ex.   眠れる森の美女・舞台裏

091029


〜真田、竜を斬る〜


「せっちゃんそういえば、竜ってどうするの?セットはかーなーり立派なんだけど・・・」


セットはなんと、好意で美術部が作ってくれたもの。せっちゃんが水彩画が得意なおかげで、美術部に知り合いの男子がいて、そこから美術部の女子にあたし達が眠れる森の美女の演劇をやると聞いたらしく、出展する作品を早々と切り上げたらしい幸村ファンの子達が、ウチの部員と助っ人の演劇部の部員に手を貸してくれたらしい。とにかく、なんか本格的。木材とかの他にも段ボールとか、発泡スチロールとかも使ってるはずなのにやけにリアルで初めてセットを見たときびっくりしてしまった。それで、こんなに立派なセットにどんな竜が見合うのか考えてしまったのだ。


「心配はいらないよ、。ちゃんと竜もあの人たちに作ってもらったんだ」


するとそこには立派にできあがった目つきの鋭い黒くて巨大な竜が舞台の袖に佇んでいた。あたしはその本物っぽさに一瞬本当に竜がいるのかと疑ってしまったくらい!
恐る恐る近づいてみて、黒く皮膚を触ってみると、なんだか軽い感触。でも皮膚の凹凸はしっかり再現されていて、怖い。おとぎ話の竜なのにリアルすぎる。


「これ・・・なんで出来てるの?」
「ラドールっていう粘土だよ。まぁ、粘土以外の材料も使ってるけど主に粘土だね。段ボールの模型に粘土を継ぎ足していって、塗ってもらったんだ」
「こんなの粘土でできるんだ・・・すご!」
「まぁ、でも柔らかい粘土にしてもらったんだ。触りすぎると壊れるよ?」


あたしはぺたぺたと竜に触っていたのでせっちゃんの言葉に「ひっ」と息を呑んで、後ずさってしまう。確かに見た目に反して素材は軽そうだった。でもこれを本番には壊してしまうというんだもの。


「固い粘土じゃダメだったの?」
「真田に本当に斬ってもらうからね。まぁ、木刀でだけど、あいつは木刀でスイカ割れるから」
「マ、マジで?!スイカ・・・」


それは知らなかった、と思い後で真田に聞いてみよう、と思ったけど今はなんだか気まずい事を思い出す。二人きりにならなければいいんだけどね。


「これを本番に斬れるんですかね・・・」
「小さいサンプルの模型で試してみたけど、アイツ易々と斬ってたよ」
「マ、マジすか・・・」


テニスの腕がすごいのは重々承知だったけれど、まさかそんなに居合いが得意とは・・・っていうか木刀で粘土って斬れるもんなの?確かに刃物だったらすぱっと斬れそうな紙粘土みたいな素材だけど・・・。っていうかそれってフツーの中学生なのか。今更ながら自分はすごい彼氏を持ってしまったんじゃないかと思う。彼氏って、言ってて照れるけど・・・えへ。って、そんな場合じゃなくて、まぁ、この真田とあたしの間の気まずい空気が本番前になくらなくても真田の竜を斬る姿は本番で見れるからよしとしよう。いや、よかないけど。




* * *





〜ある日の三人の妖精たち〜



「それにしても真田、本当にどうする気なんかのう」

仁王先輩がため息をついた。一連の騒ぎで最後の最後まで、先輩と真田副部長がキスシーンやるんだかやんねーのか分かんないんだよな。俺としてはあんまり真田副部長のラブシーンとか見たくないっていうか・・・まぁ、とりあえず芝居だとしても後輩の俺はなんだかこういうの、困るんだよな。

「いやーでもないんじゃないっスか?散々揉めたらしいですし」
「でも幸村くんがよ、そっとしとけば大丈夫だって言ってたぜ?」


マジかよ。部長が絡んだ問題で、部長の予言通りにならなかった事はない。っつー事は、部長がもうちょっかいかけて最後にキスシーンあるっつーのはもうお見通しってわけなんスね・・・。我が元部長ながらマジスゲーと思う。


で、当日。なーんか真田副部長と先輩の仲がビミョーな雰囲気。キスシーンやっぱ取りやめか、まぁそれもしょーがないか。最後のリハーサルでもなんだかぎくしゃくしてたし、それでもどちらか片方が相手を見つめてる時はデレデレな顔してんだからなんだこのカップル。バカップルと言っても過言ではない。俺は内心呆れつつ、けどそのビミョーな雰囲気を気にしていた。


「こりゃーあの二人無理だな」
「ですよねー・・・」
「まぁまぁ、二人の意見を尊重しんしゃい」
「でもよぉ、キスシーン大分噂になってるけどいいのか?」
「まぁ幸村がそこら辺は抜かりなくやってるじゃろ」
「妖精たち、舞台袖で待機してなよ!」

っとそこで俺たちの会議は終了して、早々に出番がある俺たちは部長の指示に従って、舞台袖へと向かう。こそこそ話していたから、あの二人には聞こえてないと思われる。出番がまだまだな真田副部長とを残して俺たちは舞台へと上がった。多少のアドリブも認められてるので、緊張はあまりない。そうして着々と話は進み、遂に舞台はクライマックスへ!


「やはりお前が・・・」


真田副部長は眠っている先輩の下に膝まづくとキスのフリを・・・・・・ん?今フツーに口、つけてなかったか?え?ええええええええええ?と俺は舞台上だから大声を上げるわけにもいかなく、とりあえずその後セリフもないので目を丸くしてその光景にくぎ付けになっていた。チラリ、と舞台袖の幸村部長に目をやるとわ、笑ってるぜ、あの人・・・。とにかく俺は見てはいけないものを見てしまったかのように心臓をバクバク鳴らして、また最後のキスシーンを見届けた。先輩も本物の眠れる森の美女のように、うっとりと王子役の真田副部長の口づけを受けていた。・・・・・・マジっスか。俺はショックというより衝撃的のあまり舞台でぽかんと間抜けな顔を晒していなかったか心配だ。っつーかそんなことより!!!俺は舞台の幕が下ると同時に歓声と拍手を浴びながら二人に駆け寄ろうとしようとした、が・・・・・。


「やめとけ、赤也」
「え、だって仁王先輩・・・」
「よーく見ろよ、赤也。花飛んでんだろぃ、あの二人」


なんかよーく見ればお互い照れてて、それでいてなんか嬉しそうな顔をしている真田副部長と先輩。うげ、俺あんな副部長の顔見たくなかったぜ・・・。それでもお構いなしにすたすたと部長が近づいて「ほらほら、イチャつくのも大概にして。でもよくやったね」と二人を褒め称えていた。それは多分、この舞台がそのおかげで大成功したからだろう。客はそのおかげで終わりの頃は演劇部の倍はいたし、多分、これで真田副部長と先輩の仲が先生や生徒の間で公認になったことだろう。それにしても、やっとあの純情な先輩たちがよくこの短期間でこんなに進展したよな。これから噂になりまくって大分大変な事になるかとか今の先輩たち気付いてっかな。・・・・・・気付いてないだろーな。でも、まぁ、それにしてもキスシーンが成功してよかった!俺たちもはらはらしてたわけだし・・・まーなんつーか、最後にはやってくれるよな、あの二人は!




* * *





〜その後の王子と姫〜



その後あたしのケータイにメールが殺到したのは言うまでもない。普段メールしないクラスメイトやクラス外の子からもメールが来て、「舞台見たよ!!真田と付き合ってたの?!」とか、「真田とのキスシーンすごかったね!!感動したよ!!」とか来た。みんな、これ完全に面白がってるだけだろ・・・。とりあえず、親しい友人以外には「舞台見に来てくれてありがとう!」とだけ返しておいた。あたしたちの公演は午後だったから、S.H.Rでも大分みんなからのニヤニヤの嵐にあった。みんな弦一郎にはからかいの言葉とかかけられないから、弦一郎はあんまり気にしてないみたいだったけどあたしは散々だったんだから!!普段からクラスのいじられキャラっぽいあたしは、先生の話が終わり号令をかかった直後にクラス中に聞こえる声でバイバーイ!と挨拶してクラスを超特急で後にした。明日からかわれるかもしれないけど、今日よりマシだ。弦一郎にはこの事を想定して、部室前で待ってて、と言ってあるので駆け足で部室へと向かう。廊下ですれ違う生徒みんながあたしを指さしたりじろじろ見たりするけど、そんなの気にしてられっか!羞恥の気持ちを抑えながら、あたしは息を切らせて部室前へと辿り着いた。弦一郎も同じクラスだから、もうすぐ来るだろう。なんであたしが走ってここまで来たかとか、弦一郎、分かってるのかな。・・・・・・分かってないだろうな。ま、それが弦一郎のいいとこでもあるよね!っていうか、未だに弦一郎、っていうのは恥ずかしいんだけど・・・。


、そんなに急いでどうしたというのだ」
「あ、うん、いや、ちょっぴり他のクラスに用があって・・・」
「そうか」
「うん」


早くS.H.Rを終えた生徒たちが見てるよ〜!それに高等部の人達まで!っていうか、錦先輩たちももしかして、来てたかもしれない、げげ、今週の日曜の高校生との合同練習休もうかな・・・どうせあたしたち引退してるし。でもマネージャーいないんだっけ・・・、トホホ・・・。と、そんなあたしの気持ちを知るよしもなく、弦一郎は帰ろうか、と言って一歩先を歩く。あたしたちテニス部は舞台なので明日の準備がいらない。クラスの方も飾り付けが華美ではないのでほとんど修復作業もいらないことだし、みんな帰ってる。だからあたしたちも気兼ねなく帰れるはずなんだけど・・・。


「何をそんなに気難しい顔をしているのだ」
「えっいや・・・(やっぱり気付いてないな・・・)」
「何を考えているのだ」
「う、ううん、なんでもない」
「・・・・・・」


そういうと弦一郎はフン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。機嫌損ねちゃったかな?駅まで何の会話もなく歩いてきたけど、や、やっぱりなんか気恥かしいな・・・。キスした、っていう実感が湧かない。楽屋でのキスと、舞台での出来事がなんだか夢のよう。あたしはぽっぽっと頬を熱らす。げ、弦一郎とキス、しちゃったんだよなぁ・・・・・・。そんな事を想いながらも、電車に乗りながら、乙女のように唇に指をあてる。


「どうしたのだ、先ほどからおかしいぞ?」
「え」


あたしは唇にあてていた指をさっとひっこめると、弦一郎もそれを見ていたのか少し口をきゅっと結んで照れていた。なんだ、弦一郎も照れてるんじゃないの。あたしはなんだか嬉しくなって、フフっと笑ってしまった。


「何がおかしい」
「ううん、嬉しいの」
「何が・・・」


電車に乗ってすぐの地元の駅に着いて、弦一郎は当然のように自分が降りる前の駅なはずなのに一緒に降りてきてくれた。それも相俟ってか、あたしは嬉しくなって弦一郎の腕を掴む。すると弦一郎もびっくりしたのか、けれどすぐにそれに順応してあたしの手を取ってくれた。あたしの手も熱いけど、弦一郎の手はもっと熱い。そして、なんと、弦一郎はあたしの指と指の間に彼の指を滑らした!いわゆる恋人繋ぎというやつ。あたしは自分からアプローチしたのにも関わらず瞳が熱くなって俯いてしまう。


「どうした?」
「恥ずかしい・・・」
「顔をあげんか」
「恥ずかしいんだってば」
「お前の顔が見たい」


弦一郎がそんなこと言うもんだから心臓がバクバクいっちゃって、もう為す術はない感じ。本当に、恥ずかしくて、でも嬉しくて、興奮すると涙が出ちゃうあたしは涙目で顔をあげた。


「・・・そんな顔をするな」
「だって」
「止められんだろうが」
「えっ、何を・・・?」


弦一郎がかがみこんで、あたしはそれと同時に引き寄せられて、ああ、これが夢じゃなかったんだなって分かった。唇に舞台でも感じた、あの感触。またいきなりで、息ができなくてすぐに自分から離れちゃったけど、あの甘い匂いに頭がくらくらして、それに、なんだか弦一郎も苦しそうな顔をしていてドキっとする。顔を見合わせたらまたぐいっっと腰を引き寄せられてまたキスされた。


「・・・ん」
「・・・っ、たるんどるな、俺は・・・」


唇を離して照れくさそうに笑う弦一郎にあたしはぎゅっと体を押し付けた。


「そんな可愛い顔をされたら、理性が利かんではないか・・・」
「すき」


あたしは躊躇なく言うと、また上から唇が降ってきて、今度は軽くおでこにキスされた。思わず目をつぶってしまうと、そのまま唇に軽いキスが落とされる。


「可愛いことを言ってくれるな」
「だって好きなんだもん」
「たわけが・・・」


そのまま弦一郎はあたしを抱き締めてくれてて、ああ、幸せってこういうことなのかなぁ、って思った。弦一郎の唇は麻薬みたいにあたしの脳を痺れさす。弦一郎の腕はあたしに幸せを与えてくれる。そんな風に弦一郎の腕の中でうっとりとしていると、ここが自分のマンションの近くの小路だということを思い出した。周りを見渡してみると、人気はないものの、そこにはただの通行人ではなく近所に住んでいると思われる立海生がびっくりしてこちらを見ていた。あたしは反射的に離れようとしたけど、弦一郎の力が強すぎて離れられなかった。


「弦一郎・・・見てる人がいるよ」
「む・・・・・・そうか」


すると弦一郎はするりと腕を離してくれた。ちょっと名残惜しいけど。なんだかこうやってキスしたり、抱きしめられたりしてると、噂なんてどうでもよくなっちゃった 。それにもう、さっきの立海生もいなくなったことだし。


「弦一郎?」
「む」


ぐいっと弦一郎のネクタイを引いて、すばやく頬キスする。自分でも大胆なことしてるなって分かってたから今あたしはとてつもなく顔が真っ赤になってるんだろう。弦一郎は頬を抑えてぱちくりと瞬きを繰り返してる。


「あ、挨拶だから!アメリカ式の!」
・・・・・・」


あたしはそんなことを照れ隠しで言ってしまったけれど、弦一郎がとても、とても嬉しそうに優しく笑うから、


「また、明日ね!」


なんだか、涙が出そうになった。心臓が、まだドキドキ言ってる。弦一郎の匂いがまた残ってる。こんな幸せがいつまでも続けばいいなぁ、とあたしはいつもの自分ならバカにしそうなほど乙女の幻想を抱いて、その日は眠りについたのだった。







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