03  幼かったきみも

081030



俺とは小学1年と6年の時のクラスメイトだった。は帰国子女というのがあってか、他の女子とは少し違って物事もこちらが驚くほどきっぱりと言いのける子だ。愚痴は結構言う時あるけど悪口は言わないから人の陰口を嫌いとする俺にとっては会話するのに楽しい相手だった。それにしてもテニスの経験がないくせに、テニス部のマネージャーをやりたいと言い出した時は大層心配だったけど、は俺に一からテニスを教わりながら普段勉強なら滅多に開かない参考書まで買ってきてマネージャー業に専念した。勉強が大嫌いなくせに、自分の好きなことに関してはどこまでも極めようとする、その精神だけには俺も感服だ。



今柳がどんなスピンをかけたのか分かるかい?」
「・・・トップ・スピンだよね?ね?」
「フフ、どうかな・・・」
「ええええせっちゃんが聞いたのに教えてよおおお!」
「そうだね、試合が終わった頃に柳に聞いてごらん、まぁ間違ってたらマネージャー失格かな?」
「おに・・・!鬼の精市!」
「何か言ったかい?」



まぁそんな調子の1年で、結局がしばらくの間トップ・スピンとスライスを取り違えて覚えていて、間違ったああ失格だああといつも嘆いてるを傍らに見ていたのだけど。まぁ結局半年経った頃に気がついて俺にカンカンになって怒っていた。別に俺はあってるなんて嘘を教えたわけでもないのにね。今ではそんなミスはなくなって、でもおっちょこちょいなところは今でもどうにもなってない。よくコートの隅で洗濯物を取ってくる時に大量のタオルを積んで歩いてくるから地面に置いてあるボールの入ったバスケットや選手の飲み物に躓いてよく転んでる。そんな一気に持ってくるなんて、面倒くさがりやともいうけどね。



「ぎゃああああ!」
「お、おい!」
「いたああ!!タ、タオル・・・!」


まぁタオルはなんとかいつもどうにか死守するにはするんだけどその後必ず何かオチが待っててね、あの時はが恐る恐る顔を上げると凄んだ真田がいつもをこれとばかりに叱りつけていたっけな。



「ばかもん!どこにこんなに一度にタオルを運ぶヤツがおるか!!」
「しょうがないじゃん!量が多すぎて捌ききれないの!」
「だったら量を分けて運べばよいだろう、お前の膝を見たらどうだ!生傷だらけではないか!」
「な・・・今回は作ってないもん!タオルは無事だもん!」



と言っていつも最終的にはが業を煮やした真田から逃げて俺のところに来る。真田を言いくるめられるのは俺しかいないと思ってるからその時のの悲鳴と共に追い詰められた顔を見るのがいつも最高に楽しいんだよなぁ。



「あのさぁ、せっちゃん、もっとマシな説明できないの?」
「だってこれがありのままのだろ?」
「・・・あのねぇ、人の失敗談ばっかり語ってて誰が楽しいの?」
「俺。」
「・・・・・・」



でもまっさかが毎日のようになにかおっちょこちょいをやらかして、怒鳴られてる真田にまさかあの鉄仮面カタブツどこに行っても教師かサラリーマンの父親にしか見られないあの真田に、恋するとは!



「ねぇ、それってあたしにも真田にも失礼だよねぇねぇせっちゃん分かっててわざと言ってるよねぇ?」
「別に俺は嘘を述べているつもりはないよ、事実だけを正確に伝えてるじゃないか」
「精市、暇潰しはそれぐらいにしてやったらどうだ」
「柳!」



ミーティングのある今日、俺としかまだ集まっていない状態だった部室に柳が現れ会話に釘を刺した。真田に怒られた時は俺に逃げてくるけど、俺に追い詰められた時はいつも柳か柳生に助けを求める。そうなると、面白くないんだよなぁ。



「なんだ柳、今日は生徒会の仕事で遅れてくるって言ってたじゃないか」
「昼休みに分けて早く済ませたんだ。お前は本当にをいじめるのが好きだな」
「まぁ趣味だからね」
「うわ!この人どS発言したよ柳!」
「今更のことだろう」
「だってさぁ、柳最近のったら真田に怒られたってニヤニヤしてるんだよ?もう俺きも・・・見てらんないよ」
「今気持ち悪いって言おうとしたよねぇ今確実に気持ち悪いって言おうとしたよねぇせっちゃん」
、わざわざ気を使ってあげたのに自分が傷つく方向に話題を持っていくことないんだよ?」
「もーやだー!やなぎー!!」
「精市ももうそれくらいにしてやったらどうだ」


がぐるりと柳の背後に回ると柳がぽんぽんと頭を軽く叩く。まったく、面白くないなぁ。そんなことをしている間に2年生が堰を切ったようにどっと部室に流れ込んできた。



「お、もう来とったんか」
「お早いですねぇ」
「む、感心だな」
「なんだ幸村まぁたいじめてんのかよ?」
「まだ先輩たちは来てないようだな」



その瞬間にはぱっと柳の後ろから離れて先ほどいた俺の向かい合わせにさっと逃げた。どうやら真田に柳と仲が良いと誤解されたくないらしい。本当に、ここ最近はつまらないことばかりだ。・・・そうだ、今俺はを困らす素晴らしいネタを持っているじゃぁないか。これを使わない手はない!



「いじめてたんじゃないよ、フフ、を煩わせる恋の悩みの相談を受けていたところなんだ」
「ちょ、せっちゃん!!」



あわてふためるは顔をりんごよりも真っ赤に染めて、次の瞬間真っ青になって真田の様子を窺った。すると仁王がにやにやと不敵な笑みを浮かべた。



「なんじゃ、水臭いのう。俺らに教えてくれんとは」
「フン、恋などくだらんな。日頃の精進が足りんからそのようなことに惑わされるのだ」



あちゃー本当に鈍チンな真田の一言、今のには辛いよ。涙目になってるを想像して、振り返るとぽかん、と口を開けていた。何事か、と思ったけど次の瞬間はぷるぷると震え出して口をきゅっと固く結んで真田を睨みつけて説教を始めた!



「・・・ちょっと、真田それはないんじゃない?」
「な、なんだ」
「あたしが例え精進してたとしても恋に落ちるもんは落ちるんだよ恋っていうのは不可抗力なの抗えないの!」
「む、そうなのか」
「そうなの!偉人たちだって恋したりしてるのに偉大な功績を世に残してるしもしかしたら恋愛を欠いてたらその功績だって残せなかったかもしれないじゃん。それに今真田がここにいるのは真田のお母さんとお父さんが恋に落ちたからなんだよ?もし2人が結婚してなかったさ真田は生まれなかったんだよ?」



もの凄い形相で捲くし立てる今のに水を差せるものはいない。俺でさえ舌を巻くほど今のは真剣そのもので、真田なんて勢いに圧倒されて頷かされている。



「だから恋っていうのはくだらなくなんかないの。確かに自分が今専念しなきゃいけない時の妨げになるかもしれないけどそれは自分の心持ち次第だから。恋が向上するきっかけになるかもしれないでしょ?」
「うむ」
「分かった?真田」



が最後にギロリと睨むと真田はびくっと反応して戸惑った様子で答えた。



「分かった・・・すまないなくだらんなどと言って」
「分かればよろしい。」



は満足したようにうんうん、と頷くと部誌〜と言いながら自分の鞄の中を探っていた。他の部員はそんなの様子に唖然と口を開いていて、柳と俺と仁王だけがニヤニヤと真田に意味ありげな笑みを向けている。真田は何とも言えない不思議な顔をしていつもの調子に戻ったを見つめていた。



「あっ部誌教室に忘れてきた!せっちゃんちょっと教室まで取ってくるね」
「一緒に行かなくていいのかい?」
「うん、すぐ戻るから」



忘れ物をしたに一喝でもしようとしたのか、真田が口を開けかけたが何を思ったのかすぐに口を閉じた。その間にはさっさと部室を出てってしまい、が完全に去ったのを見計らってどっと歓声が起こった。



「ぎゃははは説教されてやんの、真田!」
「う、うるさいぞ丸井!」
「それにしても今のは凄かったな、精市」
「・・・そうだね、恋は人を変えるものなんだよ真田、分かったかい?」



真田はむっとした顔したがすぐに帽子のひさしを掴んでぐっと引き下げた。真田が照れた時や分が悪い時の仕草だ。今のの説教は、相当な大打撃だったらしい。



「そ、そうなのかもしれんな・・・」



面白いものを見れたのはいいけど、やっぱりなにかつまらない。ああ、実につまらない!!







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