悩めよ、少年少女達


せっちゃんは、得意げにジャージを翻してその勇姿をありありとみんなに見せつけた。見事なまでに圧倒的な力だった。立海大附属中に王者の名がふさわしいとその場の誰もが再び思ったことだろう。この全国大会の優勝を立海大附属二年の幸村精市の手で決めたのだ。どっと沸き立つ歓声に、あたしも呑まれてしまってどうにかなっていたのかもしれない。だって、それくらいに嬉しかったから。嬉しくって嬉しくって、審判が「6-0、ウォンバイ立海大附属中、幸村精市選手!」と高らかに言いのけた時、興奮のあまり勢い余って隣の人に思いっきり飛びついて抱きしめてしまった。そう、しっかりと抱きしめたのだ。それが柳や仁王辺りだったらごめんの一言で済むのにも関わらず、なんとあたしが飛びついたのは真田だったのだ!


?!」
「え。あ、えッ、真田?!ご、ごめん!!」


あたしは真田に戸惑ったように声を上げられてから気づき、自身を彼の体から引き剥がすようにしてそのまま戻って来たせっちゃんの方へ駆けて行ってしまった。真田の顔は全く見ていない。いくら嬉しいからって、こんなことしちゃうなんて。本当にあたしって世紀のうっかり者にも程がある。よりによって、あの真田に飛びつくなんて!!いくらアメリカではハグするのが挨拶の一貫だったっていっても、真田は日本男児だしっていうかそれよりも真田だし。ってゆーか、ってゆーか、ほんとーにあたしのバカ!!思いっきりぎゅって抱きしめちゃったよね?!どーしよ、変な女子だって……嫌だって思われちゃったかな……?!


「元々普通と思われてないと思うけどなぁ」
「そこはフォロー入れてくれたっていいじゃん!」


パニくりすぎて起きた出来事をそのまま早口でせっちゃんに説明すると、せっちゃんはしれっと言いのけた。先ほど試合を終えてきたせっちゃんより、あたしの方が息が上がってるとは何事か。それよりせっちゃんはすこーしだけ不機嫌そうにも見えた。ああ、せっかく我が校が全国大会二連覇したっていうのに!


「それより、俺に何か言うことあるんじゃないか?」
「あ……。ハイ。せっちゃんお疲れ様でした。また全国制覇できてあたしもほんとにほんとーに嬉しいよ!ありがとう」


あたしがそう言うとせっちゃんは不満そうな顔をしたけれどすぐににっこり笑ってありがとう、とお礼を返した。もっとマシな労いとお祝いの言葉はなかったのか……とあたしは眉根を寄せて考える。ごめんなさい、と呟くとせっちゃんはあたしの頭を優しく撫でてくれた。


「俺が勝ったのが嬉しくて勢い余って真田に抱きついちゃったんだろ?相手が真田ってところがある意味お気の毒さまだけど。でも、それくらいが喜んでくれたのは俺も嬉しいよ」


そうせっちゃんは本音と穏やかな笑みをこぼしながら、試合の終わりの挨拶の整列へと去って行った。選手たちは整列しているので真田もそこにいるはずなんだけど……。あたしはベンチに座り込み表彰式を真っ直ぐ見ることができずにいた。せっちゃんのタオルをぎゅう、と握り締めて蹲るとなんだか涙が出てきた。この涙は嬉し涙半分。でももう半分は不甲斐なさからくる恥ずかしさの涙だった。今更になって優勝したことを深く実感している。けれどあんなことしちゃって、後悔にも苛まれてしまうよね。ああ、なんてことしちゃったんだろう自分。涙目になっているあたしを見かけると戻ってきた錦先輩たちはマネージャーが嬉し泣きしていると思ったらしく、大袈裟だなー!と豪快に笑っていた。確かに嬉しい気持ちはみんなと同じだけある、だけどさ。ああ、あたしこれからも毎日真田と顔を合わせるっていうのに……この先あたし、どうしたらいいの?










* * *










その日は打ち上げでみんなで焼肉ということになり、そこで新部長と副部長の発表ということで幸村と俺が抜擢された。前々から噂されていたので、あまり驚きはしなかったがやはり大役を任せられるとなる程の信頼を勝ち得ていることは素直に喜ばしい。そんなことを考えつつも、俺は今日の試合の後に抱きつかれた事が頭から離れなかった。急に抱きつかれた時はそれは大層驚いたものだが、その柔らかい感触と香りに俺は一番驚いてしまった。……女子というのはあんなに柔らかいものなのか。しかしそれにしてもそのまま顔を見ることもなくすぐに幸村の方へは走っていってしまったので、がどんな表情をしていたのかが分からないが。その時は高揚感と急な彼女の行動のせいか早くなる胸の鼓動が抑えられず、全国二連覇達成という事との喜びが混ざった気分に翻弄されていた。


「その肉食わないなら俺が貰うぜぃ」
「ん?」


網の方を見ると丸井がほとんど肉をたいらげていて、俺の目の前にあった肉もまんまと奴の胃袋へと流し込まれていった。こいつはもっと落ち着いて食えんのか。


「どうした、真田。お前さんがボーッとするなんて、明日は槍でも降るんかのう」
「そ、そうか?」
「しょうがないよ仁王。真田はに抱きつかれたことで頭が一杯なんだ」
「な、何を言い出す、幸村?!」


だって、そうだろう?と追い討ちをかけられると俺は渋々と頷かざるを得ない。すると蓮二もなにやら不適に笑っており、俺の居心地は悪くなるばかりだ。


「なんだよ真田、のこと好きになったんじゃねぇの?」


思わず俺は飲んでいた茶を噴出してしまい、丸井がゲラゲラと笑い出した。好き……恋だと?!そんなもの今の俺が……。し、しかし確かにそうと言われればそうなのかもしれない……。なぜか思い出すのはあの柔らかいの肌の感触と、あのほんのり染まっていた頬とそして彼女の残り香なのだ。あながち、丸井が言っている事は間違いではないかもしれん。だが!


「恋に落ちることが、たるんでるっていうわけではないよ?真田」
「む……」


俺は幸村に笑顔で図星を突かれ、たじろいだ。


「むしろ人に恋し、恋され……健全である証拠だ」
「そうだ、弦一郎。大多数の人間は恋に落ちる経験が有る。だって言っていただろう。実際、恋を経験しないと分からないこともこの世にはあるのだろう」
「そ、そうか……」


この場にがいなくて非常に良かったと思う。俺は仲間内でこのような会話をすることでさえ顔から火が出る思いをしているというのに、俺は次にと会う時どのような表情をしてればいいというのだ。


「それにしても真田が恋か……」
「面白いことになってきたのぅ」


ジャッカルは深く考え込むような仕草をしたが、仁王の軽々しさには全く呆れるものだ。しかしその、なんだ……。恋とかいう響きには、やはり照れる。俺は黙り込むと、この話を赤也に聞かれていないか心配になった。辺りを見回すと赤也は一年生のテーブルで和気藹々としている。あいつに聞かれると事を荒立てかねないからな。


「で、どうするの?」
「どうすると言っても……。お前らに関係はない」
「はぁ。これだから堅物って言われるんだよ」


幸村が溜息をつき、蓮二がノートに何かを書き足しながらそういえば、と口を開いた。


「明後日に丁度、地元の花火大会があるな」
「お、それいいね!ナイス、柳。真田、それにを誘いなよ」
「な!交際前の男女二人きりで花火大会に行くなど、けしからん!」
「真田、関係性の進展にアクションを起こすことが?だいたい花火大会に行く中学生のどこがけしからんっていうんだ。健全極まりないよ」
「む……。だが今すぐにとの関係性へ変化を求めようなどとは思っておらん!男女交際に至るには時期尚早だ」
「じゃあ、お前さんがぐずぐずしているウチにが他の男に横から取られてもいいんか?」
「それは……」



実際のところ、男女交際で何をすればいいかはよく分かっていない。しかし、が知らない男に抱きついているのを思い浮かべてみると、たちまち丹田から頭へと向かって灼熱の炎で焼かれたような苛立ちを覚えた。そんなことはもう二度と考えたくもない。



「今イラッとしてると思うけど、それがヤキモチだよ。他の人に取られたくなくて、自分の傍に置いておきたい場合はとっとと付き合った方がいいと思うけど」
「ですが幸村君、恋を自覚し初めた彼にそれは少しハードルが高いのではないでしょうか。特に真田君のような方の場合は……」
「うん、それも一理ある。じゃあ俺がを誘うから、皆で花火大会へ行けばいい。幸い、明後日部活もオフなことだし」
「しかし……」
「別に皆で行くんだから何も問題ないだろう?」


その時の幸村の有無をも言わせない笑みに俺は何も言えず、ただただ頷くだけであった。蓮二が浴衣で来るのが好ましいな、と提案してきたので当日は浴衣を着用してのことだった。幸村はすぐさまにメールをすると返信がただちに帰ってきて、返事はOKということだそうだ。俺は周りがどんどん事を進めて行ってしまうのに全く着いていけず、ただただ俺がに好意を抱いている事実になんともいえないむず痒さを感じた。どうにもできないもどかしさが俺の中を占める中、思い出すのはのくるくると変わる豊かな表情ばかりだ。


「それにしてもも焼肉、来られればよかったのにね」
「つーかなんでいねぇの?」
「法事で父方のお祖母さんの家に行くと言っていたよ」
が来とったら面白いことになっとったのにのう、参謀?」
「ふむ、確かにな。だが今日は既に多様な弦一郎のデータを取らせてもらえたのでな、俺は満足だ」


それにこの言われよう。俺はこの先こいつらのいいようにされるかもしれないという一抹の不安を抱きつつ、明日の練習そして明後日の夏祭りへと思いを馳せた。ああ、明日俺はにどういう態度を取ればいいのだろうか?項垂れていれば、また幸村から小難しそうなそれでいてとんでもない助言がもたらされるのだろう。……始まったばかりの俺の恋は前途多難だ。


(200512 修正済み)
(081124)