09  悩めよ、少年少女達

081124



せっちゃんは、ジャージを翻しその勇姿をありありと見せつけた。立海大付属中、王者の名にふさわしいとその場の誰もが思っただろう。この全国中学生テニストーナメント全国大会の優勝を、立海大付属2年幸村精市の手で決めたのだ。どっと沸き立つ歓声にあたしも気が飲まれてどうにかなっていたのかもしれない。だって、それくらいに嬉しかったから。嬉しくって嬉しくって、審判が「6-2ウォンバイ立海大付属中幸村精市選手!」と言った時勢い余って隣にいる試合を終えた選手に飛びついた。そう、飛びついたのだ。それが柳や仁王辺りだったごめんとの一言で済むのにも関わらず、なんとあたしが飛びついたのは真田だったのだ。


「な、?!」
「ん、あ、え、真田?!ご、ごめん!!」


それにあたしは真田に戸惑ったように声を上げられてから気付いてすぐさま離れるとそのまま戻って来たせっちゃんの方へ、真田の顔を見ずに駆けていっちゃったんだけど、あれは本当に、ない。本当に、あたしって世紀のうっかり者にも程があると思う。よりによって真田に飛びつくなんて!!いくらアメリカでは人を抱きしめるのが挨拶の一貫だったって言っても、真田は日本男児だし、っていうかそれよりも真田だし、ってゆーか本当にあたしの大バカ!!思いっきりぎゅって抱きしめちゃった!!どーしよ、超変な子と思われちゃったかも!!


「別に元々普通とは思われてないと思うけど」
「もおおおそこはフォロー入れてくれたっていいじゃん!」


パニくりすぎて思った事をそのまま早口でせっちゃんに述べるとせっちゃんはしれっと言った。先ほど試合を終えてきたせっちゃんより、あたしの方が息が上がってるとは何事か。それよりせっちゃんはすこうしだけ、不機嫌そうにも見えた。ああ、せっかく優勝したっていうのに!


「それより、俺に何か言うことあるよね?」
「え・・・あ!うん、せっちゃん全国優勝おめでとう!もう本当に本当に嬉しかったんだから!」


あたしが取り急ぎ言うと、せっちゃんは不満そうな顔をしたけれどすぐににっこり笑ってありがとう、とお礼を言った。あたしは自分の気持ちに罪悪感を感じてごめんなさい、と呟くとせっちゃんはあたしの頭を優しく撫でてくれた。


「俺が勝ったのが嬉しくて勢い余って真田に抱きついちゃったんだろう?真田、っていうところが気に食わないけど俺もが喜んでくれて嬉しいよ。」


そうせっちゃんは微笑みながら言うと、試合の終わりの挨拶の整列に言ってしまった。選手は皆整列しに言ってて、勿論真田もその中へいたはずだけどあたしはベンチに座り込むと真田を見ることができずにいた。せっちゃんのタオルをぎゅう、と握り締めて蹲るとなんだか涙が出てきた。この涙は嬉し涙半分、半分は混乱して出てきたものだと思う。正直ものすごーく嬉しくって嬉しくって、けれど自分で分かるほど顔がどんどんと上気していって沸騰しそうだった。ああ、なんてことしちゃったんだろう、自分。蹲っていると戻ってきた先輩たちが泣いているあたしを見て嬉し泣きしていると思ったらしく、大袈裟なんだから、と言っていた。確かに嬉し涙半分、だけどさ。ああ、あたしこれから毎日真田と顔を合わせるっていうのにこの先どうしたらいいの!










* * *










その日は打ち上げでみんなで焼肉ということになり、そこで毎年恒例の新部長、副部長の発表、ということで俺と幸村が抜擢された。前々から噂されていたのであまり驚きはしなかったがやはり大役を任せられるとなると嬉しい。そんなことを考えつつも、俺は今日の試合の後に抱きつかれた事が頭から離れなかった。急に抱きつかれた時はそれは大層驚いたものだがその柔らかい感触に俺は一番驚いた。女子というのはあんなに柔らかいものなのか。しかしそれにしてもそのまま顔を赤くしていすぐに幸村の方へは走っていってしまったので、がどんな表情をしていたのかが分からないが、俺は俺で心臓の動悸が抑えられなく優勝したということとの喜びと、この訳の分からぬ気持ちに翻弄されていた。


「真田、その肉食わないなら俺が貰うぜぃ」
「ん?」


網の方を見ると丸井がほとんど肉をたいらげていて、俺の目の前にあった肉もまんまと奴の胃袋へと流し込まれていった。こいつはもっと落ち着いて食えんのか!


「どうした、真田。お前さんがボーッとするなんて珍しいぜよ」
「そ、そうだったか?」
「しょうがないよ仁王。真田は昼にに抱きつかれたことで頭が一杯なんだ」
「な、ゆ、幸村!!」


だって、そうだろう?と追い討ちをかけられると俺は頷かざるを得ない。すると蓮二もなにやら意味深に笑っていて、俺の居心地は悪くなるばかりだ。


「なんだよ真田、に恋したんじゃねぇの?」


俺はブッと飲んでいた茶を噴出すと、丸井がゲラゲラと笑い出した。恋だと?!そんなもの俺が・・・し、しかし確かにそうと言われればそうなのかもしれない・・・なぜか思い出すのはあの柔らかいの感触と、あの赤く染めていた頬とそして彼女の残り香なのだ。あながち、丸井が言うのは間違いではないかもしれぬ、だが!


「別に恋に落ちることが、たるんでいるということじゃないよ?真田」
「む」


俺は幸村に笑顔で図星をつかれてたじろぐ。


「むしろ恋をするのは健全な証拠だよ。」
「そうだ、弦一郎。いかなる文豪でさえ偉人でさえ恋に落ちる。だって言っていただろう。それに恋をしないと分からない事もある。」
「そ、そうなのか。」


この場にがいなくて非常に良かったと思う。俺は仲間内でこのような会話をすることでさえ顔から火が出る思いをしているというのに、俺は次にと会うときどのような表情をしてればいいというのだ。


「それにしても真田が恋か・・・」
「面白いことになってきたの」


ジャッカルは深く考え込むような仕草をしたが、仁王の軽々しさには全く呆れるものだ。しかしその、なんだ・・・恋とかいう響きにはやはり照れる。俺は黙り込むと、この話を赤也に聞かれてないか心配になった。辺りを見回すと赤也は1年生のテーブルで和気藹々としている。あいつに聞かれると事を荒立てかねないからな。


「で、どうするの?」
「ど、どうすると言っても・・・どうすればいいのだ」
「はぁ、これだから奥手はねぇ」


幸村が溜息をつけば、蓮二がノートに何かを書き足しそして何を思ったのかそういえば、と口を開いた。


「明後日に丁度、花火大会があるではないか。」
「お、それいいね!真田、それにを誘いなよ」
「な!男女2人きりで花火大会に行くということなど、けしからん!」
「真田、そんなんじゃぁいつまでも事は進展しないよ。」
「む」
「ですが幸村君、自覚し初めには少々それは難しいんではないでしょうか。得に真田君のような人の場合は・・・」
「まぁそれもそうかもね。じゃぁ俺がを誘うから、みんなで行けばいい。丁度部活もオフだしね。」
「しかし・・・」
「別にみんなで行くんだから問題ないだろう?」


その時の幸村の威圧的な笑みに俺は何も言えず、ただただ頷くだけであった。蓮二が浴衣で来るのが好ましいな、と提案してきたので当日は浴衣を着用してのことだった。幸村はすぐさまにメールをすると返信がただちに帰ってきて、返事はOKということだそうだ。俺は周りがどんどんと事を進めて行ってしまうのに全く着いていけず、ただただ俺がに好意を抱いているのに、なんともいえない違和感を感じた。胸の奥がむず痒い。どうにもいえないもどかしさが、俺の中を占める中で思い出すのはのくるくると回る表情ばかりだ。


「それにしてもも焼肉、来ればよかったのにね」
「つーかなんでいねぇの?」
「さっきおばぁちゃん家に行くって行ってただろ」
来とったら面白いことになっとったのにのう、参謀?」
「ふむ、確かにな。だが今日は多様な弦一郎のデータを取らせてもらえたのでな、俺は満足だ」


それにこの言われよう。俺はこの先こいつらのいいようにされるような不安を抱きつつ、明日の練習そして明後日の夏祭りへと思いを馳せた。ああ、明日俺はにどういう態度を取ればいいのだろうか!そう項垂れれば、また幸村から小難しそうな、それでいてけしからんアドバイスをされるのだろう。・・・・・・俺の恋は前途多難だ。







<< TOP >>