おわりははじまり


割れるような歓声に包まれ、試合は終了した。激動の試合展開だった。あたしは無理をした真田の追加のアイシングの必要な氷を抱えたまま、今年の全国大会決勝は幕を閉じたのだ。冷たい氷の感覚と、ビニールから垂れる水滴が一体になったような錯覚を覚えた。


「負けたよ、完敗だ」
「うん。お疲れ、せっちゃん」
「……すまない」


せっちゃんは自身の敗北に背くことなく、謝った。あたしの手からタオルを受け取りながら、指ではタオルを強く握りしめている。そんな顔を見ていて、あたしの胸も少し痛んだ気がした。


「でも、今度また優勝してもらうからいいもん」
……」
「ほら、せっちゃん。表彰式だよ」


今年の夏の全国大会決勝への勝利への執念からの解放もあって、せっちゃんは複雑な表情をしていた。あたしだってそうだ。三連覇を成し遂げられなかった悔しさと、中学最後の夏は終わったんだっていう気持ち。そんなことはお構いなく表彰式は進められていった。コートには今年の全国大会を大いに盛り上げた精鋭たちが並んでおり、壮観だ。選手たちの背が高くて、今回の花形となった青学のルーキーとせっちゃんに挑んだ四天のルーキー達が埋もれている。今回の表彰にて関東大会のように功績称えられることを真田は拒否することなく、王者立海大の王座を青学に譲ると認めたように盾を受け取っていた。


「今回はちゃんと受け取るんだね」
「負けは認めねばならんからな」
「うん、そうだね」


あたしが真田のアイシングの氷を取り替えると、真田はなんだかバツが悪そうな顔していた。


「そんな顔したって、試合中にアイシングしなかったことまだ許してないんだからね」
「うむ……」
「おうち着いたら、また脚にタオルを巻いてから氷で冷やしてね。一時間置きでいいから。お風呂はシャワーのみ。脚を温めないように」
「分かった」


心なしか、真田の声に穏やかさを感じる。あたし達の中でピンと張り詰めていた空気がなくなり肩の力がなんだか抜けた。勿論、今回の結果にどうしようもなく悔しく感じる。三度目もまたあの優勝旗を近くで見ることが出来るのだと、強く思っていた。真田もきっと同じだろうに、今はあたしに叱られていても大人しく言うことを聞いている。いつもより少しだけ小さく見える彼に思わず笑みが零れると、真田は何故か顔を赤くして珍しくあたしに処置されるがままになっていた。額にじんわり湧く汗をジャージの裾で拭いながらふと見ると、遠くからせっちゃんがあたし達二人を見守るように見つめていたのだった。











* * *










毎年恒例の焼肉大会に、今年はあたしも参加できた。しかしどうにもこうにも……すでに店の中はどんちゃん騒ぎになってしまっている。いつも贔屓にしてもらってる焼肉屋さんに大いに迷惑だろうに、と思いつつその中で一緒に笑い声をあげている自分がいる。今年に入ってからこんなにはしゃいだことって、ないかもしれない。まるで酔っ払っているかのように周りの男子はバカ騒ぎをやらかしていた。あたしの手でミディアム加減で焼かれていく肉たちは常に取り合いになっているこの戦争状態で、あたしは忙しなく手を動かしていた。それぞれの好きな肉の部位は決まっているので、それらの配分に気をつけながらタレと塩を注意して分けて焼き、焼けたものをあたしが大皿に放り込んでいくというスタイル。勿論フリーで各々好みに焼くのもアリだ。柳なんかはそうしている。ブン太は肉焼きマシーンと化したあたしの正面を陣取っておりすごい勢いで平らげていく。せっちゃんは部員たちがひょいひょい差し出す箸の間を掻い潜って自分の肉を確保する上に、あたしの皿にもちょくちょくお肉を乗せてくれた。それに別の網ではちゃっかり魚を焼いているし、せっちゃんてばつくづく器用だよねと思わざるをえない。自分の食事に一段落つけたのか柳がこちらへ移動してきて、肉を焼くのを代わってくれた隙にあたしはすかさずウーロン茶を一気飲みし、お肉とご飯を少し食べたら少し肩の力が抜けてしまった。心に余裕が出来たので、少し離れたところであたしが焼いたロース肉だけを無心に食べている真田を見てふふっと笑ってしまった。


「夏休みもそろそろ終わりますねえ」
「そうだね~。なんだか長い夏だったけど、やっぱり大会が終わるとなると寂しいね」
「どうせ来年も同じようなメンツでいるじゃろ」
「一人だけ工業の方に見学に行ったくせに……」
「……プリッ」


柳生が労るように話しかけているのに反して仁王は軽い慰めの言葉をかけてきた。あたしは恨めしそうに仁王を見ると、彼は逃げるように立ち上がってお手洗いへ行ってしまった。いつも小さく結んでいる髪の毛がふわふわ揺れてしっぽのように見えるので、尻尾を巻いて逃げているようなものなのだろう。


「それにしても下の代にはマネージャーがいねーんだよな」
「夏休み明けたらすぐにでも募集かけるよ。今から見つけるのでも遅いくらいだし……」
「センパイより良いとびっきり可愛くて言うこと聞く子連れてきてくださいよォ!」


なんだ言うこと聞くって。あたしは再びトングを握りしめ、ぼーっと今までのマネージャー業のことを考えてながらお肉の皿に手をかけようとすると、それを見かねたのか柳があたしからトング取り上げてしまった。


「お前はもう休め」
「あ、ううん。大丈夫!あたし出来るよ」
「流石のお前でも疲れてるだろう、こういう時は他に任せろ」
「あ、そう?うん、じゃ。……飲み物足りてない人いない?まとめてオーダーするよ~」
「言った傍から……」


だって、マネージャーを引退するなんて全然ちゃんと想像できてなかった。募集をかけて、新マネージャーの育成も込みで計算しても遅くても10月には後継者見つかると良いな。レギュラー陣はまだ週に何度かは練習には行くだろうし。それまでは下級生の部員にマネージャー業を引き継ぎできるようにしとかなきゃ。


「今日くらいこの場を楽しめばどうだ?どうせ引き継ぎのことばかり考えているのだろう」
「ハッ!う、うん……。そうだね、あたしったら……」
「それがお前を良いマネージャーたらしめているところだがな」


思わぬ柳の言葉に、なんだか今年の夏はこれでおしまいみたいな気分になってしまって(実際そうなのだけれど)、ほろりと涙が落ちそうになった。それに、こちらに用があったのか席を移動してきたせっちゃんがすかさずあたしにハンカチを寄越した。さすがというか、あたしのことよく分かっている幼馴染なんだなあと自覚する。


「ほらほら、。そんな気分に浸ってる暇はないよ?」
「えっ、なんで?!もうそろそろ内部進学のテストあるから…?!」
「……内申点も勿論考えるべきことだけど、明日は皆で花火大会に行くんだからね。忘れないでくれよ」


あたしは飲んでたウーロン茶を吹き出しそうになってしまった。そして、なんだか同時に真田が椅子から落ちそうになっていた。視線だけがこちらへ貼り付いている。いつの間にこちらの様子を窺っていたのかしら。せっちゃんの声なんて飲食店ではそんなに響かないのに……。そしてあたしはせっちゃんに指摘されるまで、すっかり告白の行方なんてものを忘れていたのだ。真田はバレないようにしているつもりなのか喉を大きく鳴らしてお茶を飲んでいるけど、珍しくすごい声を出してむせだしてしまった。


「単純というかすぐ態度に出るっていうか……」
「せっちゃん、シーッ!」
「別に聞こえたって構いやしないよ。アイツが焦ってたってそれは当然の報いさ」
「うん?」


なんかせっちゃんを怒らせることしたのかな、真田。あたしはせっちゃんから分けてもらった焼き魚をつつくと、せっちゃんは上機嫌に明日のことをペラペラと話しだした。


「明日も去年と同じでレギュラー全員参加、18時半集合。一応グループノートにも書いておいたからね。も浴衣着用必須!出来れば去年と違う柄がいいな」
「え、何で新しい柄買ったの知ってるの?」
「お母さんから聞いたんだよ」
「幸村家には家の情報が筒抜けだな」
「ママ……」


もうあたしも中三なんだから、何でもかんでもせっちゃんちのお母さんと情報共有するのやめてほしい。心底親に対して嫌気が差したと同時に、えっ明日だっけ花火大会?!と鳩が豆鉄砲食らったような顔になってしまった。


「明日くらいはマネージャー業はおやすみだね」
「う、うん……」
「選手はもう実質引退だからね?」
「う、うん……」


せっちゃんの笑顔の圧力が怖い。多分真田と件の告白のことについて話せ、って言ってるんだと思う。あたしだってどうすればいいかって聞きたいところでもある。でもお互い好きなのは分かってるんだし……今以上の関係は想像できないし、と思ってしまう。でも結局その考えは甘いと思い知らされたのだった。あたしがせっちゃんと柳に挟まれて談笑していると真田からの熱視線を感じたのだ。多分、真田もあたしに言いたいことがあるのだろう。そりゃそうだよね~と思いつつも、せっちゃんの不穏な笑顔と真田の熱烈な眼差しというどちらも若干居心地の悪い板挟みとなり、それを誤魔化すようにひたすらストローでウーロン茶を啜った。


(210702 修正済み)
(090420)