16   恋愛作法

090117


学年末のテストからかけてせっちゃんは病床に臥せていて、結局3月の末、2年生最後の日をあたしはせっちゃん抜きで迎えることとなる。先輩達の正式な引退式も3月中で、せっちゃんはそれだけにはなんとか顔を出したけどすぐにまた病院に戻ってしまった。春休み中のお見舞い、せっちゃんのために大きな花束とローランサンの画集を抱えてお見舞いに来た時のせっちゃんは、ひどく疲れた表情をしてあたしを迎えた。


「結局卒業式も終業式も出られなかったなぁ」
「でも、先輩達にはまだ会えるから。他の学校だったらそうもいかないけど、先輩達みんな内部だし」
「まぁね。始業式に間に合えばいいけど」


始業式が始まるにはもう1週間もなかったその時、せっちゃんは間に合いもしない始業式に思いを馳せている。今まで顔色のよかったせっちゃんも、立春を過ぎたころから少し肌が白くなった。今までテニスで培われたその猛々しい筋肉も行き場をなくしている。こんなせっちゃんを見るとあたしには、またすこし、せっちゃんの生気が薄れていっている気がしてならない。


「またと同じクラスになれるかな」
「だといいんだけど。今度は担任、中村先生だといいなぁ、SHR早く終わるでしょ」
「俺は塚本先生以外なら誰でもいいな。俺あの人ちょっと苦手」
「そうだね、あたしも自分の機嫌次第の人ってちょっと苦手。バスケ部の人大変だろーね、マネの子もいっつも文句言ってるよ」
「それじゃあ塚本先生がの担任になったら俺は真田と塚本先生の愚痴を聞かなきゃならなくなるのかぁ」
「も〜他人事じゃないんだよ?」


そんな他愛ない話をしながら時間は刻々と過ぎてゆく。最近めっきりテニスの話題をあたしたちはしなくなった。真田や他の部員についての話題ならすることはあるけれど、最近のあたしからの部内の報告といえば毎日書いている部誌をせっちゃんに手渡すだけだ。



「ん?」


あたしはきっとせっちゃんの親戚から頂いたであろう、フルーツの盛り合わせの残りの林檎を手に取りナイフで皮を剥いている矢先にせっちゃんから急に声かけられて振り向いた。カーテンで遮られた春の陽は、せっちゃんの衰退を表すかのように病室に影を作りその陰陽を明示していた。不覚にもその演出にあたしが余計にせっちゃんの言葉にどきりとさせられたので、


「苦労をかける」


所以もない涙がこぼれおちそうだ。










* * *










春爛漫たる日の光を浴び、校舎周りの花々はすでに咲いかけています。我らが部長の幸村君は未だ病床に臥せていますが、あそこから見える桜はまた格別なそうなので今度お見舞いに訪れた時にゆっくり見るといいでしょうとさんが仰っていました。気候もすっかり過ごしやすくなり皆さんの調子もまたそれに合わせてよくなってきている様です。真田君も一層力を入れているようで部員たちの士気は高まっているのが目に見えます。今年もまた立海テニス部に入部するテニス部員が幾人いることでしょうか。そういえば今日の一番の大イベントはクラス替え。私もやはり普段生活する教室という場の環境が変わるというのは気になります。始業式の日だけは朝練もなく今こうして私もいつもより遅く登校しているというわけです。登校した際に海志館の表のボードにクラス替えの表が貼り出されているので今日ばかりは皆さんの足取りも軽いことでしょう。学校へ行く道中、仁王君に会い今しがた私の隣にいますが、彼はさほどクラス替えの方は気にならないようです。


「どうせ高校でも同じ顔見るんじゃき、そんな気にすることなかよ」
「ですがやはり意中の方がいらっしゃる方はそうでもないんじゃないでしょうか」
「そりゃあな、あーと真田が同じクラスになるほど面白いもんはないぜよ」


そういえばさんは真田君が好きなんでしたね。そして真田君もさんのことを、と。普段から2人が会話しているところを見ていますが、見ているこちらの方がじれったくなるような関係で、彼らの関係に進展は一向にありません。真田君は真田君で必死なようですが、彼の性格からしてテニスとの線引きがあるようですから一歩を踏みとどまってしまうのでしょう。さんはさんで相当な恥ずかしがり屋な面があるみたいですから表現しようにもできないみたいです。それに彼女なりにマネージャーの立場をわきまえている、というのが私にとっては関心ものでありながらやはり見守る立場からすればじれったく感じられます。


「あの2人が同じクラスになれば少しは進展があるかもしれませんねぇ」
「じゃろ?部活中だと真田がテニスばっかに意識してていかん。同じクラスにでもなればあいつも少しは手ェ出す気になるじゃろ」
「手を出すって、仁王君あなた・・・」
「本当の事じゃき」


仁王君は腕を頭の後ろで組んで鞄をぷらぷらと下げて歩きながら軽くそんなことを言いましたがそんな彼の言うことでも確かに本当のことには変わりありません。見慣れた住宅街を歩いて行けば校門が見えてきて、待ち切れずに駈け出している生徒もいればやはりクラス替えの話題をしている生徒もいれば、とこんな風に周りを観察しながら門をくぐりぬけているとそこにはすでにさんが友達と一緒にクラス替えの表を見たのか、唖然とした顔で私達を迎えてくれました。


「におーやぎゅーおはよ・・・」
「おはようございます。どうしたんですか、さん、そのような顔をして・・・」
「あれじゃろ、お前さん真田と一緒のクラスやったんじゃろ」


するとさんは顔を真っ赤に染め上げて黙りこくり、そのままのろのろと彼女の友達に別れを告げてくると未だに顔を赤くしたまま私達の元へと帰ってきました。


「真田と、柳生と一緒です」
「おお、よかったなー!これであのかったい頭を和らげるチャンスが増えたんじゃ」
「ばか、そーいうこといわない!」
「それにしても私もさんと同じクラスなんですね」
「・・・悪かったわね」
「いえ、大変光栄という意味ですよ。仁王君、私達も自分の目で確認しましょう」
「おお」


確認する際、仁王君がいろいろとさんをからかうような言葉をかけてさんを怒らせていましたが、彼女も満更でもなさそうです。それもそうです、彼女は真田君と同じクラスになれたんですから。それにしても私が同じクラスとは、さんは構わないのですが、なぜか言いようがない不安が脳裏をよぎります・・・。


「お、俺はB組か。」
「近いね〜」
「そうじゃな。にもすぐに会いに行けるの」


またまた仁王君はそうやってさんをからかうものですからさんがじろりと仁王君を睨んでいます。全くこの2人は1年生からこんなやり取りを続けてるんですから。普通の子ならばここで仁王君の言葉を本気にとる方も多いでしょうが本命がいる上に付き合いの長いさんには悪い冗談にしか聞こえません。それから私達はボードの前に人だかりを離れるとかなり目立つように腕を組んだ真田君が私達を待ち構えるように立っていました。隣に柳君もいます。それに気づいたさんはすかさず後ずさりしましたが、すぐに仁王君の横にぴったりついて、さんがそんな様子ですから真田君の不機嫌そうな眉間の皺が一層に深くなっています。


「おはよう、表はもう見たか?」
「おはよう、柳、真田。うん、見た。」
「おはよう。そうか・・・お前とは1年以来の同じクラスだな。またよろしく頼む。」
「え、あ、うん。こちらこそ。柳生も同じクラスだよ。ね?」


私は唐突に話題を振られるとはっとして、そうですと答えてすぐに真田君によろしくお願いします、と伝えると真田君は「うむ。」と返事をしただけでした。どうやら柄にもなくさんに照れているようです。帽子を深くかぶりなおしたのがその証拠でしょう。柳君はF組と、随分遠いクラスで、幸村君の次に柳君と仲の良いさんは残念そうにしていました。もうすぐ始業ベルが鳴るというので私達はそこでクラスごとに別れ、真田君、さんと私は3人でA組へと向かいました。新しい担任の先生は歴史の中村先生で、彼はどちらかというと生徒に人気のある先生で、親しみやすいが面倒くさがり、というのが彼のご愛嬌のようです。3分もたたない内に先生の話が終わってしまうと、先生が決めた部活別でやるという自己紹介を考えることとなりさんは先ほど一緒にいた、ええと、村田さんと先ほど仰っていましたか、の方に行き二言三言言葉を交わしたかと思えばすぐに私の方へやってきました。どうやら真田君の方に行くのは気恥ずかしいようです。


「今更自己紹介しなくたっていいのに。結構知ってる人多いし」
「ですがやはり知らない人もいますし、私のように村田さんを知らなかったように。こればかりは仕方ありませんよ。さん、真田君を呼んできてもらえますか?」
「う、うん」


さんは頬を染めて、真田君の元へ行けば孤立していた真田君が重そうな腰を上げてこちらへ向かってきます。2人とも幸せそうな顔をしています。はたから見ればカップルにでも見えなくはないのに。それでもやはり恋をするレディというのはかわいらしく見えることですね。普段のようにさばさばと構えるさんが真田君の前だとほんの少し、しおらしくなるところが特に・・・


「副部長から、柳生、で、あたしの順で発表ね。」
「後は今年の抱負などでいいだろうか?」
「じゃぁ真田は部の代表の抱負と、自分の抱負のふたつ。あとさ、今からあたしが原稿書くからそれ以外は真田、絶対違うこと言わないでね」
「なぜだ」
「だって真田頬杖ついて聞いてる人とか見ると『人の話を聞かんか!!』って怒鳴んでしょ、絶対それで後が詰まっちゃうからダメ!」
「しかし、人が一生懸命話しているというのにだな、」
「ダメなもんはダメだっつーの!!」



少し語弊があったかもしれません。以前よりはさんもおしとやかになったかと思ったのですが・・・。普段は意識して2人の会話を聞いてない私ですが、こうして聞くとなにも変わっていないようです。完全に他人事なのに私の溜息が出てしまうのはなぜでしょうか。


「柳生?聞いてる?」
「あ、はい。少し物思いに耽っていただけです」
「全く柳生ももう少ししゃきっとせんか!たるんどる。どうにも春だからと言って最近の」
「あー始まった始まった、ほらほら、柳生も抱負なにか早く決めちゃってよね」


すると話を遮られた真田君がまた不服そうにさんに口出しして、痴話喧嘩になっていく最中、私は一人、この2人に公衆での恋愛の作法を教えるべきなんだど胸に決めました。






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