紐帯





机上にある大量の書類を処理したのとは別に分ける。今日は局長も副長も隊長でさえ有給を取って何処かへ行ってしまっていた。は退屈していた。目の前にある折り重なった紙の残骸を見つめる。この書類もどの書類も、走る活字は同じように連なるばかり。









        あぁ、つまらない。


















仕事が決して楽しいものではないと分かってはいるが、どうしてもそれが我慢ならない。こんな時はすかっと        そう、剣の稽古にでも行くか。気分転換には稽古が一番良い。竹刀を握っているのと握っていないのとでは心の持ちが違う。


は羽織っていた隊服に袖を通すと襟を正した。胡坐をかいていたものの足先の痺れはじんわりと体の芯を揺さぶる。大きく腕を広げると、縮まっていた筋肉が程よく伸ばされて気持ちが良い。幾らか天気は曇っているが太陽はちらちら、と雲の間から顔を覗かせている。子供のようだ、とは袴と胴着を引っ張り出しながらぼんやりと考えていたところに目が覚めるほどの隊士の大声が聞こえてきた。




さーん!!副長が顔面血だらけで帰ってきましたァ!!早急に手当てを!!」


「副長が?全くあの方も怪我をせずには帰ってこられないようだな・・・・・・」


「さ、さ、早く!」





は山崎の青い顔を見て、掴んでいた胴着袴を放り直ぐに机の脇に常備してある救急箱を持ち出して門へと疾走する。案の定そこに立っていたのは聞いてのとおり頭から止まることのない血をだらだらと惜しげもなく垂らしている副長とそれを抱える局長にひょこひょこと足を引きずりながら副長を小突いてる沖田隊長だった。




「もう何してるんですか、副長!局長、副長を副長室まで運ぶの手伝って頂いてもよろしいですか?」


「あぁ、勿論だ。」


「おう、。毎度毎度ご苦労なこった。」


「軽口叩いてる暇があるんならとっとと副長室に行きますよ!さ、沖田隊長も手伝って!」


「何で俺が土方さん運ばなきゃならないんでィ、この足見ろよ折れてんだぞ」


「あーもーいいです、私が運ぶんで。隊長は後で手当てするんで待ってて下さい。」




相変わらず副長に冷たい、というかもの凄い嫌悪感を滲み出している沖田隊長は無視し、急いで局長と共に副長を副長室へと連れて行った。怪我は大分深手を負っていて、とりあえずの止血のために血を綺麗な濡れ拭きで拭き取り丁寧に包帯を巻いていく。




「お、おいお前まさか顔全部に巻くんじゃぁ・・・・・・」


「勿論そうですよ、我慢してください。」


「おまッ・・・それじゃぁ俺ミイラ男じゃねぇか!ただの変質者じゃねぇか!」


「毎度毎度怪我してきて手当てするのは誰でしたかねぇ?」


「・・・・・・ったくしょうがねェな。」


「それにしても柳生の一族の者はそれ程の手練だったんですか?まさか副長がこんなに痛めつけられるとは・・・・・・」




ぎくりと僅かに肩を震わせた副長はまぁな、とバツが悪そうに答えた。すると横でちらちらと先ほどからこちらを見ている局長の視線に気がつきやたら強く後ろの腰辺りを押さえてることに気がつく。




「近藤局長も怪我してらしたんですか?どれ、見せて下さい。」


「いやッ、俺はいい!いいから!まさか紙がないからって紙やすりでケツ拭いたとかそんなのナイナイ!ないからアアアア!!」


「後ろのケツなら泌尿器科よりも皮膚科ですね、今度行ってきて下さい。」




はい、としょげて答える局長はそのまますごすごと自室へと戻っていった。ニヤニヤと相変わらず人を罵ったような表情をして見ていた沖田隊長もいつの間にかいなくなっていて、その場には私と副長だけが残る。包帯をしゅるしゅると巻く音だけが辺りに響いた。




「全く・・・・・・怪我するのもこちらの身になってはいかがですか、副長。」


「お前が屯所内で器用な方なんだから仕様がねェだろ。」


「そういうことじゃありません。自分をもっと大切にして下さい。」


「テメェはそういうところが女々しいんだよ、。」


「女なんですから仕様がありません、ハイ、出来ました。」


「バッ・・・・・・!お前誰かが聞いてたらどうすんだよ」


「別に聞いてるとしたら沖田隊長しかいません、それに今バカって言おうとしましたねバカって。」


「それはお前・・・・・・アレだよ、つまりだな・・・その・・・勢いってヤツだ」


「まぁ今日はそういうことにしておいていいです、それとしばらくは安静にしていて下さいよ。局長の披露宴も間近ですからね。」


「お前・・・本当にあの王女が近藤さんの奥さんになってもいいのか?」


「それより副長、屯所から出ようとしたら隊長とタッグ組んで二度と起きれないようにしますからどうぞ、ご覚悟を。」


「出なきゃいいんだろーが、出なきゃ・・・・・・」






















ぽんっと肩を叩くとそれに納得するかのように副長は頷く。あとでまた包帯変えに来ますからね、と一言告げると不機嫌そうにもおう、と返事が返って来た。マヨネーズ型のライターを取り出し最早相方と言えるべく煙草に火を灯し一本の灰の線を浮かべた。ふぅ、と副長の息遣いに振り返ると長年見慣れた広い背中が雲を取り払った陽に浮かんでどうしても哀愁に満ちて寂しく思えた。









表題 進ム

080410