ファースト・インプレッション
あたしがシカゴというアメリカの大都市から帰国して一年が経とうとしていた。あたしは小学一年生の時にも通っていた南湘南小学校へと編入という形で戻り、四つ上の姉を追って立海大附属中学校を受験したところ、国際色豊かの校風だからなのか運良く受かったのだ。小学一年生の時に学校に一年ほど学校にいたから六年生の時に戻ってきても、友達や知り合いは多くいた。けれど幼馴染で、小学校一年と六年の時同じクラスだったせっちゃんも同じ進路を選んだが見事にクラスが別れてしまったところだ。だからクラスで待ち構える新しい出会いは知らない人が多いあたしにとって、ものすごく新鮮だったんだ。
「えっと……真田くん?おとなりしばらくよろしくね」
「ああ。こちらこそよろしく」
ただただ、なんの変哲のない挨拶から始まった。真田はクラスの全体で行った自己紹介で、当然だ、かというかのようにテニス部に入ると断言した。同い年の割には物言いがしっかりしてる男子だなぁ、と思った。第一印象こそちょっと怖めの人だなぁと思った真田だけど、話していく内に言葉遣いや仕草や嗜好が、あたし的観測上の日本人にしては珍しいなぁと感心させられたものだ。まぁ日本人って大きな括りでいうと大げさかもしれないけど。帰国後のあたしにとって、真田の存在はちょっと衝撃だったのだ。
そんなあたしはというと日本に帰ってきて日本の独特の文化に感銘を受けたからなのか、あたしは剣道と書道を帰国直後から始めていた。本当のとこは書道はお母さんにやれと言われて始めて、剣道はカッコいいからなんとなくやってみただけなんだけど。小学校を卒業したと共に通ってた道場を卒業したので、この学校でも剣道部に入ろうかと迷ったりしたけど。せっちゃんのテニス・トークを日常的に聞いていたあたしは全国大会優勝という肩書きを背負った男子テニス部の役に立ってみたいとも思った。せっちゃんに誘われ部活に見学に行き、是非入って!と先輩たちに担がれてしまった単純なあたしがマネージャーに就くのはごくごく自然な流れだったと思う。せっちゃんとは小学校の最後の一年仲良くしてもらえてお世話になったし。でも実のところ、入部する前まであたしはせっちゃんのテニスの実力がどんなものか全く知らなかったのだ。
あたしがマネージャーに就くと、その時人手不足でマネージャーに困窮していたことを知ったんだけど。とりあえず直属の先輩がいない中で、他の先輩ががマネージャーの仕事を教えてくれる通りに働き怒涛の毎日を過ごすこととなった。変に責任感があるあたしは先輩のいない不安の中でもあくせくと働いた。そんな中せっちゃんや真田、そして柳を筆頭に立海はまた再び全国で名を上げた。一人で仕事をこなすのは大変だったけれど徐々に仕事にも慣れていってたし、実績を確実に残していく我が部のサポートをしていてあたしは心底誇らしかった。
でもそれまであたしは真田を特別に意識したことがなかったんだ。先輩を負かしたりして一年でレギュラーなんてすごいなぁ、とは思っていたけど。全国制覇を成し遂げたくらいだから普通の中学生じゃないよね、とは前から思
「感傷に浸っているところ悪いんだが、そろそろ飽きてきた」
「なんで?!あたしがこう、人生をしみじみと振り返ってるってーのに!」
「第一、お前の前置きはいつも長すぎる。聞く身にもなってみろ」
「せっかく人がさー、涙を飲んで語ってるっていうのに……。まぁ別にいいや。そんで、あたしは特に真田を異性として意識したことはなかったわけです、ちゃんちゃん」
「(涙を飲んで……)そうだな、そのような感情表現は今まで見られなかったな。しかし今のはどうだ、面白いほどに今までのデータが狂わされているぞ」
「なにそれ!?そんなイヤ~な感じに笑わないでくれる?」
柳は憎たらしくほくそ笑みながらあたしの話を聞きながらデータを取っている。ほんっとこの参謀のおそろしいこと、おそろしいこと!こんなにデータを収集してる柳に、一からあたしのこと説明しても意味は無いんだけどね。
「それはそうと、お前は俺にそんなことを長々と話しに来たんじゃないだろう?」
「そうそう。さっすがの柳くん!音楽の教科書忘れたの、貸して?」
「そうだろうと思った。新学期になって初めて教科書を使う音楽の授業にお前は教科書を忘れてくる確率は80%だったからな」
「だって本田先生、急に教科書今度使うから持ってきてねーって言うんだもん!今まで歌ばっかり歌ってたのにさ」
「本田先生は気分によってその時の音楽の単元を変えるからな、ほら」
「わぁい、やなぎくんありがとー!返すの、部活前でいい?」
「ああ、そうだ、今廊下に出てしまうと……」
あたしはなにー?と言いながら廊下に出て振り返った。柳とは扉の近くで話していたのでそのままでも話を聞けると思ったからだ。なんと振り返った少し先に真田がいて、ばっちりと目が合ってしまった。不意の真田の出現に突然の心臓爆発が起こったかと思った。しかもあたしが持ってるものを見た真田が、形相を変えてこちらへと向かってきた!視力良ッ!!
「、その手にある教科書はなんだ?」
「あ、いや、ほらさ。次音楽の授業で、じゃなくて。柳にね、用があって来ただけだよ~!あはは」
「ほう、用とは蓮二に教科書を借りることなのだな?蓮二の名前が見えてるぞ。忘れ物をするなど、たるんどる!!日頃から気をつけんかとあれほど言っておろうが!!」
「だから人の話は最後まで聞くべきと常々言っているのに……。この時間に弦一郎が体育の授業から帰ってきて廊下ででくわす確率80%だ」
「はいはい、もうお二方分かりましたよ!」
「はいは一回でいい!それにお前は日頃から忘れ物が多すぎる!もっと注意を払うよう努めんか!」
「もー、そんなに怒ってばっかだと血圧あがっちゃうよー?血圧メーターぶっ壊れちゃうよ、弦一郎くん」
「な!大体忘れ物をするお前がそういう態度だから……」
「まぁ弦一郎もそう怒ってくれるな。が言うとおり血圧が上がるぞ」
「蓮二、を甘やかす気か?」
延々とこのまま真田の説教を受けて音楽に遅れる確率100%(比)だとあたしは思ったので、ガミガミ説教の矛先が柳に向いた途端あたしはくるりと踵を返した。
「じゃぁ、柳これ、ありがとね!」
「待たんか、まだ話は終わっとらんぞ!」
「次の授業遅れちゃうからまたね~」
「おい、!」
サンキュー柳!後始末は君に任せた!無理矢理真田を柳に押し付けて、あたしはひらひらと手を振りながら駆けて行くと、背後から「廊下を走るな!」と再び怒声が聞こえた。あーあ、怒られるのはやんなっちゃうけど顔がにやけるったらありゃしない。怒鳴られて嬉しいだなんて、そんなマゾヒストみたいな素養が自分にあるだなんて信じたくないけど!
(200430 修正済み)
(081029)