ex.   幸せな一日の過ごし方

090321


どんな日であれ、目覚まし時計が鳴るのは朝の5時半。家を出るのは6時過ぎ。朝練が始まるのは7時だから、15分前には必ず部室にいなければいけない。だってあたしはマネージャー!だからどんなに眠くたって感情を持たない目覚ましは鳴り続けるのであった・・・。


「やっば、ちょっとおかーさん今何時?!」
「6時半よ、朝からバタバタうるさい子だね」
「ぎゃーっ!7時前に着かないかもー!!」


急ぎすぎて歯ブラシを口にくわえたまま外に出ようとしたら、お母さんに指摘されて、うがいをしてフルスピードで玄関を飛び出した。我が家はマンションなので下の階に行くのも時間がかかるのである。こんな早朝にエレベーターを使う人も少ないので急いでボタンを押し、鉄のロープがするりするりと降下する間お父さんの韓国土産の手鏡で身だしなみをチェックする。うん、今日はキレイに髪をポニーテールにできたかも。っていうかそのおかげで今こんなに急いでいるわけで。自動ドアが開けばローファーを鳴らして駅まで歩けば6分のところを猛ダッシュ!目指すは28分発の電車!


「い、一本遅いのだけど乗れた・・・」


あたしは電車に飛び込んだせいで、ものすごく疲労感を感じていた。今や1秒タッチで済む定期が有難くてしょうがない。31分発だけど、この調子なら50分には学校に着きそう・・・あたし、頑張った。全速力で走ったため、肩にかけている鞄の取っ手のずれを直していると不意に馴染みのある声にかけられた。


「電車に飛び込むなど危ないではないか!」
「さ、真田・・・ハァ、・・・おはよう」


漫画で言うどっきーん!という表示はあながち間違いでないのかもしれない。まさに今のあたしがそうだったから・・・。そういえば、真田とはひとつしか最寄駅が変わんないんだっけ・・・。朝っぱらからびっくりさせんな・・・!


「あ、ああ、おはよう。それにしてもがこの時間帯の電車とは、珍しいな。」
「う、うん。いつもはもう一本早いのに乗ってるから」
「なぜ今日は遅いんだ?」
「そ・・・それはですね、あの、寝坊をしてしまってですね・・・」
「む、寝坊だと。たるんどる!」
「ちょ、真田声大きいから・・・!」


朝の電車は非常に閑としている。そんな中、真田の低くて通りの良い声が響いて周りの目が一気にこちらに注がれた。真田はさっと顔を赤くして、「すまん」とつぶやいたあと再びこそこそと話しかけてきた。


「今日は歴史の小テストがあるぞ覚えているか?」
「げ、今日だったっけ・・・」
「(蓮二がが忘れている確率86パーセントと言っていたが)やはりか・・・」
「うああどうしよ、今日2時間目?うっそあれあたしプリント答えも書いてない!ぎゃー!」
「仕方ない、俺のを見せてやろう。」
「ほ、ほんと?」
「本当だ。」
「やったー!真田あんたいいやつー!」


そのまま部室まで真田と向かい、目的地に着くと、今日の一番乗りは柳だったようだ。


「おはよう、柳。」
「おはよう弦一郎、。朝から2人で仲良く登校か?」
「ちが・・・電車でぐーぜん会ったの!」
「フッ、そうか。今の時間帯だとは寝坊したんだろう?」
「そ、そうなんですけどね・・・」
「さしずめ髪を結っていて電車に乗るのが遅れたんだろう。ポニーテール、よく似合っているな」
「う、うん、ありがと・・・」


真田の隣で図星を突かれてものすごく居心地が悪かったけれど、ポニーテールを褒められて気恥ずかしくなった上に違う意味でもっと居心地が悪くなったので部室の外に出てすぐに着替えをすませた。いつもならば真田達が来る前に一人で部室で着替えるんだけれど今日は外でも仕方ない。それに柳たちがいるのに一緒に着替えられるわけなんかないし。そういえば部室から出る直前に柳が真田に向かって勝ち誇ったような顔をしてたけどあれはいったいなんだったんだろう。まぁ、2人もあたしと同じくらい長い付き合いだろうから目で会話してもおかしくないか。


、今着替え終えたが」
「ああ、あたしもう着替えちゃったよ。」
「なに?お前は外で着替えたというのか?」
「うん、だって時間の無駄だし、それじゃああたしせっちゃんの花に水やりを・・・」


と言いかけてあたしは如雨露を持って水道へと向おうとしたとき眉間にふかーい皺を刻んだ真田があたしの肩をがしっとつかんだ。


「年ごろの女子が外で着替えるとは何事だ!大体近頃の女子ときたらそういう恥じらいというものがなさすぎだ!お前が思っているより周りは・・・」


とかうんぬん。あー始まったよ、真田お得意のお説教!あたしはハァ、と溜息をつきつつ柳に助けを求めようとしたが、柳もこのままでは部活自体が遅れると察したのかすでにコートへと先に行ってしまっていた。薄情もの!もう一度深く溜息をつけば


「聞いておるのか、!!」


と怒鳴られる始末。こうしてあたしの一日は始まる。










* * *










結局真田の説教はあの後部室に戻ってきた柳によって止められた。あたしはいつもの調子で真田に対応してたもんだからいつまでも怒られていたのでそれを見かねた柳がせっちゃんの代わりに止めにきたってわけ。まぁ、真田に怒られるのは全然嫌じゃないんだけども!っていうか今現在その人が隣にいるんですけども。


「む、、先生の話を聞いていたか?」
「あー・・・聞いてませんでした」
「全くお前はいつもいつも・・・このプリントを記入して帰りの会までには提出しろとのことだ。」
「はーい、親切にどうも」


すると真田は呆れたように眉をひそめるけどあたしは幸せ。なんたって想い人の真田弦一郎がこの通りとなりの席だから。その後時間は流れて四時間目の休み時間、あたしは友人に引きずられて理科実験室へと向かったのだけれどそこで今日あたしはお昼を一緒に食べられないとの宣告をされた。


「ごめんね、学評の集まりがあってどーしてもお昼休み一緒に食べられないの。」
「うー・・・分かったよ、しょうがないもんね。」
「ほんとーにごめんね!」


そう言って始まる4時間目の授業は非常に憂鬱で先生の言うことも耳を通らなかった。今日誰とご飯食べようか・・・こういうときせっちゃんがいればすんなりせっちゃんのとこに行くんだけどもあいにくせっちゃんは入院中だし、他の友達はみんなグループ作って食べてるだろうし・・・そのグループの子達も知り合いなんだけれどやっぱり気まずい。こういうときは大人しく一人で食べるのに限る。ちょっと空しいけど。別に一人が嫌ってわけじゃないけど、むしろ一人でいることも大好きなんだけど、皆が昼休みしゃいでる中一人ご飯食べてるのって浮くよね・・・。とかなんとか考えてるうちに遠くからキーンコーンとお決まりのベルが鳴って授業は終わりを告げてしまった。食べ終わったら柳のとこにでも遊びに行こうかな・・・って生徒会も集まるのかな、学年評議会・・・



「ん?」


そんなことを考えてるうちに呼びとめられたのか、声の先に振り返れば真田がいた。落ち込んでる様子が見てとれたのか少し顔色を窺うような声色をしている。やっぱり真田ってば優しいよね。他の部員にこの事言うと全力で否定されるけど。


「丸井達がレギュラーとお前で屋上で食べないか、と。柳は生徒会の用事でいないがたまにはみんなで食べるのもよかろう。」
「え?ブン太達が?」
「ああ、なぜか急にだな。行くか?」
「う、うん、行く。ちょっと待ってお弁当と水筒持ってくるから。」


あたしはその時の陰鬱な気持ちが一気に吹き飛んで、うきうきとした足取りでお弁当と水筒を取りに行った。真田ももちろん向かうというのであたしは柳生を探そうとして3人で向おうとしたら柳生はすでに先に行ってしまったというとのこと。屋上の庭園はせっちゃんが好きで、あたしもよく付き合って一緒にそこで休み時間を過ごしていたりしたのだけれどここ最近はせっちゃんが入院してしまったおかげで行ってなかった。屋上への扉を開けると、空気が解放されたように風が流れ込んできて、空は深い青を、雲は白く空のキャンバスを彩るように浮かんでいる。絶好のピクニック日和だ。


「おー、真田遅かったの」
「みんなもうそろってたの?はやいねえ」
「おお、柳に呼び出されてすぐに来たからな」
「え?柳に?」


頬に米粒をつけてうん、と頷くブン太に待ち切れなかったのかすでに購買で買ったであろう、大きいコッペパンにかぶりついた赤也が口にパンを含んだまま「へんぱい!」と叫んだ。ジャッコーと仁王と柳生はちゃんとあたしたちを待っていたようでまだ弁当を広げてもいない。


「なんで柳が呼び出したんだろ?生徒会の仕事があるはずなのに。」
「さぁな。まーなんでもいーだろ、腹減ったから早く食おーぜぃ!」
「お前はもう食べてるだろ・・・」


さきほどのちょっぴり後ろ向きだった気持ちは嘘のようにあたしは嬉しくなって、みんなの輪の中に飛び込んで行った。真田はなんとあたしの隣に座って重箱のような弁当を開けるもんだからブン太がそのおかずをねだろうとして、赤也もパン2個じゃ足りないってジャッコーを連れて購買まで走って行ったり仁王は食べる量は少ないくせにあたしの弁当のおかずを横取り(しかも今日のメインのハンバーグ!)したりしてそれを見て柳生がご飯を全部噛み終えて飲み込んでから注意したり。とにかくとても賑やかで騒がしくていつもとは違う昼休みを過ごせた。柳も会議が終わったのか終礼が鳴る15分前に屋上に遊びに来た。部活以外ほとんどレギュラー全員でいることがないから、今日は特別な気分でお弁当を味わえた気がする。そんな感じでなんだかんだお昼を過ごすと次の授業のため屋上を降りて、みんな各々の教室へと向かう。さぁ、あと2時間終えたら部活が始まる。









* * *










そんなこんなですでに時は放課後。真田は職員室に用があるとかで、廊下で会った柳とともに部室へとただいま向かっている最中。


「それにしてもなんで昼にみんなを屋上に呼んだわけ?」
「昼に学年評議会があっただろう。村田が委員なのでお前が昼に一人かと思ってな」
「友達一人しかいないわけじゃないんですけど」
「知っている。しかし他のクラスの友人のグループをお前は好いていないだろう。」
「・・・よくご存じで。」
「伊達に立海テニス部の参謀をやっているわけではないからな」
「・・・ありがとね、柳」
「これは俺が勝手にやったことだから礼を言われなくてもいいんだが、素直にどういたしまして、と返しておこう」
「いいの。嬉しいから」
「そう、が喜んでくれるのが一番いい」


あたしはそんな柳の言葉に素直に微笑むと、心なしか柳も笑う。


「そうだ、、生徒会の仕事が残っているから帰りは先に弦一郎と帰っているといい」
「うん、わかった・・・って、ええ?!真田と?!」
「何か不満があるのか?」
「不満っていうか、その、あれで、ぎゃっ!!」


先ほどの両者間の穏やかな空気は束の間、急な柳のお言葉にあたしはうろたえて、前方不注意、思いっきりこけてしまった。それをなんとか柳がうまくキャッチしてくれたおかげであたしは顔面を地面に打ち付けることなく事態をやり過ごしたけれど、未だ日が暮れるのは早いというのにそんな暗い中真田と・・・!


「・・・今日で一体何度目だ?」
「今日で4回目・・・柳が受け止めてくれなかったら3回つまずいて1回は転んだことになってました・・・」
「動揺しすぎだ。まさか転ぶとは思っていなかったぞ」
「だって・・・よく考えてみなよ、柳!あたし・・・あたし・・・うん?あたし?今日、そーいえば・・・」
「そういえば?」


するとにやりと不適に笑んだ柳の様子を見てカアっと頬が上気するのを感じた。あたし、そういえば・・・!!


「よく考えてみれば朝からずーっと、真田と一緒だった・・・!」
「そうだな、登校から先ほどの帰りの会まで、そして下校は二人きり・・・よかったじゃないか」
「よよよよくないって!!」
「よくないのか?」
「や、よ、よくないわけじゃないけど、ってゆーか柳、あんたそれを知ってて!!」
「別に俺は何も言ってないぞ?」
「・・・この策士め・・・!」
「なんとでもいえばいい、俺には身に覚えがないのだからな」
「こいつ・・・」


柳はフ、と口の端に笑みを浮かべながらあたしの攻撃を受け流すと、そのままするりとすべり込むように部室へと入りこんで行ってあたしを着替えるように促した。ほかに部員はいなかったので柳が部室の外へ出、あたしはせめてのものの反抗でのろのろ着替えていると、キィ、と音がした。


?!」
「あ、ごめ、まだ着替え中で・・・」


真田がどうやら着替え中だと知らずに入ってきて、あたしはシャツを脱ごうとしていて第2ボタンをはずしたところだったのでまだ良かったが真田はそうでもないらしく、顔を真っ赤に染め上げて、


「す、すまなかった・・・!」


と言ってドアをバタン!と閉めてしまった。あたしは別に何も見られていないし、なんだかな、とも思ったのだけれど、なんで柳が入るのを止めなかったのかと疑問に思いつつさっさと着替えを済ませて部室の外へと出るとそこには柳の姿はすでになく、バツが悪そうな真田の姿だけがある。


「ごめん、真田遅くて。着替えていいよ。」
「あ、ああ、すまない・・・」
「さっきのこと気にしてんの?別にいいよ、何か見られたわけでもあるまいし。それと柳は?」
「そ、そうか・・・。柳か?俺が来たときにはすでにいなかったが・・・」
「あれー?なんでだろ、一緒に来たのに・・・」
「そ、そうなのか?」
「うん、どうしたの真田。早く着替えちゃいなよ」
「ああ・・・」


真田はそのままらしくもなく、のろのろと部室へと入ると、あたしは急いで洗濯物を片づけに物干しざおへと急いだ。今日は天気が良かったから、タオルが太陽の匂いがするだろうな。とかのんきに考えながら。









* * *










日も暮れ、三日月が空に浮かぶ頃ようやく部活は終わり、春といえど外はやはりまだ寒くみんないそいそと部室を去る。


「ほーら、カギ閉めちゃうんだから早く出た出た!」
「ちょ、先輩あと3分待ってくださいよう〜」
「ダメ、あと1分!赤也はやく!」
「3分くらい待っててくれたっていいじゃないっスか、意地悪っスね!」
「意地悪なんかじゃなくて消灯時間まであと少しでしょ!」
「はぁ〜い」
「それじゃぁ、、気をつけて帰るんだぞ」
「うん、柳は残留届出してから仕事するんでしょ?」
「ああ。それでは弦一郎、を頼んだぞ」
「ああ。」


なんだか柳がお父さんで、真田が彼氏みたいなシチュなんだけど、とかそんなこと考えたあたしのバカ!でもなんだかそんな感じじゃない?これで手とか繋げて帰られたら極楽浄土なんだけどな、それは夢のまた夢。


「帰るか」
「うん!」


とりあえず、今はこれだけでしあわせ。登校の朝から下校の夜まで、今日はなんだかずっと真田と一緒だったけど、なんだかんだで楽しかったし、そして何よりもうれしかった。思い返せば12時間以上一緒にいたとか、恋人でもないんじゃないかっていうくらい一緒にいた。せっちゃんには早く元気になってまた一緒に帰れたらいいと思うけど、こんな日があってもいいよね、せっちゃん?


暗闇の道を照らす街頭に、伸びる影は二つ。






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