41   We, sympathetic

130411



結局あたしは熱を出してからまるまる5日間学校を休んだ。4日目にはもう微熱で学校行けるかな、と思ってはいたのだけれどもどうしても学校に行きたくなかった。なんだか初めて部活に出たくない、と思ってしまっているあたしがいた。どうしたんだろう、あんなに大好きな仲間たちがいるのに・・・。それでも体も心も重くて、弦一郎の事を考えたらなんだか胸がズキンと痛んだ。・・・そっか。あたし弦一郎に会いたくないんだ。それと同時に何故か糧となっていたはずの部活での頑張りが負担へと変わっているのに気がついた。元々体が不調になる時はあたしの場合、インフルエンザか自分の心が弱っている時だ。


5日目の朝、朝練の時間帯も寝てられる幸せを味わいながら健やかに眠っているとせっちゃんから心配の電話がかかってきた。う、電話に出るのも億劫。しかも皆に迷惑をめちゃくちゃかけてるだろうに・・・。あたしはケータイに出るのに躊躇を覚えつつ、7コール目でなんとか電話に出た。


「・・・はい、もしもし」
「もしもし?具合はどうだい?」
「う〜ん・・・・・・もう熱大分下がって・・・だるいのはまだ抜けないけど、何とかご飯も普通に食べられるようになったよ」
「まだ少し鼻声だな・・・それに寝起きだったかな?すまないな・・・でも正直いうとがいない状態もそろそろキツいんだ。本当ははいつも頑張っているからゆっくり休んで欲しい所なんだけど・・・」
「ううん、地区大会前なのに倒れちゃったあたしが悪いんだから。今日は朝練抜かすけど、午後行くね」
「いや、今日もには休んでもらうよ。その代わり明日は来てほしい」


あたしは今日も行く気が起きなくて、でも迷惑かけてるということに罪悪感があって今日は行ける、だなんて口走った。なのでせっちゃんの言葉には安堵した。だるいのは本当だし。


「うん、それは勿論だよ。明日明後日は必ず出るつもりだったし・・・休んだ分頑張らなきゃね」
「頑張るのもいいけれどぶり返したら意味ないからね?月曜は部活が休みだから大会が終わった後もゆっくり休むんだよ、?」
「はーい」
「じゃあこれから朝練だから切るよ」
「うん、頑張ってね。皆にも言っておいて・・・」
「ゆっくり休んで、お大事に」
「ありがと、じゃね」


せっちゃんの優しい言葉はとても有り難かったけれどそれと同時に心が痛んだ。あたしにはやるべき仕事があるのに、ベッドの中で何をやってるんだろう?マネージャーの先輩からも温かいメールを頂いて、本当に恵まれすぎている。だから、余計に辛い。頑張らなきゃ、頑張らなきゃ!あたしは自分の頬をぺちぺちと叩いて気合を入れる。けれど恋人の顔が思い浮かぶとまたため息をついて眠りにつくのだった。











* * *









地区大会前日の夜、俺は夢を見た。俺は街の喧騒に紛れそこでは奇妙な現象が起きていた。交差点をひっきりなしに行き交う人々。しかし交差点の中心に立つ俺を機械的に人々は避けていく、まるで俺が何かの障害物かのように。俺は季節外れの冬用の制服を身にまとい、一人立ち尽くしていた。歩行者信号はいつまでも青を光らせ、大都会の真ん中で車が通る様子はない。顔も見えない人々が俺を取り巻く中で俺は誰かを探していた事を思い出した。急に焦燥感が込み上げてきて、俺はひたすら人混みをかきわけた。しかし溢れる人々の中に自分の求める人物はいない。次の瞬間俺はジャージ姿でテニスコートに立っていた。しかし恐ろしいほどに人気がない。テニスラケットもなく、ネットも張られていない。いつも使用しているコートではなく、平行世界にいるようだ。気配に気づいて階段の方へ目をやるとこれまた立海の制服を着た小柄な女生徒がいた。しかしその女生徒は後ろを向き、振り返らない。俺は彼女に近寄ろうと試みるが、金縛りに遭ったかのように足がピクリとも動かない。声を発そうとしても声が出ない。その女生徒に俺はどうしても会いたかったのだと焦がれていたのだとその瞬間分かった。これしきの事で、となんとか足を動かそうとする。そこでやっと足が動く。俺はその女生徒に向かって歩き出し、徐々に駆け足になる。けれどその女生徒はどんどん遠ざかっていく。その遠ざかっていく姿が芥子色のジャージを着た女子に変化した。そして遥か遠くで俺へと振り向く。俺はやっと絞り出した声で、その名を呼んだ。


・・・!!」



そこで目が覚めた。俺は寝汗をかいたようで襦袢にじんわりと汗が染みていた。こんなに鮮明に夢を見たのはいつぶりか・・・。しかし、あの夢は一体何だったのだろうか。あれは・・・あの女生徒は・・・だったか。俺が想いを寄せる女子といえば一人のみだ。しかし、何故あのような・・・夢を。・・・たるんどる。今日は地区大会本戦だ。恋愛などにうつつを抜かしている場合ではない。それはを無下にするということではなく、自分の中でテニスとの事は分別するということ。今日は大事な試合だ。まずは汗を流し、冷水を浴び頭を冷やそう。うむ、それがいい。俺は自分を納得させると早速朝のシャワーを浴びに風呂場へと向かった。しかしは大丈夫だろうか・・・5日間も続け学校を休んでいたが・・・。幸村から明日は来ると伝えられたが病み上がりにあまり無理もさせられまい。あんなに働いてたの事だ・・・勿論体調管理を怠るとはたるんどる。しかし、倒れたという事が部の為に尽くしていた結果とは・・・。それにしてもあいつは無理をしすぎなのだ。自分で抱えきれる以上の仕事をこなし、案の定熱を出してしまった。そしてとは数日前にメールのやり取りはしたが、あれからしっかりと話せていない。うむ、今日あの夢を見たという事はしっかりとけじめをつけよというお触れなのだ。決心したのは良かったのだが、朝飯の際に母に「今朝は珍しくどうしてシャワーを浴びたの?」と聞かれ、返答に困るのだった。











* * *









あたしはなんとか行きたくない(正確には弦一郎に会いたくない)という葛藤と戦い、そして地区大会に出、無事マネージャーの仕事をこなした。部員皆に試合前の話し合いで謝った所先輩たちも同級生も皆温かい声で迎えてくれた。うう、本当に本当に有難い。そして本当にこんな素晴らしい仲間たちに囲まれて部活に出たくないとか言ってるあたし、バチ当たる。肝心の弦一郎だけど、朝に「もう体はいいのか?」と声をかけてくれた。弦一郎がいつになく優しい。いや、いつも優しいけどいつもだったら「体調管理ができとらんから風邪など引くのだ!!」とかって言うんだけど。なんか、ホントにいつになく優しい。どうしたんだろう?それに「地区大会が無事終わったあかつきにはお前と話がしたい。明日の帰りに時間は取れるか?」と訊かれてしまった。


そして無事地区大会は優勝を収め、あたしもなんとなくマネージャー業の感覚を取り戻してきたような気がしていた。・・・その上地区大会が無事終わってしまった。あたしは弦一郎に向きあわなければと思いつつ、このモヤモヤを解消しなければならないと思いつつ・・・弦一郎と向き合うのが初めて怖いと思った。何でなんだろう。・・・・・・そうか、あたし・・・弦一郎に嫌われるのが怖いんだ。嫉妬なんか醜い感情を抱いているだなんて思われて幻滅されたらと思うと弦一郎と怖くて話せないんだ。だから、わたし弦一郎から逃げてるんだ。でも弦一郎に話せるわけなんてない。まだせっちゃんにも相談できてないのに・・・。そんな風にうだうだ悩んでいる内に表彰式も終わってしまい、あっという間に地区大会は幕を閉じていた。せっちゃんと弦一郎とあたしは最寄り駅がひとつ違いなので、途中まで三人で何とか間を保てた。ほぼあたしとせっちゃんとのトークだったけれど。そういえばせっちゃん、珍しく茶化すような事言わなかったな・・・?弦一郎があたしを話すということで、三人とも同じ駅に降りたけれどあたしの家に近い公園で話そうという事であたしと弦一郎は自宅付近でせっちゃんと解散した。


「あたしブランコ乗るの久しぶり!ブランコ大好きだったんだー」
「む、そうか」
「弦一郎も乗れば?楽しいよ」
「しかし俺もいい年であるからに・・・」
「そんな事ないよ、まだ全然乗っていいお年頃だよ。でも弦一郎って小さい頃にあんまりブランコ乗ってた感じしないねーふふっ」


あたしはいつものように振舞おうと弦一郎に話しかける。ぎこちなく聞こえてるのかな。夕焼け色に染まった公園の土がやけに哀愁を漂わせている。あたしはブランコに乗ってゆらゆらと揺られる。弦一郎もあたしの隣のブランコに腕を組んで座る。うわ、似合わない。あたしはクククと笑うと弦一郎が怒りだした。


「何をそんなに笑っている!」
「だって・・・似合わないんだもん、あはは」
「仕方あるまい、もう高校生だ」
「んー・・・じゃあそういうことにしておこう」


あたしはにんまりと笑うと弦一郎も幾らか緊張がほぐれたように眉間の皺を緩めた。こういう弦一郎を見てると本当に好きだなあって思うの。思うのに、


・・・この前の発言、誠に済まないと思っている」
「・・・ううん、気にしないで。あたしも・・・怒鳴っちゃって、ごめんね」


あたしの心がドクンと痛む。それは、あたしの汚れた心のせいなの。そうは口には出せない。あたしだけを見てって、何であそこで古江さんを庇ったりしたの?分かってよ、あたしを理解してよ!!そんなエゴが心の中で騒ぎ出す。それでも笑みは絶やさない、仮面を着けたあたし。


「それにお前は自分の力量を知るべきだ。仕事を全て抱え込むでない」
「うん・・・それはあたしも分かってる。要領良いわけでもないのに、なんか全部やろうとしちゃってバカだったね」
「馬鹿ではない。やるべき事を全うしようとしていたのは皆認めている。体調管理を怠るとはたるんだ話だが・・・今回ばかりは仕方ないだろう。マネージャーも足らん、この状況だ。お前には・・・無理をさせすぎたな・・・」
「・・・・・・ありがとう、弦一郎。てっきり怒られちゃうのかと思ってた」
「そこまで鬼なわけではない。・・・少し痩せたのではないか?」
「そうかも。でも2キロくらいだよ?」
「お前はたださえ細い方だというのに、それ以上やせてどうする!もっと肉をつけんか!」
「弦一郎はそういうけど、あたしこれでも大分体重ありますから」


あたしと弦一郎はそんなやり取りを続ける内にいつも通りの調子を取り戻したようだ。弦一郎の顔にも笑みが戻っている。険しい顔じゃなくて、あたしの大好きな弦一郎の優しい笑顔。でも心に影を落とす。果たしてあなたはあたしが嫉妬しても独占したくてもあたしを嫌わないでいてくれるの?でもあたしはそんな気持ちを誤魔化すように、弦一郎にブランコを近づけて頬に小さくキスをした。


「な、外だというのに・・・!!」
「だってだーれもいないもん。あ、でも犬の散歩してる人通った」
「むむ・・・」
「もうしちゃったもんはしちゃったもーん」
「からかうでない!」


あたしがくすくす笑うと弦一郎は口調は怒りながらもどこか嬉しそうな様子だった。照れている、あなたが好き。とても、好き。けれどこの気持ち、いつまでも綺麗でいられない。綺麗だったあの頃のあたしは、もういない。


「マネージャーは又募集をかけるか・・・」
「うーん・・・でも前に一杯集まった時に選抜にかけたから同じ子が来ると思うけど・・・高校になって仕事量増えたから2人じゃキツいね」
「きっと先輩たちも考えているだろう。俺から進言してはおく」
「うん、こっちでも先輩と話さなきゃだねー」
「古江は学校にはいくらか来てはいるのだが・・・」
「ああ、何か捕まんないんでしょ?あたしも今週学校行けてなかったから会えてないし・・・。退部するのかな、やっぱり」
「退部する前に俺からしかと話をつけてくれよう。全く、奴はたるみすぎだ」


古江さんの話が出てまた心の奥がズキリ。弦一郎が彼女を庇った事できっと、あたしは疑念を抱いている。弦一郎、ひょっとしてあの子の事気にかかるのかなって。浮気とか弦一郎に限ってないだろうけど。何でこんなあたしは気にしてるんだろう。あんまり、あの子と弦一郎に接触してほしくない。


「もうすっかり日が暮れてしまったな。そろそろ帰るか」
「うん、そうだね・・・明日も学校あるし」
「家まで送ろう」
「・・・・・・ありがと」


あたしは弦一郎の指をそろりと握ると弦一郎はあたしの手を包み込んでくれた。あったかい。夏だけど、それは心地よい温かさ。うん、あたしはこの人が本当に大好きなんだ。けれどもっと、どうして深い愛で愛してあげられないのかなあ。あたしが子供だから?弦一郎と楽しく道中おしゃべりして、バイバイして。ぐるぐる考えすぎたのと、久しぶりの部活が大会だったということもあってかあたしはすっかり疲れきってしまい、着替えもせず風呂にも入らず布団に倒れこんで眠り込んでしまった。夢も見ずに、ぐっすりと。






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