邂逅





ところどころ擦り切れた着物を着た少女がいた。下駄も草鞋も履いておらず擦り傷だらけの裸の足が痛々しく目に映る。鋭い眼をぎらぎらと光らせ口元はきゅっと固く結ばれている。顔つきは整っているのに可愛げの無い少女だ。みすぼらしい衣服とは裏腹に彼女のその手にあるのは上等な牡丹の簪だった。ころんと赤い玉と共に飾られているそれを大事そうに彼女は握り締めていた。しかしもう片方の手にはこれまでの戦歴を物語るように傷が刻まれた木刀であった。


流れに流れ着いて武州のそのまた奥へと身を佇んだ。幼い頃住んでいた江戸ははるかに遠い気がする。最早江戸の記憶なども片隅にも、ない。いつまでも飢えの目を光らせ獣のように唸り、獲物を逃がさず捕らえる。喧嘩っぱやい道場破りの男とは別に、彼女の名も武州の片田舎で囁かれる有名な噂となった。一度狙われた者はどんな男でも逃がさぬと。生きるために金品と衣を奪っては去る。金持ちしか狙わないというのは彼女に残されたほんの少しの情けなのか        と。


























「大人しく金を渡しな!!」




少女の声が辺りに響くと男共は揃って逃げ遅れ見えぬ刃の行く先に倒れ、情けなくも地に這い蹲った。どさどさと死体まがいの身体が倒れていく中、その男は立っていた。忽然と、そう、立っていた。




「こらこら、女の子がそんな口をきいちゃぁダメだぞ。」


「うるさい!!お前なんかに私の何が分かる・・・!」


「分からないさ。だから、俺は君のことを知りたい。」




その言葉で一瞬少女はたじろぐ。そんな言葉は人に、初めて言われた。男は何もかもを包み込むような不思議なオーラを持っていた。柔らかな笑みに隠れるそれは女子供をも圧倒する。何故か彼女に、その太刀を振ることは許されなかった。




「俺ンとこの道場へ来ないか。」




男は言った。口をにぃっと大きく緩めて言うその姿勢に彼女も大きく目を見開く。唖然とぱちくり、瞬きを繰り返す。初めて。その時だった、彼女が救われたのは。その時だった、他人の優しさという感情に触れたのは。




「な、何を言う、」


「嫌ならいい。俺の道場はこの道を真っ直ぐ行ったところの突き当たりにある。気が向いたら来なさい。」




少女は何か言いかけたが広い背中を向けた男に茫然と立ち尽くし、木刀を片手に力無くぶら下げ言葉を失っていた。先ほどの、猛獣のような目の粗野な光りはすでに失いかけていた。




















翌日。少女は昨日喧嘩を渡り歩いた道を真っ直ぐ歩んでいる。片手にはやはりあの簪、片手には使い古しの木刀。道場へとつくと、なぜか胸の鼓動が早くなる。あの男の深い眼差しがどうしても忘れられない。門をくぐろうといざ一歩を踏み出そうとするが気恥ずかしくて足が動かなかった。もたもたしどろもどろとしている少女にやがて道場の主は気がつき少女に声かけた。昨日声かけられた男よりも大分置いているが温かい人柄から大方彼の父親なのだろうと少女は納得し、不慣れな足取りで主の言われるがままに土地に踏み込んだ。




「おい、勲!新しい門下生だ。綺麗な嬢ちゃんだがよォ。」


「よ・・・よろしく、おねがいします・・・・・・」


「お!来たか。」




昨日のより一際大きい声で豪快に微笑むと、その隣にいる天使のような顔をした自分よりも幼い男子供が興味深そうに彼女を見上げる。彼女のもじもじと恥ずかしがる様子を見てか、男は嬉しそうに頬を緩めた。するとそれにつられてか少女も幾年と緩めていない筋肉もほぐれ、やがてそれは花のような笑顔になっていった。




「やっぱり女の子は笑った方が可愛いなぁ。なぁ総悟?」


「姉上には遠く及ばねェが、そうスね。」


















そして男の名を近藤勲と言い、少女の名をと言った。



これからの真選組を担う重役同士の出会いであった        










戻ル 表題 進ム

080410