06  ボクたちオトコノコ

081112



運動する際に欠かせないテーピングや冷却スプレーなどの補充のため薬局へと俺は出向いた。近頃の薬局は薬だけではなく日用品や化粧品まであらゆる物が陳列している。スーパーなどに行かなくとも全てここで事足りそうな程だ。愛用しているメーカーの製品をカゴに入れレジへと清算しに行こうとした道中、ふと整髪料のコーナーへと目が留まる。そういえばが合宿の時俺の髪に使用したのはヘアーワックスとか言っていたな。 俺は周囲に知り合いがいないというのを確認すると整髪料のコーナーへと入っていた。ふむ、ヘアーワックスといってもたくさん種類あるのだな。女性用と男性用とでも分かれているのか。俺はが使用したらしきメーカーのワックスを手に取ると俺はふと、思い返す。


そういえばあの時、が俺に熱心に恋愛について説いていたが、があのような真摯な顔をするのも珍しいものだ。普段から真面目な場面が見受けられないというわけではないが、あのような迫力でに押し切られたのは初めてのことだ。確かに恋愛は人を変えるのかもしれん。しかしあんなにを熱心にさせる者は誰なのかが気になるところだ。あまりそういう男女間の浮ついた噂に興味がないように見えたが、恋におちた、と言うべきであろうか、そのような状態にがなったのを初めて見た。初恋なのだろうか。それにしても一体の心境変化をもたらした奴は誰なのだろうか。果たしてそいつは男子テニス部にいるのだろうか。


あの時から何故かこの疑問が時折自分の思考を占める時がある。は男女隔てなく付き合っているが(特に幸村や蓮二)その中で彼女の特別になる奴は一体どんな者なのだろうかと。・・・・・・くだらん。の言う恋愛事はくだらなくとも俺がの好く奴のことなど考えなくともよかろう。それに何故俺が考える必要があるのだ。俺はそう、自分の心臓の動悸を誤魔化すように言い聞かせた。気付くとレジで精算する際、カゴの中にヘアーワックスが含まれていた。すでにそれはバーコードを赤外線で読み取られてしまい、虚しくも元あった棚に戻すことは叶わなかった。










* * *









休みが明け、今日は月曜だ。あと1時間の授業を終えれば昼休みとなるもののすでに腹の虫は鳴り始めている。だがしかしここで気が早い男子のように早弁など俺はしない。定時に食うのが基本であろう。そんな事を考えながら次の授業の準備をしている時、俺の名を呼ぶクラスメイトの声が聞こえた。


「真田くーん、が呼んでるよー」
「・・・分かった」


が俺を訪ねにクラスまで来るなど珍しいこともあるものだな、と思った。が俺を呼ぶに思い当たる節は先日の部費の予算をまとめた紙の提出についてのことだが・・・。


「何だ、
「あ!真田!あー・・・あのさー、」


俺を呼び出したのはいいが、語尾を濁してもじもじ答えるに俺は眉を顰めた。いつも物事をきっぱりと言いのけるにそのーあのーと言いづらそうにしている今の様子は珍しい。


「用があるのならはっきり言わんと分からんぞ!」
「あ、あのね、英語のさ、単語帳を貸してほしいんだけどー・・・」
「また忘れ物か?!たるんどるぞ!」


俺が怒鳴るとは不満そうな顔をして溜息をつく。む、忘れ物をするのに反省が見られないようだ!


「溜息をつくとは何事だ!」
「忘れたのはあたしのせいじゃないんだって・・・赤也に貸した後から単語帳返ってこないの」
「・・・赤也に?」
「そう。赤也、英語苦手でしょ?だから最近赤也が小テスト前の休み時間とかにウチのクラスに来てあたしが英語教えてあげてるんだけど今日、それで単語帳持ってかれちゃって。」


確かに英単語帳は3年間通して使うものだ。それにしてもが赤也に英語を教えていたというのに少し驚いた。確かに英語は得意でテストでも英語はトップクラスだとは知っている。しかし面倒見が良いのは分かっていたがそこまでしていたとはな。


「む、そうだったのか・・・それは怒鳴ってすまなかったな。」
「ううん。」


俺は急いで机に単語帳を取りに行き、廊下にいるに渡した。しかし、彼女は俺に怒られるのを避けていつもは蓮二か他の連中に借りにいくだろうに、なぜ俺のところに来たのだろうか。


「柳はね、今体育でいないの。だから真田に借りにきたってわけ」
「そ、そうか。」
「うん。それじゃ、これ部活の時でいい?今日はもう英語ない?」
「ああ」
「分かった。わざわざありがとね」
「構わん。それにしてもお前が赤也に英語を教えているとは驚きだな」
「一応帰国子女ですから。それに赤也の方から教えて下さいよーって縋ってきたんだからね!真田に怒られるのが相当応えてるみたいよ?」


先ほどのうんざりした顔とは打って変わっては柔らかく微笑んだ。その光景に一瞬ドキリとしたが、俺はすぐに平静を保つ。


「それはあいつがしかと勉強しないのが悪いのだろう。」
「勉強したって苦手なものだってあるよ。まぁ赤也の場合は苦手な上にやらないんだろうね、やりたくない気持ちも分かるけど」


は赤也のことを思い浮かべてか、クスリと笑うと教室に飾られている時計に目をやりクラスに戻ると俺に告げた。それもそうだ、もうすぐ次の授業が始まる頃だ。なぜかその時だけとてつもなく時間が早く過ぎていく錯覚に囚われた気がする。この前からというもの、俺は一体どうしたのだというのだ!


は規定より短めのスカートを翻し長い黒髪を揺らして廊下を歩いていく。途中、幸村がを見つけたようで2人は談笑しながら一緒に教室へと戻って行った。それを俺は見届けると、なぜかあのの頬を赤く染めるような奴は一体誰なのかというあの疑問が脳裏に蘇ってきた。嗚呼、せっかく忘れかけていたというのに。次の授業の時、俺はその疑問に再び悩まされたがそれからというものその疑問は放課後にはすっかり忘れ、帰りにに単語帳を返してもらうまでいつものように部活に打ち込んでいた。







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