温顔





それは江戸に来てからどんな日よりものどかだった。あれから泣きに泣き果てたは周りの隊士から奇妙な視線を送られたが、全くと言っていいほど気にしていなかった。明日の早朝会議、屯所内の全ての人に言わなければいけないことがある。勿論新聞を見て、を一瞥するものも少なくなかったが、彼女への質問をその早朝会議までは総悟と局長自ら禁じた。土方は明日、屯所に帰ってくるのでその時に知らせればいい。局長は、真っ赤に腫らしたの目の下を撫でながら優しく諭した。いまだぐすぐす鼻を鳴らしていただが、その時ばかりはあの向日葵のような笑顔を、近藤、そして総悟へと贈ったのであった。




「なんかさぁ・・・・・・意地張ってた私がばっかみたい」


「ああ?がバカじゃなかっただなんて初耳だなァ。」


「あっ!!そーちゃんはまたそんなこと言う!!昔っから意地悪いの、直らないんだから!!」




日も赤みがかって涼しい風が木々に靡くころ、と総悟は縁側で行き場のない足をぶらぶらと揺すっている。そういえば小さい頃から道場で暇な時を見つければこうやって誰かしらと縁側で談笑を楽しんでいた。懐かしい、武州の匂いを思いださせる。ふぅ、と一息ついたは太陽めがけてうんと背筋を伸ばす。何でもないありふれた日常の仕草のひとつでありながら心の底から羽を伸ばせるなんて本当にいつぶりだろうか。




「みんな驚くかなぁ、私が女だってこと言ったら」


「驚くだろ。みたいなはねっかえりが女だって知れたら大騒ぎだろィ」


「・・・・・・その減らず口どうにかなんないの」




呆れた口調に似合わずはそれはそれは嬉しそうに頬を緩めている。きっと今日一日、この笑顔が苦痛や恐怖などと言ったものに崩れることはないだろう。総悟は横目でを見やると小さい笑みを、口元だけに零した。決して、彼女にはわからないように。




「ミッちゃん元気かなぁ最近連絡とってなかったし」



「・・・・・・」



「そーだ、久しぶりに手紙でも書こうかな。そーちゃんもたまには書けば?」



「そーだな、気が向いたらだなァ」



「そーちゃんが手紙書けばミッちゃんも喜ぶのになぁ、じゃ私は一つ筆でも手に取ってきます!」




へらへらと笑うはこれまでのと似つかない、同一人物と疑ってしまいそうなほどに隙だらけである。そんなに憂いてる総悟も反面、安寧を抱く。そうだなァ、たまには姉上に手紙でも書いてみるか。口に出しはせずとも浮き足立ってるの背中を追って、総悟は程よく痺れた足を起こす。彼女の後姿を見るのは本当に久しぶりな気がした。いつだっては俺の前に立っていて、必要とあらば手を差し出して笑顔で俺を迎えてくれていた。俺はに笑って手を差し伸べてあげただろうか。笑っていなくとも、ぶっきらぼうな俺の手をは受け取ってくれたのだろうか。床と足袋の擦れる音を傍に総悟は考える。けれど、次の瞬間目にした光景にそんな無駄な思考もふっとんでしまった。




「・・・・・・ありがとう」




泣きそうな顔でが言うもんだからおどけてしまったけど、はやっぱり笑っていた。俺の大好きな、あふるる光りを浴びた、向日葵のような笑顔だ。今度こそ溜息と呆れたような、慈しみに満ちた笑みを零すと俺は自然とこのもやもやとした気持ちから救われたような気がした。




















は俺たち真選組の、太陽だ。










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080621