44   恋をしていた

130625



補習もあと残すところあと2日となった。蓮二のおかげで出された課題をやるのもはかどり、無事補習を終えられそうだ。けれどこの晴れない気持ちはなんだろう。蓮二はあたしの分からないところを理解できるように特製ノートを作ってくれたりして、なんだかものすごく優しいし。いや、今までも蓮二は優しかったんだけれど。このモヤモヤとした感じはなんだろう?まっさか、蓮二があたしの事好きとか?とかそんな自惚れた事考えて蓮二に見透かされたら恥ずかしい。それに蓮二があたしを好きになるわけないしとかなんだかこの補習期間ずっとモヤモヤしている気がする。自意識過剰、あたし!そんな事より弦一郎とあまり話せてないんだよね。あたしが補習で練習に行くのが遅いせいか、あまり部活中でも顔を合わせていない。帰りは最近せっちゃんと帰る事が多くて、気づけばいつも弦一郎は忽然と姿を消している。練習中弦一郎に「大丈夫?」と声かけても「ああ、大丈夫だ」と返しそそくさとテニスコートへと行ってしまう。・・・何か隠し事かな。でもあんな考えてる事が顔に出やすい単純男が隠し事・・・。う、浮気じゃないでしょうね・・・?!けど弦一郎が浮気できるような甲斐性があるとも思わないし、浮気なんかでもしたら切腹でもするんじゃないだろうか・・・・・。


わたしがうんうん唸って考え事をしているといきなり頭にポンと本が置かれた。


「何を唸ってるんだ。ほら、あと2枚だ終わらせるぞ」
「・・・へーい」
「なんだ浮かない顔をしているな。悩みなら聞くぞ?」

悩みを言う前から把握しているクセに今更何を。机につっぷしているあたしは更に眉根を寄せて余裕げな蓮二を見上げた。

「弦一郎の様子が変だなーって思ってただけだよ」
「・・・・・・確かに、最近はやけに帰りは早いな」
「蓮二なら何してるか分かんじゃないのー」
「隠し事をしている確率は97%だな。何をしているのかまでは俺にも分からない」
「でーすーよーねぇ・・・何隠してるんだろ。コソコソしているのがバレバレってどうよ」
「弦一郎は隠し事が下手だからな。すぐ顔や行動に出る。しかし今はそれよりもやる事があるだろう、
「はいはい」


あたしと蓮二は課題も残り少ないっていうんで、部室でこのプリントを終わらせてすぐ部活へ向かうことにしていた。あたしが頑張って夜更かししてまで2枚までに減らしたんだもんね。おかげで今日も授業中眠りこけそうで大変だった。テスト前の週はそれはもう授業中居眠りこきまくって先生達にどれだけ起きろコールをされた事か・・・。今まで授業中に居眠りをする事が全くなかったあたしは本気で周りに心配されたんだった。


「蓮二ー」
「なんだ」
「暑くて集中できませーん」
「窓は開けている。扇風機も回している。これ以上どうにもできないだろう、我慢しろ」
「やだやだやだあーつーいー」
「・・・・・・仕方ない。5分だけ休憩だ」
「わーい!水飲んでくる!」

あたしは立ち上がって水道へ向かおうとすると、ふと思い当たる事があった。それを軽々しく、口にしてしまう事は間違いだったというのに。


「蓮二って、好きな人いないの?」


その一言が、蓮二の涼やかな瞳に静かに炎を滾らせた。いつもは伏し目がちの蓮二なのに、試合の時でしか見たことがないような鋭い眼差しをあたしに向けていた。あたしは手足が痺れてしまったかのように、動く事もままならない。息が詰まる。部活中の生徒の声、ジーっというケラが鳴く声、蓮二の息遣いしか音がない世界。夏の匂い。危険な匂い。蓮二が緩慢に立ち上がるのを、あたしはただただ見つめているだけだった。


「数年想い続けてたんだが・・・やはり伝わっていなかったか」
「・・・・・・え?何が・・・」
「お前の質問に答えよう。好きな人は、いる」


蓮二がじりじりと近づいてくる。あたしは蓮二を見上げながら後ずさる事と返事をする事しか出来ない。『蓮二って、好きな人いないの?』その言葉があたしの頭の中でこだましている。あたしを見つめる蓮二の瞳は、切迫したあたしの顔を映し出していた。後ずさった先にはロッカーの扉だった。バン、とぶつかる音が部室内に響く。蓮二が手をロッカーについた音だ。蓮二は容赦なくあたしへと接近する。その真剣で今まで見たことのない、男の蓮二が顔を近づけてくる。


「好きだ、。ずっとずっと、好きだった」
「・・・そ、そんな、蓮二」


からかってるの?と口にしようとした時蓮二はあたしをその射抜くような瞳で見据える。時が止まった。蓮二が次何をするか予測できたのにあたしは脳が身体に信号を送るのをやめてしまったんだと思った。甘んじて彼を受け入れてしまいそうになる。けれど蓮二の匂いが、あたしに脳に危険信号を送らせた。あたしの好きな匂いは、白檀の甘い香りと汗の混じった匂い。あたしの目の前にいる人からは、もっと上品で優しい・・・蓮二の香り。


「・・・・・・蓮二」


蓮二はあたしにキスしようとした。けれど、それをあたしは避けた。蓮二の口づけはかろうじてあたしの頬に当たり、蓮二はゆっくりと体を起こす。そこには、蓮二の哀しそうな瞳があった。蓮二の柔らかい唇が当たった頬に、生温かいものが伝う。涙が目から零れていく。


「すまない・・・俺は・・・」
「蓮二・・・ごめん、蓮二・・・」
「謝るな。謝るべきは・・・俺の方だ」
「違うの蓮二・・・気づかなくてごめんなさい・・・」


ポロポロと零れ落ちる涙にあたしは言葉をうまく紡げない。長年一緒にいて、蓮二の気持ち全然分からなかった。いつでも弦一郎の事を相談してて、無神経過ぎるよあたし。蓮二の気持ちはすごく嬉しい。嬉しいし、弦一郎と付き合ってなかったらあたしは蓮二と付き合ってたのかもしれない。蓮二の事、すごく好きだよ。けどダメなの。ダメなんだよ、蓮二。


「ダメなの・・・あたし、弦一郎じゃないと、ダメなの」
「・・・・・・知っている」
「蓮二の事・・・親友としてすごく好きだよ」
「ああ・・・。『親友』か。それは嬉しいな」


蓮二の寂しそうな顔は、ちっとも嬉しそうなんかじゃなかった。あたしに無理して微笑んでる。蓮二、ごめんね。本当にごめん。あたしが泣き止まないのを見て蓮二は「泣くな」と言いながらあたしの涙を指で拭ってくれた。優しい手つきであたしの頭を撫でてくれる、蓮二。蓮二の事は、また違った意味で大切なんだ。親友って言ったけど親友ともまた何か違う絆で結ばれているような気がする。この三年間、一緒に戦ってきた仲間。


「蓮二、あたしは・・・蓮二の事、大事だから。うんと、上手く言えないけど・・・」
「大事か・・・。ああ・・・ありがとう」


曇る蓮二の顔に少しだけ微笑みが見えた。蓮二がこんなに感情を表に出したのは久しぶりだ。蓮二はそのまま部室を後にしていった。課題も残るのはあと大問2題。うん、蓮二のくれたノートを読みながら進めたら何とかなるかも。さては蓮二、そこまで見越してたな。蓮二の優しさと気の回りようはほんとに、頭が下がるよ。あたしもマネージャー業頑張らなきゃね。・・・こんなに腑抜けてないで。なんか蓮二のおかげで少し吹っ切れた気がする。そんな事まで見越してたんだったら、蓮二って本当にすごすぎ。・・・さすが、立海の参謀だね。


涙が乾いた頃、一人で「おっし!!」と自分の頬を叩いて喝入れる。なんて情けなかったんだこの数週間。こんなあたしでも好きと言ってくれた蓮二に申し訳ない。今週の補習が終わったら、正直にこのモヤモヤ弦一郎に話してみよう。フフ、泣いた後なのに笑ってるだなんて変だね。嫌いな自分が、少しだけ受けいれられたよ。蓮二、ありがとう。






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