10  青春の影たち

081130



と同じ学区に住む俺は最寄り駅でと待ち合わせをした。実は真田の最寄り駅も一駅しか変わらないのだけれど俺はあえてと2人で立海男子テニス部が待つ駅へと向かうことにした。まぁなぜかって、極度の照れ屋なは必死に真田と2人きりにしないでくれと懇願していたし、こんな調子であの2人の間が集合場所の駅まで持つだろうか。とりあえず真田あたりは緊張のあまり妙なことを口走るか行動を起こしかねない。とまぁ誰かの口添えでもないと全く進展のなさそうなこの2人に、この度代が変わって一新した部は部内の事を円滑に進むべく協力しようと言うのだ。まぁ、要するにこの2人がくっつけば真田もきっと少しは和らぐだろうし、なによりも2人をからかえて面白いというのが皆の意見の大半だろう。


男所帯の部活にマネージャー女子一人、と言ったらどんな子であれ一応花形だ。はその点においてはアイドル、というのは柄じゃないだろうがなんとなくそういうところはある気がする。実際が一人コートにいるといないだけじゃ大分部員のやる気も違ってくる。真田は男子マネージャーでもいいだろうと意見を上げているが先輩や俺たち後輩が断固拒否した。男女差別だ、と抗議の意見を上げられたがそれは決して差別ではない。女子一人いるだけでも部活は華やぐ。それにはどこかしら変と言っても見た目に問題はないのだから余計にそうだ。


は一風変わってるといえど、さばさばしていて男子に媚び売ったりしないから部員たちも親しみを覚えていただろう。でも大分月日が経ってくるにつれて、が真田にゾッコンなのは目に見えて分かったし、真田も満更ではなさそうな態度の末にに惚れてしまったときたもんだからもう皆の公認と言いざるを得ないのかな。でも幾ら公認とは言え本人たちがああじゃどうしようもないんだけどね・・・。まぁらしき人物もこっちに向かってきているようだし俺の一人語りはここまでとしようか。


「せっちゃん、早いね!待った?」
「いや、全然。有意義な一時を過ごしていたよ」


俺の奇妙な答え方には本でも読んでいたのかと尋ねたが俺はただ微笑んでおいた。きょとん、とは首を傾げたがもさすがにしつこく追求することなく俺の隣を歩き出した。


「浴衣かわいいね。桃色、似合うじゃないか。」
「本当?あたし本当は藍色の浴衣が良かったんだけど」
「ピンクの方がいいよ。藍色は大人になってでも着れるからね、うん、これが馬子にも衣装ってこういうことなんだとしみじみ感じるよ」


はなんだよ!と口先では怒っていたけど、顔はにっこり笑っていた。俺の本心を知っているに俺は嘘だよ、と告げることもない。は大きな椿の絵が金色の糸で描かれた淡い桃色の浴衣を着ていて、それはまさにのためにあるかのように似合っていた。髪はキレイに横に少し高めに結い上げられていて、耳の上辺りに小ぶりな花の飾りが添えられている。少し化粧もしてきたのか、唇には薄く、紅が差していた。


「せっちゃんも浴衣、似合う。その浅葱色、せっちゃんって感じ!」
「そうかな?俺もこの色、気に入ってるんだ。」


せっちゃんは水色が好きだもんね、とが呟くと俺はそれに笑みながら頷いた。そう、それに彼女の魅力的なところは人の好きなことやものを覚えていて、気づくとその事に関連することに興味を持って調べたりして交流を図ることだ。真田がその点においていい例かな?大体普通の女子と真田の話題に共通点など皆無に近い。真田は流行の話題なんて分かりやしないし女子は真田の早朝4時からの座禅の意味など解せるわけがない。まぁ俺たちも朝4時からの座禅もまたどうかとは思うけど、それはいいとしてはその点普通の女子とは違う。小学6年の間に剣道をやっていたし、書道の心得もある。それに彼女は帰国子女という面もあってか、真田の今時珍しい武士道精神というものにえらく興味を寄せている。普段真田のいきすぎた思想というかなんというか、時代錯誤な発言などにひく面々も多い中はそれに大いに関心があるみたいだ。知り合って間もない頃は真田はそれをいい事に得意になってと話しこんでいる時があったね。に時代錯誤な日本の知識が刷り込まれてないといいけど。


「どうしたの、せっちゃん黙りこんじゃって」
「あ、いやちょっと考え事してただけだよ」
「なに考えてたの?」
と真田のこと」


そう伝えると、もー!とは顔を赤らめて不貞腐れたようにそっぽを向いたが、その瞬間電車に乗り込む際に足を滑らせて俺がの腕を引いて支えてやるとはにかみぎみに、しかしその頬はまだ赤らめたままではありがとう、と呟いた。その可愛い仕草を、真田に向けてやればいいのに。










* * *










集合時間の15分前に辿り着いた俺と蓮二は他のメンバーが集まるまで花火大会に行くらしき人々の波を避けながら、目印となる時計のしたでしばしの間談笑していた。しばらくすれば、柳生に仁王、ジャッカルと丸井が揃ってやってきて5分前となると幸村とが一緒に来た。蓮二が言ってた通り、皆浴衣姿なのだがやはり男ばかりの紺や深い色の細縞柄や市松模様などに紛れた淡い桃色と紅い椿は目を引くものがある。それの金色の、目立ちすぎない装飾で施された浴衣はに似合っていた。普段は制服姿かジャージ姿だが、和服もこうも似合っているとは思ってもいなかったので俺はいささか心臓の鼓動が激しくなるのを気付かずにはいられなかった。


「どうした弦一郎、に見惚れているのか?」
「たわけ、そのようなことを大声で言うではない!」
「否定はしないんだな?」


ニヤリと不敵な笑みを浮かべる蓮二に俺はう、とたじろぐ。はなにやら幸村と話しこんでいるので俺たちの会話が聞こえる恐れはないがすぐ傍でこのような会話をするほど危険なことはない。それに浴衣はのために仕立てられたかというほど、似合っているというのに否定のしようがない。そういえば赤也は幸村たちが祭りのことを話しているのを聞きつけて参加するとはりきっていたのにまだ来ていないとは。


「それよりも赤也はどうした。あいつはまた遅刻か、たるんどる!」
「赤也なら電車の人身事故にあって、少し遅れるから先に行ってて下さいってさっきメールが来たよ」


すかさずが答えたので俺は不甲斐なくもびくりと肩を揺らしたが、平生の態度を保ち、そうか、と返事をした。とりあえず集合時間になったので俺たちは足を揃えて祭りの会場へと向かった。道中俺はがすぐ俺の後ろにいるので気が気ではなかった。どうしたというのだ俺は!少しは落ち着け、と自分に言い聞かせるものの心臓の鼓動の速さは一行に速まるばかりだ。時折聞こえてくる笑い声に何を幸村と話しているのかがとても気になるところだ。しかし俺には会話に割り込む気もないし、それにできもしない。自分の情けない姿に肩を落としたいほどだがここでどうやったら男を見せられるというのだろうか。


「赤也じゃねぇの、あれ?」
「あっほんとだ!」
「先輩たちすんませ〜ん!」


赤也は祭り会場の入り口まで駆けてきて、慣れない下駄のせいか走りづらそうにしていた。


「おっ!先輩浴衣ちょー似合ってんじゃないスか!ピンクかわいいっスね〜」
「あ、うん、ありがとう。赤也もその柄、いいね」
「おばーちゃんが箪笥から引っ張り出してくれたんスよね!いやぁでも柳先輩も真田副部長も似合ってるっつーかもう江戸時代の人っぽいっスよね」
「あは、確かに。その時代の人になりきれちゃってるよね、柳たち」
「それは褒め言葉ととってもいいのか?」
「うんまぁ、褒めてる褒めてる!」


は赤也に褒められたことを照れたように、だが少し嬉しそうに微笑むとそれを隠すように話題を切り替えた。俺もまぁ間接的にだが褒められて嬉しかったが蓮二もに褒められたことに満更でもないように笑いかけると、なぜだか少し居心地の悪さを覚える。すると蓮二が不機嫌な俺を察してかは分からないが、蓮二は俺に耳打ちをした。


「お前もの浴衣姿を褒めてやればどうだ、少しは喜ぶと思うぞ?」
「し、しかしだな・・・」


どのように褒めてやればいいのか分からない。先ほどからジャッカルやブン太、柳生や仁王までもが似合っていると褒めていたし俺は完全に出遅れてしまった。それにあの全国大会の日以来今日まであまりまともに必要最低限でしか話していないと俺は今更何を話題にすればいいのだろうか。前のように、色々と意見を言い合えたらこのように悩む必要などない。


「飾った言葉でなくともいい。お前の素直な感想をに言えばいいんだ。」
「そうか・・・」


しかし言うタイミングもな、とあれこれ悩んでいると赤也とブン太はそこら中にある出店に目を奪われていて、どこで何を食べようか、と相談してはあちこちに行ってしまったのをジャッカルが急いで着いていった。全く落ち着きのないやつらだ。ここからはどうやら別行動のようだ。仁王は射的をしているしその隣で柳生はところ天を購入していた。俺は後ろにいるであろう幸村とを連れて花火が一番よく見える場所へと向かおうとしたがふと隣を見ると蓮二と幸村が2人して何やら話し合っていて肝心のが見当たらない。後ろを振り返ると人込みの中は何かに目を奪われたのかぼーっと立っていてふらふらとした足取りで店に向かっていってしまった。こんな人だらけの場所で一人でいるのは危ないというのに!蓮二たちはすでにもう前を歩いてしまっていて、俺は声をかけることもできずにすぐにがいる場所まで引き返した。各自携帯電話を持っているので、連絡は後でも問題ないだろう。俺は人込みをかきわけてがいるはずの露店へと辿り着くと案の定そこはヨーヨーを売っている店では小さい子に紛れてしゃがんでは楽しそうにその光景を眺めていた。



「あ、真田・・・」
「いくらまだ明るいとはいえ、年頃の女子が一人になっては危ないだろう!」
「ごめんなさい」


は少し気落ちさせたように素直に謝ったので俺も少し怒りすぎたか。しかしはあまり気にした様子もなくすぐにヨーヨーを釣金で釣っては遊ぶ子供たちを見ては楽しそうにしている。


「・・・やりたいのか?」
「えー・・・うん、やりたいんだけど、ヨーヨー釣りにはいいお年頃だしなぁーって思ってね・・・」


とだけ言うと口を噤んでしまって何を思っているのか首を傾げている。いつもはきはきと物怖じせず物事を言うにしては珍しいが、対する俺もそれにどう対応していいか分からず黙りこむしかなかった。それに以前もこのようなことがあった気がする。しかし前とはまた違った緊張感が俺の仲で張り詰めた。


「やればいいではないか」
「でも・・・」
「別に恥ずかしがることでもなかろう。何せ俺たちはまだ子供だ」


俺はそういうとはうーんと唸った後に小さな無地の巾着袋から財布を取り出して主人に200円を渡した。は目を輝かせて釣金を握ってはどのヨーヨーを釣ろうかと品を見定めている。そうして水色のヨーヨーを救おうと釣金を水に差し込むと、次の瞬間見事に釣ってやったぁ!と声を上げた。


「お!お嬢ちゃん上手だねぇ。はい、これおまけでもう1個。」
「え、くれるんですか?」
「釣れても釣れなくても1個おまけであげるんだよ。ほれ、後ろの彼氏にでもやったらどうだい?」


俺は恋人と間違われたことに赤面したがを見ると顔を俺以上に真っ赤にさせて「違います!」と抗議の声を上げていたが、露店の主人はにこにこと笑って「照れちゃってかわいいねぇ」と言って俺を見上げていた。は2つのヨーヨーを抱えるとすぐに立ち上がって露店から離れた。俺はそれに続いて立ち上がり、またを見失わないように隣へと肩を並べた。俺たちでも恋人同士に見えるのか、と思うとどことなく喜ばしいような、しかしそれでいて恥ずかしいような何ともいえない気持ちが込みあがってきた。


「はい、これ」
「ん?」


俺はに黄緑色のヨーヨーを渡されるがままに受け取る。


「真田ヨーヨーなんか遊ばなさそうだけどせっかく貰ったんだしあげる」
「そ、そうか。ありがとう」


俺は礼を言うとその後何を言えばいいのか分からずまたもや黙り込んでしまった。しかし一体どうしろというのか。好きな女子とはどんな風に会話すればいいのか俺は全くもって分からない。今までどおりにしようと思うのだが今までどうやってに対応していたのかがなぜか思い出せない。ああ、なぜ思い出せないんだ!



「それにしてもせっちゃんあたしのこと待ってるって言ったのにおかしいなぁ、なんでいないんだろ」
「幸村が言っていたのか?」
「うん。なのに柳と先に行っちゃうし・・・うん?柳と?」


は何を思ったのか先ほどの巾着袋から携帯電話を取り出すとごめんね、と一言言って相手は幸村だろう、に電話をかけた。しかし幸村は電話に出ないのか何秒か電話を耳につけていったあと僅かに無機質な女性の声が聞こえた。


「せっちゃんったら電話切ってるし・・・これだと柳も切ってるな」
「む」


その言いように俺はすぐに気がついた。俺たちは幸村と蓮二の策略に陥ったのだ!幸村はに待ってるといいながらも露店の前へと置き去りしに、俺がそれに気がつくのを見越して蓮二と2人で姿を消したのだろう。全くいらん世話を!は溜息をついては再度携帯電話を開くとなにやらメールを打ち出した。その速さは俺がするよりも何倍も速い。さすがといえばいいのだろうか。しかし、そんなことに関心している時ではない。俺は今まさにと2人っきりという状態なのだ。俺たちがまさにあの2人の策略にはまっている中、花火の時間までこの状況抜け出せそうにはない。普段の部活の時ならまだしも、は今浴衣姿で、いつもと違う、髪を結った姿だ。そんな状況で2人きりとは、蓮二に幸村はやってくれたな!


「返事、当分来ないと思うから2人で回ることになっちゃうけど、いい?」
「俺は構わんが・・・」


は俺と身長差が30センチ近くもあるため上目遣いで俺に尋ねるがそれがなんとも可愛らしいことか。俺の心臓は早鐘を打って、それを止める術もない。ドキドキと脈打つ鼓動に、俺自身惑わされながら2人で露店を回った。時折が寄りたい、という店に足を運ぶがたどたどしい会話しか俺たちは交えてない。


「あ、真田。カキ氷、食べたい」
「む」
「ほら、あそこ。いい?」
「ああ。俺も久々に食べてみるとするか」


に促されるまま店へと行くと、はすかさずいちご練乳を頼んだ。きっと好きな味なのだろう。俺は宇治金時を頼むとがくすくすと笑い出したのでどうしたものかと振り返った。


「真田らしー、宇治金時。」
「そうか?」
「うん。弦一郎が宇治金時を頼む確率100パーセント。宇治金時って抹茶のことだよね」


の蓮二に似た物真似と急に名前で呼ばれたことに俺は噴出してしまったが、もそれに笑い声をあげていたので今更取り繕う必要もない。しかし、名前で呼ばれるとはいいものだな。・・・そうだ、こんな風に俺たちはいつも会話をしていたではないか。


「そうだ、食べたことがないのか?」
「あたしいっつもいちごだから。抹茶、っていいよね。日本にしかない味だし」


は俺がカキ氷を受け取り食べているのをまじまじと見上げると不思議そうな顔をした。


「真田もカキ氷、食べるんだねぇ」
は一体俺が何を食べると思っているのだ・・・」
「ええと、なめこの味噌汁とか、なめこの味噌汁とか、なめこの味噌汁?」


あはは、と笑いながらは言ったが俺はばかもん、と小さく呟いただけで自分の顔がいやに弛んでいるのが分かった。が今日初めて俺に向けて笑ってくれたのと、そして俺の好物を覚えていてくれたのがたまらなく嬉しかった。


「そういえばさ、この前のこと、・・・ごめん」
「ん?」
「その、あー、この前の全国大会の時、急に抱きついちゃって、ごめんね」
「あ、あのことか。俺も、もう気になどしておらん。」
「そ、そう。とにかくごめん。それだけ」


は口早にそういうと頬を染めしゃくしゃくと忙しそうにカキ氷を口へと運んだ。口を開けたときに見える舌ががほんのりと赤い。俺はに言われたことであの時の感触をいやでも思い出してしまった。あの柔らかい身体に甘い匂い。すると身体の芯が揺さぶられたように俺も熱がこもってきて変な気分になった。その身体の持ち主が隣にいるということでますます俺は眩暈を起こすような気がした。俺がぼーっと立っているとは不審に思ったのか少し先を歩いて、緩慢な動作で振り返った。


「真田?ぼーっとしてると置いてくよ?」


少しはにかみ、大きな目で俺を見上げるその図はまさしく見返り美人だった。結い上げられた髪はいつもより色っぽく見え、そして紅を差した唇が俺の名前を呼ぶだけで愛しさが込み上げてくる。俺ははっとしてすぐにに追いついた。褒めるなら今しかないと、その時誰かが俺の耳に囁いた。



「なに?」
「そのだな・・・浴衣、似合っているぞ」


するとは大きな瞳を丸くさせたがさっと頬を赤く染めると小さく聞こえるか聞こえない程度の大きさの声で「ありがとう」と呟いた。その時俺もかあっと顔が熱くなっていくのが分かって、次の露店に行くまでそれまで会話はなかった。そして数十分後、ようやく日も暮れた頃に幸村と蓮二を見つけて俺はと進展があったかとか手は繋いだとか、ちゃんと浴衣は褒めてやったのかと質問攻めにされ散々な目にあったがとちらりと視線がかちあった時に微笑んでくれたのでよしとするか。







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