暗鬼





「俺にそこまで話したってんなら、依頼か?」


「別にそういうわけじゃないんです・・・ただ、万事屋のなら何か知ってるんじゃないかと」


「俺ァそんなこと知らねーよ。生憎世の中ってんのはそう狭くないんでな。」




カラン、と音を鳴らして空となった容器にスプーンを放り出すように置く。万事屋のは食休みも取らずによろよろとかったるそうに立ち上がった。気のこもってない瞳で私を見下ろす万事屋のはどことなく、懐かしい匂いのする人だ。




「まぁ正式に依頼すんならそれなりのこたぁやるがよ。そいじゃパフェごちそーさん。」




よっこらせ、と紅いソファーから腰を上げるとひらひらと手をはためかせてそのまま店の外へと歩いてゆく。薄情な万事屋のの背を見てはぁ、と深く溜息を一つついた。窓の向こうに見える白髪天パが憎らしく風に揺らされている。万事屋のに事が分かられてしまうとなると、気がどうにも抜ける。今まで真選組という組織上での接点しかなかったのだが個人として知られるとは。しかしそんなことはにとってどうでもよかった。



夕陽が差しかかる頃、屯所の古い門を潜る。すれ違う隊士達に一声かけられてはふり返る。その時ガガっと小さな音がズボンの付け根から聞こえた。無線の音に気がついたは急いで耳にあて、他の隊士達も同様にした。知らせは攘夷浪士と幕府の役人の不正取引を取り押さえたところ、応援を要請するとの願い出であった。隊士達はすぐに車を用意し、その場にいた隊の皆は隊長らの指示に従い車へと乗り込んでゆく。も乗り込む隊士に続こうと、駆ける一方安閑とした声に呼ばれる。




は待機組だろィ、大人しく書類片付けて待ってなせェ」



「だが、至急応援を頼むとのこと・・・今では人手が」



「近藤さんの言伝だ、しょうがねェ」




その総悟の一言では何も言えなくなってしまうと、それを見越してか総悟はの代わりに車へと乗り込んだ。排気ガスを溜めて唸る車を見送るは眉間の皺を深めて目を細めた、近藤への言葉への不承知の念と共に。










いつからであろうか        自分の出動の話がめっきりと減ったのは。結成当時の真選組はまだ自分達のような田舎の芋侍ばかりで人手が足りる、足りないの問題でなく慣れ、ということもあってか副長の指示がなければ隊士の半分以上は出動にかかっていた。は勿論前線で戦っていたし、そして仲間からへの信頼も厚い。信頼が厚いのは変りないことだがしかし、最近になって近藤から自分が戦うのは疎まれるようになってきていた。初めはただの自分の思いすぎと思ったところであろうが、ここまで続くとやはりおかしいとは思う。






局長は、自分を必要としていない?






嫌な念ばかり募る。副長はそのことに対して何も口出しする気もないのか知らん顔、というより気にも留めていないのかもしれない。隊長は気付いているのか時折苦い顔をしてはの肩を叩く。にとって全てを否定された気がするのは、自分の戦力を否定される時。役に立たない?女だから?万事屋のに語った昔の時を思い出しあの時の言葉を反芻する。






は女だろィ」






屯所内の自室へとふらふらとした足取りで戻る。待機組みはそう、多くない。隊士達が帰って来るために、救急箱を机の隣に置いて紙の束へと向き合った。のろのろとやるせない手つきで押印と書類に目通し確認する。腰の刀の鞘が夕日の赤い陽に唸っているかのように思えた。隊長たちは、命のやり取りの隣り合わせの真っ最中。自分にできることは、かみっぺらに鼻こすりつけて不満を文字の羅列にぶちまけることだけだ。







今日は非番の日だ。泡緑の着物の上に柄の質素な薄手の着物を羽織り、曇天の陽の差し込まない怪しげな天気の下に街に出る。雨が降ろうと降らまいと構ったもんじゃない。日頃の倦怠も募ってか屯所内にはいたくなかった。若い女の子なんてのは鮮やかな桜桃色や紫陽花色の華やかな着物を着ては可愛らしい恋や服や化粧だの話に花を咲かせている。勿論自分が着ている服は男物、給料で買う衣服類の全ては男同様。普通の女として生きたいなどこの末路、思ったことなどないがしかし、今の自分は男にも女にもつかぬただの浮世離れした曖昧な生き物だ。局長、と大きい柱に必死にしがみ付いては風に吹かれぬよう頼りない手つきで護れるものも護れていない。私のしがみついた場所は腐りかけている。ぼんやりと思考の巡る果ての向うに、深く笠を被り派手な着物を袖通さずにかける男がいた。珍しい、と特にこれといって女物の着物を羽織る酔狂な男という印象しか受けずにいた。別になんの思いもなく、その男とすれ違う時にぞくり、と何かが凍てつかれた。深みのある声がする。




、か。」




そう、確かに聞こえた。急いで振り返ったがその目立つ男はすぐに消えていた。路地裏に隠れたのではないかと思ったがやつの気配は最早、ない。鍔に手をかけた自分が震える。柔らかな狂気に、は呑みこまれる恐怖を思いに、聞き間違いだと自分に納得させて目の前の甘味屋へと足を運んだ。










戻ル 表題 進ム

080506