高杉と万斉





ゆらりゆらりと燈篭は流れる。夜の行灯よりも心許ない光り。けれどそれはしっかりと刻まれた人間の魂の証。万斉はそれを好んだ。さまざまな音が入り乱れるこの風流を。天人だらけの江戸になっても、この小粋な風潮は残るのだと。





「この中の幾人が俺たちが手をかけた奴らよ、万斉。」



「聞いたことがある曲がひとつ、ふたつ・・・・・・どれも似たような腑抜けた舞曲でござるな」



「クク・・・・・そうかよ。大体お前アイツはどうしたんだ?ンとこのじゃじゃ馬娘はァよ」



「・・・・・・おぬしと似通った音だった」


「そりゃぁ俺も拝んでみたかったなァ」




紫煙がゆらめく。キセルから香る匂いはほんのりと甘い。そうしている間に燈篭はどんどん遠ざかっていく。万斉はあの女を思い出した。という、幕府おつきのチンピラ集団真選組の隊服を着込んだ、滑らかな黒髪を垂らす、猟奇的な女。しかし何かを秘めたる彼女は、どうしても美しく見えた。獣のような荒ぶった美しさ。




「俺ァよ、ああいう女が好みだ」


「趣味が悪いな、晋助よ」


「ンでだろうなァ、ああいう女は泣かせたくなっちまう」




俺を乞うようにな、と付け加えた高杉に万斉は鼻で笑った。それにせせら笑う高杉はふぅ、と魂の抜けるような音で紫煙を吐き出した。万斉からは、包帯で覆われいるせいで高杉の目は見えない。それが本当に歪んだ笑みを浮かべる口元とその目は同じく笑っているのか、それとも流れ行く命の光に心を奪われているのか、万斉には分からない。




「厄介なこった、ああいう女がああいう集団に渡ると。しかし惜しいことをしたなァ万斉よ」


「拙者はおぬしとあやつを引き合わす気は毛頭なかったでござるよ」


「晋助、おぬしとでは不協和音になりかねないでござるからな」


「そうかい」



そりゃァいけねーなァと呟く高杉を傍らに、万斉はひどく安堵した。ふかす煙は、風にたゆたう。燈篭の光りは、今や遠すぎて水面に揺らめく幻影とともに、視界の片隅から消えていった。










戻ル 表題 進ム

080622