青春の影たち


と俺はの最寄り駅で待ち合わせをした。実は真田の最寄り駅は彼女のと一駅しか変わらないのだけれど、俺はあえてと二人だけでテニス部が集合する駅へと向かうことにした。なぜかって、極度の照れ屋なは必死に真田と二人きりにしないでくれと懇願していたし(今まで二人きりのことなんていくらでもあっただろうに)こんな調子で集合場所の駅まで二人の間が持つだろうか、と俺が配慮したわけだ。とりあえず真田あたり、緊張のあまり妙なことを口走るか先走った行動を起こしかねない。と、誰かの助けがないと全く進展のなさそうなこの二人に、この度世代交代して一新した部内事情を円滑に進めるべく協力しようということだ。要するにこの二人がくっつけば真田の堅物な態度も少しは和らぐだろうし、なによりも二人をからかえて面白いというのが俺の本音だけどもね。


男所帯の部活にマネージャー女子一人、といえばどんな子であれ花形だ。はその点において持ち前の明るさと人懐っこさで皆に好かれているし、華やかな顔立ちをしているとは俺でも思うから世間でいうところのマドンナとも言えなくはないかもしれない。……黙ってさえいれば。実際、が一人コートにいるといないだけじゃ部員のやる気も大分違ってくる。男子マネージャーがいてもいいだろうという意見もあったが、先輩たちが断固拒否した。女子がいる方がいいと思ったわけでをテニス部の見学に誘ったわけじゃないけれど、女子一人いるだけでも部活が華やぐのは確かであったとこの身に感じている。それに自身がマネージャーに適任であると判断していたしね。


は一風変わってるといえど、彼女の飾らない素直さに部員たちも親しみを覚えていただろう。風の噂では直向きな彼女に想いを寄せている者もいたようだ。だから今回のことはきっと、誰かショックを受けているだろうに違いない。でも大分月日が経ってくるにつれて、が真田にゾッコンなのは目に見えて分かったし、真田も無自覚的な満更ではなさそうな態度の末にに惚れてしまったときたもんだから皆の公認と言いざるを得ないのかな。しかし幾ら周知の事実とはいえ、本人たちがああじゃどうしようもないんだけどね……。らしき人影がこっちに向かってきているようだし、俺の一人語りはここまでとしようか。


「せっちゃん、早いね!待った?」
「いや、全然。有意義な一時を過ごしていたよ」


俺のちぐはぐな答え方に、は本でも読んでいたのかと尋ねたが俺はただ静かに笑っておいた。きょとん、とは首を傾げたがもさすがにしつこく質問を重ねることなく、俺の隣を歩き出した。


「浴衣かわいいね。に向日葵柄、お似合いじゃないか」
「本当?あたし本当は藍色の浴衣が良かったんだけど」
「藍色は今後もたくさん着る機会があると思うよ。今着ている方が身の丈に合う華やかさがあっていいと俺は思うな。うん、馬子にも衣装ってこういうことか」


はなにを~?と言いつつ口先では怒っていたけど、誤魔化すこともなく顔はにっこり笑っていた。俺の本心を知っているに俺は嘘だよ、と告げる必要もない。は白地に大きな向日葵と紺色の葉が描かれていた浴衣を着ていて、帯に明るい黄緑を持ってきておりまとめている。髪は少し緩めのお団子にしていて、綺麗なとんぼ玉のついたかんざしを刺していた。少し化粧もしているのか頬と唇には薄く紅が差している。


「せっちゃんも浴衣、似合うね。その浅葱色せっちゃんって感じ!」
「ありがとう。俺もこの色気に入ってるんだ」


せっちゃんは水色が好きだもんね、とが呟くと俺はそれに笑みながら頷いた。そう、彼女の魅力のひとつと言えるところはきちんと人の好きなことや物を覚えていて興味を持って接してくれることだ。他人への興味関心が大きい彼女だからこそ皆に好かれるのだと思う。真田がその恩恵を一番に受けているといっても過言ではないくらいだ。大体、女子と真田の話題に共通点など皆無に近い。学校の行事や授業以外での話題で会話を交えているのを俺は見たこともない。真田は流行の話題なんて到底分かりやしないし、女子は真田の早朝の4時起床からの座禅の意味など解せる女子もそう多くはない。それはそれとして、はその点と比較してもどこか風変わりなのだ。少しの間剣道をやっていたし、書道の心得もある。そういった類の精神性というものに興味、関心、そして理解がある。それに彼女は帰国子女という面もあり真田の今時珍しい時代錯誤な発言などに引いてしまう面々も多い中、はそれを変なことだと思わず当たり前かのように受け入れている。きっと多様な人種の中で何年も過ごしていたから、少しの違いも個性と受け取れるのだろう。当の本人も個性豊かだしね。知り合って間もない頃は帰国してまだ一年とわずかしか経っていないに、日本人とはなどとと真田が説いていることがあったね。素直に物事を受け止めてしまうに時代錯誤な変な日本の知識が刷り込まれてないといいけど……。


「どうしたの、せっちゃん黙りこんじゃって」
「いや、ちょっと考え事してただけだよ」
「なに考えてたの?」
と真田のこと」


そう伝えると、もー!とは顔を赤らめて不貞腐れたようにそっぽを向いたが、電車に乗り込む際に足を滑らせ危うく転ぶところを俺がの腕を引いて支えてやった。転びそうになった本人は少し吃驚したようで、先程の不機嫌そうな表情とは打って変わってはにかみながらありがとう、とは俺に呟いた。そうだ、その可愛い仕草を真田に向けてやればいいのに。










* * *










集合時間の15分前に辿り着いた俺と蓮二は他のメンバーが集まるまで花火大会に行き交う人々の波を避けながら、目印となる時計の下でしばしの間談笑していた。しばらくすれば、柳生や仁王が到着しそれに続いてジャッカルと丸井がやってきて、5分前となると幸村とが揃って一緒に来た。蓮二が提案した通り皆浴衣姿なのだが、男物の紺や深い色の細縞柄や市松模様などに紛れ大きく咲く黄色の向日葵の柄はやはり目を引くものがある。それに黄緑の帯は天真爛漫ならしさを表していたし、太陽のように咲く向日葵はそれこそ彼女自身ともとれた。普段は制服姿かジャージ姿しか見られないが和服がこうも似合っているとは思いはしなかったので、いささか心臓の鼓動が激しくなるのことは全く予期できずに少し動揺してしまった。


「どうした弦一郎、に見惚れているのか?」
「そ、そんな破廉恥な事を大声で言ってくれるな!」
「……否定はしないんだな?」


不敵な笑みを浮かべる蓮二に俺は小さく呻きながらたじろいだ。はなにやら幸村と話しこんでいるので、俺たちの会話が聞こえる様子は見て取れないが俺達の会話が聞こえてしまったらどうしてくれるのだ。それにしても浴衣はのために仕立てられたかというほど、似合っているので否定のしようがなかった。そういえば、赤也が集まりに参加するとはりっていたのに未だに姿が見えない。


「それよりも赤也はまた遅刻か。全くあいつという奴は!」
「電車の人身事故に遭っちゃったから、先に行ってて下さい!ってさっき赤也からメッセージが来てたよ」


すかさずが答えたので俺は不甲斐なくもびくりと肩を揺らしたが、今の俺は平静でいられずいたので、そうかと短く返事をした。定刻を過ぎたので、とりあえず俺たちは足を揃えて祭りの会場へと向かった。しかし道中俺はがすぐ俺の後ろにいるので気が気ではなかった。どうしたというのだ俺は!?少しは落ち着け、と自分に言い聞かせるものの飛び跳ねるような心臓の鼓動は一行に速まるばかりだ。時折聞こえてくるハリのある笑い声に、幸村と何を話しているのかがとても気になってしまう。しかし俺には会話に割り込む気はないし、それができるわけでもない。自分の情けない姿に肩を落としたいほどだが、一体ここでどうやって男気を見せられるのだろうか。


「お。赤也じゃねぇの、あれ?」
「あっ、ほんとだ!」
「すんまセ~ン!!」


赤也は祭り会場の入り口にいる俺たちのところまで駆けてきて、慣れない下駄のせいで走りづらかったのか少し息を上げていた。


「おっ!センパイ、浴衣ちょー似合ってんじゃないスか!ヒマワリかわいいっスね~」
「ありがとう。赤也もその浴衣、いいね」
「いやぁ~、おばーちゃんが箪笥から引っ張り出してくれたんスよね!でも柳先輩も真田副部長も似合ってるっつーかもう……時代劇の人って感じスね?」
「確かに!よくお昼にやってる昔の日本のドラマに出てきそうだよね、柳たち」
「それは褒め言葉ととってもいいのか?」
「うん、褒めてる褒めてる!」


は赤也に褒められたことを少し嬉しそうに微笑むと、照れくさかったのかそれを隠すように俺たちへと話題を切り替えた。間接的に褒められて俺も嬉しかったし、蓮二もに褒められたことに満更でもないように笑いかけたのだろうがその光景になぜだか少し居心地の悪さを覚えた。不機嫌な俺を察してなのだろうか、蓮二は俺に耳打ちをした。


「お前もの浴衣姿を褒めてやればどうだ、少しは喜ぶと思うぞ?」
「し、しかしだな……」


どのように褒めてやればいいのか分からない。という言葉を飲み込んでしまった。一方、ジャッカルやブン太、そして柳生や仁王までもが似合っていると褒めていたのでその波に俺は完全に出遅れてしまった。それにあの全国大会の日以来、どういうわけか必要最低限しか今日まで話すことをしてないと俺に少し妙な雰囲気さえ漂っているとも思えた。そう感じるのは、邪な思いを抱いている俺のせいななのかもしれないが。全国大会前のように、否、普段のようにと会話が出来ていればこのように悩む必要などない。


「飾った言葉でなくともいい。お前の素直な感想をに言えばいいんだ」
「そうか……」


何に悩んでいたかを即座に察した蓮二は的確なアドバイスをよこした。しかし言葉が上手く出てこず、俺があれこれ悩んでいる内に赤也と丸井はどこで何を食べようかと相談しながら露店へ突進していくのをジャッカルが追いかけて行ってしまった。全く落ち着きのないやつらだ。グループが割れてしまったのでどうやらここからは別行動のようだ。仁王は射的に夢中になっているようだし、その隣で柳生はところ天を購入していた。俺は後ろにいるであろう幸村とを連れて花火が一番よく見える場所へと向かおうとしたが、ふと隣を見ると蓮二と幸村だけが何やら話し込んでおり肝心のが見当たらない。すかさず後ろを振り返ると、人混みの中では何かに心を奪われたように何かを見つめぼーっとしながら、覚束ない足取りでここから遠い出店に向かっていってしまった。こんな場所で一人でいるのは危ないというのに!蓮二たちは既に違う方向へ向かっており、俺は二人に声をかけることもできずにすぐにがいる場所まで引き返した。各自携帯電話を持っているので連絡は後でも問題ないだろう。俺は人混みをかきわけが向かってたらしき露店へと辿り着いたと思えば案の定そこはヨーヨーを売っている店だった。はしゃがんでみながら小さい子に紛れ、目を細めて楽しそうにその光景を眺めていた。



「あ、真田……」
「いくらまだ明るいとはいえ、年頃の女子が一人になっては危ないだろう!」
「ごめんなさい」


は少し気落ちしたように素直に謝ったので俺も少し怒りすぎたかと語気を弱めた。けれども同時にはヨーヨーを釣金で釣っては遊ぶ子どもたちを振り返り微笑ましくも、羨ましそうに見つめている。


「……やりたいのか?」
「うーん……。うん、やりたいんだけど、ヨーヨー釣りにはいいお年頃かなぁーって思ってね……」


とだけ言うと、口を噤んでしまい何を思っているのか手を顎に添え首を傾げている。いつもはきはきと物怖じせず意見を言うにしては珍しいが、対する俺もそれにどう対応していいか分からず黙りこむしかなかった。それに以前もこのようなことがあった気がする。そういえば、遠慮をしたり考え込む際の彼女の仕草ではなかったか。俺がその事実に気がつくと、前とは違った緊張感が俺の中で張り詰めた。


「……やりたいならやればいい」
「でも……」
「別に恥ずしがることはない。何せ、俺たちはまだ子どもだ」


俺はそういうとは再びうーんと唸った後に、小さな巾着袋から財布を取り出して主人に200円を渡した。は目を輝かせて釣金を握っては、どのヨーヨーを釣ろうかと品定めしている。もう俺のことは見えていないくらいの集中の仕方だ。そうして水色のヨーヨーを掬おうと釣金を水に差し込むと、次の瞬間見事なコントロールで釣ることが出来、やったぁ!と高く声を上げた。


「お!お嬢ちゃん上手だねぇ。はい、これおまけでもう一個」
「え、いいんですか?」
「釣れても釣れなくても一個おまけであげてるんだよ。ほれ、後ろの彼氏にでもやったらどうだい?」


思わず俺はと恋人だと間違われたことに赤面したが、に視線を戻すと俺以上に顔を真っ赤にさせて「違います!」と抗議の声を上げていたが、露店の主人はにこにこと笑って「照れちゃってかわいいねぇ」と言って俺達を見上げていた。は二つのヨーヨーを抱えるとすぐに立ち上がって露店から離れた。俺はそれに続いて立ち上がり、またを見失わないようにと真隣を歩くように注意した。俺たちでも恋人同士に見えるのかと思うとどことなく喜ばしいような、しかしそれでいて恥ずかしいような何ともいえない気持ちが込みあがってきた。


「はい、これ」
「ん?」


俺はに黄緑色のヨーヨーを渡されるがままに受け取る。


「真田はヨーヨーなんかで遊ばなさそうだけど、せっかく貰ったんだしあげるね」
「……そうか。ありがとう」


俺は礼を言うとその後何を言えばいいのか分からずまたもや黙り込んでしまった。しかし一体どうしろというのか。思いを寄せている女子とどんな風に会話すればいいのか、俺は全くもって分からない。今までどおりにしようと思うのだが今までどうやってに対応していたのかがなぜか思い出せない。ああ、なぜこうも思い出せないんだ!



「ヨーヨー釣りは初めてだったのか?」
「あ、バレちゃった?去年、夏祭りは一回だけ来たんだけど……自分でやるのは初めてだったの」



は嬉しそうにヨーヨーを弾ませると、俺自身もなんだか嬉しい気持ちになった。ヨーヨーを追いかける目線が楽しげだ。そうか。彼女にとって、こうした小さなことが新しいの連続なのだ。そうか、……これが恋という気持ちなのか。



「それにしてもせっちゃん、あたしのこと待ってるって言ったのにおかしいなぁ、なんでいないんだろ?」
「幸村が言っていたのか?」
「うん。なのに柳とどっか行っちゃうし……うん?柳と?」


は何を思ったのか、先ほどの巾着袋から携帯電話を取り出すとちょっと待っててね、と俺に断りを入れ幸村に電話をかけた。しかし幸村が電話に出ないのか、は腕を下ろしやるせなさそうに首を振る。


「せっちゃんったら通知切ってるし……これだと柳も出てくれないな」
「む」


のその言いように俺は事態に気がついた。俺たちは幸村と蓮二の策略に陥ったのだ!幸村はに待ってるといいながらも露店の前に置き去りにし、俺がそれに気がつくのを見越して蓮二と二人で姿を消したのだろう。全く、いらん世話を!は溜息をついては再度携帯電話を見るとなにやら文字を打ち出した。文字を打つ速さは目が回るほど俺の何倍も速い。流石といえばいいのだろうか。しかし、そんなことに感心している場合ではない。俺は今まさにと二人っきりという状態なのだ。俺たちがあの二人の策略にはまっている以上、花火の時間までこの状況から抜け出せそうにはない。普段の部活の時ならまだしもは今浴衣姿で、いつもとは全然違うシチュエーションだ。そんな状況で二人きりとは、蓮二と幸村はよくもやってくれたな!


「返事、当分来ないと思うから二人で回ることになっちゃうけど……真田はだいじょうぶ?」
「俺は構わんが……」


俺との身長差が頭二つ分くらいあるため、は上目遣いで俺に尋ねてくるがそれがなんとも可愛らしいことか。俺の心臓は早鐘を打って、それを止める術もない。ドキドキと脈打つ鼓動に俺自身惑わされながら二人で露店を回った。時折が寄りたい、という店に足を運ぶがたどたどしい会話しか俺たちは交えていない。


「あ、真田。カキ氷、食べたい」
「む」
「ね、ほら。あそこ。行っていい?」
「あ、ああ。俺も久々に食べてみるとするか」


に促されるまま店へと行くと、はすかさずいちご練乳を頼んだ。心無しか声が弾んでいる。きっと好きな味なのだろう。俺は宇治金時を頼むとがくすくすと笑い出したので、どうしたものかと振り返った。


「真田らしー、宇治金時」
「そうか?」
「うん。弦一郎が宇治金時を頼む確率100パーセント、ってね。宇治金時って抹茶のことだよね?」


の蓮二に似た物真似と急に名前で呼ばれたことに俺は噴出してしまったが、もそれに笑い声をあげていたので今更取り繕う必要もないだろう。しかし、名前で呼ばれるとはいいものだな。……そうだ、こんな風に俺たちはいつも会話をしていたではないか。


「そうだ、食べたことがないのか?」
「好きだから、いちごばっかり食べちゃうの。でも抹茶、っていいよね。日本にしかない味だし」


は俺がカキ氷を店主から受け取り食べているのをまじまじと見上げると、不思議そうな顔をした。


「真田もカキ氷食べるんだねぇ」
は一体俺が何を食べると思っているのだ……」
「ええと、ロース肉とかロース肉とかロース肉?」


あはは、と笑いながらは言ったが俺はたわけが、と小さく呟いただけで自分の顔がいやに弛んでいるのが分かった。が今日初めて俺に向けて笑ってくれたのと、そして俺の好物を覚えていてくれたのがたまらなく嬉しかった。


「そういえばさ、この前のこと……ごめんね」
「ん?」
「その……えーっと……この前の全国大会の時、急にハグしちゃってごめんね?」
「あ、あのことか。俺も、もう気にしてはおらん」
「あ、そ、そう?とにかくごめん!それだけ」


は口早にそういうと頬を染め、しゃくしゃくと忙しそうにカキ氷を口へと運んだ。わずかに見える舌ががほんのりと赤い。俺はに謝られたことであの時の感触をいやでも思い出してしまった。あの柔らかい身体に、良い匂い。すると身体の芯が揺さぶられたように熱がこもってきて変な気分になった。その柔らかくいい匂いの身体の持ち主が隣にいるということで纏っている浴衣とは別に、さわさわと布が肌をくすぐっているかのように感じた。俺は雰囲気に酔ったのかぼーっと立っていると、数歩前を歩くは俺の行動に不審に思ったのか緩慢な動作で振り返った。


「真田?ぼーっとしてると、置いてくよ?」


少しはにかみ、大きな猫のような目で俺を見上げるその図はまさしく見返り美人のようだった。結い上げられた髪はいつもより色っぽく見え、そして紅を差した唇が俺の名前を呼ぶだけで愛しさが込み上げてくる。俺ははっとしてすぐにに追いついた。褒めるなら今しかないと、その時誰かが俺の耳に囁いたのだ。



「なに?」
「そのだな……浴衣、似合っているぞ」


するとは大きな瞳を更に丸くさせたが、さっと頬を赤く染めと俺の耳にギリギリ届く程度に「ありがと」と笑顔で呟いた。俺自身もかあっと顔が熱くなっていくのが分かって、次の露店に行くまでそれまで会話はなかった。そしてようやく数十分後、日も暮れた頃に幸村と蓮二を見つけ出した。その後俺はと進展があったかどうかだとか、手は繋いだかとか、ちゃんと浴衣は褒めてやったのかと根掘り葉掘り質問攻めにされ散々な目にあったがちらりとと視線がかちあい尚彼女が微笑んでくれたので、この場はよしとしよう。


(200524 修正済み)
(081130)