23   クロスウィズユー

090415



マネージャーのが柳と共に部の経費集計に部室に行くのを見届けて、練習を監督する俺と真田が2人きりになる隙を見計らって俺は真田に爆発しそうなこの思いをぶつけた。俺は見てもたってもいられなかったんだ。大体なんでアイツはいつもああなんだ?堅ブツにも程がある。俺は怒ってるんだ。


「真田」
「どうした、幸村。」
「どうしたじゃないよ。今まで君はなにをやってたんだい?」
「なにを、といえば基礎練の指導をだが・・・何か気に入らないことでもあったか?」
「違うよ。ああ、こういうところが余計にムカつく。のことだ」


俺がちっと舌打ちをしての名前を出すと真田はぎくりと身を引いた。俺がイライラしてるのを見て、いろんな憶測を浮かべたのだろうか。しかしそんなことを考えられる余裕さえもあるのだろうか、この無神経な男に。言っておくが、俺は怒っているんだ。


「なんであんなことになったんだ?大体君が負けたからそんな風に責任感じて彼女を避けているんだっていうんなら君が間違ってるよ。」
「だがしかし全国を控える身に邪念というものがあっては・・・」
「じゃあ何、のことは邪念だっていうのかい?ああ、そうかい、じゃあのことは諦めるんだね、君なんかにを任せられるとは思えないよ。」
「・・・・・・」
「君はの気持ちを考えたことがあるっていうのかい?今までずっと自分の気持ちを君のために抑えてきて、やっと告白したと思ったらこれだ。俺が退院してこれはないじゃないか。俺がどんな気持ちで柳とに君に告白させようと計画練っていたか知っているかい?娘を嫁に出すような気分だよ。まぁ娘っていうよりも妹みたいなもんだけど、柳だって例外じゃない」


真田は唖然として俺の言葉を聞いていたが顔色を変えてすぐに慌てだし、この状況をいかに対処しようか焦っている。というより俺の言ったことを理解できているのかも俺には分かりかねない。こいつは本当に、こういう色事に疎すぎる。


「ちょっと待ってくれ・・・の気持ちだと?」
「自分の好きな人とせっかく結ばれた直後に避けられ始めるだなんてひどい仕打ちがあると思うかい?真田が不器用なのは知ってたけどここまでとは思わなかったよ。全く、君には失望させられた」
「・・・・・・」


練習中に不謹慎だとも思ったけれど、がいない隙、というのはまさにこのときしかなくて真田は本当に難しそうな顔をしていた。頭の中は単細胞でできてるくせに。普段いくら俺だってこんなに辛辣に真田を罵ることはなくとも、今は特別だ。俺はそれほど頭にきているということなのだ。


「・・・・・・すまない」
「俺に謝られても困る。」
「そしたら・・・・・・俺はどうすればいいというんだ・・・?」


そんなの自分で考えろよ、と俺は吐き捨てたかったがそう言えば真田は永遠に答えに辿りつけない気がする。全くこの2人は人の手がないとどうにもこうにもうまくいかない。どうしていつもこうなんだ、と俺はうなだれたい気分と真田を思い切りブン殴りたい気持ちの両方がせめぎあった。本当はのことを大切にできなさそうな奴にを渡したくはない。けど、はこんな鈍感男が好きだし、は俺がそうすることを望まないからそうしないだけだ。テニスや剣道、勉学に富んでいる男とはいえ、恋の知識については欠落しているんじゃないかと思うほど初心すぎてこちらの手が煩わせられる。


「全国までにとの仲を取り戻せとは言わない。君にはきっとそれができないだろうから。全国を終えたら、自分がすべきことを考えろ。チャンスなんていくらでもあるだろ」


俺はそんな風な投げやりな言い方で彼にアドバイスを送った。でもなにか腑に落ちないのか、そのまま俺が違うコートを見回りに行こうとすると不意に腕をがしっと掴まれた。いったいこの期に及んでなんだというんだ?


「柳もと、とは、どういうことだ?」
「あ?ああ。言っておくけど、柳、のこと好きだよ」
「なっ・・・!」
「じゃあもうひとつ言っておくけど、柳はが君を好きで、君がを好きだからそれを言わないだけで、っていうかあいつ自身マインドコントロールしてる節があるから自分でも気づいてないかもな。でも、最近薄々実感してる様子だから気付くのに時間はかからないだろうけど。まぁ、と君がこんな状態で、が君から乗り換えるのもアリだよね」


俺はフッと笑みを湛えて掴まれた腕を離された後、肩にかけたジャージを翻してその場を去った。後ろを振り向かなくとも口をだらしなくぽかん、と開けた真田がいと簡単に想像つく。これくらいの仕打ち、あいつは受ける必要がある。後は本人たちが己ずと解決してくれるだろう。してくれるといいけど。若干の不安を覚えつつ、ほん少しの苛立ちが解消されたのを感じて、部活に精を出そうと思った。











* * *










「柳ここ計算してくれる?何回やっても合わない〜」
「ああ、そこの脇に置いておいてくれ。」


俺はそう言うと乱雑に重なっていた書類をはきれいに端と端を合わせてその上に置いておいてくれた。気が利く。は次の資料に目を通せば、なにか思わしげに窓の外を見やる。


「どうした?」
「なんでもない、」
「最近疲れているように見えるが、十分な睡眠はとっているのか?」
「とってるつもりなんだけど・・・」


俺はその口ぶりになにか違和感を覚える。はクマこそ作っていないが、少し重たそうな瞼をこすってあくびをする。その黒々とした瞳が涙で潤む。そんな仕草にどきりと、不意に脈打った。


「最近弦一郎とどうだ?」
「変わらないけど?柳がそーいうこと訊くの珍しいね」
「・・・そうだな」


言葉に出して、聞きたかったのかもしれない。なぜだ。俺はこの胸が締め付けられる感覚に前々から気付いている。いつ頃からだったか、の顔を見ればそんな風に感じることが多かった。


「柳こそ大丈夫?」
「俺は平気だ。それよりお前こそ、何か言いたいことがあるんじゃないか?」
「・・・真田が、あたしのこと好きだったって夢だったんじゃないかなぁ、やっぱり。って最近思って、さ。」
「夢ではない。俺は前々から弦一郎がお前に気があったのを知っているし、なんなら他の部員にも訊くといい。」
「・・・うん、でも・・・好きじゃなかった、って思った方が今は楽なのかも。」


は自重げに笑って資料に目を落とした。彼女が確信したはずの弦一郎の気持ちが今、弦一郎の行動によって崩れかけているのは目に見えた。確かに、結ばれた直後の行動が原因で冷めるカップルも少なくはない。しかし俺は今、それを心配するよりも少々安堵を覚える。この気持ちに名前を名づけるのなら、俺はその答えを知っているだろう。


「好きではなかった、ということだとお前は失恋した、ということになるが」
「・・・そうだけど」
「それならばそれを忘れ、新しく恋をすることはできるのか?」


俺は意地悪く冗談を交えたように笑いながら問いかけてみると、はうーんと短く唸る。すると、悲しげにううん、と首を振った。やはり、そうだろうな。


「やっぱり、あの日の言葉が現実だったんなら、少しでも信じちゃうよ」
「それでもお前は好きではなかったと考える方が楽だといった」
「うん、矛盾してるよね」
「・・・恋とは、得てしてそういうものだ」


俺は早口でそう言うと、嘘つき、と誰かに囁かれた気がした。は何かふっきれたようににこり、と愛想の良い笑みを俺に向ける。「ありがとう」と語る形の良い唇に部室の匂いも、蛍光灯の黄ばんだ光も、外から聞こえる油蝉のと部員の騒がしい声も、湿っぽい暑ささえも、すべて攫われた気がした。そう、恋とはこういうものだ。全ての論理をも無効化し、そして人の感情を狂わせる。俺は知っている。けれども彼女の、その幸福そうな笑みを俺は奪えるとも思えなかった。の一途さも、思いの長けも、俺は知っているからだ。1年前、データではの好きな人は俺だと計算していたはずだ。確率は高かった。それが俺の人生の中での計算が狂わされた時だったのだろう。そしてその計算は答えを誤り、そして俺は恋を失して終えるのだという。後者の計算は、100パーセント、間違いではなかったといえる。


まさにこれが、まだ15年しか終えていないこの人生最大の失敗だった、といえるだろう。







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