31   眠れる森の美女

090829



        昔々、ある国に王様と王妃様がいました。長年の間、子供を授かるのを待ち望んでいたのですが、とうとう願いが叶い女の子が生まれました。女の子は、、と名付けられたのです。その日、王様は国に休暇を与え身分を問わず、全ての民が幼い姫の誕生を祝うため集まりました。物語は、そんなとても素晴らしい日から始まります。


「やぁ、蓮二。この度はめでたい日だな。この俺の息子の弦一郎と君のを結婚させる日が待ち遠しいよ、フフッ」
「ふむ。しかしまだ生まれたばかりの一人娘だからな、精市。だが今日は未来の我々の国をひとつにする事も含めて祝おうじゃないか」


        隣国の王様、精市と王様の蓮二は十六年後の今日に娘と息子を結婚する約束をしていました。それもお互いの国をひとつにし、国民のために理想の国家を建設するためでした。



「そしてここに高貴なる三人の妖精達をお呼びする。       順から、ブン太殿、仁王殿、そして赤也殿!」


        来賓の挨拶を知らせる合図と共に祝いをすべくやってきたたくさんの人々に囲まれ、三人の妖精は降り立ちました。三人の妖精はそれぞれに合った色の晴れ着を纏い、赤子である姫の揺りかごへといそいそと近づきます。


「おっ!こりゃかわいい赤ちゃんじゃねェか」
「王、蓮二様、王妃、比呂士様、俺たちで三つの素晴らしい贈り物を差し上げたいと思っております」
「そんじゃー丸井先輩からお願いしますよ」


        妖精のブン太は杖を翳すと姫に一つ目の贈り物を差し上げました。


「かわいい赤ん坊のお姫様、俺からは『美しさ』をプレゼントしてやるぜぃ」


        妖精の仁王は杖を緩慢に振ると姫に二つ目の贈り物を差し上げました。


「かわいい姫さんよ、俺からは『綺麗な歌声』を贈っちゃろう。まぁ、俺としては『百戦錬磨の色気』でもプレゼントしたいところなんじゃが・・・」


        そして最後に、妖精の赤也は杖をぶんぶんと振り回し、三つ目の贈り物を差し上げようとしました。


「おーこう見ると赤ちゃんもかわいいもんじゃん。えーっと、俺は・・・」
「そこまでだよ」


        天から声がすると思いきや、城内に急に風が吹きあられ、雷鳴が轟、広間が暗転します。何事かと思い、王様はすぐに仕えの者達に明かりをつけさせるとそこには先ほどまでいるはずのなかった、黒衣を纏った魔法使い、幸村が従者のジャッカルを率いて尊大な素振りで立っていました。


「ほう・・・この俺を差し置いて楽しそうにパーティとは・・・ご大層なものだ。俺には招待状が届いていなかったけれど、ただの間違いであることを願おう」
「お前さんは呼ばれなかったんじゃよ」


        すると魔女の幸村はただ静かに笑みをたたえて、王と后へと向かいました。


「それでは俺はお呼ばれではないようだからお暇するしかないな」
「幸村君は・・・招待されていないことを怒ってはいらっしゃらないのですか?」
「怒ってなどいないよ、王妃殿。ああ、その証拠に俺からも小さなお姫様に何か一つ、贈り物をしてさしあげよう」


        そうして、冷たく微笑を浮かべる魔女の幸村は己の杖を生まれたばかりの姫へと掲げました。


「皆の者よく、聞きたまえ!姫は聡明に美しく育ち、彼女を知る者全てから愛されるだろう・・・・・・だがしかし!彼女が十六を迎える日の日が沈む前に、錘の針に指をかけて、そして死ぬ!」
「そんな恐ろしい事を!」
「あの者を捕らえろ!」
「俺を捕まえられるものか!」


        王の蓮二が命令を下すやいなや、笑い声を上げて、魔法使いの幸村と従者のジャッカルは瞬く間に青い炎の彼方へと消えてしまいました。


「これではが十六を迎えても彼女は幸せになることもできない・・・せっかく生まれてきたばかりの俺の愛い娘だのに」
「王様、憂うのはまだ少し早いかもしれねーぜ!まだ赤也が最後の贈りモンしてねーし」
「そうっスよ!」
「では・・・呪いを解くことは可能なのか?」
「いいんや、王様。魔法使い幸村の呪いは強力すぎて赤也ごときには解けん。しかし呪いの威力を弱めることぐらいなら赤也でもできるかもしれんの」
「その言い草はひどいっスよ・・・」


        そうして赤也は、三つ目の贈り物を呪われたまだほんの小さな姫に贈るために杖を振りかざします。


「ちっせーお姫様よ、アンタがとびきりの美人になった頃に錘の針に指を刺しちまったとしても、死に至る代わりに永ーい眠りに落ちるっス。んで、その眠りは愛する人からのキスで解けるっつーのが、俺のプレゼントだ」


        しかし王様はやはりそれだけでは心配で、その晩までには国中の錘を全て焼き払ってしまいました。妖精たちはその錘の燃える様を見て、どうにか呪いを凌げられないかと頭を捻っていました。


「なんつー陰湿な呪いをかけてくんだよ、あの魔法使い幸村くんは!」
「お前さんそんな事言うとうと、後で殺されるぜよ」
「つーかこれセリフだから、平気だろぃ」
「だーッ先輩たち!そんなんじゃなくて、これからどーすっか考えなきゃじゃないんスか?」
「赤也が生意気な口きくの」
「まーコイツが言ってる通りだろぃ。そうだなぁ・・・おっそうだ。お姫様をケーキに変えるっつーのは?」
「それじゃぁおまんが食っておしまいじゃろ。・・・いっそ俺たちが木こりのフリして姫をどこか城の遠くで育てるかの」
「・・・仁王先輩それ、かなりいーんじゃないっスか?!」
「えー俺たちがあのガキ育てんのかよ!しかも木こりとか魔法使えねーじゃん!」
「まぁ、ブン太、長い目で見れば、えらい別嬪な姫さんが俺たちと住むことんなる。オイシイ話と思わんかの?」


        というわけで、妖精三人は、王様と王妃様を説得し、森の中で十六年の年月を迎えるまで姫を育てることにしました。国王、王妃そして国にとっては悲しい年月が流れましたが、姫の十六の誕生日が近づくにつれ、国中はまた喜びに湧き上がりました。しかしその中一人だけ、雷鳴を暗黒の城に轟かせ、怒りを露わにしている者がひとりいました。魔法使いの幸村は十六年間もの間、姫を手下どもに探させたというのに、手掛かりをひとつも掴んでいないからでした。


「おかしい・・・十六年間探していなくてなぜいない!消えるなどあり得ないことだ・・・きっとどこかにいるはずだ・・・お前たち、全て隈なく探したんだろう?」
「はい、幸村様!全て隈なく探しました!」
「森も街も山もかい?」
「森も、街も、山の、全ての揺りかごの中をです!」
「・・・揺りかご?」
「はい、全ての揺りかごを、隈なく!」
「ジャッカル・・・聞いたかい?こいつらはこの十六年間赤ん坊を探していたようだ・・・」
「あ、ああ・・・・・」
「ふふ・・・お前たち、赤ん坊が十六年も赤ん坊のままでいると本気で思っていたのかい?ジャッカル、君は違うね?」
「あ、ああ・・・・・」
「ふふ、お前たちには後でたっぷりと灸を据えてやろう。ジャッカル、こうなったら君だけが頼りだ・・・」
「お、おう・・・」
姫を探すんだ!失敗は許さないぞ!」
「わ、わかったよ・・・!」


        そして手下のジャッカルは主人に最後の望みを託され、姫を探しに城を出ました。











* * *










         十六年もの長い間、姫の所在は分からないままでした。しかしその森深くでは、三人の妖精が木こりとして過ごしそして一人の姫を自分たちの娘のようにして育てていたのです。姫は健やかに、そしてとても美しく育ちました。深い夜の帳のように髪は黒く、肌は雪のように白くそして唇は薔薇が恥じらうほどの鮮やかな紅い色をしています。そして今日はなんとめでたい、十六の誕生日。三人の妖精たちは、姫の知らないところでパーティを開こうと計画を立てています。


「だーかーら、俺はこのドレスがいいっていってるンすよ」
「赤也こんなもんは俺たちのには着せられん。胸元が開き過ぎじゃ。王様に叱られると」
「色はやっぱ赤だよ、赤!」
「ブン太、おまんも少しは人の意見を聞きんしゃい」
「なーんの話してるの?」
「うぉっ!!」


        はかわいらしく小首を傾げて悪だくみでもしてそうな三人を咎めるように見まわしました。すると仁王が先ほど持っていたドレスのカタログをすぐに隠してしまい 苦し紛れにそばにあった籐で編まれた籠を差し出します。


は知らんほうがよか。とんでもないこと考えちょって、呆れられとうないからの。ほれ、花でも摘んできんしゃい」
「えー!でもあたしテニスがしたいのに!相手してよう!」
「テニスはまた今度してやるからよ、。これ以上話をややこしくすんな」
「じゃあ赤也、帰ったらワンセット申し込むわ!」
「手加減なしッスよ、先輩」
「お前がに手加減しないでどーするんだよ」
「冗談っスよ、丸井先輩・・・」
、知らんヤツにはついていくんじゃなか。話すのも禁止じゃき」
「帰りは遅くなるんじゃねーぞ、俺が探しに行かなきゃなんねーだろぃ」
「まーとりあえずそのバカでかい声で助けを呼べば俺も飛んで行くんで!」


        と、は口の悪い三人の木こりに半ば追い出されるように小屋を出て行きましたが、その足取りの軽いこと。歌を歌うのが大好きなは小鳥のさえずりと共に歌いながら花を摘んでいきます。しかしどうやら、その顔は憂いを帯びています。


「はぁ・・・どうしてあの三人はあたしをまだ子供扱いするのかしら?」


        は花に問いかけます。


「あたしだってもう十六なのに。恋をしてもいいお年頃でしょ?オマケに裏でこそこそするから怪しーったらありゃしない・・・」


        は自分で自分に話しているのに嫌気がさしました。なのでいつぞや見た夢の事を思い出そうとしました。


「でもね、夢で見たの!とっても素敵な王子様と一緒に踊る夢。でもまぁ・・・途中で夢が覚めちゃって、ロマンスはお終い。あたしのロマンスは所詮夢の中・・・」


        でも考えれば考えるほど嫌になってきます。いつまでも森の奥の小屋で暮らす人生なんて面白くもありません。でも考えても、しょうがないことですから、は歌を歌うことにしました。が美しい歌声で歌っていると不思議と森の動物たちも集まってきます。は先ほどまでの嫌な気持ちをすっかり、忘れ風にそよぐ音に歌声をのせていきます。


        そんな中森の中の小道を駆ける弦一郎王子がいました。狩りに出かけたのですが、めぼしい獲物も出ず、ストイックな王子は体を鍛えるために森の小道を颯爽と走っていたのです。しかし、そんな中、風にのせられてこの世のものとは思えぬ程美しい歌声が聞こえてきます。弦一郎王子は、ふと走る足取りを止め、小道を外れ、歌声の主を探しに森の奥までやってきました。


「あの声は人間のものか・・・?美しい・・・こちらから聞こえてきたようだが」


        茂みをかき分けて行けば、歌声がどんどん近付いてきます。すると向こうになんと、美しい少女が花を摘みながら歌っていました。しかし彼女を見かけた時彼女は花を片手に物憂いげにため息をつきます。


「そういえば、何度もあの夢を見るんだよね・・・最後にあの人があたしを抱きとめてくれるの!夢は幻だっていうけれど、こう何度も見てれば本当になったっていいと思わない?」
「夢は幻か・・・」
「だ、誰?!」


        は声の下に振り返ってみると、見知らぬ若者が立っていました。それも、とっても素敵な。若者は狩人のような格好をしていますが、どこかしら、夢の中の王子様と似ているようです。ですが、がいつもあの三人の木こりから厳しく見知らぬ者と話してはならないと言われ続けていました。


「怪しい者ではない。驚かしたのならば謝ろう」
「い・・・いえ、そんな・・・」
「先ほど歌っていたのはお前か?」
「ええ・・・まぁ・・・あの・・・」
「怪しい者ではないと言っておろう」
「でも・・・あたしは、あなたのこと・・・」
「知らない?ああ・・・だが先ほど言っていたではないか。夢でお前を抱きとめる男のことを」
「え?」


        王子は一目でに恋に落ちてしまいました。そしても王子のその真摯な姿、精悍な顔つきに木こり達との約束を忘れ、うっとりと見惚れてしまっています。王子がの手をとり手の甲に口づけを落とすと、は顔を赤らめて恥じらいました。王子はそんなを愛しそうに熱っぽく視線を送りながら尋ねます。


「お前の名は?お前の名を知りたい」
「あ・・・そんな・・・だ、ダメなの。そ、そう、あたし、帰らなくちゃ!」
「帰る?」


        は我に返り、早まる胸の鼓動を抑えながらするりと弦一郎王子の手を話しました。急いで落としてしまった摘んだ花の入った籠を拾い上げ、慌ただしくスカートを翻します。


「では今度はいつ会えるというのだ?俺はまたお前に会いたい!」
「いつって・・・またいつか!」
「いつかではわからないだろう!」
「じゃぁ・・・!今日の晩!森の奥の小屋で!」


        そう言い残すとは瞬く間に森の奥深くへと姿を消してしまいました。王子はそれを見届けると急いでこの事を報告せねば、と至急城へと踵を返しました。その頃、木こりの家では三人の妖精たちが姫のためにと、パーティの準備をしていました。


「ドレスはこの蒼いのでええな。は蒼がよー似合うとるき」
「結局仁王先輩が全部決めるんじゃないっスかぁ」
「ほれ、赤也もちゃきちゃき掃除せんと、が帰ってくる」
「なぁ、ケーキこんな感じでいいか?」
「うおー!マジでちょーうまそうっスよ、そのケーキ!味見していーっスか?」
「ダメだ!つーか俺天才的だろぃ、こんな三段重ねのケーキなんて!食うのマジ楽しみだぜ」
「お前さんのケーキじゃなかと、の分しっかり取っておきんしゃい・・・」


        順調に準備が進む中怪しい影が家に近づいていました。ジャッカルが、全く手掛かりがつかめなく途方に暮れ、けれど街で森にとても美しい少女がいるという噂を聞きつけてやってきたのです。ジャッカルは忍び足で家に近づき、誰にも気づかれない煙突に忍び聞き耳を立てていました。


「大体こういうのは俺気が引けるんだよなァ・・・でも幸村には逆らえねーし・・・つーかこの家なのか本当に?」
「ただいま!」


        すると明るい少女の声が聞こえてきました。


「おお、おかえり。花は摘んできたかの?」
「うん、たっくさん!あのね、聞いて!森の中で誰と会ったと思う?」
・・・お前、知らないヤツにあったのかよ?」
「ううん、知らない人じゃないよ」
「知ってる人っスか?でも・・・」
「そう!一度、夢の中でお会いしたの!」


        姫のそのうっとりとした眼差しに三人はすぐに姫が恋に落ちていることに気付きました。しかし三人は真実を告げなければなりません。


・・・話さなければならんことがあるんじゃが・・・おお、そうじゃった、誕生日、おめでとう」
おめでとーな!」
「おめでとうっス!これで十六っスね!」
「ありがとう!って・・・わぁ、これ、プレゼント?」
「そうじゃ、おまんのためにこしらえたドレスじゃ」


        はドレスと綺麗に盛られたケーキに駆け寄ると、瞳を輝かせて三人をお礼に抱擁を交えました。けれど木こり達はどうも浮かない顔をしています。はそんな様子の木こり達を不思議に思いました。


「話ってなぁに?」
「そう・・・話なんじゃが、」
「お前はもう婚約してることになってんだ」
「婚約・・・?婚約って誰と・・・」
「隣国の王子っスよ」
「王子?でもなんであたしと王子様が・・・」
「それはおまんが姫だからじゃ。姫」
「姫・・・だって・・・あたしはあの人と・・・夜に会う約束をしたのに・・・!」
「残念だが、、お前はもうそいつと二度と会わせられねェ」
「今晩俺たちは城に帰らなきゃなんないんっスよ・・・」
「そんな・・・!そんなの・・・ひどい!ひどいよ・・・!」


        姫はショックのあまり、階段を駆け上がり寝室へと閉じこもってしまいます。すすり泣く声が扉の向こうから聞こえてくるのに、三人の妖精は当惑した表情を浮かべます。しかし片や悲しみにくれている一方、煙突の中では魔法使い幸村の手下のジャッカルが驚き入っています。


「どんぴしゃかよ・・・こりゃー幸村に伝えなきゃなんねーな・・・すまねェッ、姫!」


        人が良いジャッカルはそんな懺悔をしながらも、煙突を煤だらけになって飛び出していくと、すぐさま魔法使い幸村の拠点とする城へと帰って行きました。そしてその一方、城では・・・・・・。


はまだ来ないのか」
「蓮二、そんなに心配したってお姫様が早く来るわけじゃないだろ?」
「だが精市・・・十六年も子の顔を見ていない親の気持ちがお前には分るだろうか?」
「俺も一応はあの堅物息子の親なんだから気持ちはお察しするよ。それより君のところのお姫様と俺の息子のために新居を用意してあるんだ」
「新居・・・だと?精市、それはあまりにも気が早すぎるのではないか?」
「いいや、俺はそうとは思わないね。十六年、待ったんだ。俺たちの国もひとつになることだし、君も早く孫の顔を見たいだろう?」
「それはそうだが・・・しかし・・・」
「そんなに不満かい?」
「不満ではないが・・・やはり可愛いをそうみすみすと嫁にやるとは・・・寂しいものがある」
「約束は約束だよ、蓮二。それに会いたいと思えばこれからは会えるんだ。おっ、どうやら息子が帰ってきたみたいだ。またロードワークでもやってたんだろうな・・・・・・」


        そういうと隣国の王様、精市は息子が帰宅した時の合図を聞きつけ愛娘が心配で心配で仕方がない王様の蓮二を置いて息子へと会いに行きました。蓮二はまた一度、深くため息をつきながらそんな親友の背中を見送ります。


「ああ、弦一郎遅いじゃないか!そんな格好をして・・・これから未来のお嫁さんを迎えるというのに」
「すまない。しかし、未来の嫁にはすでに会ってきた」
「会ってきた?姫に?」
「いや、姫ではない。森の奥深くに住む農婦の女性だが、とても美しいのだ・・・・・・」
「何を馬鹿な。お前は姫と結婚するっていうのに!」
「俺は自分の結婚したいと思う人と結婚をさせてもらいたい。精市、・・・悪くは思わんでくれ!すまん!」
「な・・・待て、弦一郎!」


        しかし王の精市が引きとめるまでもなく、王子の弦一郎は城を再び飛び出して行ってしまいました。


「大体俺に逆らうってのが気に食わないんだよな・・・でもアイツ言い出したら聞かないからな。それに話が進まないし。こればっかりはしょうがないな・・・。蓮二に知らせなくては」











* * *










        その日の晩、姫は三人の妖精たちと共に木こりの小屋を出て城へと向かいました。こっそりと、城へ着くやいなや、姫はまたもや泣き崩れてしまいます。そんな様子を哀れに思ったのか、三人は姫をしばらく部屋でそっとしておくことにしました。


「大体をたぶらかしおったヤツは誰じゃ」
「でも・・・やっぱかわいそーっスよ。フツー好きな人と結婚したいっしょ」
「でもマジで誰なんだろーな・・・お、そういえば王様に知らせにいかなきゃなんねーだろぃ」
「ちょっと待ちんしゃい・・・変な音がせんか?」


        姫がいる部屋から物音が聞こえたので三人は部屋をのぞくと、なんとそこに姫の姿がないじゃありませんか!その代わりに暖炉の奥から隠し扉が見えます。扉がまだ開いているので姫はそこから出て行ったのでしょう。しかしその扉もすぐ消えてしまいます。これで姫が故意に出て行ったのではなく連れ去られたのだと三人は理解できました。


「幸村じゃ!はよいかんと大変なことになる!」


        三人は魔法で暖炉の奥の扉の通路をこじ開けると、姫がたどったはずの回廊へとたどり着きます。しかし、姫の姿は見当たりません。


「もしこれで先輩が錘の針に触っちまったら・・・!」
「最悪の事態を考える前に行動だろぃ!」


        三人は急いで階段を駆け上がり、必死で姫の名を呼びかけますが返事がありません。まさかもう魔法使い幸村の毒牙にかかってしまったのでは!三人は危惧しながらも、城の塔の頂上まで辿り着くと、そこには魔法使い幸村がすました顔で、しかしいと満足げに微笑を口には含ませていました。


「ようやく来たね・・・愚か者どもめ」
「幸村!」
「俺を欺くなど本当にできると思ってたのかい?この悪の支配者の俺を?フフ・・・ほら、ごらん、お前たちの大事なお姫様だよ」


        三人は姫を見た途端一斉に息を呑みました。傍には錘が、そして姫はその傍へと倒れていたのです。魔法使い幸村が彼女をそそのかして針に触れさせたのに違いありません。幸村は高笑いながら、青い炎を上げて瞬く間に消えてしまうと、三人の妖精は床に伏せた姫の下にすぐさま駆け寄りました。


「俺たちが目を離しとった隙に・・・やられたの」
「おい・・・寝てるだけなんだろ・・・・・?」
先輩・・・・・・」


        妖精たちは永い眠りについた姫をそっと先ほどまでいた部屋のベッドへと運び、彼女を横たえらせました。純真さをたたえた大きな瞳はしっかりと閉じられ、姫はその美しい寝顔に、一向に起きる気配を見せません。悲しみのあまり、赤也はほろりと一滴の涙を流します。あのいつも飄々としている仁王でさえも苦い顔です。ブン太はむっつりと黙ってしまい、三人はお城の姫を迎えるパレードの余興も全てをよそに、悲嘆にくれていました。


「どうしたもんかのう・・・」


        バルコニーに出た三人は悲劇が傍で起こってしまったのも知らずに悦びの花火をあげたり、楽器を演奏して十六を迎える姫の帰りを祝うパレードを見つめます。十六年もの間、この日を待ち遠しげにしていた王様には何と申せばいいでしょうか。


「人が悲しんどるっちゅーのにやかましいの・・・」
「あいつらにあたっても仕方ねーよ・・・」
「でもなんか腹立つっスね・・・」
「でもこの事を知ったら皆俺たちみたいに悲しむじゃろ・・・それだけは避けないかん。ブン太、赤也、城中に眠りの魔法をかけるぜよ」
「そうか・・・そうすりゃ王様も知らないで済むもんな」
「名案っスね」


        そうして三人は城中に眠りの魔法をばらまきました。杖を振り、眠りの光をふりまけば次々と人々は安らかな眠りに落ちます。城から光が序々に消えていき、空に浮かぶ花火も、祝いを奏でるオーケストラも、全て眠りに落ちて行きます。そんな中、赤也が魔法をかけに城の広間にさしかかった時、隣国の王様、精市と王の蓮二の会話から聞き捨てならない言葉が聞こえてきました。


「蓮二、話さなきゃいけないことがあるんだ」
「すまないが精市、後にはしてくれないか。がじきに帰って・・・くる・・・」
「だが、蓮二・・・弦一郎が・・・だな、ん?蓮二?弦一郎が・・・森の奥深くの農婦の子に・・・恋に・・・ふぁ・・・落ちた・・・」


そう言い終えない内に王、蓮二と隣国の王の精市は眠りに落ちてしまい、赤也は精市が話しているそれが姫のことを指していることに気がつきました。赤也はこれに今晩小屋に来るのは弦一郎王子だということを思い出し、仁王とブン太の下へと急ぎます。


先輩が恋に落ちたのは弦一郎王子だったっぽいんスよ!」
「マジかよ、運命ってあるんだな・・・」
「二人ともそんなこと言っとらんで早く小屋で急がんと!」


         その頃小屋では、期待を胸に膨らませた弦一郎王子が、小屋の扉まで訪れていました。ノックをすれば、「どうぞ」との返事があるので扉を開けます。するとどうでしょう、小屋の中は真っ暗でまるで何も見えません。不信に思った弦一郎王子は小屋を出ようとしたところいきなり扉が閉まってしまいました。


「すまねぇ、弦一郎王子!」
「な、なに!」


         ジャッカルや他の手下達が弦一郎王子にとびかかり、あっという間に縄で縛りあげていきます。身動きが取れなくなったと思えば、明かりがつき、魔法使い幸村の姿が露わになりました。


「ああ・・・なんてことだ。俺はどうやら王子を捕まえてしまったようだね」


         弦一郎王子は反論しようと思いましたが、口にはさるぐつわを噛まされてて、しゃべることができません。情けない音が漏れるばかりです。


「連れて行け!でもお手柔らかにね・・・一応それでも王子なのだからね」


         妖精たちが小屋にたどり着いた時、そこはすでにもぬけの殻でした。すると、床に見慣れない帽子が転がっています。きっと王子のものでしょう。


「遅かったか・・・」
「これからどうするんっスか?」
「赤也たまには自分でも考え」
「うーん・・・じゃぁ魔法使い幸村の本拠地に行くしかないんじゃないっスか?」
「敵陣に乗り込むわけじゃな・・・まぁ、俺たちで行くしかないの」
「んじゃ、行くか!」


         三人は意を決して魔法使い幸村が住む、荒れた山に聳える暗黒の城へとたどり着きます。不気味に城はたたずみ、そして辺りには激しく雷が売っています。身の毛もよだつような恐ろしい城ですが、城の中の監視の目を掻い潜って忍びこみました。


「こりゃ防犯カメラがあったら俺たち一発で終わりだな?」
「丸井先輩くだらないことより王子っスよ、王子!」
「お、あそこが怪しいの」


         仁王が指さしたのは牢へと続く階段です。三人は気配を隠し、階段にはもちろん監視がいると想定できるので外から回り込みました。窓枠から覗き見ると、中には手足が鎖で繋がれた弦一郎王子と魔法使い幸村がいるじゃありませんか!三人は息を顰めてその状況を見守ります。


「なにをそんなに憂鬱そうな顔をしてるんだい、弦一郎王子?」


         魔法使い幸村はぞっとするほど甘い声を出して問いかけます。


「君には素晴らしい未来が待ってるというのに。そうだろう?」


         傍には手下のジャッカルもいるようで、じっとその光景を見つめています。弦一郎王子の威圧的な視線に身をすくめてるようです。


「人を捕まえておいてなにを不埒な!さっさとこの鎖を外さんか!」
「捕まってる御身分でいい度胸だね、さすがだ。しかし、そういうわけにもいかない。親切なこの俺がこれからのことを教えてやろうじゃないか」
「フン」
「君はおとぎ話の王子様だ。そして、君の愛する森奥深くに住む農婦の美しい女性は、なんと君は婚約するはずだった姫じゃないか!なんたる偶然!なんたる運命!そして今、姫は城の頂上で、呪いにかかった錘の針に指刺し、永遠の眠りについている・・・」
「なんだと・・・あの人がか・・・・・・?」
「そしてその永遠の眠りはなんとロマンチックなことに、愛する者のキスで目覚めるというじゃないか!そして弦一郎王子は姫に口づけを落とし、物語はめでたしめでたしと幕を閉じる・・・・・・」
「む・・・・・・」
「というわけにはいかない。君には百年ここでその素晴らしい時を待ってもらおうじゃないか。老いぼれた弦一郎王子は、真実の愛を証明するために、体の節々を軋ませながら、この悪に満ちた城から這い出てそして愛しい姫の眠りを目覚めさせにいってもらおう!」
「なんだと!」
「帰るぞ、ジャッカル!」


         ジャッカルは一瞬窓枠の隙間に何かが見えましたが、弦一郎王子の恐ろしい剣幕に怯えてしまい、幸村に命じられた通り下がりました。弦一郎王子は成す術もなく、むっつりとしながらもその瞳には情熱の焔を滾らせています。鍵が完全に閉じられると、窓枠の隙間からから様子を見ていた三人の妖精が飛び込んできました。


「だ、誰だ?」
「説明してやる暇はなか。まぁ、善なる妖精三人組、という感じかの」
「鎖を外すっス!」
「それと、弦一郎王子、お前には姫を助けてもらわなきゃなんねーんだ。この剣と盾をやるぜぃ」


         弦一郎王子は赤也に鎖を外してもらい、仁王は鍵を打ち破りました。自由になった弦一郎王子はブン太から剣と盾を授かり、勢いよく牢を飛び出していきました。どうやら王子に隠密に行動する、ということは無理なようです。


「おーい、もっと静かに行きなさんと・・・っても無駄なようじゃな」
「まーあの人なら俺たちがいなくても城に勝手についちゃいそーっスけどね」
「そんなこと言ってないで俺たちも行かなきゃだろぃ!」


         飛び出していった弦一郎王子の後を妖精たちは追いました。するとジャッカルが先ほど気付いていたのか、たくさんの手下たちを従えて応戦に駆けこんできています。


「む、こしゃくな!」


         しかし弦一郎王子の太刀筋にまるで歯が立ちません。ジャッカルもそんな弦一郎王子にたじたじです。これはもう勝てる見込みはありません。弦一郎王子は勇姿を見せつけ、とうとう城の入り口の橋までたどり着きました。ですが、ジャッカルが先回りして、橋を下ろそうとします。そこで妖精たちが魔法で橋を渡そうとしました。


「気力で飛び越える!」
「俺たちの存在意味ねー!!」


         弦一郎王子は途中まで橋を渡りきるとそのまま脅威の脚力で橋の向こうの崖まで飛びました。妖精たちもそれの後に続きます。ジャッカルはすぐさま援軍をよこし、矢を打ち放しましたが、それらも全て妖精たちの魔法と弦一郎王子の華麗な剣さばきに返り討ちにされてしまいます。ジャッカルは他に手はないと、重いすぐさま弦一郎王子の脱走を魔法使い幸村に知らせに行きました。


「なに!王子が逃げただと!・・・確かにあの王子はおとなしく捕まってる玉じゃないと思っていたんだ・・・!しかし、そうはさせない!」


         魔法使い幸村は怒りのあまり雷鳴を姫が眠る城まで轟かせ、そして城に茨を張り巡らします。弦一郎王子はその迅速な脚力で城のふもとまで一気にたどり着くと、城の茨を剣で薙ぎ払いかきわけ進みます。


「おのれ、魔法使い幸村!」
「そうみすみすお前を城へと行かせるものか!さぁ、俺が相手だよ!」


         どんな試練にもめげない弦一郎王子にとうとう怒りの限界までにきた魔法使い幸村は自ら城へと出向き、その姿を一匹の巨大な黒い竜へと魔法で姿を変えました。竜は恐ろしい緑色の炎を口から吐き出し、木々は勿論、大地までをも焼きつくします。さすがの弦一郎王子も、巨大な竜と対等に渡り合えるわけもなく、食い下がりながらも、苦し紛れにも果敢に挑みます。


「む・・・!くっ・・・!」
「俺たちの出番ないと思ったら・・・まぁ、最後の最後であったな」
「弦一郎王子、俺たちが最後に力を貸すっス」
「何?お前たちの力などなくとも己の手で成敗してくれるわ!」


         そんな風に王子と妖精がもめてるなか、王子の手にある盾が竜の吐き出した灼熱の炎で吹き飛ばされてしまいます。


「まぁ、俺たちにちょいといいところ与えてくれるだけの話じゃ。剣よ、真実の名の下にその力よ集え、悪は一撃にして真の愛の力に滅びん!」


         剣が魔法によって輝きを秘めると、弦一郎王子はそれを機に竜の前に構えました。目を閉じ、竜の次の攻撃にも恐れをなしていないようです。深く息を吸い込み、目を開けたと思えばその瞬間!


「キエエエエエエィ!!!」


         弦一郎王子が勢いよく竜に剣を振り抜けば、一瞬にして竜は致命傷を負い、その場に倒れてしまいました。弦一郎王子は崩れる崖から駆けだし、崖と共に谷底に落ちて行く竜を見届けます。


「なんかやっぱり俺たちの魔法必要なかったかもな」
「いや、お前たちのおかげで最後の一撃で仕留めることができた。先ほどは意地を張ってすまん。感謝している」
「それはよかったが、はよ姫を起こさんといかん」
「そう、そう!城中が弦一郎王子を待ってますよ!」


         そう言われ、弦一郎王子は妖精と共に魔法使い幸村の呪いが解け、茨もすっかりなくなった城へと向かいます。眠れる城を弦一郎は不思議そうに見まわし、妖精たちに誘導されるままに城の塔のてっぺんへと足を運びました。そしてそのベッドに眠るその姿はまぎれもなくあの時会った美しい農婦、いえ、姫なのでした。


「やはり、お前が・・・」


         弦一郎王子は永い眠りについた目の前の可憐な姫の下に膝まづきます。そしてその薔薇も恥じらう紅い唇に屈んで小さくキスを落としました。すると姫はもぞもぞと動きだし、そしてやがてはその大きな瞳を開きました。それと同時に城もだんだんと眠りから覚めていきます。城に明かりが灯っていくのが弦一郎王子と妖精たちには分りました。


「あなたは・・・あなたは、あの時の!」
「ああ・・・お前が姫だったということを先刻知った。俺の名は弦一郎・・・王子だ」
「王子・・・?あなたが?本当に?」
「ああ」
「そう・・・あなたが・・・夢で見た王子様だったのね!」
「俺もお前が姫だとは露とも知らずにいた・・・。だがお前が何者であろうと、俺の気持ちは揺るがん」
「王子・・・」
姫、俺と・・・結婚してはもらえぬだろうか?」
「・・・はい・・・はい、弦一郎王子・・・!」


         そうして二人はお互いを確認するようにひし、と抱擁しました。妖精たちはその姿を見守って、互いに喜びあいます。そして城中は眠りから覚め、眠っていたことなど忘れていたように忙しなく動き出そうとしていました。パレードは続行され、そして隣国の王の精市も親友に伝えなければならない話を眠りから覚め、思い出しました。


「そうだ、蓮二・・・話さなきゃいけないことが」
「頼むから後にしてくれないか、精市」
「俺の息子の話だ、蓮二!」
「そうだな、弦一郎王子はまだ来ていないようだが・・・ああ!」


         蓮二が歓声を上げると共に広間の人々も全員湧き上がりました。精市は何事かと思い振り返ってみると、広間の階段から、なんと、弦一郎王子が姫と共に降りてくるではありませんか!二人は王座の前へと進み出ると、丁寧にお辞儀をし、そして姫は初めて会う自分の親に駆け寄ります。蓮二は娘を抱きとめ、そして王妃の比呂士はわが子を慈しむように頬を撫でます。


「蓮二お父様・・・比呂士お母様・・・」
、この日を心待ちにしていたぞ。お前のその美しく健やかな姿を見れて俺は嬉しく思う」
さん、本当に立派になられて・・・すぐにお嫁にやってしまうのがとても惜しいですよ」


          姫は親の下を離れると、今の現状が理解できず立ち尽くしているもう一人の王の精市に近づき、挨拶に頬にキスをしました。精市はそれで、自分の息子が結局 姫と結ばれたことに大いに満足し、十六のお祝い、そして歓迎の宴に参加しました。弦一郎王子と姫はワルツに合わせて踊りだすと、広間はその二人の姿に見惚れ、そして幸せに包まれました。いまや国中が二人の結婚を祝っています。弦一郎王子はその真っ直ぐで情熱を湛えた視線を降り注ぎ、そしてまた姫も弦一郎王子にそれに熱っぽく答えます。二人が目が合えば、それはもう薔薇色の世界が広がったようです。顔を近付ければ、お互いは愛しい香りに包まれます。お互いに悪戯っぽく笑うと、二人は永久の愛の意味を込めた、キスを交えました。国はひとつとなり、そしてまた彼らも永遠に幸せに暮らしたそうです。めでたし、めでたし。






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