43   盟友の言葉は

130613



・・・・・・なんだこの点数は。英語なんて8割切ったことないのに?!大の苦手な数学と化学はなんと30点以下の赤点。何これ赤也の英語と同レベル・・・。国語も平均点以下だし、社会なんて赤点より数点上なだけで。何これひどすぎ。あたしは自分の答案用紙を誰にも見られないよう挙動不審になりながらも急いでファイルにしまい鞄に乱雑に突っ込んだ。これは確実に補習。数学と化学は補習。今まで何とか苦手科目も補習だけは受けなくて済むように勉強していたけれど、今回は違った。短期集中型のあたしはテストの3日前から始めるというスロースターターにも程があるけどそこで一気に詰め込んでいた。それでいつもテストの合計点は平均並を保っていたのだ。しかし今回は教科書を開き、ノートをまとめても全く頭に入らずボーっとしてしまい、やる気のなさのせいなのか調子の悪さのせいなのか・・・。とりあえず原因は不明だけれどあたしはテスト返却があった丸一日深いショックを受けていた。そのあまりのショックの受けように蓮二はすぐさまあたしの様子のおかしさに気づいたようだ。


、大丈夫か?」
「あ、え?ああ、蓮二か・・・うん・・・なんか・・・」
「その様子だと試験が無残な結果に終わった確率は94%だ」
「そう・・・そうなの・・・補習なの・・・」


普段テストで赤点ギリギリ取っても少し落ち込むだけで「まあいっかー!」とすぐ開き直れるあたしも何故だか今日は現れない。蓮二は心配そうにあたしを覗きこむがあたしはあーとかうーとか唸ることしか出来なかった。なんだかこれまで溜まりに溜まった何かが自分の中で弾けたような気がしたのだ。


「補習の間部活遅れて参加になっちゃうし・・・どうしよう蓮二・・・」
「泣くな、。自分の勉強不足が原因だろう」
「うっ・・・そう、だけど」

じんわりと浮かぶ涙に蓮二は更に痛いところを突く。けれどその後彼は穏やかに微笑んだ。あたしの頭を撫で、涙をその手で拭ってくれた。

「課題も出てるんだろう?」
「うん・・・」
「俺が教えてやろう。一人では一枚につき何時間かかるか分からないからな」


蓮二は嫌味をいいつつも優しく手を差し伸べてくれる。あたしは今まで感じていた正体の見えない不安が少し和らぐのを感じた。弦一郎にこんなひどい点公言できない。そしてあたしはその心のつっかえの原因となってる彼の存在を脳裏に浮かべる。古江さんはもう部活にも来てない上に学校も休みがち。ほぼ部活を辞めてしまったような彼女の穴を埋めるにはあたしがその分働かなきゃなのに・・・。


「自分ばかりそう責めるな。補習も一週間だろう、その間俺が面倒を見よう」
「ほんと?!いいの?!蓮二が教えてくれるなら心強いよー!!」
「我が部のマネージャーが進級の危機にでもあったら俺達の面子が立たないのでな」
「ふーんだ、頑張って補習乗り越えますよーっと」

あたしはむくれると蓮二はいつもの調子を取り戻したあたしにフ、と笑みをこぼす。うん、蓮二はあたしに元気だしてもらいたかったんだよね。あたしが何か辛い事があったりすると、蓮二はさりげなくあたしを心配してくれる。こうやってあたしをからかうように慰めてくれる。いつもこれで大分救われてるんだよ蓮二。


「よーし、頑張るぞ!」
「ああ」

放課後あたしと蓮二しかいない教室。西日が差し込んでジリジリと暑い中、課題を机に広げる。うっしゃー!と掛け声を上げると蓮二は呆れたように微笑み、あたしはあたしに気合いを入れるのだった。蓮二、ありがとね。











* * *









俺と幸村は部室で向かい合っていた。幸村はロッカーに体をもたげ、いつになく真剣な眼差しを俺に向けていた。これまでも他人の手を借り幾度となくとの関係をとりもってもらっていた。なんと情けない。しかし幸村も、他の連中も好きでそうしたんだと言うのに俺は甘んじていたのだ。しかし、俺はここで問わなければならない。俺自身に。いや、何度も問うてきた。俺は果たしての隣にいていい男なのか?彼女はとても天真爛漫で、我が立海大附属テニス部をいつでも支えてきてくれた・・・いわば太陽のような存在だ。明るく、俺達をいつでも励ましてくれた。その彼女が、俺の為にその顔に影を落としている。好いた女子一人でさえ笑顔に出来ない俺とは何なのか。そして彼女が支えてもらいたい時に気がつけない俺は にとって必要な存在なのだろうか?俺の深く刻まれた皺に、幸村はとうに俺の思惑に気づいているようだった。重たげに開かれた口が発するのは、今の俺にとって何よりも必要で、何よりも心に突き刺さる言葉たちだった。


「君が何を思い悩んでいるのは知ってるよ。ずっと見守ってきたからね」
「・・・・・・ああ」
「けれど俺は真田の味方にはなれないよ。俺はいつだっての味方だからね」
「うむ・・・・・・」
「あの子は俺にとって大事だ。だから幸せになってほしい。でも俺の手じゃ幸せにできないんだ。じゃあ誰か信頼出来る人間に委ねるしかないだろう?俺はちょっとその手助けをする程度さ。彼女にとって柳と一緒になる事が幸せなら俺は何も言わない。が幸せなら俺は何でもいいんだ。それ以外はどうでもいい」


幸村は冷たく俺を見据える。俺を責めているのだ。彼女の笑顔を曇らせた俺を。俺はその言葉を聞き入れ、今身を持って痛感している。


「一つ、俺が出来るアドバイスはを幸せにしたいのなら今の君じゃ無理だね。そんな風に自分を責めるだけじゃ何も変わらない。を幸せにする男がそんな腑抜けじゃ俺も困る」


ピシャリと言い放った言葉に俺はハッとせざるを得なかった。そうだ、このように果てのない悩みを堂々巡りのように考えこんでしまっても何も意味が無い。俺は、動かねばならんのだ。


は・・・真田が好きだよ。すごくね。俺が・・・悔しいくらいに。・・・それだけ言えば分かるだろう。分からなきゃお前は馬鹿だ」


幸村は顔を歪めてロッカーに拳をガンと叩きつける。いかに幸村がを大切に思っているのが、彼の所作ひとつひとつで伝わる。そのまま幸村は部室を急ぎ足で出て行ってしまった。俺は一人部室に取り残され、幸村の叩いたロッカーの扉を眺めた。


「ああ・・・・・・」


返事のくることのない相槌をうつ。静まり返った部室内で俺はが俺に向けてくれた笑顔を思い浮かべた。どれも輝いて、そして綺麗だ。ああ、俺は馬鹿だ。幸村に目の覚めるような言葉をかけてもらえるまで何も分からんとは・・・。動かねばならんぞ、弦一郎。鉛のように重い一歩を、俺は踏み出した。






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