27   思春期デイズ

090510



あれから一週間。なーんにもない。次の日せっちゃんに「それで?どこまでいったんだい?キスくらい済ませた?」と食堂でなんの悪気もなく、おおっぴらに訊いてくるのも笑顔でいなせるくらい、あたしは機嫌が良かった。良かったのだけれども。


「はい、スコア表」
「ああ、いつもご苦労」


未だ我が立海大付属中テニス部に、新しいマネージャーがいないので、スコア表も未だにあたしが管理している。厳密にいえば、あたしと柳だけど。そしてスコア表を元副部長に渡してみたところ、そこでなんと、ありがちな展開で、手が触れてしまったので。あたしはドキッとして真田の顔を見上げたけど、真田はスコア表を受け取るとさっと手を引っ込めて、そっぽを向いてだんまりを決め込んでしまった。それからというものの、真田はこういうことがあると、そんな風に状況に合わせて逃げるようになった(主に柳がいる時に)。喋っている間は普通なのに、どこかしら触れると、それがアクシデントだとしたとしても、真田はこんな風に機嫌の悪いパソコンのように会話を強制終了してしまう。こんなことが、ここ一週間ずっとだから、気が滅入るわけ。あたしだって、一人の女の子で、女の子として、やっぱり好きな人とはくっついていたいと思ってしまうものなのに。っていうかあたしどっちかというと、甘えただからせめて2人きりでいるときちょっとくらいベタベタしたい。彼氏彼女になってもこんな関係と思うと、恋はやっぱり難しいわけです。


引退したといえど、週7日は部活に行っている。つまり毎日。まぁ、毎日といっても早めに切り上げることもしばしばあるし、前よりはずっと自分の時間があるようにはなったと思う。っていうか新学期が始ってから1週間しか経ってないけど。復学したせっちゃんはクラスにあまり馴染めてないのか、食堂や屋上でたまに真田や柳を交えながらご飯を一緒したりする。けれど今日は相談、ということもあってかせっちゃんと一対一で屋上でお弁当を広げていた。良くも悪くも、昔からの相談相手は、せっちゃんだもんね。


「なんだい、相談って」
「あ、あのね・・・」


あたしはもちろん真田のことについて相談しようと思っていたのだけれど、いざ話そうとしてみようと思ったらなんだか気恥かしくなってしまった。けれどモジモジしてるあたしをせっちゃんは見抜いたようで、やれやれ、と言って大げさに溜息をつく。さすがのせっちゃんはあたしが言わんとしていたことがわかったようだ。


「どうせ真田のことだろ?で、なんだい?」
「ん、まあ・・・なんか、最近あたしのこと避けてるっていうか・・・話はフツーにするんだけど・・・こう、スキンシップ的なことを避けるというか・・・」
「・・・アイツ本当に救いようのない馬鹿だな。」
「せっちゃんは心当たり、あるの?」
「こういうことは柳に訊くのが一番いいんだろうけど。訊かない方が・・・いや、むしろ・・・」
「ん?」


せっちゃんが何か閃いたようにぶつぶつと呟くと、すぐ戻るから、といってあたしを残して屋上を去っていってしまった。あたしは言われたとおりにお弁当を黙々と食べながら5分くらい待ってると、柳がお昼を邪魔されたのか、透明のプラスチックの蓋から食べかけのおかずが透けて見えるお弁当と箸を持ってきてせっちゃんと共に屋上へとやってきた。っていうかせっちゃん、この5分でF組まで行って帰ってきたの?さすがは、立海大付属中テニス部の元部長だ。


「早ッ!っていうかなにも今柳を連れてこなくたって」
「校内放送を使わせてもらったんだ。それに柳はこれから毎日俺達と食べる。そうだろ?」
「ああ・・・」


そんなことに校内放送使ったのかよ!!というツッコミはさておき柳はしぶしぶ、というのが丸見えで頷いていたが目が合えばあたしにしかわからない程度に微笑んだ。っていうか柳の場合目が合うとは適切な表現なのだろうか・・・。あたしはそんなくだらないことを考えながらもおかずを彩る卵焼きをつまんだ。お母さんが作った今日の卵焼きは、すこし甘めだ。


「事情は聞いたが・・そうだな、今度の学園祭を利用すればいいだろう」
「学園祭?ああ、演劇?」
「そうだ、その手があったな。よし、今日の放課後にでも配役を決めよう。柳は放課後にミーティングがあると赤也に伝えてくれ。」
「わかった。」
「え?え?演劇でなにするの?」
「いいかい、、これが唯一の打開策だ。学園祭が終わる頃にはあのカタブツもを避けずにはいられないさ」
「え、ちょ、意味わかんないよ、2人とも説明してよ!」
「フフ、放課後までのヒミツだよ」
「だそうだ。そろそろ弦一郎が来る頃だし、俺は戻らせてもらう」
「ええ?」


柳いったい何しに来たのっていうか何のために連れて来られたの。問いかける前に柳はそそくさと屋上を去っていけば、その数分後に見事に真田が屋上へと上がってきた。ってゆーかなんで真田が上がってくることを柳は知ってるの?いつもならせっちゃんとあたし2人だけのときは真田は途中からは来ないはずっていうか来たことがないはずなのにな。真田はなんだか焦った様子で、階段を急いで上ってきたようで少し汗をかいたような様子だった。


「真田、そんなに慌てた様子でどうしたんだい?」
「今しがた柳がここに来なかったか・・・?」
「来たけど、柳ならもう行っちゃったよ?多分、赤也のとこ。」
「そうか・・・では」


真田はそれだけを確認すると、踵を返して階段を駆け降りていってしまった。真田は柳に用があったのかな?と思い、あたしは何の疑いもなく、せっちゃんに振り向けばせっちゃんがふふふ、と意味ありげに笑ってみせた。いったい何が面白いというのだ。あたしは訝しげに眉根を寄せるとせっちゃんがそれの意味に気付いてか、気付いていないかはさておきこんなことを軽い調子で言った。


「大丈夫、が心配することは何もないよ」


いや、すでにこの時点でいろいろと心配なんだけどな。あたしはそれを噤んでミニトマトのヘタをぷつんともぎとり瑞々しい実だけを口に運んだ。











* * *










とりあえず真田は同じクラスなので避けられるがままに、というわけにはいかない。まぁ話はフツーにするんだし、以前席替えをして隣の席ではなくなったものの、なんと真田は斜め右後ろという非常に近い席なので、5時間目の数学、あたしは平常心を保って会話は普通にした。


「さっき柳見つかった?用があったんでしょ?」
「いや、用があったわけではない」
「じゃあ、なんでわざわざ屋上来たの?校内放送聞いたんでしょ?」
「まぁ、そうだが・・・」


真田は歯切れの悪い返事ばかり返すので、どうにも怪しいとあたしは疑う。何か隠したがっているようだ。少しばかり挙動不審にも見える。後ろばっかり向いていると先生に怒られるので、あたしはその場では問い詰めることをやめて、授業に集中しているフリをすることにした。数式を前にあたしは真田は一体なんのために屋上に来たんだろう?と悩む。そんなことで頭を悩ませていたせいか、先生にあてられた時、4x2-4xy+y2の因数分解の答えさえもまともに答えられず、先生に「〜これはな〜」と先生に呆れられたような声で説明された。ちら、と真田を窺えばあたしを見てむっつりしている。いつもは基本クラスと応用クラスに分かれているのに今日に限って応用の先生がおらず、合同授業。しかも真田がいないことをいい事にいつもこんな調子なんだけど、今回ばかりはこの失態にも「先生勘弁してください」と顔に書かずにはいられなかった。


部室へと向かう中、真田にさんざん数学のことで言われ、(前々から赤点ぎりぎりの点を取っていたこともあって)今度数学を教えてもらうことになりました。やったー!と喜んだら真田に怒られた。だってたださえ2人でいる時の時間が少ないのに。あたしが不満そうにしているのを柳生も気付いてかフォローしてくれた。


さんは自分で勉強してもわからないのでしょう?真田君に教えてもらうことで成績が上がるのに喜んでもいいでしょうに」
「・・・塾行ってるけどね」
「なに、それは初耳だな」
「塾に行ってらしたんですか・・・」
「2人してなにその目!言っておくけどあたしのせんせー大学生の男の先生ですっごい面白いし、教え方もうまいんだからねッ」
「・・・大学生の男?」


真田の目がギラリと光った。なんだよ!とあたしは負けじと見返すと真田は真剣な形相であたしを見返した。


「塾にはいつ行っているのだ?」
「金曜の夜8時から9時半までだけど?」
「一人で通っているのか?」
「うん、歩きだよ。でも駅から近いし       
「危ないではないか!」
「だって家から近いし」
「年ごろの女子がそのような夜更けに一人で歩くなど危ないに決まっているだろう!今度からお前の事は俺が送るとする」
「え、ええ?!」


あたしは真田の急な発言にものすごく驚いた。すると、柳がどこからともなく現れ、どこから聞いていたのか、少し前の話題から会話に口を挟んできた。


の教え方がうまい先生ということが本当ならばはやる気がないだけだろう。それに弦一郎が送るとなれば少しはやる気も出るかもしれないな」
「それに私も思いますが、そんなに遅い時間に女性が歩きまわるのはやはり危険です、真田君が送ってあげるのがいいでしょう、さん?」
「や、柳も、柳生まで・・・」
「嫌なのか?」
「い、いやじゃないし、うれしいけど・・・・・・」


真田があたしのことを避けてたと思っていたからなおさら嬉しい。嬉しいけど・・・。そんなことを思っている間に、いつの間にか部室へと到着していた。あたし達4人が部室に入ると、赤也を含む旧レギュラー全員が部室にいた。まぁ、秋季大会もあるし、プロのコーチが教えにくるのも日程に組まれているので、ほとんど毎日旧レギュラーも部活に出なきゃなんだけどね。こいつら新学期初日からサボったけど。


「ああ、たち遅かったじゃないか」
「うん、帰りの会が長引いちゃって」
「まあいいけど。それじゃ、議題に入るけど、今回の演目についてだけど、俺は眠れる森の美女を提案しようと思って」
「眠れる森の美女?」


あたしは荷物をおろしながらせっちゃんの提案に反応すると、柳と柳生と仁王以外がええ、と意外だという声をあげてた。


「えー部長、俺赤ずきんちゃんがいいっスよー」
「赤也、部長は君だよ?赤ずきんちゃんだったらキャストがあまるじゃないか」
「眠れる森の美女って、男役少なくないか?」
「別に女役だっていいじゃないか。」
「幸村君、俺王子がいい!」
「ブン太、それはかわいそうだけど却下。」


にこにこと笑みを絶やさずせっちゃんがそういうものだからみんな演目をそれ以外に変更することに諦めた。それにしてもなんで急に眠りの森の美女なんかをせっちゃんはやりたがっているんだろう?


「本当はに合わせて白雪姫をやろうかと思ったんだけどね、午前と午後の部で2年と3年で分けようと思っていて人数が足りないんだ。他の部員でもいいんだけど、ここはやっぱり知名度が高いレギュラーだけでやろうかと思って。客が入るだろ?」
「ちょ、ちょ、ちょ」


なに、あたしに合わせてって。っていうか客入れのことまで話が進んでるせっちゃんについていけてない。


「なんであたしに合わせて?あたしは裏方でしょ?」
「だってがヒロインじゃなかったら誰がやるんだよ。ブン太か?それか真田とか?」


すると真田が「ありえん!」と真っ赤になって叫んでる中周りがぶっと噴き出した。あたしもつられてくくっと笑ってしまったのだけれど、真田がぷるぷると笑いを必死で堪えている赤也とジャッカルをじろりと睨んだので一生懸命平静を装う。


「っていうかあたしは新撰組を提案しようと思ってて・・・」
「新撰組なんて男だらけでつまらないじゃないか。それにハッピーエンドじゃないし。こういうのは大々的なラブロマンスがいいんだ。」
「あたしヒロインなんかできないよ・・・」
「大丈夫。午後の講演だけだから。配役は俺なりにもう決めてあるんだけど、」


と言ってせっちゃんはホワイトボードに配役を勝手に書き始めた。全然大丈夫じゃないんですけど。なんであたしがヒロインっていうのは決定事項なわけ?!あたしの反論を予想してか、せっちゃんは素早くホワイトボードに配役を書き終えた。配役はこの通りだ。


姫 :
隣国の王子 : 真田弦一郎
悪い魔法使い兼隣国の王 : 幸村精市
兼手下 : ジャッカル桑原
王妃 : 柳生比呂士
王 : 柳蓮二
妖精A : 丸井ブン太
妖精B : 仁王雅治
妖精C : 切原赤也


「俺なんで手下ッ?」
「俺一番魔法下手な妖精じゃないっスか!!」
「ほう・・・俺は妖精か」
「なぜ私が王妃なのでしょうか」
「妖精Aって何すんだ?」
「悪くないな」
「王子・・・・?」


みんなが一斉に文句やらなんやら言い出したのでせっちゃんが笑顔でくるりと振り返った。


「何か文句があるのかい?」
「「「ありません」」」


あたしと真田以外の全員がすぐさま返事した。っていうか真田が王子って・・・柄じゃない・・・。真田の王子姿、つまり白タイツに紺色の王子ルックだけど、本当に似合わない。似合わなすぎて逆に笑えない。それはおかしいだろ、せっちゃん。とあたしは思った矢先に大変なことを思い出した。演目は、眠れる森の美女だといったはず・・・だよね。なんだか、とてつもなく、悪い予感がするのはあたしだけ?


「せっちゃん・・・もしかして・・・」
「大体眠れる森の美女とはどういう話なのだ?」


あたしが質問しようとしたら真田が割って入ってきた。って、ええええええ!真田、眠れる森の美女の話、知らないの???・・・・・でも真田なら知らなくても、無理もないかも。デ×ズニー映画とか見てなさそうだもん。水戸黄門とか見てそうだもん。


「なんだ、やっぱり知らないのか。眠れる森の美女は       


そしてせっちゃんのあらすじ説明が終わった瞬間、あたしはその悪い予感が的中したのだと確信する。


「王子のキスで魔法が解ける・・・?」
「うん、そうなんだ。それで王子と姫は結婚してハッピーエンド。めでたしめでたし」


真田が硬直した。あたしも、した。せっちゃんはそれが予想の範疇だというように笑みを崩さず、とどめの一言をあたし達2人に告げた。


「もちろん劇中でキスシーン、あるからね?」


それはこのまだ蒸し暑さが残る部室に、一瞬の静けさと凍結をもたらした、一言だった。







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