間はは家族間の会話も禁じられていたも同然だと言うし、おばさんがいない日は自身おじさんの世話をお手伝いさんのようにしなければいけないとも言っていた……。お土産を無尽蔵に買い与える癖に部屋掃除を怠るとの私物の全てを捨てろと何度も脅されたり……こちらが耳を塞ぎたくなるような事柄が他にもたくさんある。行き過ぎた亭主関白だと、俺は思っていたよ」


過ぎていく景色に身を委ねその一部になれたらどんなにいいかという気分だった。自身にスポットライトが当てられ、聞いていて決して愉快になることのない語り部にならねばとならない責任がみぞおちを抉った。真田は頷くこともなかったが、目を見張り俺の話の一言一句を逃すまいとしていた。しかし小さく空いた口と拳が震えているのを見ると、彼にとって一切合切信じたくない事実達を俺が並べているのだと状況はつかめた。


「おじさんは'社会は理不尽なんだから家庭も理不尽でいい'っていう到底俺では理解の出来ない範疇を超えた方針でさ……。食卓ではおじさんの口を誰かが挟もうなら、怒られると愚痴をこぼしていた。おばさんには発言権がなかったようだ。だからよく、俺の母さんがあきのこと心配してた。母さんがおばさんから色々聞いていたんだと思う。……俺が思うに、おじさんの強い家族への抑圧が家全体を歪めている。……俺は今日、それを実感した。おじさん側のお祖父さんの介護や見舞いに手一杯のおばさんはの酷い体調不良に対して病院へ行くことに我慢を強いていた……。自分の事にしか興味ないお姉さんも昔から家のことには大概無関心でね。だからも病院に行くことをあんなにまでなるまで受け付けなかったんだ。家族に迷惑をかけないために……とても悲しいことに、だ」
そんな、そんな理不尽があってたまるか……っ!!


路上で大声を出して、痛いだろうに真田はやり場のない思いを太腿に平手をしてぶつけていた。今度は彼が立ち止まり涙を流す番だった。今日は俺も泣いて、も泣いて。そうか、今度は君か。滅多に泣く姿を見せない君の見せる貴重な涙は、彼女の為に流れる。それもそうだ、そんな理不尽や哀しい事実がに纏わる話であってたまるもんか。俺だっておばさんにそう言ってやりたかった。でもそこで突きつけられた仮初の笑顔は家族以外の者を寄せ付けるわけはないし、実際に俺がそう簡単に踏み込んでいい問題じゃなかった。


はそんな中でもずっと部で笑っていただろう。無理に無理を重ねて、体を壊した結果がこれだ。少し挙動もおかしくなってる。思い込みの激しい性格のせいか、強い自責の念に駆られているようだった」
は……何も悪くない」
「そうだ、でもそれを君が責めた」
「事の重さは……事実として把握できたと……言いたいところだ」


君が人の為に泣くのを見たのは、いつが最後でいつが最初だろうか。いつも肩肘を張って大きく見える真田の背中が珍しく丸まって、初めてその背が頼りないと心の底から思った。真田は渾身の力を込めてその場に踏ん張り、腿を何度かぶつことで正気を保とうとしていた。テニスバッグの肩紐がずり落ちかけても、構わず歯を食いしばってこれ以上涙が溢れるのを堪えていた。俺は目を伏せ、不甲斐ない自分を責めきっと彼は安々と晒したくないであろう醜態を出来るだけ見ないようにした。そして、入院していた頃の自分を顧みて湧き出る純粋な言葉だけを選り抜き、確実に明日を描けるようそれらを紡いでいこうとした。


「あきの不調がこれ以上続くのなら、今度は俺達の手で支えてあげられないかな。あきがあそこまで必死にマネージャー業にのめり込んでいたのはやっぱり、あそこがあきの居場所だからだと俺は思うんだ。だから、今度は俺達が……。高校になってあきの親友も離れたクラスになってしまったし、何があっても俺や真田があきの味方でいればいいんじゃないかな」
「そうだな……。しかしそれで俺に何が出来ようか……」
「じゃあ、彼氏としてもっと優しくするとかさ」
「優しく……」


普段から彼の最大限の優しさで彼女に接しようとは試みていたのだろう、俺の言ったことに頭から蒸気を出しそうな勢いで瞳に涙を溜め顔を真っ赤にし考え込んで足元を見つめ歩いている。今日の真田はいつになく忙しなく百面相だ。これがパソコンのCPUなら熱暴走してお陀仏か。俺はハァ、とこれみよがしに溜め息を吐くと無骨な幼馴染に分かりやすく例えを挙げてみた。


「歩幅を合わせてあげるとかだよ」
「……歩幅?」
「いつもは部活の間、俺達といる時は駆け足だろう。合わせてくれているんだよ。身長差だってあるんだから、歩幅の差だってある」
「そうか……。それは失念していた」
「何も本当の歩幅のことだけじゃない。今のには俺達に追いついて来られるほどの余裕がない。君が昨年関東大会の決勝で負けてからのことを蔑ろにした時のように」
「……」
「事実だろう?だがの場合はそれでも君のことを考えて行動をする……。これまでのマネージャーの努めを見れば、人の為が第一という性分というだけはあると分かるだろう?だから俺達が歩み寄ってあげて、彼女の心がこれ以上他者によってすり減ることを防げるよう注意しないといけないな」
「……ああ」
「病院の件については、おばさんと行かないなら君とが一緒に行くなら、ということにしておいたよ」
「…………俺が?いや、一刻をも争うことだ。必ず俺が着いて行ってやろう」
「病院の予約をしたらから連絡が来ると思うよ、流石に約束をしたからね」


真田は気まずそうに鼻を大きい音を立てて啜った。そうだ、彼女が殻に閉じこもる直接の原因を作ったのは今まさに肩を並べているこいつだ。そしてこれまでの失態も小さく積り重なり、今回に繋がっている。付き合い始めから今までの行動を思い返しても真田は一人で突っ走ることが多く、時にはが全力でそれに着いていき、時にはそれを寛大にも受け止めていた。人の心の機微に鈍感な奴だとはしみじみ身に染みてはいたのでよく気づいたと思いたいところでもあったが、同時にどうしてここまで気づかなかったのかと問いたい自分もいることを否定することは出来ない。……同時にそれだけ彼女が真田を甘やかし過ぎたとも言えてしまうのだろう。否、彼女は存分に甘えてもらうのが嬉しかったに違いない。ここまで真っ直ぐで重たい砲弾のような愛慕を、如何なる状況下でもどんなにボロボロになろうともあの身体で受け止めたかったに違いない。
……だから、こうなった。

ピロン。車通りの少ない小路にさしかかったところで、緊張感のない電子機器の通知音が場の緊張を不意に和らげた。


「俺の方にメッセージだ。水曜の午後6時に予約しました、ゲンイチロウに伝えた?だとさ。……そのまま真田に送ればいいのに」
「ああ、了解した。その日は基礎練習だけで切り上げればなんとかなるだろう」
「返事は君がに送ってくれ。……練習試合は、火曜か木曜に移動させてもらってもいいだろう。土曜には大会だ。時間がない。大会は待ってはくれない。この件に関しては俺から部長と蓮二に連絡しておく。真田、大会に本腰を入れる時期だがをサポートすることにも集中してくれ」
「……分かっている。そろそろ着く、ここまででいいだろうか」


目を凝らせば真田の家らしき門が見えた。もうここまで歩いてきたのか。ぽつりぽつりと語りながら行く道の景色を全然見ていなかったような気がする。思索に耽るような散歩の仕方は久しぶりだった。深い思考の中に引っかかっていた書留の存在を思い出し俺は小さく声を上げ、ちょっと待ってくれと真田を引き止めた。


「この本に女性の体の造りについて詳しく書かれている。貸すよ」
「ああ、ありがとう」
「今後も色々あることだろうから、少しは役に立つことだろう。俺のアシストはこれでお終いだよ、あとは自分の頭で考えてくれ」


それだけ言うと、俺は真田が家に入るのを見届けるわけでもなく駅へと踵を返した。

そうだ、今回はこれでお終いだ。俺に出来る分を俺が出来る時だけに、と君たちの行く末を見守る時に思っていたんだ。それはずっと終わりのない水平線なのかもしれないし、どん詰まりなのかもしれない。だから過不足なく、君たちが一緒に歩いて行けるよう俺は手を加えていいと思った分だけ気ままにすることにしたんだ。すっかり日の暮れた空を見上げながらの小さな歩幅と夏の今頃には括り上げられた揺れる髪の後ろ姿に思いを巡らせる。木の下月夜に照らされる君はいつまで息苦しそうに眉を顰めているのだろうか。
……が抱える問題は子ども一人にしては荷が多すぎる。大人でも押し潰されてしまうかもしれない。

だからその荷が少なくなるまで、俺はの傍を離れないよ。でもこんな風に俺の傍にいたいだけ、いさせてほしくもあるんだ。それの果ては何処か、俺にも分からない。ひねもす夜もすがら、又は死ぬまででもいいのかもしれない。

皮肉にも最近ようやく、それが分かってきたのだった。


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