26   君を好きでよかった

090427



去年と同じ通りに、あたしはせっちゃんと一緒に立海テニス部レギュラーいや、元レギュラーとの待ち合わせ場所へと向う。赤也はまだ現役だけど。向う途中、せっちゃんはおかしいほど、真田の話題は出さなかった。・・・・・・なんか怪しい。怪しすぎる。きっと柳とかと、何か企んでいるに違いない。


「どうしたの、そんなにじろじろ見て。せっかくの晴れ姿なのに、もう少しおしとやかにしていたらどうだい?」
「なっ、そ、そんなの関係ないじゃん!」
「関係あるよ。そういえば言ってなかったけどその浴衣もかわいいね。こう見ると、も少し成長したかな?」


せっちゃんは話題転換がうまい。あたしは恥ずかしさを隠すために、ぷいっとそっぽを向いて不機嫌そうに見せた。せっちゃんの口車には乗らないんだから!あたしはそう言うと、せっちゃんは何がおかしいのかからからと笑い声をあげた。


「別に俺、なにもを口車に乗せようとは思ってないよ?あ、柳たちだ」


おーい、とせっちゃんが声をかけると柳がここだ、とでも示すように手をあげた。そこにはやはり真田も先にいて。あたしはそこに到着しても、まともに真田のことを見れずにいた。真田も去年とは違う浴衣だ。濃紺の、大人っぽい浴衣に金襴生地の帯にだけ柄が入ってる。赤也とブン太と仁王、ジャッカルは去年と同じ浴衣を着ていて、柳と真田と柳生は何着も持ってそうだな、となんだか不思議と心の中で納得してしまっていた。


先輩ちょーかわいいっス!去年のも良かったけど!」
「あ、ありがとう赤也」


声がうわずる。去年と、気持ちは同じはずなのに。いや、確実にひとつだけ、違う。もし、あの日のことが本当のことだったとしたら、本当のことなのだけれど、でも実感が湧かない。真田はあたしのことを好きだってこと       。湿っぽい日本特有の夏に、じんわりと汗が掌ににじむ。じ、尋常じゃないくらい緊張してるあたし。、しっかりしろ!!あたし達は祭りの会場へと歩いて行く途中、せっちゃんが花火が始まる時間までの自由時間のことを提案した。


「去年と同じで、花火が始まるまで自由行動っていうことで。少数で移動しないとはぐれる可能性があるからね。」
「それがいいだろう。花火が始まるのは8時半だから、集合は8時、場所は広場のあの木の近くでいいな」
「了解っス!」
「赤也、着いたらまずくじ行こうぜ、今年の景品はゲームソフトらしい!」
「マジっスか、丸井先輩!」


と赤也は目を輝かせて、祭り会場についた傍すぐにブン太とともに露店へ駆けて行ってしまった。仁王と柳生とジャッカルも気づいたら射的のコーナーへと消えてしまっていて、あたしと柳とせっちゃんと真田が取り残された。な、なんか去年みたいに置いてかれるんじゃないだろうか・・・あたしは露店に目移りしながらも後ろを振り返ると、そこにはすでに柳とせっちゃんの姿はなかった。・・・・・は?!


「せ、せっちゃん?!柳?!」
「あの2人ならもう行ってしまった」
「え、いつの間に?!」
「俺が気づいたときにはすでに姿はなかったぞ」


ひええええええ!!そ、そしたらあたし、また、真田と2人っきりだってこと?!だって、だって最近ずっと話してなかったんだよ?!その、なんだ、こみいったことは。まさか直球で来ようとは・・・。ものすごく気まずい。これはヤバい。何を話せばいいかわからない。だってここはテニスコートじゃないし、事務的な会話はいらないし、必要ない。あたしは一気に頬が上気するのを感じた。後ろを振り返れば真田が所在なげに突っ立っている。


「いっしょに・・・回るか」


真田は珍しく視線を落としてそう言った。あたしはまだ顔を赤くしたままこくり、と頷くしか他に道はなかった。










* * *










が来るまでさんざん他の部員にとの仲を進展させるよう促された。俺だってわかっている、わかっているのだが。肝心のはしゃべろうとしない。そして俺も言葉に詰まる。この前の蓮二の行動について問えば、一応は会話になるだろう。あの時蓮二に何をしていたかと訊けば蓮二は口を割ろうとはせず、この話題をうまく流すだけだったのだ。しかし、俺にはにそれを訊く度胸がない。全くもって、情けない。しかし、蓮二と何かあったにせよ、どうだというのだ・・・俺達はお互い好いてる関係だとしてもだ、口では、何も約束をしていない。未だに俺達は友人という関係のままだ。そしてこの前の俺の態度からして、蓮二はが不安に思っていると、俺の気持ちを確かに思っていないことを俺は告げられた。俺はが好きだ。断じて軽い想いを寄せているわけではない。だがしかし、言葉が出てこないのだ。一体俺はどうしたらいいんだ・・・!


と言えば、だまりこくって人ごみを縫って歩く俺の数歩後ろにひょこひょこついてきている。去年とは違う、大人っぽさが増した浴衣に俺はそれが素直に似合っていると思った。いつもはあまり手を加えられていない髪も、くくられている。かわいい。素直にそう口にすればいいのだろうか・・・いつまでこのまま黙りこくったままでいるのだろうか。俺は先の見えないこの関係に焦りを感じた。


「あっじゃん!」
「あれ、もも」


声をかけられて振り返ったを見失わないよう俺はのすぐ近くまで、戻った。どうやら同じクラスの村田が声をかけたようだ。そういえば村田はと仲が良かったな・・・。人ごみの中なので会話はよく聞こえないが、と何やら俺を指さしてにやにやと笑みを浮かべる村田に必死では真っ赤になって「違うの!」と連呼している。それにしても人を指さすとは無礼な。


「村田、言いたいことがあるなら直接言ったらどうだ」
「さ、真田くん聞いてたの・・・」
「俺を指さして話していれば嫌でも自分のことを話しているくらいわかる。それで、なんだ。」
「う、ううん、それじゃ、あたしはあっちで友達待ってるから!じゃあねー〜!」
「え、あ、ちょ、もも!」


するとが慌ただしく村田を引きとめたが、村田はなぜか逃げるように人ごみの中へと消えていってしまった。は顔を未だ赤くさせたままでいる。


「なんの話をしていたんだ」
「・・・ちょっとね」
「・・・・・」


俺はその時教えろ、と言うはずだったが言えなかった。返す言葉がなく、その後も別段と会話を交えることもなく、はりんご飴を買って飴にかぶりついた。飴に気を取られている間だけは、嬉しそうに飴を食べるので、俺はそのかわいらしさに無意識にじっとそれを見てしまった。するとが俺の視線に気づいたのか、はっとして顔を背けてしまう。そんな反応が見たいのではないのだ、俺がしたいのはそんなことではないのだ。なんとか声を振り絞ろうと、口を動かした。


「村田と一緒に回りたかったのか?」


違う、俺が言いたいことはそんなことではない!しかしすでにそう言ってしまったのだから仕様がない。するとはすかさずその言葉に振り返って、困ったような・・・いや、とてつもなく怒ったような顔をした。は口を尖らせて、食べ終えたりんご飴の棒を八当たりのようにゴミ箱へとぶち込んだ。そのあまりの勢いに俺は少々おじけついてしまった。お、俺は気に障るようなことを言ったか・・・?


「やっと何か言ったと思ったら・・・何さ!」
「・・・?」
「真田のバカ!大バカ!やっぱりアレは夢だったんだ!あたしの思い込みだったんだ!!」
「ちょっと待て、いったいなんのことだ?」
「・・・病院でのこと!覚えてないの?!」
「覚えているに決まっておろう」
「じゃあ・・・なんでッ、避けるの?!違う、避けるのはちゃんと理由があったってわかったけどさ、それって、あんまりでしょ?!」


急にが喚き出したので俺は瞬きを繰り返して、思考回路を整理する。しかしはそれに気遣うこともなく、つらつらと俺への文句の言葉を口にした。


「それにももと回りたかったって?!何よ!そりゃ、ももとだって回りたいけどさ・・・真田とも回りたいもん!あたしはあんたが好きだって言ったでしょ!!」

「そういう真田はせっちゃん達と回りたかったんでしょ?!」
「違う、」
「じゃあなによ!どうせ真田はせっちゃん達に仕組まれたから仕方なく        
、俺の話を聞け」


すると怒鳴ることに興奮していたは眼尻に涙を滲ませながらふう、と溜息をついて落ち着いた。しかしその口はきゅっと結ばれている。俺は自分の脈がいつも以上に動悸していることに気付く。なんて俺は情けない男なんだ。こんなにもこいつに心配をかけて       から、再び『好き』との言葉を聞いて、俺は気づけば、その肩に手を伸ばしていた。そう、あの時ずっと抱きたいと思っていたの肩をだ。


「夢ではない、思い込みではない。俺はお前が好きだ・・・を好きなんだ」
「さな・・・」
「昨日、蓮二がお前に近づいた時、何をしていたのかと、昨晩も眠れずにいたのだ」


は俺に抱きつかれるがままに顔を胸に押しつけた。ああ、この柔らかさだ・・・そして匂い。昨年の全国大会が、脳裏に蘇るようだ。


「今日だって何を話せばいいかわからなかったのだ       お前は俺を好きだと言ってくれたが、俺もそれに自信が持つことができなかったんだ・・・」


は俺の胸の中でこくりと頷いた。布が肌に擦れる。の動きひとつひとつが、俺の心拍数をあげていく。


「避けていたことは・・・すまない・・・俺の精進が足りなかったんだ       おかげで全国も・・・」


そう言えば、はふるふると首を振る。がようやく顔を上げ、そして今日初めて俺の目を見た。頬は上気しているのか、赤く染まったままだ。


「ううん・・・いいの。真田が、そういう人だって知ってるから        
「お前には本当に感謝している・・・」


すると一段との頬が赤く染まっていった。先ほどまで涙を滲ませ、潤んだ黒々とした瞳が上目づかいで俺を見る。か、かわいい・・・。俺はそののあまりのかわいらしさに、俺は声がうまく出なかった。


「そ、そのだな・・・お前がよければ、だが」
「うん」
「俺と・・・交際してほしい」
「・・・うん」


は頷くと、ぎゅっと、顔を胸に押しつけた。俺はそれを、つぶさぬよう、慈しむよう抱きしめる。俺の腕の中での呼吸が聞こえる。周りの音は聞こえず、お互いの心音だけがやけに大きく響く。どうやら、お互い心臓の動悸が治まらぬようだ・・・。


「真田・・・」
「な、なんだ」


唇の動きさえもが、布に擦れて、肌に伝わる。俺は急に言葉を発したにどきりとさせられた。


「すき・・・」
「あ、ああ・・・」


俺たちはしばらくそのまま抱き合っていたが、先ほどがりんご飴を食べるために人の少ない場所に俺たちが避難した場所に人影が見えたのでぱっと離れた。と思えば、その人影は・・なんと、幸村に続いて、部員全員が出てきたのだ!


「やっとかよ・・・それより、キスぐらいしないの?」


幸村がものすごくつまらなそうに声をあげた。は驚きのあまりか、言葉が出ないように瞬きを数度繰り返した。その顔は日が落ちてきた中でもわかるように、すっかり朱色に染まっている。


「それにしても長くかかったっスよね、副部長マジ奥手すぎっス」
「つか、なんだあのクセー台詞。メロドラマかっての」
「いや、あれは月9じゃねーか、ブン太?」
「それにしてもがやっと真田のものなるとはの・・・寂しいもんじゃ」
さん、真田くん、おめでとうございます」
「ここまで来るのに1年か・・・だいぶかかったな。データ通りだ」


思い思いの言葉を部員たちは勝手に述べてはまだ口をぱくぱくとさせている。俺は驚きと激昂のあまり怒鳴ろうとした瞬間、


「あんたらーっっっ!!!!!」


が先に叫びだしていた。が全力疾走で追いまわすので、部員は各場所へと散って行った。ものすごいスピードで皆消えて行ったのではぜえぜえ、と息も絶え絶えにとぼとぼと戻ってくれば、自分の腕時計を見て今の時刻を確認した。


「はあ・・・あいつら、抜け目ないんだから・・・。もうすぐ、花火だってのに」
「それでは待ち合わせ場所に向かうか」
「うん・・・たぶん、みんなそこにいると思う」


するとは息を整えて、先ほどのことが何もなかったように「さぁ、行こー!」とはりきりだしたものだから、俺は意表をつかれた。しかしそのまままのペースに乗せらていくのもどうかと思い、お構いなくずんずんと先へ進んでいくの腕を俺はとっさに掴む。はそれにかなり驚いたようで、俺を見上げて立ち止まってしまった。先ほどのようにこんな顔をしているも、かわいいものだな。


「行くか」
「う、うん」


その手はしっかりと繋がれたまま、俺たちは集合場所へと向かう。着いた時に部員にまたなにか冷やかされるのであろう。しかしその時の俺にとってはどうでもいいことであった。いや、きっともだろう。先ほどまで、言葉を交えなかった時が嘘のようだ。星空が、いつもと違うように輝いているように思える。なんて俺はくだらないロマンを思い抱いているんだ、バカらしい。しかしそう思う傍らで、それも悪くない、と思えた。確か1年前、恋は人を変えると、はそう言っていたな。あのことを否定した時が遠い日のことのように思えた       


「星、キレイだね?」


それはが、俺の隣でそうつぶやいたせいかもしれない。






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