決起





思わず空気が強張る。河上万斉は自分の反応を待っていたかのようにその不敵な笑みを崩さない。シャカシャカと激しい音が零れる。流れるような動作で河上万斉は真向かいの席へと座った。数日前河上万斉と出会った時と何ら変らない、この光景。は毛を逆立てるように警戒心を剥き出しにした。河上万斉が自分に害を与えるでない者と意識している反面、血が妙に騒ぎ出す。ざわざわと、それは不穏な音を立てた。





「少しは考えてくれたでござるか、。」




河上万斉は嫌に口の端を吊り上げている。さも自分が面白いことをしているかのように、まるでそれは物見でもしているかのように、視線で私を小馬鹿にしているように        














「黙れ、河上万斉」




鼓膜が破れそうなほどの動悸に包まれる。身が知らず知らずのうちに乗り出していて、しゃら、と静かに抜刀していた。遠くから客の悲鳴が聞こえたが、そんな喧騒も遠巻きにやけに辺りが静かに感じた。刀を河上万斉の喉元に突きつけると、河上万斉は驚きと、それと喜びを示唆するようにサングラス越しに目を大きく見開いた。一瞬にして店は混乱と悲鳴の渦に飲み込まれた。しかしはさも関係ないように河上万斉だけをその狂気めいた瞳に映していた。じり、と刃が白肌に詰め寄る。




「・・・・・・おぬしはもう少し利口だと思っていたが?」




ぐっとは柄に力を入れ、思い切り振り下ろした瞬間、河上万斉は目にも止まらぬ速さで後ずさった。河上万斉の手にも、獲物の刃。ぎらぎらとの眼を焼くように光らせる。




「おぬしなら晋助の下でも」


「黙れ!!」




懐には飛び込むと、河上万斉はそれを避けるように右足を軸にして体を捻ったが、の方が早かった。振り下ろした太刀は河上万斉の肩を切り込み、慟哭と同時に血飛沫が上がる。斬れる肉の感触がを奮い立たせた。空気は、冷たい。





「私は高杉の下などに傅く気などない。私は攘夷志士などに身を売る気はない!!」




透明な鋭いものが飛び散る。それがガラスだと分かった時、すでに河上万斉は窓を破って表へと身を投じていた。破片が頬をかすったのかどろりと頬に生暖かい筋が伝う。ひっそりとした女の声が崩れる店の影から居所を知らせるように、それはふさがれた耳でも捉えることができた。




「私の大将は、近藤勲ひとりだけだ」




「おぬしと似ている音を聞いたことがあるでござる」




背後から襲う、殺気。振り向くと刃を向けた河上万斉には己の刀を打ちつけた。鉄の擦れる音と店の一部が崩れる音と己の呼吸だけが、この戦場にはふさわしいかのように。




「果たしてどこだったでござるなぁ」




「減らず口を!!」




は思い切り河上万斉の力を振り切り、斬った。手ごたえはあった。三味線が、真っ二つにぱくりと割れていた。はっと振り返ると、河上万斉は刀をぶら下げてにたにたとその憎らしい笑みをさらに湾曲させる。肩の傷が深いのか重たそうに喘ぎながら傷を抑えていた。




、普通の幸せも知らぬ可哀相な女でござるな。おぬしが男ならば、どれだけそれが幸せだったことか・・・・・・!」




「黙れェェェェエエ!!!!!」




半ば叫び声のような声を上げて、は河上万斉に斬りかかろうと、駆け出した。しかし河上万斉も早かった。ざっと風が抜ける。が振りかかった瞬間、飛び上がり屋根に舞い降りる。するとすぐに踵を返し、そのまま刀をひっさげて鼻歌交じりに、河上万斉はその場を後にした。





。晋助と同じ音がする女、か・・・・・・。」




ふむ、と河上万斉は分かったように頷くと、





「晋助が気に入る理由が分かったでござる」



















手持ち無沙汰になったは甘味屋の前で虚しく刀を落とした。がくん、と膝が折れると、野次馬か、お役人さんがご乱心だ、とかあの役人さん女なのか、とかどうでもいい駄弁を弄する声が聞こえる。もう、どうだっていい。なんだっていい。甘味屋は無残にも柱が切り落とされ、椅子もテーブルも壊れ、床に小豆や白玉が床に散らばる有様。幕府が天人の手のひらで踊らされようと、自分が女だってバレても。もう。もう、なんだっていいんだよ。そーちゃん。









近藤勲の下につければ、なんだっていいんだ。










戻ル 表題 進ム

080605