センパイたちの恋愛事情
俺はセンパイから英単語帳を借りっぱなしなのを忘れていて、部活の後にセンパイに指摘されて教室に置いてきてしまったことを思い出し、次の日に必ず返すと約束した。センパイは渋々それに納得したが俺は結局くどくどとお小言をくらった。その上真田先輩までもがその話に加わったため説教はニ倍にもなり、俺は今最高に気が沈んでいる。なんであそこに真田先輩が入ってくるんだよ!俺はごめんなさい、と一言謝るとセンパイはすんなり許してくれた。センパイは口うるさいけど一度謝れば大抵のことは許してくれるのでまだいい。けど真田先輩といったら、俺が謝ってもどこまでもやいやい言ってくるのでマジでげんなりする。
センパイには俺のサイコーに苦手な英語を教えてもらっていたりしてて俺的にはケッコー仲が良いと思う。それに唯一の女部員の先輩だから、仲良くしとかなくちゃなって思うし。まぁ、センパイってお節介焼きで結構口うるさいのに、黙ってればフツーにキレイな人の部類に入ると思うしな。仲良くしててこっちも悪くないってか。髪型もよくアレンジしていて可愛くしてるし、スカートだって皺がひとつもなくていつもちゃんと自分でアイロンがけしているようだし、自分なりの美学を持ってるみたいで身だしなみとかそーいうのには気を遣ってるらしい。柳先輩説。
でもやっぱり口を開くとなんかどっか変わってる人だ。帰国子女だからちょっと色々ずれているところがある思う。人がくしゃみした後にどうして誰も『ブレス・ユー』と言わないのか(そもそも単語の意味が分からない)、なんで日本の学校には清掃員がいないのだとか、なんで日本語には自分を指す一人称の種類がたくさんあるのだとか、よくわかんないことを柳先輩を問い詰めるように質問をしている時をたまに見る。それにいっつもドジ踏んでて、真田先輩と口ケンカなんてしょっちゅうだ。真剣な顔して宝塚みたいな声でアンパンマンのマーチを歌ってるし(しかもミョーに上手い)、なにもないところでよくこけるし、一日にこけた回数を集計したのをわざわざ柳先輩に教えに行って(柳先輩もそれを真面目に書きとってるし)なんだか俺にとってはとっつきやすいけど訳わかんねー人って印象だな。でも口うるさいのになんだかんだで優しいし、面倒見良くてお茶目で俺のことは可愛がってくれるし、結局のところ俺はセンパイのこと、ケッコー気に入ってんだと思う。
だからといってセンパイが好きとかそういうんじゃない。それにセンパイはなぁ、恋愛に興味がなさそーっていうか縁がなさそうっていうかなぁ。センパイは容姿も整ってる方で割と目立つし(声もめっちゃでかいし)、人には好かれるけど別にモテるってわけでもないし(そんな噂ひとつも聞いたことない)、部活一筋のマジメちゃんって感じでさ。だから今回のことは俺にとって色んな意味で非常にショックな出来事だった。
俺は部活が休憩を迎えたと同時にセンパイが作り置きしてるドリンクを飲みに行こうと一目散にコートから飛び出し、誰よりも早くドリンクに辿り着いた。さっき仁王先輩と練習試合をやったのでもう喉がカラカラだ。俺は用意してあったコップを掴み、ドリンクサーバーのボタンを押す。いつもはジャーっと出てくる飲み物が出てこない。もしや中身がないんじゃ?と俺は思い、サーバーのフタを開けてみたけど中身はたっぷり入っていた。俺は再びサーバーのフタを閉めてボタンを押したが、案の定飲み物は出てこない。ふざけんな!!喉がすっかり渇ききっていたので俺はものスゴく苛立っていた。サーバーを軽く叩いてみたが飲み物は出てこない。いい加減頭にきてそのままサーバーを持ち上げてぶんぶん振ってみると、俺が緩くフタを閉めたせいなのか、なんとドリンクがバシャーっとサーバーから滝のように流れてしまった!!ヤ、ヤベェ……これはセンパイ、めちゃくちゃ怒る!!
「な、な?!あ、赤也……?!」
「あ、センパイ……!」
「なにやってんのー!!!!」
俺はどうにか隠蔽しようと必死だったけどすぐにセンパイに見つかっちゃって、センパイはその悲惨な状況を目の当たりにして顔を真っ青にしていた。すると俺をくどくどとお小言を言う前に雑巾を取りに飛び出していって、ものの一分もしないうちに戻ってきた。そして今、俺は雑巾を無言・無表情で渡されセンパイと一緒に床を拭いている。いつもだったらガミガミうるさいのにセンパイは床を掃除している今もだんまりなままだ。……マジギレしたセンパイって真田先輩よりもちょー怖ぇーんですけど!!
「せ、センパイ……?」
「……何」
「その、あーなんでかドリンクが出なくって」
「それで」
「た、ためしに振ってみたらこーなりました……ほんとにほんとーっに、すみません!!」
「……もういいよ」
はぁ、とセンパイは溜息をつくと心底呆れたような視線を俺に向けると思ったら、本当にもう怒っていないようだった。やっちゃったもんはしょうがない、謝ったからもういいと言ってくれた。ほっ。あーマジギレされたかとヒヤヒヤしたぜ。
「じゃぁ赤也はこの雑巾洗っておいてね。それでチャラにしてあげるから」
「りょーかいッス」
正直たるいけどセンパイはこれぐらいで済むからいい。これが真田先輩とかだったらグラウンド100週とか一ヶ月球拾いだとかそんな有様だっただろう。俺は雑巾を洗いにバケツを取りに行こうとしたらセンパイが部室に用があるらしく、俺についてきた。
「どーしたんスか、先輩。雑巾なら俺が洗いますよ?」
「いや、ドリンクの粉が丁度きれちゃって。今日のドリンクに使ったのが最後の粉だったから……」
「マ、マジッスか……」
俺はとてもいたたまれない気持ちになった。センパイは俺の胸を痛めるためにわざと言っているわけじゃないから、どうしようもない。俺は弱々しい足取りで歩いてると、幸村先輩が部室棟に向かっている俺らを呼び止めた。
「!ドリンクがないって、先輩たちが君を探してたよ」
「あーそれはね、ちょっと赤也が全部ぶちまけちゃって……。ドリンクの粉ちょうどきらしちゃってたから、部室行って荷物取ってから買い出しの許可もらおうと……」
「赤也が?しょうがないなぁ、じゃぁ僕が先輩に言っておいてあげるから、は早く部室に行っておいで」
「うん!ありがとうせっちゃん。あとね、出費のことなんだけど今日はもうドリンク作る暇がないから、ペットボトル買ってくるっていうのも伝えといてくれない?」
「分かった。赤也もの手をあんまり煩わせるんじゃないよ?今マネージャーは一人しかいないんだから」
「は、はい。すみませんでした……」
俺はやんわりと笑顔で幸村先輩に注意されると、幸村先輩は肩にひっかけたジャージを翻して素早くその場を後にした。センパイは買い物メモを取りながら部室へと向かった。一方俺は水道で使った雑巾たちを物干し場に向かおうと水道から振り向いた瞬間、でっかい図体立ちはだかっているのが目に飛び込んできた。ゆっくり見上げるとそこにはなんと世にも恐ろしい、真田先輩の険しい顔が!!
「赤也、ドリンクを台無しにしたようだな」
「は、ハイ」
「全く、どうしてお前はそう物の扱いがぞんざいなのだ!!さしずめ横着したからなのだろうが、皆が飲むものを台無しにするとは部員としての自覚が足りんからだ!!」
「は、ハイ……」
「それにに申し訳ないと思わんのか!!その上この失態のおかげで部費が余計にかさむ事になるのだぞ!!」
「まぁまぁ真田、もうも許してあげたみたいだし。それよりもが待ってるよ?」
「そうだったな……今行く」
幸村先輩の助け舟のおかげで俺は早くに真田先輩から解放されることができた。助かったー……。けれどセンパイが真田先輩を待ってる、ってなんだ?センパイは今から買い出しに行くんじゃないのか?俺はそう思いながら部室へと入ると真田先輩が制服へと着替えていた。俺は訳が分からないままそのまま扉の前で突っ立っていると後ろからバーン!とすごい勢いでセンパイが部室へ入ってきた。それも真田先輩が着替えてるのにも関わらず、だ。
「ちょっとせっちゃん、なんで真田がついてくるのよ!」
「だって2リットルのペットボトルをが幾つも持てるわけないだろう?それだったら一人くらい男手が必要だよ」
「そうかもしれないけどさ!」
となにやら頬をほんのり染めて幸村先輩に抗議していたセンパイがちらり、と真田先輩の方を見ると見事に真田先輩の着替え姿だったためなのかお互い顔を真っ赤にしてセンパイは部室から飛び出していった。なんとも忙しない。しかしなんだなんだ、一体何が起こっているんだ???俺は状況を全く把握することができずにいて、しかも真田先輩は幸村先輩に「後を頼む」とだけ告げて制服姿で部室から出て行ってしまった。そして部室の外から聞こえてくるのは真田先輩が先ほど部室に乱入したセンパイのそそっかしさに対する叱り声だ。あの人、あんなに人のこと怒鳴ってばっかで血管が切れないんだろうか。センパイもそれに反論しているようだったが、段々声が遠ざかっていったので会話は聞き取ることはできない。しかし俺にはそれより真田先輩がセンパイと一緒に出て行ってしまったことが不可解でたまらなかった。普通ここは失態犯した俺がついていくもんじゃね?その直後に部室にはどやどやと先輩たちが集まってきてて、俺はすかさず幸村先輩に質問してしまった。
「幸村先輩、なんで真田先輩がセンパイと一緒に買い出しに行ったんッスか?」
「なんでって、一人で荷物を持つのは無謀だろう?」
「それはそーッスけど……なんで真田先輩?」
「もしや赤也、お前知らないんだな?」
丸井先輩がニヤニヤしながら俺たちの会話に口を挟んできた。俺が一体何を知らないっていうんだってーの!でもここでそれを言ったら素直に教えてもらえないので、俺はただ聞き返すことにした。
「なんのことッスか?」
「マジで知らねーのかよ……」
「案外、赤也も鈍いもんじゃのう」
仁王先輩が鼻で笑うように言ったので、俺はすこしカチンときた。どうしてここの先輩たちはいたぶるように俺をおもちゃにして、もったいぶるのだろうか!俺が一体何を知らないっていうんだ?
「赤也、やはり気付いていなかったのか……」
「だからそれを教えて下さいよ、柳先輩!」
俺はイライラしながらそう言うと、柳先輩はノートに書きとめる手を止め顔を上げた。お、やっぱり柳先輩は教えてくれるんだよな!
「が真田を好きだということだ」
「……はああああ?!?!」
「気付いていなかったのか……」
俺は口をぽかん、と間抜けに開けてそのまましばらく静止していた。センパイが真田先輩を?好きだって?そんなにありえねー!!だってだって先輩は恋愛とか全然興味なくて、三年の先輩からそれとなくアプローチされてた時だって全然気づいてなかったし、その気になれば彼氏の一人や二人いてもいーぐらいの女子なのになんで、よりによって さ な だ せ ん ぱ い ?!
「マジかよ赤也、お前本当に知らなかったんだな」
「しょうながいよ。赤也は学年違うんだしね」
「それにしてもあんなに分かりやすいのに気付かない奴もおるんじゃのう」
「まぁ、別にそんな気にすることでもないんじゃないか?」
「切原君、そんなに口を開けていたままでは喉が乾きますよ」
「そんなところだろうと、お前の行動からして予想はついていたんだがな」
思い思いの言葉を先輩たちは言ってのけるとそのまま幸村はよくやったとか、今頃あの二人どんな会話してるんだろうか、とかあいつらは真面目だからサボらないでそのまま部に帰ってくるだろうとかの言葉が飛び交わせて、そんな中俺はぼんやりと自分のロッカーの前で突っ立っている。思考回路が状況についていかない。
確かにセンパイの恋愛経験は全く豊富そうではない。恋愛事なんて全くと言っていいほどに他人事のようにしていたと思ってた。それなのに、なんでよりによって惚れた相手が真田先輩なんだ。いつでもどこでも血管を浮かべて怒鳴り散らしてて、戦国武将のような口調で、考え方がものすごく古くって頑固親父って感じの真田先輩に恋したんだ?正直言ってあの二人がそういう仲なのは変な感じがする。むしろあの二人のコンビは……。っていうかなんでセンパイが真田先輩を好きになったかマジで分からない。確かに今までの動向を振り返るとやたらとセンパイは真田先輩のこと見てたり、話すたんびに頬を染めたりしてたりしんないけど、なんでか俺は全くそういうことに気がつかなかった。っていうか、まさかセンパイが真田先輩のことを、だなんて!
俺はなぜかショックを受けている俺自身にまたショックを受けていて、なんでこんなにショックを受けているのか分からないまま打ちひしがれていた。そんな俺を気にすることもなく先輩たちは二人の今後どうなっていくかの各々の予想を好き勝手話してて、気付けば休憩時間は終わっていた。俺はショックのあまり喉の渇きなんてとっくのとうに忘れて練習へと戻った。部活が終わる一時間前くらいにセンパイと真田先輩は戻ってきて、その時真田先輩の隣を歩くセンパイはなんだかとても楽しそうで、目がキラキラしてて普段よりも可愛く見えた。荷物のほとんどを真田先輩が持っていて、はたから見ればカップルにも見える。そんな俺はよく分からないショックに一日中見舞われて、寝る直前までそのことでうんうんと悩まされる羽目になったのであった。
(200508 修正済み)
(081114)