08  参謀の思惟

081118



昼休みの時間に俺は大抵、図書室にいることが多い。新刊で読みたかった物もあったので今日もまた一度足を運んだ。何冊かよさげな本を物色していると、つんつん、と誰かが腕をつついてきた。振り返る前に予測しよう。男子テニス部マネージャー、である確率100パーセントだ。


「やーなぎ」
「やはりお前だったか」
「まぁね。そういえば最近あんまり柳とはここで会ってなかったね」


はそう言うと、ハマっている、と以前から言っていたダレン・シャンの原書を2冊手に取り、空いている席へと着いた。俺もと向かい合わせに席へ着く。俺たちは度々図書室で会ってはこうやって他愛のない話を交えて過ごしている。


「それにしても原書で読むとはさすがだな」
「まぁこれ児童書だし。それより柳が読んでる本の方が難しそうなんだけど?」
「そうか?お前なら読めば理解できると思うがな」
「あたしはそんなに頭良くありませんよ柳くん」


ぱらぱらと流し読み程度には本をめくる。本人はそう言うが、語学のセンスは結構なものだと思うのだが。ただ、勉強をするのが嫌いなだけで、だがな。


「ねぇ柳には予測できないものって、ある?」
「いつも唐突だな、お前の質問は。」
「じゃぁあたしの今みたいな質問は予測できない?」
「まぁ予測できなくはないが、当たる確率は低い。お前の場合、その時にあった出来事に関連付けてそれに連鎖して物事を考える癖がある。しかしそれは本人でしか分からない些細な事で関連付けられているものだから予測しにくいんだ。」
「つまり、思考の回路がおかしいと。」
「皮肉って考えればそうとも言えるな。」


そうかぁと俺の冗談も素直に受け取って答えるは普通の女子とは違う。女子といえば、この風に切り返すと「やだ〜」だなんて言ってくすくすとお飾りに笑う場合が多いがの場合全てを真剣に受け止めてしまうので冗談が通じない。しかしそれに傷つく様子も全くなく、受け止めたら受け止めたで気にしない性格のようだ。本人はそれを気にしているようなので口には出さないが。


「例えば、」
「例えば?」
「お前はよく歌を歌っているだろう」
「えっそうなの?」
「無意識か?」
「いや、歌ってるかな?でも、うーん、意識してる時としてない時があるかも」
「まぁそんなところだろう。お前はよく歌を歌ってはいるが、俺はその選曲を予測はできない」
「マジで?」
「マジだ。体育でやっている種目がバレーボールで『アタックNO.1』のテーマを歌いだすのは分かるがなぜ急に『ベルサイユの薔薇』のテーマを歌い出すのかとかだな、」
「だって両方絵がキラキラしてるじゃん?」
「『仰げば尊し』の次にはなぜ『泳げたい焼きくん』を歌い出す?」
「・・・・・・気分?」
「だろうな。しかし俺にはそれが予測できない。」
「おお、立海男子テニス部参謀と謳われる柳蓮二でさえ予想ができないものが!」


は嬉しそうに声を上げるとここが図書室だと気付いてか少し身を縮めた。司書の人もを先ほどから何度かちらちらと見ている。まぁこの程度なら面だって叱られるということはないだろうが。


「だがもう一つ予測できないものがあった」
「え?何それ」
「お前が弦一郎に恋をする、ということだ」
「ぎゃー!!」


が思い切り声を上げたのでさすがに司書の人から静かにしろ、とのお咎めの言葉がきた。いつも冷静なのことだったのでまさかあそこで大声を上げるとは思ってもみなかった。最近、のことでは予測できないことばかりだ。1年の時に同じクラスだった時以来、このような異常な反応ばかり見せるのデータは狂わされてばかりだ。


「ばっか、柳!そういうことを大声で言わない!」
の方が声が大きいぞ?」
「・・・予測できなかったの?」
「そうだな、お前が弦一郎に恋する確率など、確率といえるほどの数値もなかった」
「ふーん・・・」


は顔を赤らめて答えると本なんかもうほとんど気にしていないかのように放り出した。はどちらかというとこういう類の話はとても苦手らしい。しかし精市が言うように、が誰かに恋するのであれば、俺の方が弦一郎より遥かに確率が高かったのだ。ただの自惚れか、それともデータ集計のミスかそれは俺にも分からない。


「せっちゃんに柳が好きだと思ってたって言われた」
「そうなのか?」
「うん」


俺は白を切ったが、まさかから話題を振られるとは思わなかった。彼女は頷いた後、うーんと唸り出す。するとしばらくの後意を決したように、俺に向き直った。


「でも確かにあたしほんのちょっと柳のこと好きだったかも」
「・・・そうなのか?」
「わかんない。でも今はせっちゃんと同じ感じかも。お兄ちゃんみたいだもん、柳は。」


あーあ、分かんないやーと言って椅子の背もたれによりかかったは俺に気持ちを打ち明けたとは言い難いほど飄々としている。の発言にやや俺は驚いた。しかしよく分からないが、きっと精市と俺はの中で異性の中でも恋愛の対象にされなくとも特別の扱いにされているのではないかとの今の発言で思えた。恋愛対象で好き、と言われたらそれはそれでまたいい意味で複雑だが俺はのことはまた違った意味でそれなりに気に入ってはいるし、きっと俺の中と同じ位置づけにの中には俺がいるのだと思う。そしてはそれを確実に言葉にしてくるので、俺は自惚れではないと信じきれるのだが。


「あっ・・・ヤバ、今日放送じゃん!」


途端は真っ青になってそう言うと、その時タイミング悪くガラリと図書室のドアが開いた。そこには鬼のような形相できっとを捕らえに来たでらしき弦一郎が仁王立ちしている。そういえばは放送委員だったな。しかしさすがに弦一郎のその登場の仕方はどうかと思うが・・・。


「ここにいたか、!!今日はお前が放送当番だろう!!何をしている!!」
「え、ちょ、今月風紀委員の呼びかけ当番真田だったの?!」
「そうだ、だが今はそんなことはどうでもいいだろう!、早く放送室へ行くぞ!!時間まであと3分もないぞ!」
「は、はい!あ、じゃぁ柳またね!」
「ああ」


はびくびくしながら真田の後に着いてぱたぱたと靴音を慣らして忙しそうに行ってしまった。しかし真田が来た時のの表情と言ったら、面白いものだ。急に真田が現れたことに驚きと共に喜びが顔に滲み出ていて、ああこれが恋する女の顔なのだ、と俺は思った。顔を真っ赤にさせていたが、すぐに平静を保とうと必死になっていたの顔を思い出すと自然と口元が綻ぶ。


ふと目の前の席を見ると急いでいたせいか、が借りずじまいになってしまった本が取り残されている。はいつもこの原書のシリーズを楽しそうに読んでいたので、俺はの代わりにそれらを借りておくことにした。図書室には放送が入らないので俺は借りたい本ときちんと名義で彼女の本を借りる手続きを済ませるとすぐに廊下へと出た。するとすぐにのよく通る声が聞こえる。少し息を切らしているようだったが、すぐに息を整えてかむこともなくスムーズに原稿を読み上げている。確かは1年の時から朗読やスピーチといった類の物が得意だったな。その後に聞こえてくる、若干声が大きすぎて音割れしている弦一郎の声が替わって聞こえてきた。奴の声もまた、聞き取りやすいが少々熱を上げすぎてマイクが悲鳴を上げている。マイクや放送機器を介して弦一郎の声を聞くとは、またなんとも言えない奇妙な気分だ。


俺は本を持って放送室へと向かう道で、音楽が流れ出した放送に、裏で弦一郎にさんざん叱られているを想像した。本人はいつもそれに大層強気な顔をしているが最近は満更でもなさそうに、しかしそれでも負けじと反論する体制はそのままだ。まぁこの場合が悪いので平謝りしているだろうが。しかしそんな彼女を頭ごなしに叱る弦一郎からのフォローに回れば、ひとたびは俺の後ろに回って隠れるだろう。そして俺が持ってきた本を見ては破顔させるのだ。そして弦一郎がを甘やかす俺を見て、いい顔をしないという確率もまた、100パーセントだ。







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