28   素直になれない

090526



そうこう言ってる間に、せっちゃんは脚本を書き上げてしまっていた。誰の反論の余地もない。昨日、配役が決まってしまってからというもの、あれからあたしは真田と話してない。だって気まずすぎる!まぁ昨日来で、放課後真田と帰る時間がズレたからもあるんだけど・・・。てゆーかキスするの前提でなんて・・・せっちゃんもあんまりだ。でも今の上機嫌のせっちゃんの機嫌を損なってしまうことをうっかりだとしても、してしまったらその人はどうなってしまうんだろうか。地獄でも見るんじゃないだろうか。


「精市が言い出したら聞く耳持たずなのはが一番知っているだろう」


柳は慰めともつかない言葉をあたしにかけたがそれも虚しくこの状況を打破できるものではない。まだファーストキスでさえ済ませていないあたしたちにどうして公衆の面前でのスキンシップを求めるわけ?!正直せっちゃんは面白がっているだけにしかみえない。っていうか絶対そうだ。


「キスするフリじゃ・・・」
「精市が許さないだろうな」


間髪いれずに柳がさらっと述べた。コイツ、他人事だと思って・・・!あたしがぎろりと柳を睨めば涼しい顔で知らんふりをした。・・・・・・憎たらしい。大体おかげでぎくしゃくしてた真田との関係がより一層ぎくしゃくしてきたじゃないの!!


「大体この脚本はなによ・・・名前あたしたちのまんまじゃん」
「精市が言うにはその方が臨場感が出るからだと」


せっちゃんは悪い魔女の精市、手下のジャッコー、蓮二お父様に比呂士お母様、妖精ブン太と妖精雅治に妖精赤也・・・・・・そして王子弦一郎。なにこの演劇で名前呼んでドキドキキス計画☆みたいなノリは!どんなプロセス!!最早強制イベントじゃん!!


「蓮二お父様か・・・」
「なにさ・・・いいよね王様は、王座についてりゃいいんだもん」
「そんなことはないぞ。お前の身を案じ城から離し、お前を心許ない妖精たちに預けるんだ・・・心配で仕方がないだろう」
「それはお芝居の話の中での話でしょ。」


恨みがましく柳を見たが、柳はそれが愉快とでもいうように微笑んだ。あ、しまった。休み時間終わるまであと2分もない。あたしは今A組からF組まではるばると来ていたのだった。理由は・・・そりゃ、真田といるのが気まずいから。


「それじゃ、あたしは帰るね」
「ああ。午後には精市が台本を渡すそうだ。この2週間は放課後、部活の大半を演劇の練習に宛てるらしい」
「げ・・・はりきりすぎ・・・」
「大賞を狙っている、と言っていた。さぁ、早く戻らないと授業へ遅れるぞ」


あたしはふかーく溜息をついて、廊下と駆け出した。真田にこんなところ見られたら怒鳴られるけど、授業に遅刻するよりマシだ。それにしても気まずい。こんな気まずさのまま、あたし達は練習に入るのだろうか・・・。先が思いやられる。あたしは走りながら器用にも溜息をもう一度つくと、チャイムが鳴ったと同時にクラスへと滑り込んだ。










* * *











あっという間に放課後となってしまった。・・・・・あれから真田と喋ったのは、授業中あたしが派手に筆箱をぶちまけてしまい、真田が拾うのを手伝ってくれた時だけだ。「全くお前は・・・そそっかしいぞ、気をつけろ」あの言葉だけでさえ心臓が躍るように飛び上がったのに、これから面と向き合って演劇を、それもラブロマンスの打ち合わせをしなければならない。でも、もしかしてキスと名前呼びを意識してるのはあたしだけかもしんないし、真田は相変わらずあたしに普通に接しようとしているようだった。でも、やっぱりちょっと避け気味。そしてあたしがあまり喋らないよう努めてるのが手伝って、この一週間話すこともめっきり減っていた。いや、でもせっちゃんに本気でキスのこと頼めば、フリでも許してくれるかもしれないし・・・!とりあえず部活はどうしよう。真田と一緒に行かなければならないのだろうか・・・いや、嫌じゃないよ。今の状況で2人きりになるのは嫌なだけで。そうこう悩んでいる間に、いつの間にか背後にいた真田が声をかけてきた。


、部活へ行くぞ」
「あ、う、うん」


心臓が飛び出るかと思うほどびっくりしてしまった!けれど、真田の様子はなんにも変わらない。やっぱり意識してるのってあたしだけなのかな・・・真田はあたしと・・・キス、するの別になんとも思ってないのかな。それはそれでなんだかショックというかなんというか・・・やっぱりキスには思い入れっていうのがあるわけで。


「幸村に尋ねてみたんだが」
「な、なにを?」
「公衆の面前でいくら演劇だろうと口づけをするのはよくないだろうと。だが、承諾はもらえなかった」
「そ、そっか・・・残念だね」
「・・・・・・しかし当日はフリでも構わんだろう」


ほら、やっぱり。真田はあたしとまだキスしたくないんだ。残念だね、とか言っちゃったけどそれの方がもっと残念だ。あたし何自分を自分で追い込んでるんだろう・・・・・・真田はむっつりと顔を顰めて、帽子のつばを下げそのまま早口に土日の他校への遠征について話していたけれど何ひとつ聞いていられない。あたしはすっかり先ほどのやり取りで生気を奪われてしまったようだ。真田もあたしが聞いていないのに気付かなかったのか、何も言わなかった。部室へと入ると後輩達がせっちゃんを取り囲んで何やら指示を受けているところで、あたし達が部室へと入るとせっちゃんは後輩たちに退室するよう促した。部室にはすでに柳生以外揃っている。


「柳生は用があって後から来るようだ」
「まぁメインの2人が来たから始めようか。柳生には後で説明すればいいし」
「さっき何後輩たちに話してたの?」
「舞台のセットとかの割り当て。キャストだけじゃ、成り立たないだろ?」
「それは、まぁ、うん・・・」


あたしは先ほどの真田との会話を脳裏にぼんやりと浮かべながら上の空で返事した。せっちゃんはそれを気に留めることもなく分厚い冊子の束を抱えると、あたし達ひとりひとりにそれを回し始めた。どうやらこれが台本らしい。


「今日は台詞回しだけ確認するよ。これの通り読み進めて行くんだ。そういえばナレーターを決めてなかったな。放送委員にでも頼むかな」
「ええーじゃああたしがナレーターやるよ、放送委員だし!」
「ダメだよ、。君は姫なんだから」


せっちゃんはそれがさも当然かというように言いのける。あたしはちょっとの希望を持って言い出してみたけどやっぱりダメだった。柳があたしを哀れみるような目で見ているのがとてつもなくウザい。柳生が台詞回しに間に合って途中で参加してきた。ナレーターは今回は比較的出番が少ないジャッカルが務めることとなった。


「『あなたが・・・あなたが王子だったのね!』」
「『俺もお前が姫だとは露とも知らずにいた・・・。だがお前が何者であろうと俺の気持ちは揺るがん。』」
「『王子・・・』」
「『姫、俺と・・・結婚してはもらえぬだろうか?』」
「『はい・・・げんいっつぃろう王子・・・』」
「ストップストップ!!なんでそこでかむんだよ・・・」
「大体なんでこんなにここのシーン長いの!てゆーかこの後にまた(できればキス)とかなんで入ってんのさ!」
「いいじゃないか。結婚式はやらない予定だから、キスシーンで幕を閉じようと思ったんだよ。一番後味がいいだろ?」


本人たちはよくない!!そう叫んでしまいたかったが、真田の前でそんなことを言うのもあれだったので仕方なしに口を噤みだんまりを決め込む。っていうか読んでいる最中に思ったけどなんで台詞がみんなの口調、そのままなのか。


「まぁ一応これで終わり。みんなも気付いたと思うけど、普通の台詞だと面白くないから君たちの個性を取り入れて台詞を書いてみたよ。なかなかいいだろう?」


せっちゃんが同意を求めるときは、大抵みんなは頷くしかない。あたしだけ「よくない」と呟いたが、それ以外の部員はこくこくと頷き、最高とでも言いたげな上せっちゃんはあたしの呟きが聞こえなかったフリをしている。


「さーすが幸村部長!これかーなーり面白いっスよ」


赤也だけは心底そうだと思っているらしい。たぶん、あたし達のキスシーンが見れるということでお気に召しているのだろう。自分の出番も結構あるし・・・。はぁ、とあたしはこれ見よがしに溜息をついてみたけどせっちゃんは見向きもしない。


「さぁもう一度読み通ししよう」


その時いっそせっちゃんという閻魔大王を怒らせて地獄へ落ちた方が楽かな、なんて本気で思ってしまった。






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