32   旅立ちの日に

010331



ゆっくりと、厳かに足取りを運ぶ。・・・・・はずなのにすごく緊張感のない卒業式練習だ。みんな歩いて自分たちの席につくまでくっちゃべっていてまるでやる気が無い。まあ、練習だしね・・・。しかしその中でむっつりと顔をしかめている生徒がひとり。もちろん、それは弦一郎!けしからんだかたるんどるだかを言いたいのかは知らないけどきっとこのやる気の無さを一喝したい気でいっぱいなんだろうけど。喋っちゃいけないもんね、本当は!まあわたしはだから適当に喋らず歩いているわけですよ。しかも体育館寒いし。弦一郎とは席離れてるし。もうめんどうくさーい!!!それに眠い。ストーブ入っててもさむい、さむいよ!それにボーッとしてると在校生起立の指示で立っちゃうし、それに高等部がすぐそこだからほんとに卒業する実感がないっていうか・・・。それにしても弦一郎は勢いよく立つし、座るときもしっかり ピンよ背筋が伸びていて本当に、なんだろう。とっても凛々しくてかっこいいかも・・・、と見とれていると冷やかしで隣の子につつかれたりする。でもわたしは弦一郎みたいな模範生ではないけどやっぱりこういう場ではちゃんとしなきゃなって思うので膝を揃えて斜めに足を流す。ちょっとキツイけど。本番の時に弦一郎のお母さんに行儀の悪い子だと思われても嫌だもんね!それにしても、先生の話が長いこと長いこと。ああ、ねむいなあ・・・。


わたしがうつらうつらとしていると卒業証書授与が始まった。A組だからウチのクラスは早い。それに弦一郎は出席番号が10番だから本当に早い。弦一郎は名前を呼ばれると「はいっ!!」とあの、音楽室で歌ってるとせっちゃんのクラスまで聞こえるほどの大きい声ではきはきと、返事する。その姿を見て、ああ、わたしたち本当に卒業するんだなあ・・・と思った。途中途中先生の指示が入るので弦一郎の返事ぶりを見て「皆、真田君をお手本にして元気よい返事をするように!」とか言ってる。そして弦一郎のことを言われた瞬間クラスメイトの何人かがわたしを見るのやめてくれないかな!!!!とかなんとか思っていたら、


!」


と急に呼ばれて、


「はいっ!!!」


って条件反射で大きい声で答えてしまった。うう・・・恥ずかしい。壇上に上がるときチラッとせっちゃんの視線を捉えるとせっちゃんは静かにクスクス笑っているようだった。はいはい、どーせボーッとしてましたよ!そして弦一郎はいつものしかめっ面。あと仁王の姿が見えないけど、アイツサボったな・・・。わたしは全然式に集中しないながらも真面目に式に取り組んでいるフリをして壇上を降りた。先輩も学年の生徒もあまり変わらない高校生活、なにが待っているんだろう。きっと希望に満ちていればいいな。そんな期待を胸に、わたしは三年間を共にした校歌を、三年間を振り返りながら歌った。まだ練習だけど。










* * *










春は徐々に訪れている様子だ。梅の花が花開き、そして迎える風は温かく、優しい。そして俺達は無事、卒業式を迎えることとなった。この三年間、仲間と共に築きあげてきたものはこれからに活かされることであろう。高等部になっても我が立海大附属の全国優勝を目指すばかりだ。しかし、卒業した今、現役だった頃よりは明らかに練習量が減っている。春休みに高等部のテニス部に通うにしても正規の部員ではないので、スケジュールも高等部の先輩方とは違い、何日か休みがある。その事で卒業する前に三送会の前に部室で幸村ととある話題となった。


「春休みは余裕がある日はいくらかあるみたいだけど、いつも通り過ごす気?」
「ああ。怠けるのは性に合わんのでな、剣の修行に励む予定だ。それがどうした?」
「しかし真田、俺達もまた高等部へ進学すればこんな風にゆっくり自分の時間を確保できる休みも当分ないだろう?」
「そうだな」
「だが俺達にも春休みは幾分余裕がある」
「・・・何が言いたい」
「・・・真田、今までを家に呼んだ事があるかい?」
「・・・ないな。しかしそれがどうした」
「俺ももう半年以上も過ぎたカップルに口を出すのもどうかと思うからこれだけ言っておくけど、そうだな、の行きたいデートスポットは柳のデータによれば、好きな人の家、だそうだ。ここまで言って分からないならどうしようもない彼氏だと思って俺はに同情するよ」
「む・・・・・・言いたいことは、分かった」
「・・・そうか。だったらするべきことは一つだろう?」


ということで、幸村にの行きたい場所を告げられてから今にかけて俺はどうを我が家に誘おうか迷っている。もちろん今までのご両親に挨拶に伺おうと提案したが、いずれにしろが忙しいから、とかご両親が家にあまりいない、という理由で未だに挨拶に行けていない。かくいう俺も、を呼ぶには兄や父が仕事で忙しく、それにも俺の家に来たいなどとは言わなかったので呼ぶ機会がなかった。そしてが今までそういうことを言わなかったので今回幸村がが俺の家に訪れたいと思っていることを告げられて尚更驚かされた。しかしどのように誘えばいいのであろうか・・・。こういう時どんな言葉をかければいいのだろうか?今までどこか出かけるのに誘うことはあったが、家に招くことはなかった。しかしが俺の家に招かれたいと思っているのならば、どのような言葉をかけても大丈夫だろうか。そうこう考えているうちにクラスの集合写真の撮影も終わってしまい、あとは各々卒業証書や卒業アルバムを抱えて帰る時刻にとなってしまった。


「弦一郎?帰らないの?」
・・・」
「ん?」
「お前は・・・お前が俺の家に来たいと聞いたのだが」
「えっ?!」


はかあっと顔を赤らめると、少し恥ずかしそうに目線を俺の目から逸らして小さく唸る。そんな姿ももう見慣れたものだが、いつまでも可愛らしい。


「幸村が言っていたんだがそれは本当なのか?」
「せっちゃんまーたー・・・もう・・・」
「どうなんだ?」
「・・・・・・うん。行きたい・・・かも」
「そうか・・・・・」
「・・・・・・それで?」
「うむ。俺の家に来ないか?」
「・・・うん!いく!」


は卒業証書の入った筒を片手に早咲きの桜のようにぱあっと笑顔を散らした。俺はの喜んだ顔を見るとひと安心した。そういえばの卒業式での姿は凛々しかったな。この三年間、お前と共に成長できて本当に良かったと思う。そして出来ればこれからもずっと、お前の傍で共に切磋琢磨し、日々を過ごして行きたい。


「三年間世話になった」
「うん。こちらこそ!」
「これからまた、よろしく頼みたい」
「わたしの方こそ、よろしくお願いします」


はぺこり、と小さく頭を下げると悪戯っぽく微笑んだ。俺は思わず頬を緩めると、そのまま校舎からと共に眩しい太陽の元へ出る。校舎内だからこそ我慢してはいるが、が空を仰いで、中等部の校舎を眺めているその姿を、愛しくそして触れたいと思う。春風がの長い髪を靡かせ、俺はの髪を撫でるまでに留まった。はゆっくり振り返って俺に笑うと、「行こ!」と嬉しそうに呼びかけ、俺達は校門へと向かう。が駆け出して待ち遠しそうにはやくはやく、と俺を急かす声に今行く、と答える。それだけの何気ないやり取りがなぜかとても素晴らしい一時のように思える。これから元・テニス部レギュラーと赤也と共に焼肉に向かうのがとても楽しみのようなは弾むような声で何を食べようかな、と止めどなく喋っていた。こんな風にお前と過ごせるようになったのはいつ頃からだろうか。がいなかったらこの気持を、俺はいつまでも知ることがなかったのかもしれない。そしていつまでもこの笑顔をお前の傍で見れたらと思う。、心からお前に、礼を言わねばな。







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