17   盗み聞きの果報

090125


クラスが替って僅か1週間で、担任の中村先生は俺たちに席替えを提案した。どうやらそのようなイベント好きな方らしい。その提案に、3年A組の生徒たち、特に女子が騒ぎ出した。女子とはこういった小さな事でも騒ぎ立てることが多いに得意だ。出席番号順の席に不満を抱いているものも多いからな。俺は反射的にの方を見ると、は騒ぎの中心にはいず、頬杖ついては窓辺近くの席のせいかまどろんでいる。仕方のない奴だ。今現在近くの席に座る柳生がどうやら白昼夢でも見ているにクラス替えについて話しかけたようだ。反応を見ると、黒板に書かれている『席替え』の文字に驚いたようで、やはり話を聞いていなかったらしい。全くもって、たるんどる。それにしても俺自身あまり席替え事態にそれほど興味があるわけではないが、どうしても、以前のようにの隣になりたいと密かに願わずにはいられないものだ。1年の時にはまだ俺はに懸想などしていなかったが、やはりあの時はあの時でとても楽しかったと思う。よくよく考えると、女子とあまり会話をしない俺にとっては一番近しい女子なのだと思うと自分はなにを考えているんだと気恥ずかしく思え、自分のたるんだ思考に鞭を打つ。


「それじゃーこちらの席の人からくじ引いてくださーい」


先日の役員決めで学級委員長になった、と親しい村田が、いつの間にかじゃんけんをしてくじを引く順番を決めていたのか俺の10番前の安部に今くじを引かせている。失礼千万極まりないことに、前の男子がどの女子と隣になりたくないだのと話し合っている。俺が目を光らせるとすぐにそれに気がついたのか、お次はどの辺りの席が好ましいかと話題をはぐらかしきまり悪そうに俺からすぐに目線を外した。


「真田くん、はい」
「うむ」


いつの間にか順が回っていたのか、俺は村田に差し出されたくじを引き、四つ折りされた小さな紙切れを開いてみるとそこには大きく『21』と書かれていた。黒板に書かれた席の表を見れば教卓から見て俺の席が右から二番目の一番後ろだった。別に異存はない。ただ前の席だと俺の背丈で黒板が見えないとよく苦情があるのでそのことに面倒をかけなくてよくなったことだけがよかったと思うだけだ。俺の隣の42番は一体誰が来るのだろうか。こういうときに自分の煩悩は、どうしても淡い期待をかけてしまう。そんな事を考えていれば、すでに柳生がくじを引き終えたところだった。


「私は12番ですね」


柳生は書記にそう伝えると、黒板に柳生の名を数字の横に書き記す。俺は自分の思いに浸っていて、今まで黒板に注意を向けておらず、急いで自分の隣の名前を確認すればそこにははっきりと『』の名があった。俺は黒板に書かれていることが信じられず再度確認したが、どうやら本当のことらしい。俺はの方へ目線をやると、ちょうど視線がかちあいどちらともなく目線をすぐ逸らしてしまった。あいつも俺を見ていたのか、と思うと心臓の動悸が激しくなる一方だ。「では移動ー!」と先生の指示が出ると、ガタガタと椅子と机が一斉に動き出し、俺は指定されたとおりの席へと移動すればがすでにそこにいた。


「おお、真田」
「また隣のようだな、よろしく頼む」
「うん、こちらこそ。それにしても席が隣なのも、クラスが一緒なのも、1年ぶりだね」
「そうだな。偶然もあるものだ」
「・・・ほんとだ」


は憂えげに溜息を漏らした。俺は不意にそんな仕草をするにどきりとさせられた。余った時間で先生は俺達に自由時間を与えると、決まって周りが雑談を始めた。はなぜだがすぐに柳生の元へ向かってなにやら話し込んでいたが、俺はすぐに席を立たれたことに少々なんともいえぬ悲しさを覚える。これから先、また1年の時のように楽しく過ごせるのだろうか。以前とは違うに対するこの気持ちに俺は漠然と不安を感じるのだった。










* * *










移動教室の後、教室へ戻る矢先に前でが村田と他の女子と談笑しながら教室へと帰って行くのが見受けられた。だいぶ距離があるが、の声はどちらかというとよく通る声をしているので俺にも話題が耳に入ってきてしまう。不本意だが気になるのは事実だ。


「え〜だってあの人怖いじゃん!」
「そうかな?そうなの?」
「かなり怖いと思うけど」


どうやら誰かの噂話をしているようだ。背後からなので表情はほとんど見えないがとその隣にいる村田は至って冷静で、とりまいている他の女子はキャッキャッとはしゃいでいる。


「本当、あたしたちなんて怖くて真田君としゃべるなんて無理無理!」
「そんな怖いのかな〜普通だよ?」
「でも何しても怒られそうだし」
「そんな、真田が怒るときは悪いことしたときだけだって     いや、結構怒ってるかもだけど・・・
「ふーん。まぁいっつも怒鳴ってる印象があるけど。っていうか話かける以前から怒ってるイメージが・・・」


・・・なんと俺の話をしていたらしい。しかも怒鳴っている印象とは心外だ。その上が言い直した言葉にも聞き捨てならんな。俺はその時そんな風にが俺のことを話題にしているせいか、夢中になってしまいふしだらにも自分が盗み聞きしていることなんてすっかり忘れていて、が発する俺への言葉というものひとつひとつをしっかりを聞き逃さないようにしていた。


「もの好きなファンもいるみたいだけどねぇ」
「もの好きって・・・あんた失礼でしょ。真田はよく怒るけどいつもじゃないし、普通に優しいときもあるよ」
「うそ〜!真田が優しいとか信じらんない!」
ちゃんにだけじゃないの?」
「そ、そんなことないよ」
「でも真田とかって恋とかするのかな〜考えらんないな〜」
「う〜ん、それは、あたしも思う」


あいつら黙っておけば好き勝手に言ってくれるな。しかもまで・・・俺だって恋はする!現にお前を好いているではないか。あの様子だとは俺の想いに全く気づいていないらしい。しかし、優しい、と言われたのには少し照れるものがあるな・・・。


「柳生くんは話しかけやすいのにね〜」
「ていうかテニス部レギュラーってみんなかっこいいよね!うらやましい〜」
「え〜大変だよ、あいつらといると。楽しいけど」
「ほら、ちゃん満更でもないんでしょ?でもマネージャーになったら真田君が怖いからな・・・」
「だから怖くないって。そりゃ赤也のこと殴ったりするけどさ、あれでいてけっこー単純なとこが・・・」
「単純なとこが?」


その後の言葉はの声が小さくて俺は判断しかねたが、女子が急にどっと笑い出したのできっとなにかよからぬことでも言ったのだろう。そして話に折がついたころ、たちのグループが教室の入り口にさしかかったと思えば急にくるりとが俺の方へ振り向いた。あ、とが声をあげたのと同時に周りにいた女子も振り向いて俺を見るとすぐさま顔をさっと青くする。俺はこの状況に意味もなくたじろいでしまったが、そんな俺の様子を理解することもできない女子は怯えたがそれに反してはにっこりと俺に笑いかけるとこう言った。


「真田は怖くないもんね?」
「あ、ああ・・・」
「ほら、怖くないって」


ね?とは彼女の友人らに問いかけたが俺が答えた後すぐにどこか間が悪そうにして逃げてるようにして皆去っていった。しかし別にそんなことはどうでもいい。が俺に対して単純と言ったことが気がかりだがしかしそれも今の俺にはどうでもよくなっていたのだ。弛みそうになる頬を抑えていたが、その直後、柳生に後ろから声かけられたことによって無意味だと思い知らされるとは


「真田君、今日はいつになく上機嫌そうですね。なにか良いことでもあったんですか?」


思いもしなかった。






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