喃喃





朝独特の陽気が障子越しに差し込んでいる。春には風が運ぶ花粉という言わば花の交尾の期間のせいでところどころくしゃみの音が聞こえる。は花粉症ではないお蔭で風に乗せられていく花の香りを躊躇せず呑みこむ。隊服をしっかり着、スカーフを整える。午前11時を指す時針。程よく運動をした体でいつものように市中見廻りの時間だ。2人組みで回るはずなのだが今日は特別、沖田隊長に加えて数人の隊士が屯所を離れている。隊の半分は待機側で、もその内の一人であった。隊内の出欠席を示す板に市中見廻りの札をかけおく。存分に陽の光と気持ち良いそよ風に当たるとなんの変哲のない道を踏みしめて行った。

















江戸は変わりない。変るといえば町中に上っている看板や光のイルミネーション。江戸の顔はいつだって変らない。どでかい江戸城が中心に聳え立つのに対になるようにターミナルがその存在をありありと示している。空は天人の船で埋め尽くされて空の青さを拝むことでさえ難しい。侍、という言葉が廃れるのもあと幾年が必要であろうか。時代の移ろいにまどろみを感じながらもは今日も警棒を手に市中を見廻る。丁度歌舞伎町の手前辺りの道に差し掛かった時、見覚えがある顔を認識した。白髪頭の天然緒パーマ。着崩した着物に腰に乱雑に差してあるボロの木刀。思い出してる間にいつのまにか、口に考えを出してしまっていた。




「あー、万事屋の。」


「ああ?お前、誰だ?」




声をかけてしまってからでは遅いが本意ではなかった。その上私の名前は覚えられていないという認識も何も考えていなかったので万屋のに誰だ、と聞かれる事さえ予想していなかった。確かに私は副長や隊長の傍でちょこまかとちょろついているので彼の事は一方的に認識していたかもしれないが、彼に覚えられている保障も何も存在さえ確認されていなかったのかもしれないと思うと思わずうーんと唸りながら頭をかかえてしまう。しかしその時思いもがけない言葉を万事屋のは発したのだ。




「あー、お前真選組の。いつもあのマヨラーとか総一郎君の傍にいる。」



「隊長でしたら名前は総悟です。すみません、何か急に声をかけて。」



「はあ。」




さすがに一方的に謝られると万事屋のもどう反応をすればいいのか困ったらしい。それは勿論いつも無礼ばかり働いてる連中(万事屋のも一概にそうだが)の仲間に急に謝られるというのもおかしい図ではあると思うが。それは何とも奇妙なやり取りだと、私はふと思う。




「では私、仕事があるのでこれで。」



「あーじゃぁな。せいぜい頑張れよ、道子。」



「道子じゃない。私の名前は・・・・・・ってええええ?!」


「そーか、ちゃんって言うんだ。まー覚えとくわ。」


「ななな、ななんでおおおお、おん、、な、」


「ん?ちゃんは女じゃないですか?それとも君かコノヤロー。玉があるかないかってんなら俺の股間のセンサーに聞いてくれや。」




平然と下卑たことを述べる万事屋のはいささか怪訝そうな色を見せた。わなわなと震える私をよそに万事屋のは歴然とああ、真選組に女ってダメなんだったんじゃねーかとか言っている。とりあえず私は万事屋のの襟首をぐわし、と音がしそうなほど勢いをつけて掴んで目の先にあった大江戸ファミリーレストランの看板に突っ込んでいった。




「季節のストロベリーパフェ三つ」




万事屋のは自分の立場を分かってるんだか分かってないように依然として変らない声で店のウェイトレスにパフェを三つ頼んだ。しかし一方は反対側の席でお冷に手さえもつけないでドキドキと妙に鼓動が激しく動いていた。嫌な汗が流れる。今まで別に女というのを隠すのに抵抗も何も感じたこともないが、副長が口煩く隠せだのなんだの言うから仕様がなく隠していたのだ。しかしそれにしても正面切って女だろ示唆するような言葉を言われたことがない。今までどれほどの手練と面してきたってバレたことなど一度や二度しかない。しかしバレてしまっても結局それは仕事で斬らねばならない相手だった。しかしそれが今となっては万事屋の旦那、だ。斬る相手でもなし、敵ではないとは言い難いが害になる奴でもない。しかし取り扱い方を注意せねばこちらが被害を被ることになるかもしれない少しばかし厄介な相手だ。




「で?ここは奢りなんだよなァ、勿論。」


「さすがに分かっているようだな・・・・・・」


「お前男のフリとかしてて疲れねェ?自然でいーって、自然で。」


「・・・・・・じゃぁ、遠慮無く。それじゃぁ、単刀直入に言いますけど何で女だって分かったんです?」


「だから言ったろ、俺の股間のセンサーは・・・」


「そうじゃなくて!下ネタはいいから、こう、人から聞いたとかどこから噂が流れてるとか・・・」


「勘だ。それ以外の何でもねェ。」




万事屋のはパフェをぺろりと平らげてしまうと2杯目のクリームにスプーンを差し込んだ。驚きやそれと同じような顔はせず、ただただパフェを堪能している甘い物好きな男にしか目に映らない。その糖分は果たして銀髪のうねる栄養分となってしまうのか果たしてどこに消化しているのか。それはどうにもこうにも考えても分からないが分かる事は一つ。女だとバレた。それも一番厄介な相手に。




「ま、何か理由があってお前もそんな格好してあんなムサい連中ンとこいるんだろ?」




水色の目を溶けたアイスクリームから覗かせて見る。死んだ魚のような目が無気力に私の目に水を注ぐように見つめる。はぁ、と小さく溜息をつくと意図的に上目遣いに彼の見つめ返した。別に可愛く見せているわけでもない。むしろそれは睨みの一種に近いようだ。




「・・・・・・聞きたいんですか。」



「まーお前のお喋りに付き合うのも悪くはねェな。」




ニヤ、と不敵に万事屋のは笑って見せると私はこの春の陽気に似合わない溜息をもう一度だけ深くついてしまった。










戻ル 表題 進ム

080421