18   君側清まれる

090206


今日は中学三年目の合宿です。部長不在、という異例の事態だけど、真田が腕組んで凄んでるので新入部員がびびっています。ちなみに毎年あたしはせっちゃんの隣の席に座ってたんだけど、今日は柳の隣。真田はというと、またもや間を挟んで隣の席。相変わらず厳めしい顔をしています。ブン太と赤也は真田の死角の席にいてゲームしてるわ、柳生達も後ろで大富豪してるわで去年と違って各々この時間を楽しんでいるようです。そんな時柳とあたしは今日の合宿スケジュールについて話し合っていて、新入部員の指導なんかについても話し合っている。そう、新入部員といえば。


「やっと仮入部をパスしてくれたマネージャーができてホントに安心したよ」
「そうだな。今まで一人であれだけの仕事量をこなすのはさすがに大変だっただろう」
「そりゃーそうだよ、部員の人数に対してマネージャーの人数が比例してないんだよ、っていうかそれでも2人って少ないよね」
「しかし一人増えただけでも以前より負担は少なくなるだろう。いつもお前ばかりに頼り切っていてすまない。」
「そうでもないよ、事実上柳は部員だけどあたしの仕事手伝ってくれてるし。それにしても今年は新しい子入って本当によかったよ」
「昨年も仮入部で弦一郎の叱責に耐えられるものがいなかったからな」


あたしは後部の方に座っている、新マネージャーの高遠さんの方へ振り向くとあちらもあたしの視線に気づいたのか遠慮がちにだけれど笑ってくれた。あたしも愛想よく微笑み返すと通路をまたがって低い渋みのある声があたしたちの会話に割り込んできた。


「あれしきのことで耐えられん者など我が立海大付属テニス部にはいらん」
「でもみんな真田のせいで怖気づいてるんだよー?もうすっかり1年の間じゃぁ真田先輩は怖いって言われてるらしーよ」
「不純な動機で入ろうとする者も多いからだ。現に仮入部には30人もの希望者の中で高遠しか残ってないではないか」
「そうだけどさー・・・」
は自分の仕事を手伝ってくれる人材が弦一郎によって減らされているのが不満なんだろう」
「そうそう。あたしの後継が高遠さん一人っていうのもね、前のあたしみたいで大変だろうし・・・真田もっかい募集かけようよ」
、お前も分かっているだろうがこの時期に募集をかける程余裕はない。お前と高遠には悪いが当分2人で頑張ってもらいたい」
「・・・・・・もーいい。真田のばーか!」
「なっ!馬鹿とはなんだ!!」


あたしは真田のあまりの頭の固さに我慢ならなくなって思いっきり真田を罵倒してしまった。マズイ!と心中思ってはいるんだけどイライラが止まらなくてあたしはそれきり窓側を向いて真田の方へは目もくれてやらない。隣で柳が必死に真田を宥めているせいか真田はそれ以上あたしに口は出さなかったけれど悶々と不満を抱えているだろう。あたしもちょっと言い過ぎたかも。おかしいなぁ、いつもはもう少し冷静でいれて、せっちゃんが真田を促すようにあたしに口添えをしてくれて       そっか、せっちゃんがいないんだ。このどこからかくるイライラの正体。改めて、この部はせっちゃんのおかげで均衡を保っているのだと自覚する。柳がそのあとあたしに慰めの言葉をかけてくれたけど、苦々しく頷くしかなかった。真田とは目的地に着きバスを降りてからも言葉を交えていない。合宿は、まだ始まったばかりなのにこんな様子でいいのだろうか       










* * *










合宿2日目、昨日の地獄のようなフルマラソンを新入部員は経て疲れ切ったような顔をしている。この合宿で脱落する者も少なくはない。果たして今年は何人これを乗り越えていけるのだろうか。そんなことを漠然と思いながらも3年と新入部員のラリー指導のスコア表を書き記していると柳がひと汗かいた様子でこちらに向かってきた。


「どうだ、調子は」
「うーん、まずまず。今年は赤也みたいな目立って伸びそうな子はいないみたい」
「部員ではない、のことだ」
「あたし?あたしは、まぁ、高遠さんの指導もだけどそれなりに。」
「まだ弦一郎と仲直りしていないだろう」
「う・・・でもちゃんと話したりはしてるんだよ?」
「それは上辺だけでだろう。マネージャーのお前は必然的に弦一郎と話せばならないのだからな。弦一郎の機嫌が悪いと部にも支障がきたすということをいい加減お前は理解した方がいい」
「え、真田機嫌悪いの?」
「悪いなんてもんじゃない、さきほど1年が泣かされ・・・」
「ばかもん!あれだけ記録の扱いは慎重にしろと言ったはずだ!!」



あたしと柳は向こう側のコートから聞こえてきた真田の怒声に振り返り、2人して急いで駆け付けた。案の定怒られているのは赤也・・・だけじゃなくなんと高遠さんまで!あたしは現状が一体どうなっているか問いただすために取り込み中なのも関わらず怒号を上げている真田の前に立ちふさがった。


「ちょっとちょっと、どうしたの?」
「あ、あの、私が記録をファイルに綴じもしないでベンチに置き去りにしちゃって・・・」
「そもそもファイルに綴じさえしておけばこのようなことが起きなかったものの!」
「ちょっと真田黙っててくれない?」


あたしは完全に怯えきっている高遠さんを宥めながら真田に冷やかに言うと、真田は言葉を飲み込んだ。赤也が頬をひくつかせている時点できっとよからぬことなんだとすでに承知済みだ。高遠さんの言っていたベンチを見ると記録用紙が無様にも散乱していて、その傍に転がっているテニスボールから事態を考えるのはたやすい。


「つまり高遠さんが置いておいた記録用紙に赤也の打った球が逸れて当たっちゃってバラバラになっちゃったんだね?」
「さーすがセンパイ、当たりっス」
「赤也!!」
「は、はい、すんませんッ!!」


赤也がいつもの調子で真田に謝ると、真田は怒りが収まらないのか眉間により一層深く皺を寄せている。本当に、いつもより機嫌悪いかも。


「でも記録用紙、日付書いてあるから大丈夫でしょ?昨日のデータと混ざらないはずだけど」
「そ、それが、私が、昨日と今日の分の日付を書くのを忘れちゃってたみたいで・・・」
「あちゃーじゃぁ朝から晩の時間帯に振り分けておくのも?」
「忘れてました・・・」
「あー・・・」


参ったな。C、Dコートは高遠さんに任せてあるはず。あたしはA、Bコートの記録を取ってたからほとんどC、Dコートの試合を見てもないし、記録もほとんど取ってない。頼りの柳は昨日マラソンのデータ集計であたしにコートの方を任せてたから・・・これは本当にマズイ。


「じゃー昨日の対戦表を基にあたしが整理しておくから、高遠さんは日付と時間帯に気をつけて。引き続きC、Dコートの記録をとってくれる?とった記録はすぐにファイルに綴じること。綴じた後に必ずチェックを入れること。」
「は、はい・・・本当に、申し訳ありませんでしたっ!!」


高遠さんは涙目であたしに縋るような声で謝ったが真田が口をきゅっと結んでいるにあたってこの場を逃れられそうにはない。というか、今だにあたし達が立っているCコートは張りつめた空気を漂わせている。


「甘いぞ
「・・・なにが」
「対戦表の順どおりに行われていない試合だってある。それをどう整理するつもりだ」
「高遠さんの様子見にちょくちょくC、Dコートに行ってたから記憶を頼りにしマス」
「この大事な時期にこのような失態があっては困るのだ!それを高遠に身を持って覚えてもらわんと・・・」
「真田、なにをそんなに焦ってるの?」


あたしは率直に述べると真田は次の言葉を躊躇するように目を見開いた。コートには高遠さんの鼻をすする音しか聞こえない。ふと、病院にいるせっちゃんが脳裏をよぎって胸がきゅっと締まった。そんなあたしの口は恐ろしいほどの早さで言葉を紡ぐ。


「そんなに余裕がないの?部員の小さな失敗をいちいち頭ごなしに叱るほどに?」
「それはだな・・・」
「確かに今回は高遠さんの不注意だよ。でもまだ仕事が多すぎて覚えられてない事だってあるじゃない。それに真田、昨日からだけど少しデータが狂ってる。柳も言ってたけどマラソンの時だっていつもは60パーセントに力を抑えて走ってるはずなのに昨日は90パーセント。筋肉に負担かけすぎ。皇帝とあろう方がこんな事でいいの?」

「・・・っ、ごめ、」


あたしは辛辣にもそう言い述べるとなぜだか瞳の奥が熱くなって、涙がこみ上げてきた。柳が口を出そうとした瞬間、あたしはコートを駆け抜けていて風を切っていた。こんなことが言いたかったわけじゃないのに       なんであんなこと言ったんだろ。焦ってたのは自分じゃない。


『皇帝とあろう方がこんな事でいいの?』よくもこんな口が叩けたものだ。高遠さんのミスだってあたしがちゃんと指導してなかったから起きたものの、あたしがちゃんと昨晩高遠さんの分までの記録を確認すればよかったものの・・・。あたしが悪い、あたしが悪い、あたしが悪い!なのに真田を責めた。真田は指導しようとしただけなのに、あたしは真田を責めた。高遠さんがおじけていたからって、それをいいことに自分を正当化しようとして・・・最低だ、あたし。もう、なんかわけわかんないよ。息を切らして宿舎の裏にある雑木林の幹の太い樹に腰をかける。そしてふと気付く。あたし、マネージャー業投げ出しちゃった。あたし、マネージャー失格だね。感傷に浸りながら勢いよく吹く南風に身を任せていると向こう側から人の気配がした。今は誰にも会いたくないのに・・・。


「気は静まったかの」


銀色の髪が揺れる。金色の瞳はいつだってあたしをからかうように見つめるだけで何を考えているかわからない。


「仁王・・・」
「真田が落ち込んどったぜよ、お前さんを泣かしたと」
「別に真田のせいじゃないよ・・・これ、悔し涙なんだから」
「ほーそうか。なら真田に会っても気まずくはないんじゃな」
「え」


すると背後から大きな影が出てきたと思えば、それは案の定真田だった。なんか、もう逃げ場がないみたい。


・・・」
「ごめん!真田!」


あたしは間髪入れずに謝るとすぐさま頭を下げた。とりあえず、これで真田の顔を見ないで済むからと思って下げられた頭はずるい。


「高遠さんのミスも・・・あたしの指導力不足だし、さっきは言い過ぎました。真田だってせっちゃんの留守を預かってるのに・・・本当に、ごめん」
「そのことは・・・俺も気にしてはいない。それにお前の言うとおりだ。俺は焦っていた」


真田が心底申し訳なさそうにあたしに言ったけど、その言葉もあたしの心に突き刺さるだけだ。あたしが悪いのに、どうして真田が謝らなくちゃならないの?そんなことがいいわけがない。


「ちがう・・・焦ってたのは、あたしで・・・昨日のバスの中でも、無茶言ったのはあたしなのに・・・もうなんか、ごめんね、もう、マネージャー失格だよね・・・」
「ばかもん!」


あたしは再び上げられた真田の怒声に肩をびくりと震わせた。面をゆっくりと上げるとすでに仁王の姿がそこにはなく、真田の顔が、それも怒った顔ではなく困ったような顔が60センチ先にあった。涙が乾いた頬を軽くさする。


「お前もそんなことではどうすればいいんだ。お前も・・・俺もしっかりしていなくてはこの部は成り立たん。俺たちが焦っていれば部員に示しもつかん」
「・・・・・・うん」
「レギュラーは勿論、お前が欠けていては話にならんのだ。今回ばかりは俺も余裕がなかったことを反省している。留守を預かろうとするものがこんなことではこの部が再び優勝を手にすることはできない、それをお前は俺に気づかせてくれたんだ」
「ちがうよ」


あたしは真田の言うことを真っ先に否定した。だって、あたしそんな大層なこと言ってないもん。だってあたしは、あたしは、このどうにもならない八つ当たりを真田にしただけで、本当にあたしはどうしようもない奴で。


「あたしはただ自分が焦ってるのを真田のせいにしたんだ。あたしは卑怯者だよ、真田」
「・・・ならば、俺も卑怯者と言えるだろう。お前に八つ当たりをしてしまった。」
「・・・そうなの?」
「そうだ。俺たちは・・・幸村がいなくても全国制覇を成さなければならん。それがこんなことでつまづくとは、俺も精進がまだまだ足らんな・・・」
「せっちゃんが・・・いなくても・・・」


そうだ、あたしは忘れていた。せっちゃんがいれば、せっちゃんがいれば、と何度願ったことだろう。今はそんなことを思える立場じゃない。せっちゃんがいなくともあたしたちは頂点を目指さなければいけないのだ。この立海大付属中学校テニス部を、全国の頂点へと導かなければいけない。それを支えるのはあたしの役目       あたしが入部当初に望んだ、あたしの役目        


「うん・・・わかった。本当に・・・ごめんなさい」
「俺も悪かった。」
「プリッ。喧嘩両成敗ちゅーことでええじゃろ?お前さんたち何度同じこと言えば気がすむぜよ」


すると再びどこから現れたのか仁王が軽妙な口調で話の腰を折った。


「仁王!」
「ほらみんなも心配しとうと。はよ戻らんとそれこそ部活に支障きたすぜよ」
「う、はーい・・・」
「それはそうとさっきの真田は大変だったのー。『を泣かした!』って周りの部員に責められていてもたってもいられなくてお前さんを真っ先に追いかけて行ったんじゃき」
「に、仁王!!」
「なんじゃ、真田、本当のことじゃけーの?」
「うっ・・・!」


仁王はへらへらと笑いながらあたしをも笑顔にしてくれるとそのままふわふわとあたしたちを導くようにコートへの足取りを促す。なんだか今までの自分の考え方が間違ってたみたい。せっちゃんに頼り過ぎていたあたしが悪かったんだ。せっちゃんの抜けた穴は大きいけどそれをあたし達が埋めなければならない。そんな簡単なことに今まで気付かなかったなんて。


あたしは遠慮がちに真田を見上げると自然と視線がかち合った。真田のあーいうところが好きなんだなぁ、と実感したらしたでなんとなく恥ずかしくなってきて急いでコートであたし達を待っている柳の下へあたしは走り抜けて行って、おかげでその後真田があたしを見て優しく微笑んだのを知るのは柳があたしの頭を撫でた30秒後。






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