直心





暫く外には出るな、と沖田隊長に告げられて早三日。この度の件についての膨大な書類を一番隊で手早に二日で済まし、今に至る。手持ち無沙汰となったはぶらぶらと屯所内を無意味に散歩していた。季節に合わせて咲く花々も木々もこの爽やかな風に踊らされている。けれど自分の目の前に広がる事実は仕事の謹慎。身を縛り付ける仕事場。やきもきとする気持ちを掃き溜めにやることもない。ただぶらぶらと、浮浪者のように浮世に流されているようだ。







ただ、あの時の局長は、・・・・・・とても、悔しそうだった        







は三日前の事態を思い返す。局長の深い、眉間の皺よりを見る前の記憶がすっぽりなくなっていたのだ。刀を大きく振りかざしている自分を、狂喜している自分を、客観視していただけなのだ。総悟もあれから自分を見ると、どうにも眉を顰めるばかりで話しかけるこちらの方が不愉快になる。あの人はへらへら笑っていればいいのに。庭に転がっている小石を蹴る。そんな一連の動作もかったるく思える。黒い雲が自分の身体に圧し掛かってきそうだ。




「・・・・・・私も、花のように生まれたかった。」




は人気のない庭でぽつり、と呟く。いればそれだけで気持ちが華やぐ花になりたかった。その言葉がまるで雨の兆だったのか、小雨が肩を掠めた。女中さんが雨に気付いたのか忙しなく洗濯物を掻き集めているのが背後からバサバサと布の擦れる音が聞こえてくる。そろそろ潮時かと、も縁側から建物内に非難した。自分の謹慎も、隊士内に知られてか余計に視線が痛く感じるようになった。だが、活字に目を泳がせている時ほど有意義に時間に浸れるようになった自分を嫌いでもなくいられる。局長のこと、副長のこと、隊長のこと。広い空に包まれているときの方が紙面に齧りついてるときほど、何かを考えさせられる時はない        
















謹慎が解けた、四日目。別段と何も変らず四日目を迎えた。今までとやることは変らない、ただの市中見廻り。今日も私達は大儀を背負って黒い隊服に身を包みながら闊歩する。警察なんてふんぞり返って街を歩いていればそれらしく見えるのだ。いつしかは仕事に投げやっている自分を感じていた。脳裏に不穏な言葉が掠める。万斉に言われたあの言葉








        おぬしは幕府のために拙者を斬るのではない。
        近藤勲のためでござろう。



        近藤に認められる世界など無意味だと思わんでござるか?



        おぬし、晋助の下にこないか?














「江戸も相変わらず天人が俺たち以上にふんぞり返って歩きやがる、今のご時世は腐ってるなァ」




沖田がまるで何事も起きていないこの街に不満を抱くように呟いた。しかし、の目だけは見てくれない。




「天人が来なくたって江戸の鎖国もそう長くは続きませんでしたよ、隊長」



「あら、まで天人にへこへこ頭垂らしてる腰抜けのおかみに賛成かィ?」



「・・・何だっていいんです。」




なんだって。そう反芻した自分の言葉に隊長は瞬きひとつ、敏感に反応した。しかめっ面だった隊長はより一層、眉間の皺を深くして訝しげに私の目を見た。いや、侮蔑。蔑んでいるようにも見えた。じとり、と送られる視線に私は隠れて身震いする。隊長がこんな視線で、自分を見つめるのは初めてだった。





「・・・・・・お前らしくねェ」




隊長は蚊の鳴くような小さい声で言い放った。言葉に耳を貸す自分にもそれは痛感する。隊長に『お前』と呼称されるのは        そーちゃん。喉に言葉がひっかかる。お前だなんて呼んじゃダメでしょ!口が悪いんだから、そーちゃんは。昔の自分なら 絶対、そう言い返す。自分の前を気だるげに歩く隊長の背が、遥か彼方遠く、どこかの知らない異国に消えてゆくような焦燥感にかられて。













市中見廻りも定刻を迎え、そして隊長には置いてかれてしまい残すは屯所に戻るだけのこと。しかし屯所に帰れば嫌でも隊長と顔を合わせなければならない。しばらく時間を置きたかった。このままでは昔の自分に呑みこまれる。昔の自分って何だろう。今の私と比べて何だった?きらめいていた?恐れていなかった?今の私は        ただの腰抜けの臆病者?今の幕府と一緒       



いつぞやの甘味喫茶の暖簾をくぐる。客は前ほどいないようだ。前回入ったときほど人のむさ苦しさはない、甘味屋らしき小豆の甘い香りが漂う。カチャカチャと厨から聞こえる皿の音と、人が少ないとは言えざわついている空気。夕餉時に近いゆえ、家路につくものもこの時間帯には多いせいからなのだろうか。




「善哉一つ。」




合席は頼まれなかった。お冷を置かれると口早に注文を口にする。以前とは違う店員が甲高い声で承る。客が一人、店を出るというので注文を受けたあと直ぐに入り口へ立ってありがとうございました、と二回言い頭を深々と下げた。口つけたお冷は、乾いた唇には少し刺激的過ぎた。やがて注文を待つ身になると、視界が変る店の空気をところどころ捉えてゆく。チーンとレジ特有の勘定の知らせ、忙しなく動く店員、おべんちゃらを続ける老婦たち        そして一人、暖簾を潜る男を横目で捉えた。いらっしゃいませーと店員たちの明るい声が飛び交う中、は目を見張った。その男は店員に席を促される事もなく、真っ直ぐとの座る席へと向かってくる。真っ直ぐと。




「少しは考えてくれたでござるか、




黒い服に身を包み、三味線を担ぎ耳には陰陽の模様入りのヘッドフォン。サングラスに逆立てた髪。そしてこの独特の雰囲気。この場には相応しくない。コツコツと足音がやけに大きく鼓膜を揺らした。口は、意図せずともその名前を紡いだ。











「河上、万斉・・・・・・」










戻ル 表題 進ム

080601