ex.   いっぱいいっぱい

090503


あれから数日。新学期が始まり、気分も一新したいところ。いくら立海が負けたといえど、全国大会準優勝。新学期早々の全校集会で、テニス部レギュラー含めあたしことは壇上にあがっております。なぜか。あたし、レギュラーじゃないんだけど・・・。


「だっては3年間、たった一人で俺達を支えてくれたじゃないか?」


といって先生に許可をとり、すんなりとあたしは壇上行き。壮行会はマネージャーも出るのだけれど、表彰する時にマネージャーが出るなんて前代未聞。でも学校側は3年間も全国で名を馳せた我が立海大テニス部のいうことはなんなりと、という状態で。真田とあたしと柳生は同じクラスなので、一緒にクラスの列のしんがりまで戻る。あたしはいまだに壇上での妙な居心地に顔を顰めていた。


「もっと堂々としていたらどうだ、
「だってあたし、実際なんもしてないし」
「精市がわざわざ許可を取ってまでお前を壇上に上がらせたんだ。それだけの価値があると思っていい。」
「そうですよさん、あなたがいらっしゃらなかったら私たちここまで来れませんでしたから」


柳生が後押しするように言えば、そうだね、とあたしはとりあえず納得するフリをした。別に彼らと壇上に上がることはいいのだ。けれど立海大テニス部は、人気者だ。背中にちくちくと刺さる女生徒からの妬みの視線に、あたしは自意識過剰なんでもなく、感じていた。日常生活においてそれはすっかり慣れてしまったものだったけれど、壇上にあがって注目を集めて、とは別だ。まぁ、別に、どうでもいいんだけどね。決して気持ちいいことじゃないのは確かだけど。










* * *










その日は全校集会のあと、L.H.Rだけあって、これからの予定とかなんだかを先生は脚色してあたしたちに話した。そっか、もうすぐ行事だらけになるんだ、そうかそうか。もうすぐで学園祭、あたしたちは何をするんだろ。あたしはぽーっとそんなことを考えていると、隣の真田にしかめっつらで小突かれた。


「おい、話を聞いているのか」
「え、あ、うん。学園祭の出し物についてでしょ」
「その話はとっくに終わった、今は体育祭の種目について決めている。しゃっきりせんか!」


この男は彼氏だというのに遠慮なくあたしを叱る。しかも、カップルなりたてのほやほやで。でも真田はどこかあたしと話すとき、前よりもっとやわらかい笑みを浮かべて話すし、今だって叱ってるけどどことなく優しい声色だ。「はぁーい」とあたしは気の抜けた返事で返せば、真田も「わかったのならいい。」と返す。ああ、なんだか、幸せだなぁ。・・・・・って前とあんまり状況変わってないけど。


「そういえば今年のテニス部、学園祭どうするんだろ?」
「3年は基本、クラス中心にやればよかろう」
「だって、せっちゃん超やる気マンマンだったよ。なんか、演劇やりたいんだって」
「・・・・・・」


すると真田は険しそうに眉根を寄せる。そりゃ、せっちゃんが言い出したら部員は必ず従わなければならないから。とりあえず、今年のクラスでの出し物は執事・メイド喫茶ということだ。ありきたりだけど。ああ、でも真田の執事姿かっこいいんだろうなァ・・・ヤバ、ちょっと、あたし今大変な顔してるかも。真田の執事姿・・・写真部に頼んで写真とってもらおっと。


「まぁ、どうせクラスのやつも手が空くから、演劇もいいかもね。なにやるのかな、演目。やっぱりせっちゃんが主役で、桃太郎とかやるのかな?」
「精市に桃太郎は似合わないだろう」
「えーだってせっちゃん、餌で子分たちを従えて鬼退治にするってとこぴったりだよ。猿は赤也、キジは仁王、犬は・・・真田かな・・・」
「なっ、俺が犬だと?!」
「なんなら鬼でもいいけど。柳生はおばあさんで、柳がおじいさんでブン太はなんだろ。配役あまっちゃうな。」
「人を鬼呼ばわりするとはなんだ」
「だって、ぴったりなんだもの」


あたしは意地悪なニュアンスを含めてそう言えば、真田は何か言いかけたが、今が授業中だと思いだしたのかぶつぶつと呟くだけに思いとどめたようだ。いずれにしても、こんな風に真田と話すのは、今のあたしにとってちょっと難しい。顔を見ただけで、あの日のこと思い出しちゃうんだもん。数日経ってるというのに、まだ真田の胸の感触が、頬に残っている。好きな人に抱きしめてもらえるって、あんなに幸せだったんだ。そんなことを考えてたせいか、無意識に真田の胸のあたりをじっと見つめていた。


「それにしても受験があるというのに学園祭ばかりに構っていられないだろう」
「まぁ、落第する可能性のある人がテニス部に一人でもいない限りせっちゃんは演劇やると思うけどね、あたしも演劇ってやったことないし楽しみ!」


はぁ、と真田はため息をついた。そんなに演劇やりたくないのか。まぁ、真田の性分からしたらあんまりやりたがらなそうだけどさ。でも真田が主役っていうのもいいかも、うん。だとしたら何かな?時代劇風に、新撰組とかやれそうだ。沖田総司はせっちゃん、ぴったりかも。土方歳三なんて、柳がいいんじゃないかな。あっ新撰組いいかも。L.H.R終わったら、せっちゃんに提案しに行こう、そうしよう。あたしは悶々とそんなことを考えていると、またもや話を聞かないで自分の世界へと旅立っていたあたしに真田は少しだけ不機嫌そうに「話を聞かんか」とだけ呟いた。なんだかその頬を無性につねってやりたくなったことは内緒だ。


しかしまもなく先生のだるそうなながーい話は終わったので帰りの会を終えて、あたしたちはやっと解放された。その時気づいたのだけれど、真田に小突かれた時の拍子で、人差し指が赤のマーカーペンで汚れていたことに気付く。これ油性インクだから取れないな・・・あたしはそんなことを思いながら真田と柳生とともに、引退したけれどまだまだ世話が必要な部活に向かおうとしたらそこいらで同じクラスの子達に捕まってしまった。まぁ、別に仲が悪いわけではない。どちらかといえば、仲が良い方の子たちだけど、たまに今みたいに彼女たちがクスクス笑ってるところが苦手なだけだ。


「なに、どうしたの?」
、真田くんと付き合ってるってホント?」


あたしは目ん玉ひんむいてびっくりしてしまった。なんで、そんな噂が。っていうか誰だよ、そんなこと吹聴したのは。って一瞬頭が真っ白になったけど、あたしはすぐに思い当たる人物がいた。あたしが黙ったままでいると、彼女らがそんなあたしをじれったく思ったのか、しゃべりだした。


「C組の子から聞いた。幸村くんがそう言ってるって」
「あ、ああ・・・うん、本当だよ。それで?」
「え、マジなの?」
「え、うん」


するとお互いの顔を見合せて、本当だったんだ、とあっけにとられているようだった。だからなんなの?とあたしは聞き返すと女子はクスクスとまた笑い声をあげる。あたしは訝しげに眉をひそめた。


「ううん、別に。でもあの真田が誰かと付き合うなんて超ビックリした!」
「そ、そうかな」
「そーだよ、てゆーかそもそも真田って女子に興味ないかと思ってたし」
「ちょ、優、それは失礼じゃん?」
「でもなら納得じゃん?真田と仲良さげだったし」
「あたしはと幸村くんが付き合うのかと思ってた!」


と好き勝手におべんちゃらを続けるので、あたしはイライラとする気持ちを抑えられず、一定のリズムを刻んで足が動いてた。イライラっていうか、なんだろこの気持ち。とにかく恥ずかしいし、今はそのこと、放っておいてほしい。彼女たちの噂好きは知れたものだから、すぐさま全校に広まるだろう。


顔超真っ赤だよ」
「ちが、これは」
「照れてる照れてる」
「あたし部活だから!」


と口早に言って机の上にある鞄をひっつかんで、早々とその場を去ろうとした。けれどやっぱりそのまま去るのはあまり感じ良くないので、熱る頬をなでつけながら「バイバイ」と言えば彼女たちも笑みを浮かべて、手を振ってくれた。あーあこの後あたしはみんなの話題のネタにされるんだろうな・・・真田は有名だし、いつ噂が広まってしまうだろうか・・・。そんな杞憂を浮かべながらあたしは教室から逃げるように部室へと向かう。この話が全校に知れ渡ったときは何人のテニス部ファンが話しかけてくるだろうか・・・。はドアをノックすることも忘れ、部室へと素早く入った。


、遅かったじゃないか。真田たちと来ると思っていたよ」


あたしは何の悪気もなさそうな声の主を恨めしそうにねめつけた。せっちゃんはすでにジャージを羽織っていて、現役の赤也たちの姿はすでになく、その場には柳と真田と柳生しかいなかった。


「せっちゃん、C組の女子に話した?」
「話したって、何を?」
「その・・・」


あたしは真田の顔をチラ、と見たけど、そのせいか顔が火を噴くかと思うほど熱くなった。せっちゃんは相変わらずにこにこと笑みを絶やさないけど、すっとぼけているだけに違いない。「その、なんだい?」と確信めいた質問をあたしに投げかけているあたり、そうだ。柳と柳生は何を話しているのか分かっているらしいが、真田だけは表情からしてきっとわかってない。だってそういう人だもの。


「わかるでしょ!」
「さすがの俺でもわからないな、はっきり言ってくれないか?」
「精市、いい加減にしてやったらどうだ、」
「柳、甘やかしてはいけないよ。がこれくらい口にできなくってこの先どうするんだ」


ぴしゃりと言われた柳はノートを手にしたまま口を噤んだ。柳生はそんな状況を見て口を出そうともしない。しかし真田は空気を読むのが恐ろしく下手なので未だに疑問符を頭に浮かべているような口調でせっちゃんに訊ねた。


「いったい何の話をしてるというのだ?」
「いいかい、真田、これは君たちの問題なんだ」
「でもこれとそれとは関係ないじゃん!」
「でもそんなことで恥ずかしがっているようだったらこの先なんの進展も望めないよ?」
「・・・・・あたしと、真田が付き合ってること、女子に広めたのせっちゃんでしょ・・・・・・!!」
「!」


すると真田は急に顔を赤くして、憤慨したようにせっちゃんに振り向いた。けれどせっちゃんに文句を言えるわけもなく、真田は真っ赤になったまま黙っているだけであった。


「そうだよ、別にいいだろ?本当のことなんだから」
「よくないし!真田が有名人ってことはせっちゃんも知ってるでしょ?!」
「だから?」
「噂が広まったらあたしまで有名になっちゃうでしょ!」
は自覚してないようだけど、君も結構有名だよ?我が立海大テニス部の敏腕マネージャーなんだからね」


せっちゃんはあたしの抗議に全く気にもとめない、というよな笑顔でさらりとかわした。そーいうことが問題なんじゃないっての!


「いいじゃないか、これでちゃちをいれようだなんて思う輩はいなくなるんだろうから」
「あのねぇ・・・」
「それに学園祭の演劇の宣伝にもなるしね・・・」


ぼそりとせっちゃんは恐ろしいことを呟いた。あたしは恐ろしくて聞き返せず、そのまま未だにだんまりとしている真田を横目で見て、「着替えるから出て行って!」と喚いた。みんなは逆らうこともなくさっさと部室を出て行ってしまったが、一体全体せっちゃんは何を考えているのだろう。・・・ろくな事のような気がしない。あたしは深く溜息をつきながら、のろのろとネクタイに手をかけた。










* * *










幸村が一体何を考えてそのようなことをしているのか俺にはわからない。確かにに懸想する輩がいなくなる、ということでは利点だが。しかし幸村のことだ、何か考えがあるのだ。俺はそう自分を納得させ、いつも通り練習に打ち込んだ。は先ほどのことがあってか、いささか不機嫌そうに見えた。いつもは軽くあしらってるはずのギャラリーをじっと睨んでいる。仁王と丸井とジャッカルは今日はもう来ないだろう。しかたない、受験があるのだからな。いずれ俺達も冬が近づけばこのようにして部活に来ることも少なくなるのだろう・・・。俺はそんな寂寥に柄もなく浸っていると「休憩終わりー!」と赤也の元気良い声がコートに響いた。あいつも人の上に立つことによって少しは成長してくれるといいのだが。


「真田、今日は早めに引き揚げよう。赤也たちがコートを全面的に使いたいそうだ」
「む、そうか。それでは戻ろう」
「ああ。しかし赤也もいっぱしの口をきくようになったもんだ、俺達を追いだそうだなんてね」


しかしそういう幸村の声には全く怒りを感じられず、むしろそれを面白がっているような響きさえあった。きっと赤也が自分の言葉を忠実に従っていることに喜んでいるのだろう。


も早めに帰るってさ。送ってあげれば?」


幸村はそう言い残して俺が反論する隙も与えず、さっさとラケットを取りにコートの向かい側にいってしまった。送ってあげる?をか?しかし、あいつはいつも幸村と帰っているはずだ。俺の家は確かにの最寄の駅とひと駅しか変わらん。歩いて10分ほどで着くほど近い。しかし、幸村との家だって近い。幸村は一体どうするんだ?というより、帰り道、男女2人というのはけしからんことではないのか?俺は幸村に言われたことを真に受けてぐるぐると張り巡らせられる思考に参ってしまっていた。ここ数日、とはうまくやっている。あれ以降特別なことは何もないが、それでもは交際以前の態度とは変わらず、俺とは親しい、とは思う。特別なことを望まない、わけではないのだ。むしろ俺は自分が意識とは裏腹に、あの時抱きしめたぬくもりを求めている己を認めざるを得ないだろう。けしからんことだとは分かっている。しかし、自分の意はそれに反して、あの肩に再び手を伸ばしたくなってしまうのだ。それはいけないことなのか?本当にけしからんことなのか?


「弦一郎、そんなに眉を寄せたらくっついてしまうぞ」


蓮二の言葉にはっと気付かせられると、すでに幸村と柳、そして蓮二までもが着替え終えていて俺はいまだにジャージに片腕を突っ込んだ状態のままであった。しかしそんな俺の考えを見透かしてか、蓮二は不敵に笑んでみせ、まるで俺が迷える子羊のようなの口ぶりでこう俺に助言した。


「恋人と関係を改めたのなら難しく考える必要はない。過剰なスキンシップは感心できないが、しかしコミュニケーションの一貫としてスキンシップは大事な手立てだ。お前はそれを理解しなければならない。」
「俺は何も、のことで悩んでいるのではない!」


俺は蓮二に自分の悩みの打開策をいと簡単にも告げられ己でもわけのわからない悔しさが込み上げ、否定した。しかしそれも蓮二には無駄な抵抗だった。


「そうか?お前がそのように呆けている原因はひとつ、のことだけだ。違うか?」
「・・・・・・」


違わない。しかし俺はしっかりと覚えている。幸村が言っていたことを       蓮二はが好きなのだ。それでいてあえてこのようなことを俺に言ってくるのだろう。しかし俺は蓮二になにも言わずにいた。蓮二が諦めて俺にを譲ったのなら俺が口出すことはない。そして蓮二を惨めに感じさせることもない。俺はそれを今まで軽視し、深く考えずにいたが、思ったよりも複雑な感情なのだとその時気づく。しかし俺は今もそしてこれからも何も言わないつもりだ。そして蓮二もそれを望むだろう。だがしかし、俺は挑発とも取れたその言葉に、自分で思うよりも苛立っていた。


「幸村、お前は今日はと帰らないのか?」
「だから言っただろ、お前が送ってやれって。それに俺は用があるんだ。」
「そうか・・・」


その時ごんごん、と苛立ったノック音が扉の方から聞こえてきて、が外で「ま〜だ〜?」と文句垂れているのを聞きつけて、俺はすぐさま着替えを済ませた。その時の幸村といえば、なぜだかうれしそうにほほ笑んでいたが、その意味を俺は知ることなく、と家路に着くことになった。










* * *










俺は最寄の駅のひとつ前で降りた。無論、を送るためだ。引退前よりも早くに帰ったとは言え、日は暮れてはいずとも落ちかけている。傾いた太陽の光を浴びて、の白い肌が赤みがかった。電車にいる間は普段通り話していたのだが、先ほどからなぜかぱったりとが話すのを止めてしまった。


「どうした、?」
「う、ううん・・・」


はそう言って髪を耳にかけなおす。しかしその時ちらりと目に入ったの指が夕日のせいでもなく、赤く染まっていて、俺は思わずの手を掴んでしまった。


「怪我をしたのか?どうして早く言わんのだ!」
「え?」
「ハンカチを・・・!」
「ちが、真田これ、ペン、ペン!」


俺は焦ったせいか、その赤い染みがいささか地よりも深みがかった赤だと確認できなかった。よく見れば、やはりペンの染み。俺はほっと胸を撫で下ろしたがその次の瞬間、今の状況を俺は察知せずにはいられなかった。俺はの右手首を掴み、そしては恥ずかしそうに顔を俯かせている。俺は一気に体内の温度が上がるのと同時に、心臓がばくばくと動いているのを感じて取れた。ここは住宅街だ。人気のない小路とはいえ、誰かが見ているかもしれない!頭ではそう、理解していたが、体が動かなかった。そしても戸惑っているかのように頬を染めている。


「真田・・・」


はおぼつかない視線で俺を辿る。その仕草があまりにも愛くるしく、そしてとてもいじらしかった。俺がの背に腕を回すよりも早く、は俺の胸に飛び込んできた。しなやかな体が俺の胸に包まれる。浴衣を着用してた時感じられなかったの体のはっきりとした凹凸に俺は息を呑んだ。胸が、当たっている・・・・・・!


・・・!」
「ご、ごめ・・・いやだった?」


俺がたまらなく名前を呼ぶと、はそれが俺が嫌だという意志表示だと思ったのか、手を胸と胸の間において距離をとった。しかし俺はそのまま再び彼女を腕の中に閉じ込めた。は俺のそんな行動に驚いたのか、はっと息を呑んで体を強張らせる。本当に、可愛らしいものだ。


「嫌ではない・・・むしろ・・・」
「むしろ?」
「むしろ・・・このままでいい・・・」


はその言葉を聞くかいなや、俺の胸に顔を押し付けた。「ん・・・」と色めいた声を上げるに俺は理性を保つのが精一杯だ。5分くらいそうしていただろうか。が俺の胸を押すように離れ、しばらく顔を背けていた。俺もとても気恥かしかったため、何も言葉を交えず沈黙が続いたが、それがなぜか、とても心地よく感じられた。先ほどよりゆっくりとした歩調で歩けば、やがてのマンションが見えてきたので、は「ここでいいよ」と俺に告げた。


「今日は送ってくれて、ありがと。」
「いつもは幸村はここまで送ってくれているのか?」
「う、うん」
「そうか・・・」


は確かに幸村にかなりかわいがられている。妹ほどに思っていると言っても過言ではない。実際に幸村もそう言っていたのだから。 しかしそんなことを考えている俺の眉が顰められていたのには気づいたのか、再び、俺に抱きついた。そんながとても愛しくて、思わず強く抱きしめ返してしまいそうだったが、その前にが離れてしまった。


「また送ってほしいな」


が照れたようにはにかむ。俺はそれにつられて、優しく微笑んだ。頭をそっと撫でてやるとは驚いたように身をすくめたが、すぐに目を細めて気持ちよさそうにした。の髪はふわふわとしていて、それでいてとても滑らかだ。


「またいつでも送ってやろう」


俺はそう言うと、は顔を真っ赤に染め上げ、にこりと笑う。「また明日ね!」とは逃げるようにマンションへと去っていたが、俺はがマンションのエントランスまで入るのを見届けてから踵を返した。今しがた触れていたものの感触を思い出し、思わず頬が弛む。全国大会前、いかに自分が愚かしいことをしていたかがわかる。しかしそれ以上にこの幸福感を逃すことがなく、本当によかった、と心から思えた。抱きしめた時の彼女の女性らしい体が五感から離れない。明日もまた、練習はある。テニス一筋な俺に、何も言わないに寂しい思いをさせてしまっているかもしれない、とたびたび思うことはある。しかし、恋をすることで、また自分自身が向上されることを俺は知った。そう、の言った通りだ。俺はその後、かなりの上機嫌だったらしく、家に着き、夕飯時、兄に「何かいいことでもあったのか?」と指摘されるまで、自分の頬がずっと緩んでいたことに気がつかなかった。






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