![]() デスクワークも軽々とした手つきでこなせるほど、の機嫌は良かった。赤蜻蛉の飛び交う南風に、は夏の名残りを感じる。もうすぐ、秋だなぁ。すると、襖にぼうっと影が映った。低く聞きなれたその声は、己の名前を呼ぶ。 「おい、。入るぞ。」 副長の声は一声聞いただけで分かる、そーちゃんのあの覇気のない声ともいっちゃんの深くて優しい声とも違う。は呼びかける自分の声に思いをめぐらせながらも、返事をすると静かに襖は開かれた。 「客だ。早く応接間に向かえ。」 「分かりました・・・・・・どなたですか?」 副長はしばらくだんまりと、床の節目を見つめる。その様子でわたしはなにとなく、誰が客なのかと見抜いたが間髪いれずに副長は口を開いた。 「沖田ミツバだ。ほら、早く行けよ。お前も会いたがってただろ。」 お気遣いありがとうございます、と頭を軽く下げて足を速めた。先ほどの副長の微妙な焦りにはきっと、わたししか気付いていない。軽快な足音は親友の元へ向かうと共に後ろに取り残された、副長に躊躇いを覚える。ぴたりと、急ぐ足取りは歩くのをやめた。踵を、返す。 「・・・・・・副長は、お会いになられないんですか。」 視線がかち合う。けれど、副長は聞こえなかったフリをしてか煙草を銜えて、あたかも自然に見えるような動作で視線を逸らし、庭を眺めた。煙が秋風に乗せられて靡く。伏し目がちに振り返ると、わたしは改めて親友の元に急いだ。夏の鋭い陽射しを残す、秋の始まりのことだ。 あの河上万斉との斬り合いの後、武州にいた頃のようにわたしはいっちゃんとそーちゃんと笑い合えた。他の隊士の人々も、そんなわたしを見てか親しげに話しかけるようになってくれて、今までの孤独と隣り合わせだったわたしはどこに行ってしまったのだろうかと、優越感に浸れるほど屯所内に溶け込んでいた。副長は偶然にもその時居合わせなかったのはしようがないのだけれども、わたしは副長を目の前にしたとき、なぜか「トシ」と声をかけられなかった。あぁ、この人は真選組の鬼副長なのだと、わたしは頭で分かるよりも体が先に理解してしまっていたからかもしれない。 あの頃から一番変わってしまったのはわたしかそれとも「トシ」なのか、それはもう、誰にも分からなかった 「あれ、ミッちゃんは?」 勢い良く応接間に飛び込んで来たさんは、すでに客がいる様子がないことに訝しげに顔を歪ませた。僕の隣にいる局長はおお、とさんが応接間に入って来たのに気がつくと、少し残念そうに眉を下げる。 「ミツバ殿なら総悟が連れ出したぞ、もう一足早けりゃなぁ。」 「なーんだ・・・ミッちゃんそーちゃんが連れてっちゃったのかぁ。」 肩を落とすさんに局長は軽く肩を叩くと、いつもの笑い顔で局長はさんを慰めた。 「なぁに、まだミツバ殿は当分江戸にいるそうだ。オフにしてやるから明日にでも会いに行けばいいじゃないか。」 「うん!ところでさ、今日副長は仕事、入ってる、よね?」 「あぁ、トシなら今日港での不審船調査の仕事が入ってるが・・・それより、お前ミツバ殿から聞いたか?」 「うん、ミッちゃん結婚するんでしょ?手紙に書いてあった。」 「やっぱりミツバ殿はお前だけには知らせていたんだなぁ。なぁんか俺ちょっと寂しいんだけど。」 「ほら、そーいうのは女の子の仲ってやつだよ。」 ふふふ、と笑うさんにふてくされる近藤の間に僕は目をぱしぱしと瞬かせながら見つめていた。疑問詞を含む僕の言葉は驚きを隠せないようでいるようだったみたいだ。 「さん、ミツバさんと仲良いんですねぇ?」 「そりゃ、勿論!武州の頃からの親友だもん。」 さんはそれはさも嬉しそうに、それが自慢だというかのように微笑むとあぁ、本当に仲が良いんだなぁと心底思えた。整った中性的な顔立ちのさんに見るからにおしとやかで大和撫子と謳われても過言ではない沖田隊長の実姉のミツバさん。見るからに対称的な二人なのにとても親しげなのにはしっくりとくる。それがなぜだかは分からない。何となく、さんとミツバさんはどこかしら同じ匂いがする気がした。 「じゃぁね、退くん。」 いつものようにあの無邪気そうな笑みで告げるさんは颯爽とその場を去っていった。いや、その笑顔がいつもとなったのはいつからであろうか。そしてさんが退くんと僕を呼ぶようになったのも。女隊士だと世間に公表されてからさんのとっつきにくい印象はあたかもなかったかのように崩れ、くるくると表情が変わる少女のような若々しさを残す女の人へと変わった。僕達隊士からの人気も厚い。さんがミツバさんに早く会えるといいなぁ、と純粋に思った僕はこの陽射しに伴う涼しげな気候に訪れようとしている静かな嵐の物音を聞き取れはしなかった。 戻ル 表題 進ム 080705 |