34   徒然なるままに

010514



春の香りが風によって運ばれる。しかし、暦の上は春とは言え、ここのところずっと冬のような厳しい寒さ、花冷えが続く。しかし、そんな冷たい春の中、達、立海大附属中テニス部は高校へと進学を迎えるのだった。










* * *










「あー、先生の話やっと終わった!」
が話を全部聞いていた確率、52パーセント」
「もう、蓮二うるさい」


あたし達、高校生になりました!高校に進学して、これといって変わったことは使う校舎と制服にクラス。それ以外はなーんも変わらないから実際あんまり実感が湧かない。外部からの入学生もいるけど、やっぱり中入生の方が多いし。あ、中入生っていうのはあたし達みたいに持ち上がってきた連中のことを言うのね。仁王は高校見学の時立海大付属工業高校の方に行ってたけど結局あたし達と同じ立海大付属高校に進学したし。何はともあれあたし達、高校一年生です。


・・・?」
「・・・うん?」
「今の俺の話を聞いていたか」
「ううん」
「ではもう一度言うが、今日の放課後から仮入部期間が始まるらしい。お前もテニス部に行くだろう?」


そして新しいクラスになって、あたしは蓮二と同じクラスになった。蓮二と同じクラスになるなんて、三年ぶり。結局弦一郎とはひとクラス分離れてしまって、ちょっと寂しいけど遊びに行けばいつも通り弦一郎は机に鎮座しているし、登下校だって一緒だからそんな惚気たこと言ってられない。


「うーん・・・あたし、今日は剣道部見に行こうかな」
「・・・そうか」
「なになにあたし意外なこと言った?」


こうやって思いついたこと口にして蓮二を出し抜くのは楽しい。けれど蓮二はそれにも動じず、涼し気な顔でパラパラとデータノートをめくる。


「ふむ・・・お前が剣道部に行くと言い出す確率35パーセント」
「蓮二にしてはなかなかの確率じゃない」
「フッ。まあたまにはテニス部以外の部を覗くのもいいだろう。本入部も、何もテニス部に入らなければいけないというわけではないしな」
「だよね!だったら今日は剣道部行くね。ももはどこ行くのかなー」
「村田が吹奏楽部に見学に行く確率、95パーセント」
「じゃあ誘うのやめよっと。ありがとね、蓮二!」
「これくらいお安い御用だ」
「うん!今から弦一郎のとこ行くけど蓮二も行く?」
「ああ」


あたしと蓮二はそのまま隣の隣のクラスへと向かった。今日はもう授業はないから、廊下は新一年生で溢れかえっている。それでもやっぱり皆顔見知りだから新鮮でもなんでもない。ちらほら、外部から来た生徒が見えるけど。クラスもひとつ多くなって、余計テニス部同士がくっつくのは難しくなった・・・はずなんだけど。


「おお、、柳」
「仁王、今終わったとこ?」
「そうじゃな。どうせ真田を探しに来たんじゃろ?」
「まあ・・・。それにしてこんなにテニス部がクラス一緒になるのも珍しいよねー」
「これだけクラスが多いとな」
「なんじゃ参謀、おまんも真田に用か」
「ああ、が弦一郎に言伝をした後一緒にテニス部に行こうかと思ってな」
「そーか。さなだーかわいい彼女が呼んでるぜよ」
「仁王!!!!」


するとクラスに顔を出す前から弦一郎の怒声が響いたのであたしは仁王のからかいに眉を顰めながらも少し笑みをこぼした。蓮二も思わず苦笑いしてるみたい。すると教室が少しザワついて、入り口付近に生徒が集まる。きっとあの真田弦一郎の彼女だ、と言って見に来た輩だろうとあたしは想定して蓮二の後ろにすかさず隠れる。


「・・・どうした」
「うん、あれっ仁王は?」
「逃げたようだ」
「フン、後でたっぷり灸を据えてやるわ」
「そうだ弦一郎、あたし今日剣道部の仮入部行くから帰りテニスコートまで行くね」
「む・・・?・・・そうか」
「うん。だから待っててね。仮入部だし帰されるの早いと思うからそっちの練習にも顔出せるかもしれないけど」
「・・・分かった」
「錦先輩達によろしく伝えといてね」
「・・・・・・」
「弦一郎?」
「あ、ああ。そうしよう」
「では弦一郎行くか」
「うむ。では、また後で」
「二人とも練習がんばってねー」


あたしは弦一郎と蓮二に手を振って別れる。そして生徒が溢れる廊下にひょっこりと二人の頭が飛び出して、遠のいた。あたしはそのまま踵を返して武道場へと向かおうとするとあたしの目線より高い位置に白いしっぽがぴょこりと廊下の角に現れた。


「にーおっ」
「なんじゃ、おまんか」
「弦一郎が後でたっぷり灸を据えてやるって言ってたよ」
「それは怖いのう、今日の練習はサボるか」
「大体新しいクラスであんなこと言う?」
「そういやおまん剣道部に見学に行くんじゃろ」
「なんだ、聞いてたの」
「マネはやめるんか?」
「・・・さあ?」
「は?」
「じゃーサボるんなら、また明日ねー」
「おお」


仁王のびっくりした顔を横目で眺めながら、仁王の横を通り過ぎる。別に、剣道部に入る気は毛頭ないけどなんでかあんな言い方をしてしまった。でも、まあいっか。仮入部で、好きな部活見学行っても本入部でちゃんとテニス部に入ればいいだろうし、先輩とも付き合い長いし。そんな軽い気持ちで、あたしは武道室へと向かったのだった。










* * *









仮入部が始まり、すでに五日が過ぎた。相変わらずはテニス部へ顔を出していない。が剣道部に入りたいと言い出せば、無論、俺も賛成をする。しかし、だ。は敏腕とはいえないかもしれないが、この三年間本当に俺達を支えてくれた。そして、一番このテニス部をているのも、だと俺は認識している。のやりたい事に俺が口を出す筋合いはない。どの部活に入ろうが、の自由であるのは当然の事。しかしなんだ、この胸につっかえるわだかまりのような物は。が楽しそうに、帰り道に剣道部での練習を話すのを聞くと、その笑顔を素直に愛しいと思う気持ちと、そしてなにかよからぬ気持ちが生まれる。それは、何か卑しい気持ちか。


「えー!!先輩テニス部入んないんスか?」
「いや、それが分かんねーんだよ。当然俺は入ると思ってたんだけどな」
「まあ、の自由だろ、それは」
さんの意志を尊重するのが通りですよ切原君、丸井君」
「カーッ、ジャッカル先輩も柳生先輩もつめたいッスよ!!先輩がマネージャーやらないで誰がやるんスか!」
「そーだ、ジャッカルお前がを説得してこい」
「ってなんで俺なんだよ!!」


この事実を俺達に用があり、高等部の校舎を訪れていた赤也は不満をこぼした。


「でも真田副部長はさみしくないんスか?」
「ジャッカルと柳生の言う通りだ。俺達がの選択に口を出す筋合いはない。赤也、お前も騒ぎすぎだ」
「彼氏もこんな冷たくちゃあ、同じ部活にもいたくなくなるってことなんスかね・・・」
「・・・赤也、今何と言った?」
「わわわわ、鉄拳制裁はマジ勘弁してくださいよ!」
「たるんどる!!の人生は個人のものだ!俺達がを惑わせてどうする!」
「・・・うぃーっス」
「フフ、とか言ってがいなくて寂しいんだろ、真田」
「なっ、ゆ、幸村!」


赤也や幸村が口にした、「寂しい」という言葉。それが、今この思いにしっくりくる気がした。そうか、これが寂しいという気持ちなのか・・・。三年間、と共にした時間はかけがえのないものとなった。そして高校に入学し、それがまた三年間続くものだと、俺は当然の思いでいたのだ。


「俺は・・・」
「真田、自分に正直になる時が来たようだね」
「正直?」
「ああ、正直に」


幸村は意味深に笑ってみせるとそのままジャージを翻しコートへと戻っていった。だが、俺が寂しいと思っていたとしても、この気持ちをに伝えてしまったら、この思いはを縛ることになるだろう。の選択の自由を、俺達に奪う権利はない。そして、俺はにいつでも笑っていて欲しい。安堵の地のような、の笑顔を、俺は奪いたくなどない。このような邪念自体が、けしからんことだ。を困らせてはならない。このようなくだらない事で、の足かせとなるつもりはない。寂しい・・・厄介な気持ちだ。このくだらん思いを、俺は振り切るようにベンチからコートへと発つ。コートで微笑んでいる、の姿を脳裏に浮かべて。







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