Why, me?
「ヘイ、ジャッコー!」
「なんだ、?」
は俺のことをあまりジャッカルと呼ばない。代わりの呼び名は『ジャッコー』だ。日本語がまだうまく話せずいた俺には親切にも英語で話しかけてくれ、言語面で慣れるまで部内外でもよくサポートしてくれたのだ。はその名残で未だに英語での発音で"Jackal"と俺のことを呼んでいるのだが、周りからすればどうしてもそれは『ジャッコー』と聞こえることだろう。そう呼ばれること自体は一向に構わない。だが、「ちりめんじゃこのじゃこっぽいッスよね」と赤也が評した時にはさすがになんとも言えなかった。だけど、いまさら日本語の発音で名前を呼んでくれとも言えねーし……どうしたもんか……。そしてこの話の当人のは大量のゴミ袋を抱えて、汗をかいて大変忙しそうにしているにも関わらず機嫌が良さそうだ。嫌な予感が少しよぎったが、には恩もある。期待がみなぎる彼女の瞳に負け、俺は自ら手を差し出した。
「ゴミ袋持ってほしいんだろ?」
「さすがジャッコー!助かる~。もう重くて重くて。休憩中なのに、ごめんね」
「いや、大丈夫だ」
「コート周りの落ち葉かきやってたらね、こんなになっちゃって。あと部室も掃除したからその分のごみだよ」
「げっ!こんなにゴミ溜まってたのかよ、部室……」
「まぁそれなりにね、特にブン太のお菓子のごみとかね~」
「あー……それは……確かにな」
が持っている四つのごみ袋のうち三つを受け取り軽々と抱えると、はジャッコーすごいね!と喜んでいた。素直にそう喜ばれてしまうと、俺も悪い気はしない。そもそも同時に四つも大きなゴミ袋を持つのも物臭だと思うが……。は、だいぶ一人でマネージャー業務を果たさなければいけないためなのかこうして一気に物を運んでいることが多い。まぁ、それで結構すっころんだりして真田に怒鳴られてるんだけどよ……。
「文句言わずに手伝ってくれるから、ついついジャッコーんところまで来ちゃうんだよね~」
「お前も一生懸命部のために働いてくれてるんだから、俺たちもこれくらいしなきゃな」
「そうそう、ジャッコーはそう言ってくれるからいいのよ。赤也とかブン太はダメ。ちょ~嫌そうに手伝うし、せっちゃんはなんか一言言ってからじゃないと持ってくれないし。仁王は黙って手伝ってくれるんだけど、必要なときには大体いないし……」
「あいつは基本ふらふらしてるからなぁ」
「柳はデータとるのに忙しそうだしさ、声かけづらいでしょ?柳生はもちろん持ってくれるんだけど……」
すると何を思ったのかはだんまりと黙ってしまった。よく見ると、いつもより頬の赤みが強くなっている気がする。……ああ、そうか、真田か。はすぐさまアハハ、と笑って誤魔化したがきっと真田のことを考えて照れてたんだろうな。今まではそういうような素振りをあまり見せたこともなかったが、だが真田への想いを自覚した(と幸村が俺たちに言いふらした時期)後からたびたびこんな風に反応を見せたりもした。しかし、一対一でこういう態度をとられると俺もどうすればいいか分からない。みんなは割とおちょくっているが俺はそこまでからかう気はないし、きっと本人は真剣に悩んでいることだろうとそっとしておきたいところだ。だが、ほんの少しあった好奇心が口からついて出てしまった。
「……は」
「うん?」
「真田のどこが好きなんだ?」
「え!」
するとほのかに赤くなっていたの頬はそれこそ林檎のように真っ赤になってしまい、それを落ち着けるためかはふぅと肩を上下させて大きく深呼吸をした。がこんな風な反応するのも、今まで何度も見てきたがやはりいまだに新鮮だ。恋する女は綺麗だというが、綺麗というより可愛いのかもしれないな。一生懸命こんな風に自分のことを好いてくれたらやっぱり嬉しいと思う。しかし、どうしてあの真田なのかっていうところはちょっと気になる。イケメンとかとはなんか違うし……見た目はゴツくて最近の女子ウケでもない。性格は……俺にとっちゃ尊敬できるが威圧的で怖い部分が印象として大きい。人一倍自他共に厳しいヤツだから、並大抵の人間は近づきにくいだろう。だから、真田について困ったように俯きがちになりもじもじしているが珍しい動物かのように思えた。
「さ、最初は同じクラスだったから……。それになんだかんだ一緒にいること多いし、クラス替えしてから姿が見えなくて寂しいなーっていうのもあったし。あたしもそれがなんだかよくわかんなかったんだけど……。最近は自分にも他人にも厳しいのにあたしのことを信頼してくれてるんだなーとか考えてなんか嬉しいな、とか……。なんだろ……でもテニスしてるとことかも好きかも。すごいなって思うし……。あと、からかわれて真面目に受け止めてるとことか……なんかかわいい」
「かわいい?」
「うん、すごくかわいい」
するとは何を思い出したのかクククと声を抑えて笑い出した。話題があちこちに飛んでいき表情もコロコロ変わるコイツのこういうところが飽きなくて、面白いんだよな。しかしあの真田をかわいいと称するとは、さすがはだな……。俺たち常人の感性には分かり得ないことを平気で言うっつーか。というかさっきからの笑いが止まらないんだが。
「あのときの合宿の真田思い出しちゃって……フフフ!」
「ああ、あれか。あれは確かに面白かったな」
俺もあのときの真田を思い出したら笑いが腹の底から込み上げてきた。のにやけ笑いが止まらないのも頷ける。あの時の真田は衝撃的すぎて忘れられない。裏のゴミ捨て場に運んだものを置いてくると、俺たちはコートに着くまで部内での愚痴を言い合ったり他愛もない話題で談笑していた。は面倒見も良いし、めちゃくちゃ部のことを気にかけてるので曲者揃いのこの部活では人のフォローをせざるを得ないポジションにいる俺とは話が合う。俺が不満に思っていたりすることをも思っていたりするし。そんな自分たちにご苦労様と声をかけてやりたいくらいだ。
「あれ、休憩何分までだっけ……。あ、ジャッコー早く戻らないと!5分も過ぎてるよ!」
「マジかよヤベー!また真田にどやさ……」
「俺がなんだ?」
「さ、真田……!!」
おそるおそる後ろを振り返れば、腕を組んでいつもの強面で待ち構えている真田がいた。それもなんだかいつもより随分……不機嫌そうだ。眉間の皺がいつもより深く刻まれているのは、俺の気のせいか。気のせいであってほしい!
「駄弁を労して練習開始時刻に遅刻するとは、たるんどる!!俺が探しにきたからいいものの、本当にお前たちは……」
「ごめん、真田!!ジャッコーには、ゴミ運ぶの手伝ってもらっただけなの!ホント、怒るならあたしだけにして!」
は縋るような顔で手を合わせてごめんなさい、と言ったのでさすがの真田もたじろいだ。ん?いや、ここで普段だったら真田がたじろぐはずがない……。そうか、惚れた弱味ってやつか。真田もどこかおろおろと挙動不審になっている。……そういえばこんな真田を見るのも初めてだな。
「いや、俺もずっとくっちゃべってたんだし俺にも責任はあるだろ」
「確かにいくら手伝いをしていたとしても、それが遅刻をしていいという理由にはならんな」
「わ、悪かったよ」
いくら言い方が先ほどよりは優しくなったとはいえ、すかさず俺にはキツい言葉を食らわしてくるところを見ると俺との扱いが前に比べて変わったな……。真田も意識してを贔屓してるわけじゃなさそうだが。しかし5分遅れただけで真田自身がを探しにくるっつーのは初めてのことじゃないか?……これは、まさかまさかの嫉妬ってやつか?げ、それだけは勘弁だぜ!
「フン、分かったのならいいが……。もあまり無駄に話している時間があるならマネージャーの仕事に専念してもらいたい」
「うん、反省してます。あと真田、新しい大会のスケジュール、ボードに書いておいたから後で確認しておいてくれる?」
「ああ、分かった。それでは練習に戻る」
「はい、二人とも頑張ってね~」
は流石というか、手綱を振るように話題の方向を急展開させ、なにごともなかったように手を振り俺たちを快く見送ってくれた。見送ったといってもすぐ傍で仕事してるんだけどな。そういえばこの二人、すでに両想いなのか。本人達が気づいてないだけで。……つーか、その後の練習試合で真田と当たることになったんだが、何故かいつも以上に容赦なく叩きのめされたんだが俺何も悪くなくねーか?と楽しく話してた俺にヤキモチを妬く気持ちは分からないでもないが、なんでいつもこういう役目は俺に回ってくるんだ?なんで俺?どうして俺?!
(200524 修正済み)
(081212)