お節介ものたちの会合
それは全国よりほんのすこし前。幸村くんが部に戻る前の話だ。部員たちはこのうだるような暑さの下での練習の合間の休憩を、太陽の容赦ない日差しを避けるように部室へと逃げ込んだときのことだった。
「あ゛ー……。マジ暑ぃ」
「これでは熱中症になるのも時間の問題ですね」
ヒロシはこの暑いのに曇るメガネも外さず、タオルで汗の滴る顔を拭う。顔拭くときぐらいメガネ外せよ……。俺は前々から思っていたことを口にすることなくその行為を横目でちらちらと見ていた。仁王は床に座っての作ったドリンクを飲んでいる。体を冷やすといけないから、といってドリンクには氷が入っていない。けれど火照った俺たちの体を冷ますには、ドリンクの冷たさだけでもありがたかった。
「あー、生き返るぜよ」
「絶対この部室にエアコンつけるべきっスよ」
赤也はうちわでぱたぱたと顔を仰ぎながら抗議した。まぁ、真田が聞いたらきっと「この程度の暑さに耐えられんなどたるんどる」とか言って一蹴するだろうが。前にも似たようなこと赤也に言われてたし。この程度の暑さっつっても、マジで暑いもんは暑い。朝に見てきた天気予報では今日の昼は36度になるらしい。地獄の業火にでも焼かれてるかのような暑さだっつの!
「そうだな、検討してみよう。生徒会での予算に組み込めるか見てみるか」
「前も柳先輩そー言ってたっスよ……」
「が倉庫から見つけてきた扇風機で今は我慢しろ」
赤也ははーっと溜め息を大きく吐きながら足を伸ばすようにして座り込んだ。他の部員たちも木陰でぐったりしていることだろう。
「なんかこの部室臭くないか?」
「汗くせーだけだろぃ、ジャッカル」
ジャッカルがくんくん、と自分の体の匂いをかぐ。確かにこの部室は熱気と部員の汗臭さが立ち込めている。がこの中に入れば顔をしかめるだろーな……。俺は薄れゆく思考回路のなかでぼんやりと思う。しかし、あれだ。そういえばが先ほどから姿が見えない。真田もだ。
「真田とは?」
「は他の部員たちの世話をしている。軽い熱中症になったものもいるからな」
「あー。真田は?」
「顔を洗いに行くと言っていた」
涼しげな顔で淡々と柳はそう述べた。あー、暑くなさそうな人はいいですねー。俺は柳という人間が暑さや寒さを感じるのか検証したい気持ちが湧いてきた。どんなに気温が変化しようと、コイツは眉ひとつ動かさねぇ。しかしこの暑さだと何する気も起きなくなる。俺はガムを噛むのさえも面倒になってきたところだ。
「そーいや、あいつらいつになったらくっつくんだろーな」
「あ、俺もそれ思ってた」
ジャッカルが話に乗ってきた。俺がそう一言いうと、内緒話をするように皆肩を寄せ合って耳を傾けてきた。なんだなんだ、みんな食いつきいいな。まぁ、誰もが気になってる話なんだけどな。
「もう一年前のことでしょうか」
「おお、そんなになるかのう」
「マジ、センパイ達ニブすぎっスよ」
「あいつらはもう互いの気持ちを知っているが」
えっ?!柳以外の部員は声をあげた。マジかよ。俺は一言言うと、柳は「本当だ」と至って表情を変えずに頷いた。
「じゃ、じゃあもうセンパイたちは付き合ってるんスね?!」
「いや、そうではない。互いの気持ちは知っているが、付き合っているとは聞いていない」
「はあ?真田、何やってんだよ」
「お互い好いとーのに付き合うてないなんて不思議な話があるかの」
「確かにそれは野暮ったいですねぇ」
「まぁ、あいつららしいといえばあいつららしーけどな……」
ジャッカルがそう言えばみんなもミョーに納得してしまう。たしかにそーいえばそうかもしれない。あいつらが初心すぎるとこは誰もが承知の上だかんな……。
「それにしても幸村はそのことを知っとるんか?」
「ああ」
「幸村くん怒りそうだな、コレ」
「そうですね、幸村くんはさんをとても大事に思っているようですから」
「つーか俺はむしろなんで部長とセンパイが付き合ってないのかが謎っスよ」
「まー、俺らにわかんない幼馴染の強い絆ってのがあいつらにはあるんだろ」
「それにしても、真田ってマジ奥手なんだな……」
俺がしみじみと実感しつぶやけば、周りも同感といった風に呆れたような顔で深く頷く。あいつらがくっつかない間、俺たちは不機嫌な幸村くんから理不尽な八つ当たりを受けてきたこともなかったわけではない。勿論、幸村くんにとってがそれだけ特別な女の子なんだよな。だから、俺たちレギュラーにとっちゃいい加減二人にくっついてほしいところだっつの。だって……いっぱい我慢したんだしな。
「けれど最近さんと真田くんが話しているところを見ませんね」
「真田のことじゃから決勝戦での責任を感じて……。ってところで話さないようにしてるんじゃろ」
「それじゃ、がかわいそうなんじゃないか?」
「付き合いが長いことを考えればきっとはそれを理解しているだろう」
「つか、センパイ、最近たまにすごく元気ない時あるんっスよ。隠してるみたいだけど、ぜってーそれのせい」
「それは最低だろぃ、が不憫すぎね?」
俺が憤慨してそう言えば、赤也もそうだそうだ!と真田にいつもある不満のせいか熱心に頭を縦に振る。俺だったら自分の好きな子が自分を好きだってわかった時点で即刻付き合ってイチャイチャしたい。つーかそれが普通のことなんじゃないのか?しかし柳は苦い表情をして、乾いた笑い声をあげた。
「しかしはそれを仕方ないと思っている。それにはそれを踏まえて弦一郎が好きなのだろう」
「うわ、センパイチョー一途……。副部長が恨めしいぜ……」
「つか、なんの進展もないのがおかしいんだよ。普通だったらキスのその先ぐらいいってたっておかしくねーって」
俺はおもむろに風船ガムを膨らました。そしてその話に興味を持ったのか仁王がそうじゃの、とのっかってきた。そーいや、赤也は話に夢中になってうちわを扇ぐ手を止めてる。ま、コイツはにめっちゃ懐いてるかんな。
「そんなに好かれとったら嫌でも手出してしまうのにの」
「こら、仁王くん!はしたないですよ」
「そーっスよ、それにセンパイっスよ!」
「きれいな感じなのに真面目だからな、あいつ」
「ジャッカル、お前に気ィあんのか?」
「バカ、んな気あったら真田に殺されるだろ!!」
「俺センパイみたいにお世話してくれる彼女欲しいっス……」
「おまんはただ世話してくれるヤツが欲しいだけじゃろ」
「しかしまぁ、さんはチャーミングですし、今の状況が続くようなら他の方をあたっても良い気がしますが」
コイツ!!!みたいな目でみんなヒロシを振り返った。毒舌だな、こいつ……。なんですか?と不快な表情を浮かべるヒロシはメガネのフレームを押し上げた。でも確かにそうだ。あいつ、なんで真田を好きなんだろ。マジ謎。
「そうっスよ、なんで真田副部長なんスかね」
「なんだかかわいいからだとか前言っていたような……?」
「「「かわいい?!」」」
「いや、なんか真面目だからからかわれるところが……とかなんとか前言っていたようだが……」
「マジっスか……」
「俺にはそれは理解できねーな……」
「……俺は先にコートへ戻る。お前らも程々にな」
「それにしても老け顔好きなんかの、は……」
「それは真田くんに対して失礼でしょう」
「(お前それよりももっとひでーことさっき言ったじゃねえか……)ジャッカルはから他に聞かなかったのか?」
「あー……。なんか厳しいけど信頼してくれるのがいいとかなんか言ってたぜ。そういう話をしたのが大分前だから、俺もよく覚えてないが」
「恋は盲目ってやつっスね……」
「いいじゃないですか。盲目すぎても良くないですが、一途なのはいいことですよ」
「それにしてもセンパイ、普段はそんな副部長のことかわいいだのかっこいいだの思ってるようには見えないっスけどね?」
赤也がそう言った時に部室の扉が開いていることに俺は気付いた。つか、みんな話に夢中になって誰も気づいていなかったらしい。真田が顔を真っ赤にしてそこにでくの坊みたいにつったってた。…………これは面白いことになった。
「ふ、副部長きいてたんスか……!」
「人が居ぬ間になんの話をしているんだ、お前ら……?」
「まぁまぁ、真田落ち着くぜよ。がお前さんのどこを好きか話していただけじゃき」
すると真田はその話題がどうも気になるらしく、怒鳴っていいのかどうすればいいのか分からず口を真一文字にきゅっと結んでわなわなとふるえている。顔は真っ赤だ。ちょ、マジでこれウケる……!いつもはあんなに偉そうにしてる真田が赤面して、振り回されて姿を見るのは本当におかしい。今度は俺が大声を出して笑いたい衝動を抑えてぷるぷると震えてしまった。
「真面目なところが好きなんだと、それにかっこいいとかも言っとったな。のうジャッカル?」
「あ?ああ……」
「お前さんのその不器用なところも踏まえて好きだとも言っとったかの」
仁王がもてあそぶように言うと、真田は何かを言おうとして口をぱくぱくさせたが、嬉しいのか恥ずかしいのかなんなのやらそれは声にはなっていなかった。マジで、これはヤバいほど面白い光景だ……!俺は頬の筋肉がぴくぴくして引きつってるのがバレないようガムを噛みまくった。赤也は顔を手で覆っている。
「お前さんがかわいい、だと真田」
「ひ、人をおちょくるのもいい加減にせんか、この大たわけ者がーっっっ!!!!」
前にもこんなのがあった。真田の怒りの大噴火とともに俺達は急いで部室から一目散に退散した。しかし逃げる途中みんなニヤニヤしきりで、真田が怒って俺たちを追っかけてくる間もみんなのニヤニヤは止まらない。面白いもん見せてもらったな~。途中が氷水入りのバケツとタオルを抱えながら俺たちの追っかけっこを見て、「この暑いのによくやるねぇ」と疲れ切った顔で呟いた。そのおかげで怒涛の勢いで俺らを追いかけていた真田はぴたりと止まり、真っ赤になった顔でに何か話しかけようとしているうちに俺達は各コートへ散っていた。あの後真田はに何か言えたんだろうか。きっと暑さと疲れで「なに?」と不機嫌そうに言うにでも腰砕けになってんじゃねえのかな。
俺はさまざまなくだらない憶測を巡らせ、練習にそろそろ戻るかとラケットを取りに行った。あ、そーいや柳は真田が追っかけてくるのを分かってて先に逃げたのか。ずるいやつ。戻ってきた方をちらりと見れば真田が何も言えないうちに仕事の鬼になってるがすたすたと部室へと戻っていくのが見えた。あいつ、自分のことがネタにされてたって夢にも思わねーんだろうな。ぷぷ。しかしその後、あの場にいた者全員真田にしごかれまくったのは言うまでもなかった。くそ、柳のヤツめ……!!
(200803 修正済み)
(0904026)