慰問





暗闇に浮かぶ、パトカーの赤いライトが停まっている。は今、大きな屋敷の前にいた。ミツバが倒れたと、総悟から電話をもらった上で今ここにいる。自然に形相が強張る。泣きそうな顔も、今はミツバに見せてならない。彼女の前では、二度と泣かないと決めたのだから。は深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、焦りを隠すように張った肩を和らげた。もう一度、息を深く吸い込んだ後、はゆっくりとした足取りで門を潜っていった。




「副長・・・・・・に退くん」




女中さんに名前を言って、渡り廊下へと通してもらうと、副長が山崎を引きずる光景をみて何事かと、思っただがその前にミツバが彼に会えたのだろうかと淡い期待を抱いた自分の頬が少し緩んだ。しかしそんなことを口にでもしたらこの人は自分を怒鳴り散らすのだろう。すれ違う肩越しにお疲れ様です、との一声をかけて目当ての部屋へと急いだ。襖が開いている部屋に足を運ぶと、この家の主人らしき人に総悟、そしてなぜか万事屋のが机を囲んでいる。その隣の部屋には、がこの長い間、幾度と心の中で助けを呼んだ友人が弱々しく布団に横たえているのが目に入り一目散には彼女の名前を叫んでいた。




「ミッちゃん!!」


ちゃん・・・・・・」




布団へ駆けつけると、ミツバは苦痛そうに歪めていた顔をほんの少し和らげた。布団からその細い腕を差し出すと、はそれに縋るように握り締める。ミツバも、もこうして会うのは本当に何年ぶりか。




「あなたはさんでしょうか?」




肩越しに聞こえる声の主に振り返ると、先ほどの主人らしき人だと分かった。抜け目がない身のこなしに反してそのえらが張った特徴的な顔には大らかそうな印象が強かった。




「そうです、あなたは・・・」


「私はこの度ミツバと結婚することとなった転海屋を営んでおります、蔵場当馬です。あなたのことはミツバのことからよく窺っておりました。」


「挨拶もなしに突然お伺いして申し訳ありません」


「いえいえ、あなたはミツバのご友人なのですからいつでも来てくださって構わないのですよ」




とりあず人の好かった人で良かった。職業上得意なのか完璧の作りの笑顔を浮かべる蔵場にはあまり気にもとめず、すぐにミツバへと振り返った。相変わらず、この親友はいつまでもうつくしい。




「当馬さん・・・悪いけど、二人にして・・・もらえないかしら・・・・・・?」


「ああ、分かったよ。総悟くんも坂田さんと一緒に隣の部屋にいるから。何か会ったら呼ぶんだよ。」




弱々しく返事するミツバを心配してか蔵場はいささか不安そうな顔をしていたがすぐに襖を閉めていった。




「本当に・・・久しぶりね、ちゃん」




「心配したんだよ・・・ミッちゃん。・・・・・・また、痩せた?」




フフ、と曖昧に笑うミツバにあぁまた痩せたのだなと認識する。この唯一無二の親友はどんどん自分の知らないところで痩せ細り、衰えている。それを思うと何もできない自分が惨めで惨めでたまらなかった。けれどそのことをミツバの前では決して口にはしない。




「あの人、ミッちゃんの旦那さんになるんだよね?」


「ええ、そうよ。とってもいい人・・・わたしがこんな身体でも引き取ってくれるんだから」


「そっか・・・・・・」




瞼を落とすと、自分の手の中にある彼女の小さくて細い手をこんなに優しく扱っているのにも関わらず握りつぶしそうだった。それほど彼女は弱っていたのだ。




「副長・・・には会った?」


「・・・・・・ええ、話しては・・・いないけど」


「ミッちゃん・・・・・・わたし、」




言葉を呑みこむ。いえない。結婚なんてしちゃダメ、だなんていえない。わたしにでも分かるのに、ミッちゃんはまだ、まだトシのことを、




「仲人はわたしがやるんだから、他の人に譲ったらイヤだよ」


「フフ・・・勿論よ。私の親友はあなただけなんだから・・・」




嬉しそうに微笑む頬が引き攣る。本当に、笑えない。笑えないよ。そう心で呟くも、彼女は分かっているのだろうか。ミツバは腕を更に伸ばし、の頬をゆうくりと撫でると力無くその腕を落とした。




ちゃんは・・・・・・変わらないわね、いつでも」




















「いつまでも変わらないでいて」










長くはないと悟った。もう、長くないんだと。長居したらミツバの身体に障ると思い、あの後部屋を後にし総悟や万事屋のがいる部屋に向かったが、すでに万事屋のと彼の姿はなかった。蔵場がいるだけで、今日は本当に有難うございました、と頭を下げられると不思議と罪悪感でいっぱいになった。は軽く頭を下げると、また来ると告げる。外へ出ると総悟が自分を待っていた。帰ろーぜィと誘われ素直に返事をする。お互い帰路では何も話さなかった。否、何も話す必要はなかった。総悟もきっと自分の気持ちが痛いほど分かっているのだろう。は不意に夜空を見上げると、そこには輝かんばかりの月と燦然とした星が闇に散らばっていた。武州のころ眺めたような、夜空だった。








戻ル 表題 進ム

080715