心髄





真っ暗だった。歩けども歩けども道は暗く、道中に灯りだなんてものもない。それは俺が選んだ道。つくづく総悟には恨まれることをしてきたと、俺は思った。そして、あいつにも。今は血だらけで逆に視界が血に染まり真っ暗になりかねない状況だ。転海屋、蔵場当馬。俺の足は今あいつをひっとらえるだけのために引きずり歩いている。刀が、重い。




「副長!!」




なぜついてきた。俺は目を疑った。




「一人じゃさばききれないでしょう」


「なんできたんだ」


「・・・知ってましたよ」




知ってましたよ、だと。こいつは知っていたのか、自分の親友の夫となるヤツが真選組の敵だということを。俺たちは背中を合わせながら目の前の敵をどんどんと斬っていく。相当の手練のが手伝って、敵は俺が一人だったときよりも激減している。なんて恐ろしいヤツだ、とこういうときこそ思う。




「・・・早く片付けて行きますよ、ミッちゃんのところに」


「ああ」




こいつももう、あいつが長くないのだと知っているのだと分かった。顔は見えないが背中に伝わる体温が流れ込んでくるようにこいつの考えていることが分かる。忙しい手とは逆に頭はやけに冷静だ。目の前の敵を斬るだけのことを、この身体はちゃんと覚えている。




「私はミッちゃんが幸せになれればそれでいいんです」


「・・・そうか」


「・・・でも私は副長も幸せになってくれないと嫌です」


「・・・・・・」


「私はあなた達をずっと見てきましたから。これは私の我侭でエゴです、でも・・・・・」




は言葉をつまらせた。俺だって分かってる。こいつがどんなに俺たちの幸せを願っていた事を。武州にいたころからずっと、こいつは俺とあいつを。口にはしたくないが、少し感謝したことだってある。隠れたコンテナの先に俺たちは血を含んだ重い隊服で、俺は撃たれた足を、は斬られた肩を抱えて無様にも敵陣の前に姿を晒した。転海屋が上から俺たちを見下ろしている。先ほどまで慈悲に満ちていたの目が転海屋の視線に気付いた瞬間血に飢えた獣のようにギラリと鋭く光った。




「残念です。ミツバも悲しむでしょう古い友人を二人も亡くす事になるとは」




ざっと辺りを見渡すと浪士たちが俺たちを囲んでいる。万事休すか。浪士たちは転海屋の演説を際立たせるように刀を懐で光らせながら静寂を保っている。から聞こえる呼吸音が、こんなに近くにいるのに微かにしか聞こえない。




「あなた達とは仲良くやっていきたかったのですよ。あの真選組の後ろ盾を得られれば自由に商いがでじるというもの・・・そのために縁者に近づき縁談まで設けたというのにまさかあのような病もちとは」





ぜえぜえと唸るように喘ぐ俺の隣でがぴくりと肩を震わせた。転海屋を見据えるその目は、瞬きひとつもしていない。





「・・・ハナから俺達抱きこむために、アイツを利用するつもりだったのかよ」


「愛していましたよ。商人は利を生むものを愛でるものです。ただし・・・」


「道具としてですが。あのような欠陥品に人並みの幸せを与えてやったんです、感謝してほしいくらいですよ」





俺は驚くほど冷静だった。が転海屋へ斬りかかるように目では判断できないほどの速さで抜刀するのを、手で制した。俺がこの手を差し出さなかったら恐らくコイツはまた、獣のように血にまみれただけだろう。紫煙を立ち昇らせる、口元の煙草にその手を自然な動作で持っていく。総悟の想いが、今記憶に蘇ってくる。




「・・・・・・クク、外道とはいわねェよ。俺も似たようなもんだ。・・・ひでー事腐るほどやってきた」




その瞬間が我に返ったように哀しい瞳をした。そんなことはない、と言いたげな顔だ。相変わらずの甘ちゃんだなぁ、テメェは。





「挙句死にかけてる時にその旦那叩き斬ろうってんだ、ひでー話だ」


「同じ穴のムジナという奴ですかな。鬼の副長とはよくいったものです。あなたとは気が合いそうだ」


「・・・・・・そんな大層なもんじゃねーよ。俺ァ、ただ・・・・・・」





けどその甘さに俺もミツバもどれだけ救われてたか、そうだ。お前がアイツの幸せを望むように俺は        




「惚れた女にゃ幸せになってほしいだけだ」




俺が抜刀すると、もそれが戦闘の合図かのように刀を握る拳にぐっと力を入れる。その横顔には、一滴の涙が伝っていた。




「こんな所で刀振り回してる俺にゃ無理な話だが、・・・どっかで普通の野郎と所帯もって普通にガキ産んで普通に生きてほしいだけだ。・・・・・・ただ、そんだけだ。」











ジャキ、と相手方が武器を構える音が聞こえたから、私は刀を振り抜いた。向かってくる敵を裂いて、私は転海屋の逃げる先へと追うように行くと、隊士たちがどっと戦場へと流れ込んでいくのが横目で窺えた。すると副長が駆けて行った先で、けたたましいほどの爆音が聞こえた。はっと息を呑んで、私は我を忘れて叫ぶ。




「トシ、トシ?!」

「お前が探してるトシってヤツァ、この先にいるよ」



聞き覚えのある声だ、と振り返ると万事屋のがバイクに乗っている。のってけよ、と後ろを指差すと私はなぜ彼がここにいるのか、と何も考えずにバイクの後部座席に乗った。バイクは急発進する。私はちゃんと掴まっとけよ、との万事屋の言葉に腰に手を回し逸る心臓音だけを落ち着かせたかった。トシに何かあったら、ミッちゃんに面目立たない。


そして万事屋の言っている意味が分かった。トシは転海屋の乗る車の上にいた。すぐに万事屋のはバイクで追いついて、激辛煎餅をトシに渡した。後部座席にいる私と、激辛煎餅と、万事屋のそれに驚いたかは知らないがトシは唖然とした顔をして万事屋の言葉に耳を傾けていた。




「安心しな、せんべえ買いに来ただけさ、てめーで届けてやりな。」




私は万事屋の指図の通り、刀で走行中の車のタイヤに刀をぶっさした。車の走る速度はみるみる落ちていく。





「その方がアイツも喜ぶだろ」




トシが反対側に回って、タイヤに刀を刺す。車はそれを振り落とすようしぶとく走行する。だけれど、目の前には、そーちゃんがいた。









        それからは頭が真っ白だった。真っ二つに割れた車の爆音に我に返された。万事屋に大丈夫か、と声をかけられて頷く。いっちゃんが私達を追って、一目散に私に駆けつけてきた。そしてすぐに副長と、そーちゃんの安否を確認するとすぐに病院へと急ぐぞと告げられた。万事屋そして私達は病院の真白い部屋へと急いだ。これから起こる、運命に逆らうことなく。







戻ル 表題 進ム

0801019