黙祷





光りが消えた。私達を包んでいた温かい光が、一つ、消えてしまった。ミッちゃんはまさに光りそのものだった。武州を未だ故郷と呼べるのも、ミッちゃんがいたからだった。


総悟とはあれから数日、あまりまともな会話をしていない。上辺だけの会話ならいくらでもしたけれど、それ以上も何もなかった。総悟の気持ちを私は汲んでやれない。たった一人の肉親さえ失った総悟は、今何を思うのだろう。それは捨てられたこの身には何も分からなかった。


総悟とは違い、私はたった一人の親友を失った。いっちゃんや副長、総悟とはまた違う、たった一人だけの。ミッちゃんはそれぞれ人によって立場が違った。だから私達の悲しみなんてものは分け与えられない。副長だっていい例だ。ただ、私はぼんやりと直面した死というものに、やるせなさを感じた。もっと、私はミッちゃんと共に生きていたかった。


でも一番生きていたかったのは、ミッちゃんなのだろう。じわじわと襲ってくる『死』に覚悟を決めては後ろを振り返りたかったのだと思う。でもミッちゃんは、振り返らない。そういう、強い心を持つひとだった。病弱なのにも関わらず、芯は真っ直ぐ強く、病気というのを言い訳にして自分に弱味を作らなかった。どれだけ、ミッちゃんは気高くて朴直だったのだろうと。


最早ミッちゃんがいないこの世で、ミッちゃんのことを考えても全て思い出の語り草になるのだろう。全ては無責任にも思い出と称され、それは段々とみんなの中で色褪せていく。ミッちゃんがいないことに、世界が、私達が慣れていく。


あの時副長は何を思っただろうか。私は総悟以上に副長の気持ちを汲むことなどできない。お節介に事に首を突っ込んだ私に、なにも言うことはできない。しかし副長はそれでいて依然としたままでいる。そういう人なのだ。心の奥底でなにか思うところあってもそれを口にも顔にも出しはしない。私はそれに口出しもできない。


以前とは変わらない屯所内も、私と副長と総悟だけが暗い影を落としていた。周りがそう気付いていなくとも、少なくとも私にはそう見えた。真選組局長は強い。いっちゃんだって、ミッちゃんの死を追悼しているだろうに、もう振り切っているのだ。決して忘れたわけではない。私といっちゃんは違うのだ。


傷口に当たれば痛むような鋭く冷たい風が吹く季節となった。私はそれでも考えるのを止めない。総悟はいつものお調子者の一番隊隊長に戻り、私は隊長補佐の肩書きを背負う。思うことを止めることもできず、私は墓前に立つ。




「ミッちゃん・・・」




楚々としたミッちゃんの人柄のような墓だった。豪勢な物は、添えられた花だけだ。周りには幾つか同じような小さい墓があり、周りは季節ごとに咲き誇るであろう草花が控えめに植えられている。紅葉も、その風景を彩っていた。ミッちゃんにはお似合いの美しい墓地だった。『死』を受け入れるのはこれが初めてではない。しかし大切な人を『死』に奪われるのは初めてだった。私の知らない世界へと旅立ったミッちゃん。私もいずれ、そこへと辿り着くのだろうか。




「お前もいたのか」


「・・・・・副長」




急に呼ばれてはっとすれば副長が煙草をふかしながら整然と立っている。私が立てた線香の匂いを追ってきたようだ。まだ灰が少ない煙草をポケット灰皿に潰すと副長は私の隣に立つ。そういえば、私もまた身長が伸びたのかもしれない。副長と私の身長差は十センチにも 満たなかった。




「ここの花の世話は誰がやってんだ?」


「私と総悟が来てはたまに。」


「そうか・・・なかなかいい所だな」




副長はそういって座り込むと沖田ミツバ、と彫られた字を見つめる。彼は一体何を思っているのだろうか。ミッちゃんに語りかけているのだろうか。副長は手を合わせて、拝む姿勢を見せると私もそれに続いてしゃがみこみ手の平合わせて目を瞑る。いないはずのミッちゃんが、私に微笑んでいる気がした。とある幻想の話。




「帰るぞ」


「はい」




先を歩く副長に私は追うように後についた。再び煙草を取り出して火を着ける。お互い、何も言葉を交えることはなくても気まずさはなかった。煙が、秋風に染みていく。副長の背中を見ながら、ミッちゃんが歩幅を一生懸命合わせて歩く姿を思うと、目頭が熱くなってきた。あの穏やかな笑みを、季節は攫っていってしまったのだ。不思議と、背で語ることもしない薄情な副長の後姿が、故郷のように思えて恋しくなった。







戻ル 表題 進ム

0801108