04  王様だーれだ!

081102



5月の終わりごろ、雨の日も段々と増えてき合宿の季節となった。幸い、2泊3日の合宿は天気予報でも晴天続きと言われ部員たちは皆はりきっている。今年は1年にマネージャーがいないので昨年同様あたしは女子1人で合宿に臨むこととなった。さほど普段の練習と変りはないので問題はない。なにが一番大変かって、最終日のフルマラソンほどの距離で順位を争う長距離走だ。部員ごとのタイムを書き込み、ドリンクを通過ポイントで配る。コースを例年チェックしているのだが坂が多かったりと多難な道のりで、あたしにこれを走りきる気はしない。この素晴らしく長い道のりの走りが立海大付属中学校テニス部の第一関門とも言える。この合宿を乗り越えてこそ、真のテニス部員と言えるのだそうだ。・・・確かに、この合宿を経て退部する者も少なくない。しかしそんなことはさておきこのバスの騒ぎようったら、そんなことも頭にないようだ。



「もーブン太はお菓子ボロボロ零さない!」
「なんだよ、も欲しいのか?」
「太るからいらない」
「・・・・・・(しょぼん)」
「先輩たちゲームしましょ、ゲーム!」
「どんなゲームだい、赤也」



2号目のバスに乗っている2年生と1年生はひどく賑やかだ。仁王と柳生はトランプしてるし、ジャッカルは赤也とDSをやってるし、お菓子を断ったらブン太はしょぼくれるし、それをよそに柳は本なんか読んでるし、真田はうるさい、と先ほど後輩を叱り飛ばして一時は白けた空気もすぐにまた戻って苛立ってる様子だ。そんな時のDSに飽きた赤也の提案はせっちゃんの興味をそそったらしく、随分乗り気だ。・・・それにしても柳、よく気持ち悪くならないなぁ。



「王様ゲームっスよ、幸村先輩!ラッキーなことにこのバスには先輩が乗ってるし、楽しいんじゃないスか?」
「そうだね、女の子がいる王様ゲームなんて夜だと出来ないしね」
「お、それはいいの。」
先輩は強制参加ッスね!」
「あたしはダシかい・・・」
「私は遠慮させて頂き・・・」
「柳生も勿論やるよな?ジャッカルも!」
「俺もかよ!」
「真田も柳も勿論やるじゃろ?」
「ふむ、面白そうだな」
「む、なんだその王様ゲームというのは・・・」



赤也が真田先輩王様ゲームも知らないんスか!と驚いていると真田がムッとした顔をしたので幸村が意気揚々と説明していた。そのルールにそうか、と納得したようで参加することを承諾した真田。ちょっと、真田がそんなゲームに参加することって意外かも。



「じゃぁ俺が今作った番号を順番に引いてって下さーい!」
「ここはレディファーストでさんが一番に引くべきでしょう」
「だそうだよ、
「うん、ありがとう。えーじゃぁ、これかな」
「俺はこれ」
「俺はこれを引かせてもらう」
「そうだな・・・これか」
「私はこれですね」
「プリッ」
「俺はこれだな」
「よーし俺の天才的勘で王様、来い!」
「じゃぁ俺は残りッスね」



思い思い番号の書かれた紙を引く。残念なことにあたしの紙には1と書かれていた。あー王様、引きたかったなぁ。そう思いながらもきょろきょろ辺りを見回して皆の顔を窺う。むむむ、誰が持ってるか分からない。するとブン太が恒例の言葉を発した。



「王様だーれだ!」
「俺のようだ」
「げげ、柳かよ」
「何か文句でもあるのか、丸井」
「な、ないぜ!それじゃー王様早く指令を決めろぃ」



柳は少し考え込み、皆が持つ番号を見透かすように視線を動かす。柳の指令ってなんかものすごく嫌な予感がするんだけど。


「1番と4番はこのゲームが終了するまで手を繋いでもらおうか」
「1番と4番誰だー!」



よりによってあたし!しかも男子同士だったら気持ち悪い指令なのに!なんてことをしたの、柳!それも真田の前で!!あたしはきっと柳を睨みつけると渋々皆に告げた。



「あ、あたし1番・・・」
「奇遇だな、。俺が4番だよ」



あたしの隣の席に座っているせっちゃんはニコニコしながらあたしの手を掴んだ。ヒュー!とかいうはやしたてもブン太から聞こえてあたしはブン太をきっと睨みつける。まあ、せっちゃんだからまだいいものの・・・真田の前でこんな・・・!でも真田はあたし達が手を繋いでていても、ただいつものように眉を顰めているだけで何とも思っていないようだ。っていうか、このゲームの趣旨に関心してないみたい。・・・ってちょっと待って、手を繋ぐって、普通に繋ぐんじゃないの?



「あのさ、せっちゃん手・・・」
「なに?俺たちゲームが終わるまで繋がなきゃいけないんだよ」
「いやさ、その・・・繋ぎ方がさ、」
は俺と手を繋ぐのが嫌なのかい?」



せっちゃんが、ひどくにこやかに笑うのであたしはううんと言わざるを得なかった。そうだ、せっちゃんの手の繋ぎ方は指と指を絡めるいわゆる『恋人繋ぎ』なのだ。なにもせっちゃん、真田の前でそんな繋ぎ方しなくたって、いいじゃん!あたしは柳の方を恨めしそうに見ると、すまない、と口ぱくで謝られたので柳を怒る気にもなれなかった。それよりも本当に、ゲームが終わるまであたしとせっちゃんはこのままなのか・・・。はあ、と思わず溜息が出る。


赤也はテンションが上がってきたのか楽しそうにあたし達の番号札を回収すると再び皆に紙を引くよう促した。柳生の言葉でまたもやあたしは最初に引くことになったけれど、やっぱり王様じゃない。今度あたしの手元にある番号は5番。神様仏様女神様この際閻魔大王様!どうかどうか、5番が当たりませんように!(それにしても閻魔大王に頼んだって、頼みどころが違う気がするけど)



「王様だーれだ!」
「ふふ、俺が王様みたいだね」
「「「(幸村・・・!)」」」



誰がしもが心の中でそう叫んだだろう。せっちゃんは穏やかに笑ってはいるけど何番に何させようかな〜と悩んでいる姿はおぞましい。だって柳と真田と仁王以外震え上がってるのが、目に見えてるもん・・・・・・



「それじゃぁ2番は、この後自分が指名されるか王様になるまで5番を後ろから抱きしめててもらおうかな」
「げー!それ男同士じゃ気持ち悪すぎじゃないッスか」
「どうやら男同士じゃないみたいだよ」



せっちゃんはあたしが絶句しているのを見て、ね?と同意を求めてきた。ちょっとちょっとちょっと、せっちゃんあたしを嵌めたの?ってゆーか番号、見られたの?!いつ?!



、俺は番号を見ることなんてしてないしを嵌めようともしてないからね?」
「(思考が読まれてる!!)」



あたしは絶望したような顔をして俯くと仁王がまぁそう落ち込みなさんな、と慰めてくれた。そりゃぁさ、あたしだってみんなのことは嫌いじゃないよ。でもほら、好きな人の前でこんな・・・こんな仕打ちって・・・



「それにしても5番は誰なんスか?」
「・・・・・・俺だ」



そこには眉間の皺をより一層深くした真田が、名乗り上げていた。あたしは瞬きを数回、繰り返す。顔から湯気が噴出しそうだった。ちょっとちょっとそんなのないって!!



「せっちゃん?!」
「なんだい、。ああ、そうか席を移動しないとダメだね。は小さいから真田の席に一緒に座ればいいから俺たちが移動することはないよね」
「そうじゃない!」
「なに、真田が嫌なの?」
「そ、そうじゃなくって・・・ほら、真田が嫌そうでしょ?」



あたしはだよね?と真田に必死で同意を求めようとする。多分、あたしの顔は真っ赤っかだ。柳と仁王なんてにやにやしまくっている。なっっっっっっんて憎たらしいこと!



「真田は嫌なのかい?」
「そ、そういうわけではないが・・・」
「幸村君も強要しすぎではありませんか?それでは2人がやりづらいでしょう」



すると柳生が助け舟を出した。グッジョブ、柳生!お前は真のジェントルマンだ!後で黒のベルベットのマントを授けよう!!



「しょうがないなぁ、じゃぁせめて2ターンにまけといてあげるよ。ほら、真田嫌なわけじゃないんだろう?これは王様の命令だよ」



NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!!!!!!!!


あたしは思いっきりそう脳内で叫んでいた。帰国子女の性かな悲しきかな・・・ってそんなんじゃなくて!せっちゃんがあたしと手を離すのが名残惜しいなぁ、とか言ってるけどそんな場合じゃない!!真田があたしを抱きしめる?!そんなのあっていいことじゃない!っていうか、あっていいことであってほしいけど、でもでもでも、順序が!順序ってものがあるでしょ?!



「ほら、信号でバスが止まってるうちに早く!」
「え?ああ、うん・・・」



あたしはワケが分からないままに通路を挟んでせっちゃんと隣の真田の席に移り、真田の足の間にちょこんと納まった。ちょっとちょっとこの緊張、尋常じゃないんですけどお!!抱きしめるんだよ、とせっちゃんに笑顔で強要されてむ、と真田は声を上げながらそっとあたしのお腹辺りに手を回した。し、心臓が、早く動きすぎてエンストを起こしそうなんですけど・・・!し、しにそうです・・・・・・!



「ぶぷっ先輩の顔、ちょーおもしれえ!」
「マジで、緊張しすぎだろぃ」
「真田も満更じゃなさそうだね」
「たわけ、そのような邪なこと、思っておらんわ!」
「それはを女性として見ていないということになるぞ、弦一郎?」
「そ、そういうわけではないが・・・」



そんな風に繰り広げられる会話もあたしの中ではどうでもよくって右耳から左耳へ流れて行った。どうした、と尋ねる真田の声が余計にあたしの心を揺さぶる。ああ、早くこんなゲーム終わってくれ!



「じゃぁ次番号引こうか」



せっちゃんがそう仕切ると、みんなあたしの反応を面白そうに見ながら番号を引いていく。運良く真田はあたしの顔が見えなくて、あたしも真田の顔が見えない。だからってあたしは見世物じゃないってーの!!で、でも真田の胸の中は思ったとおり広くてあったかくて、お腹に回った腕もなんか優しくって・・・って邪なことを考えてるのはあたしじゃない!!



「ほら、早く引きなよ。あ、それと真田の分も引いてあげなよ」



せっちゃんは相変わらず笑顔を絶やさずそう言うと、あたしはその憎々々々々しい笑みを遮るように番号札を引いた。あたしはおさまることのない心臓の動悸をなんとか抑えながら真田にどっちの番号札がいいか尋ねる。真田が喋るたびに吐息が耳に当たる。もう、どうにでもしてくれ。


幸い王様はジャッカルが引いて、番号に当たったのは柳と仁王だった。指令の通り柳が仁王の腕にしっぺをする。なんてジャッカルの指令は優しいものなの!そしてようやく次のターンが来た。これが終わればあたしは真田の腕から脱出できる!段々真田の胸に納まることも慣れてきて、心臓の鼓動も正常に戻ってきた。確かに真田の胸は心地好くて暖かくて名残惜しいけど、やっぱりこのままでいたらあたしは発火しそうだ!



「王様だーれだ!」
「あ、あたし!」



王様引いた、あたし!なんてなんてラッキーなこと!あたしは嬉々として選ぶ番号と指令を考えた。なにか面白いことないかな、そうだ、あれにしよう!



「3番は明日の朝、あたしに付き合うこと!7番は今日の晩の夜の健康チェックにあたしに付き合うこと」
「えー先輩マジっスか!」
「じゃぁ俺は朝におまえさんに付き合えばええんじゃな」
「なんだ、赤也と仁王だったの。まぁちょうどいいわ」



つまんねぇなーと赤也はごちるも、あたしは夜の健康チェックの手間が省けたことに大いに満足する。これで2ターン終了!あたしはするりと真田の腕から抜けるとバスが走行中なのも関わらずすぐにせっちゃんの隣の席へと戻った。真田はあたしが走行中に移動したことに眉間の皺をより一層深くしていたけど、その後は何も変わらず。段々とみんなは王様ゲームに飽きてきて、一人一人自分のしたいがままのことをするようになった。到着までまだ時間があるので眠る者も多く、先ほどはあんなに騒がしかったバスも静けさに包まれていった。



、起きてるかい?」
「うん?なに、せっちゃん」



あたしは窓の風景を眺めていたのでせっちゃんの方に振り返った。せっちゃん越しに見える真田は、どうやら柳と何か話しこんでいるらしい。あちらの会話は、聞こえない。



「さっきの真田、の位置からは見えなかったろうけど、顔真っ赤にしてたよ?ああ、まぁとまではいかないけど」
「え」
「まぁ、女子として見られてないことはないんじゃない?よかったね」



耳元に口寄せて小さい声でせっちゃんはそう言うと、にっこりと、今までの意地の悪い笑みではない笑い方をした。あたしは再び頬が赤く染まるのを感じながらも、せっちゃんに静かにありがとう、と耳元で囁き返す。俺のおかげだね〜とせっちゃんはまたもや意地悪く言ったけれどあたしはそうだね、と素直に返事した。確かに顔から火が出るほど恥ずかしかったけど嬉しかったのは否めない。ありがとう、せっちゃん。あたしは再度せっちゃんに囁いた。







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