崇高





無機質な機会音と、ミッちゃんの虫の息ほどの呼吸音だけが、真白い病室に響いていた。彼女が横たえているそれは寝台。総悟が、ミッちゃんが私と2人で話したいからと集中治療室を出た。残された時間は、もうわずか。ミッちゃんと口を利けるのもこれが最後なんだろう。ミッちゃんは、私が入室すると気だるげに私の方へ向いて見せた。色の白い、彼女の美しさはいつまでも変わらず気高く、そして私の大好きな笑顔のままだった。




ちゃん・・・ケガは、ない・・・?」


「・・・うん、ないよ」


「そう・・・よかった」




ミッちゃんは笑う。私もそれに答えて笑ったけれど、ふにゃりと力の抜けた笑い方しかできなかった。頬が引き攣ってしまう。でも、これが最期だから、彼女の前で笑っていたい。




ちゃんは、もう、泣かないのね・・・」


「え?」


「もう、私ちゃんが泣くのをずっと見てない気がする・・・ちゃんは強くなったのね」




ミッちゃんが、嬉しそうに、それでいて瞳だけは哀しそうに私を見据えて、そうして最早動かすこともしんどいはずの手をひざまづく私の頬にやった。撫でる力が、弱すぎる。声が、震えた。




「強くなんか・・・ないよ、私・・・」


「・・・泣いてしまっていいのよ」


「泣きたくなんてないよ!笑ってなきゃ、ミッちゃんが、っ・・・」




ほとんど金切り声だった。言動とは反対に、目の奥が熱くて、瞼が焼けてしまうかと思って。涙は、ぼろぼろと落ちた。でも、私が泣くと、ミッちゃんは瞳も笑って、どうしてか嬉しそうに頬を緩める。




「私はね、あなたが泣くのを・・・見てから逝きたかったの・・・ずっと、そう思ってた」


「・・・なんで?」


ちゃんが、武州を発ってから、ずっとそう思ってたの・・・もう、私には何も話してくれないんじゃないかって・・・」


「違う、違うよミッちゃん」




ミッちゃんを護りたかったの。そう続けたかったけど、言葉は出てこなかった。最後の最後まで気恥ずかしかったのか、見栄っ張りな私は口を噤んだけどミッちゃんは長年の付き合いから何を私が言いたがったのかを察した。そう、と笑みを崩さないまま頷くとミッちゃんは目を細めた。そしてゆうくりとその紅い小さな唇を振動させて音を、言葉を紡ぐ。





「ありがとう。私、ちゃんに会えて幸せだった・・・一緒に時を過ごせて嬉しかった・・・そして・・・幸せに、なって・・・ちゃん・・・」



「やだよ、ミッちゃん・・・もっと、一緒にいたいよぉ・・・」


「フフ・・・最後に引き止めてくれる人がいてくれてよかったわ・・・大好きよ、ちゃん・・・」




気付いたら私は泣き崩れてしまっていた。最後の最後で泣いてしまった私をどうか、どうか許して。私を宥めて、そーちゃんを呼んでと頼まれてよろよろとした足取りでそーちゃんを呼びにいく。ミッちゃんの言葉で、私はそーちゃんの隣でミッちゃんがあの鈴のような声で弟に語っていくのを傍らに眺める。やがて、ミッちゃんは私、そして勿論そーちゃん、トシ、いっちゃんへの思いを言葉を最後に握っていたそーちゃんの手の体温から消えていく。





無機質な心音がいつしれず絶えた。




そうしてミッちゃんは、涙ひとつ流さず、笑顔のまま、死んでいった。







戻ル 表題 進ム

0801023