07  センパイたちの恋愛事情

081114



英単語帳を俺は先輩から借りっぱなしで部活の後に先輩に指摘されてようやく思い出した俺は、次の日に必ず返すと約束した。先輩は渋々それに納得するも、俺は結局くどくどとお小言をくらった。その上真田先輩までもがその話に加わり、俺は今最高に気が沈んでいる。なんであそこに真田先輩が入ってくるんだよ!俺はごめんなさい、と一言謝ると先輩はすんなり許してくれた。先輩は口うるさいけど一度謝れば大抵のことは許してくれるのでまだいい。けど、真田先輩と言ったら俺が謝ってもどこまでもやいやい言ってくるのでげんなりだ。


先輩には、たまに俺のサイコーに苦手な科目、英語を教えてもらっていたりしてて、俺的にはけっこう仲が良いと思う。それに唯一の女部員の先輩だから、仲良くしとかなくちゃな。それに先輩ってお節介やきで結構口うるさいんだけど、黙ってればフツーにキレイな人の部類に入ると思う。髪だって他の女子みたいにヘアーアイロンなんかで痛んでないし、スカートだって変な皺がひとつもなくていつもちゃんと自分でアイロンがけしているようだし、自分なりの美学を持ってるみたいで身だしなみとかそーいうのには気を使ってるらしい。


けど口を開くとどこかしら変わってる人だ。帰国子女だから俺みたいな落ちこぼれにも英語を教えられるっていうのはあると思うけど、それのせいかちょっと色々ずれているところがある思う。人がくしゃみした後にどうして誰も"Bless you"と言わないのか(そもそも単語の意味が分からない)、なんで日本の学校には清掃員のおばさんがいないのだとか、なんで日本語には自分を指す一人称の種類がたくさんあるのだとかたまに柳先輩を問い詰めるように質問をしている時がある。それにいっつもドジ踏んでて真田先輩と口ケンカなんてしょっちゅうだ。真剣な顔して宝塚みたいな声でアンパンマンのマーチを歌ってるし、なにもないところでよくこけるし、1日こけた回数を調べて柳先輩にわざわざ教えに行ってノートに記入させるし(柳先輩もそれを真面目に書きとってるし)なんかもうつかみどころのない俺にとっては未知数な人だ。けれど良心的で、口うるさいけどなんだかんだで優しいし悪戯好きで超マイペースで頑固だけど寛容なところもあって結局のところ俺は先輩のこと、気に入ってんだと思う。


そんなまぁ、マネージャーとして俺は何気に気に入っている先輩がまさか恋してるだなんて思わない。それに先輩は色恋ごとに興味がない、っていうか縁がないっていうかなぁ。先輩はめちゃくちゃ目立つ人ってわけでもないし、容姿も整ってる方で、人には好かれるけど別にモテるってわけでもないしそれに人の色恋事の噂話とかにはかなり疎い。だから今回のことは俺にとって色んな意味で非常にショックな出来事だった。









* * *









俺は部活の休憩時間に先輩がいつも作ってくれているドリンクを飲みに行こうと一目散にコートから飛び出し、誰よりも早くドリンクに辿り着いた。さっき仁王先輩と練習試合をやったのでもう喉がからっからなところだ。それで俺は用意してあったコップを掴み、ドリンクサーバーのボタンを押す。けれど飲み物は出てこない。もしや中身がないんじゃ?と俺は思い、フタを開けてみたけど中身はちゃんと入っていた。俺は再びサーバーのフタを閉めてボタンを押すが、案の定飲み物は出てこない。ふざけんな!俺は喉がすっかり渇ききっていたのでものスゴく苛立っていた。サーバーを軽く叩いてみたが飲み物は出てこない。いい加減頭にきてそのままサーバーを持ち上げてぶんぶん振ってみると俺が緩くフタを閉めたせいでなんとドリンクが全部流れ出てしまった!ヤ、ヤベェ・・・これは先輩めちゃくちゃ怒る!!


「ぎゃあーー!!」
「あ、先輩・・・!」
「赤也なにやってんのー!!」


俺はどうにか隠蔽しようと必死だったけどすぐに先輩に見つかっちゃって、先輩はその悲惨な状況を目の当たりにして顔を真っ青にしていた。すると俺を怒る前に雑巾を取りに飛び出していって、ものの1分もしないうちに戻ってきた。そして今、俺は雑巾を無言、無表情で渡され今一緒に床を拭いている。いつもだったらガミガミうるさいのに先輩は床を掃除している今も、神妙な顔をして黙ったままだ。・・・マジギレした先輩って真田先輩よりもちょー怖ぇーんですけど!!


「せ、先輩・・・」
「・・・・・・なに」
「その、あーなんでかドリンクが出なくって」
「それで」
「た、ためしに振ってみたらこーなりました・・・マジほんとーにすみません!!」
「・・・もういいよ」


はぁ、と先輩は溜息をつくと侮蔑した視線を俺に向けると思ったら本当にもう怒っていないようだった。やっちゃったもんはしょうがない、謝ったからもういいと言ってくれた。ほっ。あーマジギレされたかとヒヤヒヤしたぜ。


「じゃぁ赤也はこれ、雑巾洗っておいてね。それでチャラにしてあげるから」
「りょーかいッス」


正直たるいけど先輩はこれぐらいで済むからいい。これが真田先輩とかだったらグラウンド100週とか素振り200本50セットだとかそんな有様だ。俺は雑巾を洗いにバケツを取りに行こうとしたら先輩が部室に用があるらしく俺についてきた。


「どーしたんスか、先輩。雑巾なら俺が洗いますよ?」
「いや、あのねドリンクの粉が丁度きれちゃってあれが最後の粉だったから・・・」
「マ、マジッスか・・・」


俺はとてもいたたまれない気持ちになった。先輩はこれをわざと言っているわけじゃないからどうしようもない。俺はしおらしく返事をしていると幸村先輩が部室棟に向かっている俺らを呼び止めた。


!ドリンクができてないって先輩たちが君を探してたよ」
「あーそれはね、ちょっと赤也がこぼしちゃって・・・代わりのドリンクを作りたいんだけど粉きらしちゃっててね、今買い出しに行こうと錦先輩に許可を取りに行く前に部室行って荷物取っておこうかと思ってて・・・」
「赤也が?しょうがないなぁ、じゃぁ僕が錦先輩に言っておいてあげるからは早く部室に行っておいで」 「うんありがとうせっちゃん。あとね、出費のことなんだけど今日の分はもうドリンク作る暇がないからペットボトルで買ってくるっていうのも伝えておいてくれない?」
「分かった。赤也もの手をあんまり煩わせるんじゃないよ?マネージャーは一人しかいないんだから。」
「は、はいすみませんでした・・・」


俺はやんわりとあの笑顔で幸村先輩に注意されると幸村先輩は肩にひっかけたジャージを翻して錦先輩たちの下へ向かう。先輩は買い物メモを取りながら部室へと向かった。一方俺は水道で雑巾を洗って物干し場に向かおうと水道から振り向いた瞬間、黄色いジャージが目に飛び込んできた。ゆっくり見上げるとそこにはなんと真田先輩の険しい顔が!!


「赤也、ドリンクをこぼしたようだな」
「は・・・はい」
「全く持ってたるんどる!!部員皆が飲むものを台無しにするとは部員としての自覚が足りんからだ!!」
「う、そーッスね・・・」
「それにお前はに申し訳ないと思わんのか!!その上この失態のおかげで部費が余計にかさむ事になるのだぞ!!」
「まぁまぁ真田、もうも許してあげたみたいだしそれよりもが待ってるよ?」
「そうだったな・・・」


幸村先輩の助け舟のおかげで俺は早くに真田先輩から解放されることができた。助かったー・・・。けれど先輩が真田先輩を待ってる、ってなんだ?先輩は今から買い出しに行くんじゃないのか?俺はそう思いながら部室へと入ると真田先輩が制服へと着替えていた。俺は訳が分からないままそのまま扉の前で突っ立っていると後ろからバーン!とすごい勢いで先輩が部室へ入ってきた。それも真田先輩が着替えてるのにも関わらず、だ。


「ちょっとせっちゃんなんで真田がついてくるのよ!」
「だって2リットルのペットボトルをが幾つも持てるわけないだろう?それだったら一人くらい男手が必要だよ。」
「そ、そうかもしれないけどさ!」


となにやら頬をほんのり染めて幸村先輩に抗議していた先輩がちらり、と真田先輩の方を見ると着替え姿だったためにお互い顔を真っ赤にして先輩は今度は部室から飛び出していった。なんだなんだ、一体何が起こっているんだ???俺は状況を全く把握することができずに真田先輩は幸村先輩に「後を頼む」とだけ告げて制服姿で部室から出て行ってしまった。そして部室の外から聞こえてくるのは真田先輩が先ほどの先輩の行為に対する怒りの声だ。先輩もそれに反論しているようだが、段々声が遠ざかっていったので会話は聞き取れない。しかし俺にはそれよりもなんで真田先輩が先輩と一緒に、出て行ってしまったことが不可解でたまらなかった。普通、ここは俺がついていくものじゃね?その直後に部室にはどやどやと先輩たちが集まってきていて、俺はすかさず幸村先輩に質問してしまった。


「幸村先輩、なんで真田先輩が先輩と一緒に買い出しに行ったんッスか?」
「なんでって、一人で荷物を持つのは無理だって言っただろう?」
「それはそーッスけどなんで真田先輩?」
「もしや赤也、お前知らないんだな?」


丸井先輩がニヤニヤしながら俺たちの会話に口を挟んできた。俺が一体、何を知らないっていうんだってーの!でもここでそれを言ったら教えてもらえないので俺は素直に聞き返す。


「な、なんのことッスか?」
「マジで知らねーのかよ・・・」
「案外赤也も鈍いもんじゃのう」


仁王先輩が鼻で笑うように言ったので俺はすこしカチンときた。どうしてここの先輩たちは俺が知りたいことを教えずにもったいぶるのだろうか!俺が一体何を知らないっていうんだ!


「赤也、やはりお前は気付いていなかったのか・・・」
「だからそれを教えて下さいよ、柳先輩!」


俺はイライラしながらそう言うと、柳先輩はノートに書きとめる手を止め顔を上げた。お、やっぱり柳先輩は、教えてくれるんだよな!


が真田を好きだということだ」
「・・・・・・はああああああ?!?!」
「やはり気付いていなかったのか・・・」


俺は口をぽかん、と開けてそのまましばらく静止していた。先輩が真田先輩を?好きだって?そんなにありえねー!!だってだって先輩は恋愛事に興味なくて、思わせぶりな態度だって後輩の俺にまで無意識にするし、その気になれば彼氏の1人や2人いてもいーぐらいの人なのになんで、よりによって さ な だ せ ん ぱ い ?!


「マジかよ赤也お前本当に知らなかったんだな」
「まぁしょうながいよ、赤也は学年違うんだしね」
「それにしてもあんなに分かりやすいのに気付かない奴もおるんじゃのう」
「まぁ、別にそんな気にすることでもないんじゃないか?」
「切原君、そんなに口を開けていたままでは間抜けですよ。」
「まぁそんなところだろうとお前の行動からして予想はついていたんだがな。」


思い思いの言葉を先輩たちは言ってのけるとそのまま幸村はよくやったとか、今頃あの2人どうしてんだろうか、とかあいつらは真面目だからサボらないでそのまま部に帰ってくるだろうとかの言葉が飛び交わせてそんな中俺はぼんやりと自分のロッカーの前で突っ立っている。思考回路が状況についていかない。


確かに先輩はモテるわけでもないし、恋愛経験は全く豊富そうではない。男女隔てなく付き合うけど恋愛事なんて全くと言っていいほどに他人事のようだった。それなのになんでよりによって、惚れた相手が真田先輩なんだ。いつでもどこでも血管を浮かべて怒鳴ってて、戦国武将のような口調で、考え方がものすごく古くって頑固親父って感じの真田先輩に恋したんだ。正直言って真田先輩はまぁ普通にしていればそれなりの容姿かもしんねーけどあの2人っていうのはすごく違和感がある。っていうか俺に違和感がある。俺の方がよっぽど先輩の隣にいてもおかしくない自信がある。っていうかなんで先輩が真田先輩を好きになったか分からない。確かに今までの動向を振り返るとやたらと先輩は真田先輩のこと見てたり、話すたんびに頬を染めたりしてたけどでもでも、なんでか俺は全くそういうことに気がつかなかった。っていうか、まさか先輩が真田先輩のことを、だなんて!


俺はなんだかショックを受けている俺自身にまたショックを受けていて、なんでこんなにショックを受けているのか分からないまま打ちひしがれていた。そんな俺を気にすることもなく先輩たちは様々な2人についての憶測の意見を出し、気付けば休憩時間は終わっていた。俺はショックのあまり喉の渇きなんてとっくのとうに忘れて練習へと戻った。部活が終わる30分前くらいに先輩と真田先輩は戻ってきて、その時真田先輩の隣を歩く先輩はなんだかとても楽しそうで、目がキラキラしてて普段よりも可愛く見えた。荷物の内のほとんどを真田先輩が持っていて、はたから見ればカップルにでも見えそうだ。そんな俺はよく分からないショックに一日中見舞われて、寝る直前までそのことでうんうんと悩まされる羽目になるのである。







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