42   緊迫のトライアングル

130418



あれからしかとと話す事は出来、お互いの気持ちを確認出来たと俺は思っていた。しかし、最近の様子が少しおかしいような気がする。様子がおかしいというより、まず復帰以降体調が芳しくないようだ・・・。地区大会も無事終わり、次は県大会まで少し時間がある。仕事は幾分か減ったはずだがここ数日は青い顔をしてふらふらと足元が覚束ない。何度か体調が悪いなら帰った方がいいと意見したが、「立ち眩みだと思う〜少しフラフラするだけだから大丈夫だよー」と言ってそのふらついた動きで仕事を無事こなしている。全く大丈夫ではないではないか!と俺が引き止める間もなくはその足取りでいつの間にか消えている。俺はハラハラと落ち着かない心境で部活でを見ていたのだが、最近学校でを見かけていない。地区大会等の忙しい時期には俺の教室にはあまり遊びに来なかったが、それ以前に廊下でも休み時間に見かけないのだ。俺はますます彼女が心配になり、の休み時間に教室に訪れるとは机に突っ伏して眠り込んでいた。寝顔は見えない。しかしが教室内で眠っているとは・・・。中学の頃授業では積極的に授業に参加し(たまに飽きて落書きをしているが)、休み時間も友達と仲良く話したり図書室へ通っていたりしていたのだが。相当ぐっすりと眠りに入っているようなので俺は声をかける事はやめ、その場を去ろうとした時丁度教室へ戻った蓮二に会った。



か?」
「ああ・・・しかしすっかり眠りこけているようだ・・・」
「お前が用もなくここへ来るのはを心配してとの事だと思っていた。はここ数日よく休み時間で眠っている事が多いな・・・」
「む、そうか。地区大会以降からあまり体調が良くないようだが・・・」
「それは俺の推測では・・・。あまりこういう話は俺から話すことではないな」
「・・・何だと言うのだ?」


蓮二は挑戦的な瞳を俺に向けてくる。俺が自身で考えなければならないという問題なのだろうな・・・。俺は部活で、と声をかけるとそれ以上は互いに言葉を交えなかった。俺はこの先に起こるであろう何かの気配を、僅かにこの身体で感じ取っていた。











* * *









ふと眠りから覚めた瞬間の働かない頭で見た時計は4時間目が終わる頃の時間だった。えーーーーーーーーっ?!あたし休み時間からずっと爆睡してたっていうの???先生はしかも注意しないし!と思ったら自習の時間だった。どうやら指定されたプリントを次回提出、との事でとりあえずあたしは窮地から救われた。うう、でもこれ数学のプリントだ。それよりもあたしここ2〜3日の間全然授業が頭に入ってきてない。何でかって女の子の宿敵、女の子の日が来る直前なんです。本当にテスト前の授業なのにヤバい。ノートも書いてあるところとないところでまばらすぎる。これはもう本当にまずい。蓮二にノート借りなきゃ・・・とあたしは数式が書かれ、答えの欄が真っ白なプリントを広げて眺めていると頭にコツンと何かがあたった。反射的に「いったいな〜」と言いつつ振り向くと蓮二がすでにノートを持ってあたしの隣に立っていた。


「眠り姫のお目覚めだな」
「んー・・・おはよー蓮二〜」
「自習とはいえ授業で眠るのは感心しないな」
「アハハ、ですよね〜・・・でもその手にあるのは!」
「お前の予想は100%的中だ。ノートを見せてやろう」
「わーい蓮二さっすが〜!伊達に友達歴4年やってないね〜!」
「しかし居眠り等のせいで授業を逃したにノートを貸すのは今回のみだぞ」
「うん、分かってる〜ごめんごめん。最近ほんっとぼーっとしちゃって全然ダメなんだよね・・・やっぱり」


蓮二には全て見透かされてるなあ、本当。・・・うん?全て?本当に蓮二は全てを見透かしているのだろうか・・・。だとしたらあたしのこの憂鬱な気分の原因も、そして何に悩みあぐねているのかも全てお見通しなのだろうか・・・。あたしは蓮二を窺うように見上げると何食わぬ顔で「どうした?」と返された。むむ、怪しい。でも弦一郎の事って蓮二に相談していいのかな・・・。いや、でも蓮二に訊くのもどうかな。とりあえず何でもない、と言っておくとそうか、と言い蓮二は席へと戻っていた。うーん相談するならまず親友のももとせっちゃんに相談したい。うーんと頭を抱えているとまたいつの間にか眠りについてしまっていた。











* * *









本日の練習試合では蓮二と久々に当たることとなった。練習試合でも全力を注ぐのみではある。しかし今日はいつもと違った。蓮二の瞳が練習試合以前から鋭い目つきへと変わっている。いつもの何食わぬ顔をしている蓮二ではない。厳しい顔つきで俺を見つめている。・・・ならば俺もそれに応えてやろう。蓮二は確固とした意志を持って俺に挑んでくる。これに真っ向から応えてやる他にはない。ラリーを始めた時から普段よりも蓮二の球に重さを感じる。それに何か俺に伝えようと意思を込めているような球だ。俺は得意の風林火山を用いて対抗する。しかし蓮二も己の持ち技を駆使し、引き下がらない。ラリーが10分と続く中、どちらも音を上げようとはしない。これは男と男の勝負なのだ、俺はそう感じ取り始めていた。


3-2。なかなか決しようとしないラリーの応酬に、先輩にこれ以上長く試合が続けば途中中断も有り得ると忠告された。タイムを言い渡され、タオルで汗を拭う。蓮二は何も言わずにこちらに一瞥をくれるとすぐに顔を背けてしまった。蓮二があからさまに俺にテニスで何かを伝えようとしているのは・・・非常に珍しい。いつもは回りくどくも言葉で蓮二は俺に考えている事を述べてくる。そして球を受けるときに感じる、蓮二の熱のこもった打ち・・・。俺はこの勝負には何としても勝たねば、と悟った。今まで蓮二は参謀という位置にいたが、俺に自ら勝負を仕掛けてくるという事はなかった。この度の蓮二は攻撃の手を全く緩めず、守りには転じない。いつもならばテクニックを駆使し静、動を織り交ぜたテニスを見せるあの蓮二が・・・。


それから試合は再開され、俺達二人のラリーの果ては見えない。蓮二からも並々ならぬ気迫が伝わってくる。ならば俺もその心意気、雷霆の如く唸る技で勝負を受けてやろう。俺は風林火陰山雷の雷を解放し、蓮二のライン際のリターンに俺は敏捷なる動きで雷を発動した。するとスコアをつけてたマネージャーの先輩がこれ以上続け風林火陰山雷のような手足に負担をかける技を出すくらいなら中断しろと半ば怒ったような物言いで試合は中断されてしまった。結局4-4という引き分けの結果となってしまった練習試合に俺は不完全燃焼を覚えていた。


俺は水道で火照った熱を冷まそうと水を浴びる。後ろに気配を感じ、顔をタオルで拭いた後振り向いた。そこにはただならぬ様子の蓮二が静かに佇んでいた。


「弦一郎、お前に俺の覚悟は伝わっただろうか」
「・・・・・・うむ」
「俺はを密かにずっと想っていた。お前も知っているはずだ。・・・しかし今までとは違う。俺がをもらう」
「・・・は物ではないぞ」
「分かっている。最後に選ぶのは・・・・・・自身だ」


俺と蓮二は互いの目を見つめ合いしばらくお互いが黙っていた。俺は険しい顔をしているのだろう。最後に選ぶのは自身・・・か。の想いを疑う事はなかった。しかし果たして・・・俺が傍にいてもいいのだろうか?秘めた想いを燻らせていた友人に俺は嫉妬といえる醜い感情を抱いていた・・・。そして今も尚、俺の中で激情的にそれが燃え上がるのを感じる。煮えたぎる程の感情が込み上げてくる。には俺だけを見ていて欲しいと、そしてずっと俺だけの隣でいてほしいのだと心が叫んでいる。


「蓮二、恋敵がお前とて容赦はせんぞ」
「ああ、受けて立とう」


蓮二は不敵な笑みを浮かべるとそのまま背を向け去っていく。俺はその背を見つめ、いくつかの思いを巡らせていた。俺にはの隣にいてもいい資格があるのだろうかと自分の中での余裕の無さに最近悩んでいた。は俺と一緒にいて、幸せになれるだろうか?彼女を幸せにしてやる、その意思は揺るぎない。だがこの俺のままでは・・・。複雑な思いを抱え俺はその場にただただ、立ち尽くすのみであった。






<< TOP >>