22    不器用な恋心

090405


      負けた。あの王者立海大付属が、青学のルーキーに。試合が終わり、両校が挨拶を交えている今も会場は湧きあがっている。真田も素直に負けを認めた。あたしは息をはあ、と吐いて試合の結果を見つめ直す。自分の記録ノートに書かれた結果はダブルス2・6-1、ダブルス1・6-4、シングルス3・6-7、シングルス2・5-7そして先ほどの試合、シングルス1・5-7。ダブルスのみ強いと思っていた青学のはずなのに。あの青学の越前リョーマというルーキーの最後の打球は、バウンドせず、そのまま真田を通過していった      。息を呑む。赤也が負けた時点でまさか、と予想できた最悪のシナリオがすでにそこにはできあがっていた。柳が負け、真田が負け、あの確固たる強さを誇った立海を破った青学か      。心の奥底で、ごめんね、と一言呟けばせっちゃんを思い出す。ベンチに戻ってきた真田にタオルを差し出そうとした途端、真田に急に手でそれを撥ね退けられてしまった。


「さなだ?」
「す、すまない!大丈夫か、      。」


あたしはその軽い反動で尻もちをついてしまった。真田は先ほどの行為が無意識なのか、とてもあたふたした様子を見せている。あたしは手を差しのべられてそれを掴み立ち上がったのだけれどお互いの手に触れていることに気づいた真田はすぐさま視線を外してしまった。ズキン、と脈が波打つ。


「ほら、皆表彰式だよ。荷物見ておくから」
「ああ、ありがとな、。」


ジャッカルを初めみんなぞろぞろとコートへ向かう。手術は一体どうなったんだろうか。関東大会を準優勝で終えたことよりも、せっちゃんの手術が。始まったばかりの表彰式に苛立つ。あたしは選手じゃないのに、何をこんなにイライラしてるんだろう。青学に優勝旗が渡った瞬間、昨年の栄光を思い出す。よく分からない。自分は偉そうに試合のことになんて口を出せない。真田はなんと準優勝のカップを受け取らなかった。全国へ進出する学校は青春学園、立海大付属、山吹、不動峰、氷帝そして六角。不動峰を除けば歴代の強豪校ばかりだ。とりあえず集合をかける前に表彰式を終えたコートに柳とあたしは今運営の方々に頭を下げてカップをもらってきた。


「弦一郎にも困ったものだ」
「真田に分からないようにバスに置いておかないと、あたしはすぐに病院に向かうから柳に持って帰るの頼んでいい?」
「ああ、病院に着いたら連絡してくれ」
「うん」
「・・・すまない、


柳が急にそんなことを言うものだから、あたしは頭を傾げてなにも知らないフリをする。柳はそんなあたしの様子に、小さく笑みを零すとあたしの頭を撫でてトロフィーをバスへと運んで行った。










* * *









手術は無事成功した。そう、せっちゃんの両親に伝えられた。せっちゃんの妹も、涙目であたしに抱きついてきた。あたしはほっと胸をなでおろす。せっちゃんは数パーセントの確率に勝てたんだ。





せっちゃんが目を覚ましてからの第一声があたしの名前だったという。本当は手術の直後の面会は家族だけ、と釘を刺されていたのだがせっちゃんのお母さん至っての希望であたしとの面会を特別に許可してもらった。


「せっちゃん気分は?」
「なんか変な感じかな。麻酔がまだ少し効いてるようだ。試合は?」
「・・・負けちゃった」


せっちゃんはまだ動かすことのできない手足をぴくりと反応させた。そっか、と一言告げればふうと、せっちゃんの口から溜息が漏れる。


「ごめんね、せっちゃん・・・」
「なんでが謝るんだい」
「え、いや、だってさ・・・」
が謝る必要なんてないじゃないか。それより、詳しく試合内容を教えてくれないか」


あたしはせっちゃんに記録ノートを頼りに、細かいところまでを詳しく話した。赤也にまで話が差し掛かると、せっちゃんはどこかひっかかりがあるのか、顔を顰めていて、全部話し終えると、せっちゃんは再び深く溜息をついた。


「分かった。そうか、青学のルーキーか・・・」
「柳のデータによると、その子、あの伝説の越前南次郎の息子みたいだよ」
「侍と呼ばれた男、か」


せっちゃんは何やらうんうんと、頷けばコンコン、とノックの音がドアから聞こえる。そろそろ時間だ。


「じゃあせっちゃん、また来るね。手術成功、本当におめでとう」
「ああ、も皆によろしく頼むよ。」
「うん、リハビリ、頑張ってね。」


あたしはにこり、とほほ笑めばせっちゃんも寝たきりの状態で微笑み返す。せっちゃんの両親に挨拶し、妹さんにまたね、と言うとせっちゃんに少し似たその顔で無邪気ににこり、と笑いかけてくれた。次に待つは全国大会。あたしもおちおちのんびりしてられないな、と中学までの道のりを駆け出した。










* * *










なんだか最近真田が余所余所しい。理由はなんとなくわかるのだけれど、なんとなく理解できるのだけれど、やはりなんとなく、悲しい。せっちゃんもリハビリを頑張って奇跡的にテニスができるほどまで回復をした。明日、せっちゃんがコートへ戻ってくる。


「浮かない顔をしているな、
「柳」
「弦一郎のことか?」


声に出して肯定するのはなんだか嫌だったので小さく頷いた。柳はそうか、と言うとその間しばらくの間が訪れる。2人して記録を取っているのでベンチ付近で柳と並んでいてもなんの違和感もないのだが、今日はなんとなく変な感じがした。


「弦一郎は単純だから口先ではああ言っているがやはり悔しいところがあるのだろう」
「うん、わかってる」
「それに元来の性格からして自分に人一倍厳しいからな・・・お前が悪くないとあいつは分かっているはずだ」
「・・・・・・」
「しかしやはり自分の気持ちをの前で抑えきれない。なぜなら弦一郎は単純だからだ。それで今を避けているんだ。決勝前日に勝手なことをした。すまない、
「そ、そんな、柳はなにも悪くないじゃん」
「あの状況に追い詰められればお前でも口を滑らせて告白してしまう確率は高かったんだ。俺は知っていた」
「知ってる、せっちゃんに聞いた。でもそのおかげで真田から本当の気持ちが聞けたんだし・・・」
「だがしかしこのような事態になったのは俺達のせいだろう」
「そんなっ、違うよ!これはあたし達の問題なんだし・・・もともとあたしは部活を引退するまで、真田に伝える気はなかったんだから」
「しかし引退したとしても伝えるかどうかは分からなかったのだろう?」
「そりゃ・・・まぁ・・・」
「フ、皮肉なものだな。俺が弦一郎だったらお前をここまで放ってはいないだろう」
「え?」


そう言って柳はそのまま違うコートの記録を取るため去って行ってしまった。あたしはとりあえず選手が練習試合の合間に休憩をとっている間に、ドリンクを足しておこうと部室へと向かう先、練習試合を終えBコートから歩いてきた真田と不意に目が合う。すぐに避けられてしまったその視線を捉えるように、あたしは真田の背中を目だけで追っていった。朝の挨拶、そして練習の打ち合わせ、備品の整頓、それ以外で今日は会話しただろうか。否、ろくな話をしていない気がする。部室であたしが他の皆と話す間も終始黙っていて、自分からせっちゃんのことで訊きたいこともあるだろうに、口を開かない。全国大会が我が立海大付属にどれだけ重要な大会かだってあたしも分かってる。せっちゃんがどれだけコートの上に立つのを望んでいたのかだって分かってる。皆がどれだけあの優勝旗を再び手にしようかと意気込んでいるのかも分かってる。全部、見てるんだもん。でも生理的な涙は止まない。こんなことで泣いてはいけないと分かっている。でも、好きだから辛い。好きなのに、真田。真面目なところも、頑ななところも、そういう、誰よりも自分に厳しいところも       



ドリンクの粉を手にして、あたしは誰もいない静かに佇む部室にひとり、ひそりと涙を流した。







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