隠顕





男だらけの屯所内。チンピラ警察とも呼ばれることもしばしば。そんな荒々しい剛気な真選組に、一人だけ異質な存在がいた        その名も。彼はむさ苦しい男等の中で一人、線の細さと美しい魅力をたたえていた。女とも男ともどちらつかずの不思議な気風。長く、腰にも届きそうな、滑らかな黒髪を一つに束ね、整った目鼻立ちは青年にしても婦女にしても高嶺の花という言葉がお似合いだ。静かな物腰は彼の神秘的な雰囲気を更に引き出している。正確に言えば『彼女』、ではあるが。そんな異類の持ち味に噂を立てる者も少なくはない。そう、それが良からぬ噂だとしても        




「一番隊のさん、俺あの人が仕事以外で人と喋ってんの見たことねーんだけど」


「いや、でも沖田隊長とか副長と話してるとこはたまに見かけるぜ?何せあの人も局長たちと一緒に田舎から出てきたらしいから・・・・・・」


「制服も俺たち一般隊士のじゃなくて隊長格のと同じなんだろ?隊長補佐なんてあるのは一番隊だけだぜ・・・・・・」


「まぁありゃ沖田隊長への配慮ってこともあるらしいがな、しかしそれも本当かどうかはわかんねぇけどよ」


「前線では一端に活躍してたみたいだが・・・最近剣を振るう姿も見ねぇしな」


「何話しても『あぁ』とか『そうだな』しか言わねぇし。」


とか女の名前みたいだよな?見た目もなんかなよっちぃし・・・。」


「本当は女なんじゃね?さん。」




その一言でその場にいた隊士が一斉に顔を合わせると丁度奥の襖がガラリと開いた。恐る恐るそこを振り向くと鬼の副長、土方十四郎が精悍な顔つきで業を煮やしていた。




「テメェら・・・仕事サボって何を無駄な雑談に勤しんでやがる・・・・・・!」


「ふっ副長、こ、これはですね・・・・・・!」


「職務怠慢たァいい度胸じゃねェかコラァアアアア!!!!!」




隊士たちの叫び声は悲痛にも響く。またか、と顔を顰める者もいれば呆れた顔をしてそれを物見しているものもいる。散った隊士等は自分の仕事場につき、土方はふぅと一息つくと煙草を咥えぽっと赤い光を灯す。足取りはそのまま、一番隊補佐官の私室へと向かっていた。




、いるか。」


「副長。何か御用ですか?」



土方はそのまま襖を静かに閉める。襖を開けて通していた光が遮られ密かな闇が部屋に訪れる。は暗さに電気を着け、再び座布団の上に姿勢を正した。




「おめェーを勘ぐってる隊士がいる、くれぐれも気をつけろよ。」


「勘ぐってるって、何をですか?」



すると土方は灰色の煙を吐き出しながら、はぁと溜息をつく。部屋を覆う煙のせいで土方の顔がかすんで見えた。




「勿論お前が女だってことだ、自覚ナシとはこりゃ時間の問題だな。」


「あぁ、だって私は隠すつもり、ないですし。」


「だが、覚えとけ。これは近藤さんの信憑にも関わることだ。」



「・・・・・・はい、以後気をつけます。」




はゆっくりと頷くと土方は一服する。するとはすくりと立ち上がり、陽を入れるためか襖を静かに開けた。




「副長、休憩中ですよね?」


「ん?まぁな。」


「じゃぁ、お茶入れてきますんで待ってて下さい。煎茶でいいですか?」


「おお。悪ィな。」




は顔に筋肉を微動だにせず、部屋を後にした。煙草を呑みながら、の部屋にいる土方は物思いに耽った。アイツの        笑顔をもう、ここ数年は見ていない気がする。真選組を結成して、を追い出すわけにはいかなくて、松平のとっつぁんに気に入られたはすんなりと真選組入隊が決まったはいいが・・・・・・。は女だ。それはどう足掻いても覆すことの出来ない紛れも無い事実だ。女だと隠せと進めたのはこの俺だ。男と通せば色んな融通が利く上に、面倒がない。真選組と男所帯の物騒な職場で女が一人いるという事実は世間では浮く。しかし、最近これで良かったのかも分からなくなってきた。が様々なことに我慢して指を加えているのは知っている。しかし俺は何の言葉すらかけてやれない。女の友達もいねぇし、職場も住む場所もむさ苦しい男だらけでアイツはどうやって感情を抑制しているのだろう。悶々と土方は考える。いつのまにか煙草の灰が長くなっていて、火が指先の近くでちらちらと燃えていた。使われていない灰一つもない綺麗な灰皿にゴシ、と煙草を擦りつける。その時襖が再び開いてがお茶と茶菓子を盆の上に乗っけて抱えているのが視界の隅に移った。



「女中さんが饅頭をくれました、副長もいかがです?」


「貰う。」


そしての方に土方は向き直ると盆の上に赤いキャップの黄色い体をした容器が乗っていることに気がついた。は腰を降ろし、お茶と饅頭を乗せた皿を静かに置いた。部屋の煙草臭さには眉を少しだけ顰める。土方はからマヨネーズを受け取りながら口の端に笑みを浮かべて赤いキャップを開ける。




「やっぱお前は気が利くな。」


「もう、慣れました。」




は伏目がちに答えると、土方はそれがほんの少し、が微笑んでいるかのように見えた。あぁ、変ってしまった。そう、自分への戒めの言葉でゆるく心を締め付けた。










戻ル 表題 進ム

080510