40   Love is War

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あれから一週間、段々古江さんは部活に来る気配もなくなり、地区大会前のあたしともう一人のマネージャーの先輩は忙しくててんてこ舞いだった。練習試合のスコア表整理、他校との練習試合のスケジュール調整、柳の他校のデータの整理と管理、練習メニューの組み方の相談などなど。昨年一人でこなしていたとはいえ、高校にもなると練習はもっとハードになって部活の時間も長くなったし、蓮二の手伝いなんかもして夜遅くなることもしばしば。おかげで元々眠たがりなあたしはもーっと欠伸が多くなった。古江さんの事にはもう構ってらんないって感じで、弦一郎とゆっくり話す機会も時間もなく、時間だけが過ぎていってしまっていた。お互いなんだか前の文化祭の時みたいにぎこちなくなってしまい、毎日顔は合わせるんだけれどもゆっくり二人きりで話せる時間も取れない。弦一郎がせっかくメールで「お前に話したい事がある」といってくれたけれども、それに「じゃあ今度話そう」と返信したけれども、その今度、は未だ来ていない。弦一郎と話しかけようとするとどうもいつも仕事があったり、蓮二にデータ集取の手伝いに呼ばれたりなどして間が悪い。休み時間もスレ違いばかりで・・・。はあ、本当にあたし達これで大丈夫なのだろうか。


今日は弦一郎と部活後に少しでも早く仕事を終わらせてこんどこそ弦一郎と二人きりでこの前の事、あたしからも謝りたいと思っていた。でも、謝りたいのだけれどもこの前の事なんか考えるとモヤモヤする。弦一郎が善意で古江さんとあたしと仲良くしろって言ったのは分かってる。それでもきっとあたしと古江さんは性格的に合わないだろうし、あたしは古江さんといると我慢ならない点があって・・・今まで出来るだけ親しくしようと思っていた。それにあそこでなんであたしの事考えてくれなかったの?って心の奥に潜んでるエゴが出てくるのにあたしは気づいていた。なんで、古江さんのことばっかりという醜い嫉妬。嫌なことがあっても30分で忘れるぐらい単純なあたしでも、これだけはどうにも納得がいかなかった。しかし、こんな事弦一郎に伝えられるわけがない。嫉妬なんかして、心の狭い女だなとか思われちゃったら・・・嫌がられるかもしれないし。


あたしは心の中で悶々と考えながらせっちゃんにこの気持ち、話してみるべきかなあと考えながらテキパキと洗濯物を片付けていた。よし、これで洗濯物もおーわりっと。それじゃあ次は練習試合のスコア付けだなあと思いながら重い腰を上げる。色々考えすぎて心にわだかまりができているあたしは、その時自分の体調の異変に気がついていなかった。皆が頑張っている時期に自分が頑張らなくてどうする、と。地区大会前の最後の土日、皆も士気を高めていた。


ちゃん、じゃあAとBコートのスコアお願いね」
「はい、わかりました」


あたしは先輩に頼まれてレギュラー陣の試合のスコアにつく。今から練習試合が始めるということで、試合をしていない他の選手達は自主練をするか、観戦をするかしている。次は蓮二と弦一郎が打ち合う番のようで、二人共コート付近で先輩たちの打ち合いを観戦していた。ああ、早く仕事終わらせて弦一郎と話さなきゃ・・・と思いつつ、なんとなく自分の嫉妬のせいで話したくない気持ちも生まれてきてしまう。この気持ちを自分でどうにか消化できるようにしないといけないのに。


あたしは蓮二がデータを取りながらと弦一郎が何やら話しているのに気を取られつつ、スコアを取りながらも睡眠不足でウトウトしていた。昨晩は宿題もやってたから寝るの一時になっちゃったし、なんだかすごくだるいなあ。欠伸を噛み殺しつつ、ベンチに座ってスコアを書き取る。膝にノートを乗せてるから自然に前のめりの状態になって書くことになっていた。それが不幸か災いか。


ー!ちょっとさっきのスコア表見せてもらえるかー」
「はーい、今すぐいきま・・」


あたしは先輩に呼ばれ、勢いづいて立ち上がろうとした。すると、ぐるーっとなんだか世界が回って見えて視界にモヤがかかった。ああ、あたし倒れるんだろうな、と傍観している立場のようにあたしは倒れていく自分を認識していた。ダメだ、ここで倒れちゃダメだ!と思って意識を自分へと戻すとあたしは踏ん張ってなんとか後ろには倒れずには済んだ。けれどその反動で結局前に勢い良くばたりと倒れてしまった。あーめまいがする。周りであたしを呼ぶ声がいくつもしている。少し打った顔を起こそうとすると、身体が重くて言うことを聞かない。そんなこんなしているうちにあー身体が熱いしなんだかすごくだるくて眠い。次の瞬間あたしは眠り込んでしまっていた。











* * *









目が覚めたらそこは薬品の匂いが鼻についたので、すぐに保健室だとわかった。あれ、あたし何でここいるんだっけ。それになんだか汗びしょびしょで気持ち悪い。ぼーっと天井を見つめていると隣から馴染みのある声がした。


、起きたみたいだね」
「うーん・・・せっちゃん・・・?」
「倒れた時の事、覚えてるかい?」
「倒れた・・・あ、そういえば」


倒れたのか。倒れたっていうより寝てたんだけど。でも最初は立ち眩みを覚えたのはわかっている。それで・・・多分熱があるのかな。なんかすごく熱くて寝苦しいし。起き上がってせっちゃんの顔を見ようという気も起きない。


「完全に疲労だよ、。そこまで体強くないだろうに、無理するから・・・」
「ほんとだね・・・熱何度だろう」
「はい、体温計」


差し出された体温計を受け取り、脇に挟んで体温計が鳴るのを待つ。なんとなく、その間あたしとせっちゃんは無言だった。しばらくしてピピピッと電子音が鳴る。それを引き抜いて確認してみた数字はあまり芳しくなかった。あたしが確認したと思ったらせっちゃんに体温計を奪われた。うう。



「38度8分。帰ろうか、
「・・・・・・はーい」
「荷物は俺が持ってくるから。ジャージのままで帰るしかないな、着替えるのにもしんどいだろうから」
「はーい」
「制服は・・・俺が持ってきたらダメな物とかないよね?」
「はーい」
「じゃあ部長に話しとくから。保健の先生に話しておばさんに迎えに来てもらおうね」
「はーい」


あたしが大人しく素直に返事するとせっちゃんはクスリと笑ってあたしの頭を撫でてカーテンの向こう側に消えた。あ〜もう、なんであたしってこう重要な時に体調崩すかなあ・・・。もう、ほんと先輩に平謝りするしかない。後で謝罪メールを打っておこう。それにしても、熱高いなあ、こんな時期にインフルエンザじゃないだろうなあ・・・予防接種したんだけど。そういえばあたしをここまで運んでくれたのは一体誰だろう?なんだか大きくて逞しくて安心できるような、そんな・・・。あたしは色々考え込んでいると、そのままウトウトとしてしまい、また眠り込んでしまったのだった。











* * *









が倒れる瞬間を俺は目の当たりにした。一度後ろに倒れかかったが次の瞬間踏ん張ったは前のめりにドサっと倒れた。俺は頭よりも体が先に動き、気づけばの元へ駆けつけていた。彼女の名前を何度も呼びかけるが返事がなく、倒れてしまったを起こした。意識は失ってはいないようだが、ひどくぐったりとしている。そして身体がとても熱い。額に手をやると相当な熱があるようだったので、俺はひとまずを抱えて保健室へと駆け込んだ。こんな軽い身体であのような無理をするからだ・・・。身体が強いわけでもあるまいに。いや、そうではない。彼女が無理をしているのは自分のせいでもあるのだ。俺がしっかりとに以前の事について謝罪できていないからだ。きっとは怒っているだろう。労ってやるべきはだったというのにも関わらず、俺ときたら・・・。情けない。情けないの一言である。俺はどうしていつもこのように、が助けを求めている時に気づいてやれんのか。この小さい体でなぜ思い悩んで抱えている彼女の支えになることができんのか。俺は・・・。彼女をベッドへ運び、健やかな寝顔を確認しただけで少し安堵した。この安らかな愛しい寝顔を守ってやりたいというのに。俺はしばらく思いに耽りながら彼女を見下ろしていると、保健室の扉が開くのが聞こえた。


「弦一郎、後は精市が自分に任せてくれないかと申し出ている」
「ああ・・・。しかし俺はに話があるのだ。目覚めた時に傍にいてやりたいのだが・・・」
「だが、病気な彼女に大事な話をしても負担になるだけではないのか?熱が高いのならば意識も朦朧としているだろう。俺達は練習に戻ろう。じき、精市が来る」
「・・・・・・仕方あるまい」


蓮二。蓮二が密かにに想いを寄せているのは昨年からの事だったな・・・。最近は蓮二が前よりも俺の行動に干渉するようになってきた気がしないでもない。蓮二はまだが好きなのではないかと。それを確信したのは、俺がと話した際、が泣きながら教室を飛び出して行った時に蓮二がを慰めていた瞬間を目に捉えた時であった。そして疑念が確証に変わる以前から、ふとした時に、と蓮二が一緒にいる時に感じた違和感。蓮二はうちの参謀だ、侮れん奴だ。思い過ごしだとは思わない。もうここ何週間か感じ取っている蓮二に纏わりつく空気。俺が色恋事に鈍いとて、感じる事はできる。そしてそれは確信へと変わった。俺は・・・をとても大切に思っている。欠いてはならぬ存在だと、俺は痛感している。彼女のおかげで、俺はここまで来れたというのも過言ではないのだ。今も、そしてこれからもと同じ未来を歩んでいきたい。それは俺の心の奥底から湧いてくる感情だ。とても、幸福な感情だ。それは俺にとっては良い事ではあるが、にとってはどうなのだろうか。果たして彼女が隣にいてほしいと望む者は・・・・・・俺であっていいのだろうか?幸せにするという絶対の自信を持ちながらもこの状況は何だ。己のけじめを付けないで、俺はじたばたと足掻いているだけではないか。を幸せにするというのを実行できないのでは意味がないではないか。・・・・・・しかし今はを信じ、回復したならばすぐに面と向かい、話をせねば何も始まらん。俺は心にそう誓い、彼女を起こさないよう頬を優しく撫で保健室を後にした。











* * *









あれから三日目、は未だ熱が下がらない状態で、無理やり出てこようとしたところを俺がおばさんに止めてもらった。・・・は以前もこういう事があった。元来飛び抜けて明るい性格のせいか、一度抱え込むと体調を崩してしまう傾向がある。決して悩みを話さないというわけではないけれど、人一倍思いやりがある彼女は考えに考えすぎてこじらせてしまうのが難だった。そして今回は、古江の事と、真田の事、そして最近の疲労も相まってダウンしてしまったんだろう。柳から「少しは休め、眠れてはいるか?」と忠告されていたけれども頑固で向こうっ気が強いはだいじょうぶだいじょうぶ、とそのクマを作った目で答えるものだから全く説得力が無く俺も心配していた。頑張るときに一気にガーッと頑張って、ダメな時とことんダメなタイプだからな、は。そして古江の事は俺はもういずれ奴は部を辞めるのだと思う。ここ一週間と少し顔も出してはいない。連絡もつかないし、真田曰く学校で話そうとしても逃げられるらしい。どうやら彼女は真田が嫌いで苦手なようだ。逃げ足は早いのか、真田が捕まえて怒鳴るということも出来ていないらしい。俺も彼女を学校で見かけていない。しかし、次に正式に部を辞める際にはテニス部に顔を出さざるを得ないのでその時にたっぷりとが傷ついた代償を払ってやる。俺は怒っているんだ。


・・・それにしても、真田もあのの働きぶりには感心しながらも、すごく気にかけているのが分かった。しかし、この前古江のことで言い合った二人は未だ仲直りできていないらしい。あの日は何とか時間を作ろうとしていたけれど、その矢先に倒れてしまったわけだし。真田は真田で、何度かを探して俺を尋ねた事もあったが全て間が悪くにはたどり着けず話せずじまいなようだ。そして俺はその状況を額面通りとは受け取ってはいない。なぜならば、あの男が動き出したからだと確信したからだ。


正直俺は今までのに関する選択は正しかったのか、と思い始めている。が真田を好きで、真田もを好きなのだからの幸せのためならば恋人同士になる事が最善なんだと俺は思っていた。お互い真面目で誠実だし、そして何よりも強い信念を持っている。似たもの同士だと思う事も度々あったけれど、果たしてそれは本当ににとって良かったのだろうか?冷酷だ、といわれるかもしれないが俺はの幸せが大事だ。それならば真田が恋破れようとも、妹のように想っていたが幸せならば構わない。


柳が、動き出している。俺はあの古江の騒動以降そう感じ取っていた。柳と真田は明らかお互いに何かあったかのように接している。柳は顔色こそ変えたりはしないが、真田がもう挙動不審なんのその。さすが単純男、面白いくらい顔に出る、出る。柳に今まで見せていた余裕がなくなり、険しい顔で柳を見ている事が以前よりも断然多くなった。 野性的な本能で獲物を横取りされないように全身の毛を逆立てて警戒するような獣のようだ。あ、を獲物呼ばわりしちゃかわいそうかな。しかしそれを表立っては見せず、柳と真田はお互い円を描くように距離を縮めも広めもせず様子を見合っているような・・・相手の形勢を窺っている、そんなところだ。しかしそこで柳は水面下でに近づいていた。純粋に考えれば、が弱っている時に支えてやりたいという気持ちは勿論あるのだろうが、柳程賢い人間だ、今が好機だと狙わない理由はない。そう、恋は戦争なのだ。


勿論横から奪い取るような卑怯な真似、参謀がするはずはない。多分きっとが自分に気持ちを向けるように仕向けてから真田か自分か、と選ばせるだろう。が幸せになれるならばそれもまた良いだろう。これは二人の仲を試すいい機会だろう。こそ真田並の難攻不落な城だけれども、今回ばかりは分からない。そしてましてや柳相手だ、昔彼女自身も好意を寄せているようなそんな時期があった。無意識下でもしれないが。そして長年付き合っている親しき友人を無下にはできないだろう。彼女はきっと告白なぞされたら真剣に答えを考え抜くだろう。だが真田にそれを止めることができるのだろうか。二人の絆が脆いものであるのならば付き合いが長いものになる前に早々と別れた方がお互いのためにも良い。お互い尾を引くタイプのようだから。俺は今までのために、と思って彼女と真田の恋を応援していた。俺の方針は変わらない。の為に、自分で幸せになる道を選べるように、柳の動向を見守ろうか。俺の考えている事を察してか、部室で柳と二人きりになった時柳が話しかけてきた。


「精市、最近はあまりの事で口を出さなくなったな」
「ああ、俺にも考えがあってね。参謀になら分かられていると思うけど、君を俺の利害は今のところ一致しているようだ」
「それを確認しようと思ってな・・・俺とて精市に邪魔されてはにっちもさっちもいかないからな」
「でもこれだけは覚えていてほしい。最後に選ぶのは自身だ。彼女を傷つけるような事があれば・・・参謀とて容赦しないよ」
「肝に銘じる。恐ろしいな、姫の騎士は」


柳は不敵に笑うと、その素早い動作で制服に着替え部室を後にした。さすがは参謀、侮れないやつだ。俺はにメールを打つと一息ついた。ああ、君は今まさに自分の目の前に広げられる選択に戸惑うだろう。俺はそれを見守ることでしか君を守ることはできない。俺の手では君を幸せにはできないのだ。柳と真田、君がどちらを選ぼうと、もしくはどちらも選ばまいと俺はいつもの傍にいよう。さあ、戦いの火蓋は切って落とされた。これからお楽しみといこうじゃないか。






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